クマさんもふもふ
「……どちら様、ですか?」
来るはずのない、来客……だと困惑するが……を前に、ヒスイは開いた口が塞がらない。それは、突然の誰かの訪問に驚いたのもあるが……
「……?」
きょとんと、首を傾げる姿はかわいらしい。小柄なヒスイと、同じか少し低い背丈。が、その外見は一見凶暴そうな印象を与える。なにせ……クマ、なのだ。
二足歩行のクマが、そこにいた。だが、ヒスイの知っているクマとは随分違う。先ほど喋ったことからもわかるようにかわいげのある声。まるでアニメに出てきそうだ。
全身の毛は水色で、なんともあったかそうだ。いや、時期によっては暑そうだが。
スカートを履いていることから、女の子だろう。また、つぶらな瞳は思わず抱きしめたくなってしまう。というか、今すぐ抱き着いてもふもふしたい。
……つまり、なにが言いたいか。いや、今この場で、なにをすべきかというと……
「アニーシャ!」
「わかっています!」
「ぬっ!? な、なにをぉ!?」
とっさの状況判断を行い、ヒスイはアニーシャの名を叫ぶ。同時、おそらくヒスイと同じことを考えていたであろうアニーシャが頷き、クマ女へと飛びつこうとしていたジェイドを、羽交い絞めにし、ヒスイはジェイドの行き先に立ちはだかり妨害する。
おそろしく速いやり取りは、僅か二秒の間に行われた。すでに動き出していたジェイドであったが、ヒスイとアニーシャの息の合った行動が一歩、いや一瞬でも遅れていたら、クマ女の純潔は散っていただろう。
当のクマ女は、なにが起きたかわからずぽかんとしている。
「ぐぬっ、は、離してください! なんでこんなこと……」
「危ない危ない。私でも抱き着きたい衝動に駆られたんだから、ジェイドはその比じゃないよね」
「な、なんのことですか。私はただ、その魅力的な女性と話したいだけですが?」
「今無理のあるルビ見えたんだけど!」
暴れるジェイドを、二人で押さえつける。しかし暴れるジェイドの力は、凄まじい。女性とはいえ、二人に押さえつけられているのに。
その視線の先には、クマ女ただ一人。
「離してください! もふもふが、もふもふが私を、待っているんだ!」
「この、変態め!」
ボコッ
わりと強めのストレートを、ヒスイはジェイドの頬へと叩き込む。
「ぐっ……はっ! わ、私はいったいなにを……?」
「本当に我を忘れてたのか」
ジェイドは、我を取り戻した。
「あの……」
「あ、ごめんごめん。えっと……」
「ペイです」
三人のやり取りに一応の決着がついたと見たクマ女……ペイは、話しかける。今のやり取りで、ペイの目にはこの三人がかなりの異常者に見えているが、それは内緒だ。
恐る恐る、といった雰囲気だ。
「えっと、ペイちゃん。ペイちゃんは、どうしてここに?」
来るはずのない人物……それが、今ここにこうして来ているというのは、いったいどういうことなのだろうか。
その質問に対し、ペイはきょとんとした顔で……
「えっと……私は、いつもこのお家のお掃除をしてて。だから、今日も……」
と、話す。
「掃除? あのおっさん、こんな小さな子に……」
「おっさんじゃなく国王です」
「あれぇ? 私はおっさんとしか言ってないのに、なんでイコール国王だってわかるのかなぁ? あれぇ?」
「くっ……」
なぜか得意気なヒスイが、悔しげなアニーシャを見つめている。なんだろうこの空気。
しかし、この子の言っていることが本当であれば……
「誰かに、言われたの? ここは空き家で、手付かずって聞いてたけど……」
「ううん。私、好きでお掃除してたの」
ここを掃除していた……それは、誰かに言われたからではなく、単に自分がしたかったから、であるらしい。それはなんとも、すごいことだ。
頼まれてもいないのに、空き家の掃除をするなど。
「うーん……そのおかげか。手付かずって言ってたわりにきれいだったのは」
「お姉ちゃんたちは、ここになんの用?」
「お姉ちゃん……私は、ヒスイ。ヒスイお姉ちゃんって呼んでいいよ」
妹という存在に憧れる、ヒスイであった。
ペイの疑問に、ヒスイは答える。この国で料理店を出すこと、ここがその拠点であること、今後の計画を立てていたこと……と。
それを聞いた、ペイはというと……
「お料理……私も、好き!」
目を、輝かせていた。
その輝かしい目を真正面から受けるヒスイ。その目の中には確かに、ヒスイは自分と同じもの……グルメ魂を、感じていた。
「なるほど、期せずしてここに、グルメ好きが集まったというわけですね。先ほどは驚かせてしまい申し訳ありません、私はジェイド。ここにいるヒスイと同じく、料理を愛する者。あなたもそうでしょう」
「あ、はぁ……」
ジェイドが、紳士的な態度でペイの手を取る。そこに、先ほどまでいた変態の姿はない。
「ふふ、この手、あぁ、もふもふだ……それに手には肉球、ぷにぷにには興味ありませんでしたが、これはまた……なかなかどうして。この手で料理を運べば、どれほど絵になることか。あぁ、見るだけで美しい、海のような綺麗な毛並み。これは実にいいですよ、まさに料理人にぴったりだ。料理人は人の目も集めますからね、キミなら充分すぎる魅力がある。どうでしょう、キミもこの店で働いて見ませんか? 接客、いけますよ。えぇいけます。あと、私のことはそう、ジェイドお兄ちゃんと……」
「確保ぉ!」
ヒスイの飛び蹴りが、ジェイドの頭に直撃した。変態は、そこにいた。




