ゼロから始めよう料理店!
「どうするんですか! この国で一番の売り上げを出すだなんて! それも、二週間で!」
城を出たヒスイの耳に、アニーシャの怒号にも似た声が届く。
「いやー、こりゃ大忙しになりそうだね」
「なんでそんなのんきなんですか!」
「とりあえず、お店自体は空き家を使っていいとのことだから……問題なのは、まずは外装、内装ですね」
「あれ、慌ててるの私だけ!?」
アニーシャのテンパリ具合に対して、ヒスイもジェイドも冷静だ。なんでそんなに、冷静にいられるのだ。
「あれあれー、最初は反対してたのに、そんなに慌てるくらい心配してくれてるんだ?」
「! べ、別にそんなつもりは……ただ、やるからには精一杯やりたいだけで……」
ヒスイの意地悪な笑み、若干頬を赤くしたアニーシャが顔を背ける。
こういうの、ヒスイの世界ではツンデレと言う。
「心配してくれてありがと。でも、期間が短いんだから、慌てる時間は無駄だよ」
時間がない……だからこそ、心配して慌てる時間が、無駄なのだ。
「な、なるほど」
「とりあえず、私たちのお店になる空き家まで行ってみようか。話なら歩きながらでもできるし」
というわけで、三人は国王から貰った、空き家の地図を手掛かりに歩き出す。
見た感じ、市内の中心からは離れた場所だ。ちなみに、ジェイドの借りている家をお店にするという考えもあったが、魔族ゆえに国の中でも辺境に近い位置にある家を借りている……つまり人目につかない……ために、ここでは集客率を求められないので却下となった。
「ふむふむ、立地条件としては悪くない。なにより、近くに食材を売ってるお店が多いのは理想的だね」
「食材の問題には困らなそうですね。あと足りないのは……やはり人材、でしょうか」
「そだね」
食材が足りなくなる心配点は、消えた。次に、働き手の不足問題だ。
さすがに、三人で切り盛りし、且つ国一番を売り上げを見込むのは現実的ではない。
それに……
「働き手を集めるにしても、どう切り込んでいけばいいのか。それに、言いにくいですがその……」
「構いませんよ。魔族である自分と、一緒に働いてくれる物好きが果たして、どれだけいるのか。それは集客でも同じこと。魔族のいるお店に、食べに来てくれる方がいるかどうか。売り上げのためには、私はむしろいないほうが……」
「だーめ。今回の件はジェイドの口添えあってのものなんだから、ジェイドもいないと」
お店を出すことが出来るのは、ジェイドが魔王軍を止めていてくれるおかげ。そのジェイドをのけ者にすることなんて、できるはずもない。
いや、もっと単純な話……同じグルメ同志として、ヒスイがジェイドと一緒に働きたいのだ。
「ヒスイ……ありがとう。魔族がいても気にしない、心の広いもふもふっ子を見つけましょう」
「そだねー……おい今変な条件付け加えたろ」
そんなこんなで、ついに空き家へとたどり着く。
さすが国王の勧めと言うべきか、なかなかにいい建物であった。人通りもそれなりにあり、外観も周りと同じく木造り。外観で警戒されることもないだろう。
内装も、悪くはない。空き家として今まで放置していたらしいのだが、まるで定期的に誰かが掃除していたのではないかというほどに綺麗だ。
「うんうん、悪くない。最悪、建物の建て直しから始めないといけないと思ってた……これなら、看板づくりや席の配置とか考えるだけでよさそう」
一つ気になる要素があるとすれば、入り口から見て左手に、奥に向かってカウンター席があるのだが……その向かい側にキッチンがあり、作り手の姿が見えるようになっている。
客側の視点では、料理人の料理様子を見ることが出来る、どんな工程で作っているのか見ることの出来るある意味の観察感があったが……作り手としては、絶対に失敗できないというプレッシャーがある。
「これは……なるほど。でも、うまくいけば客の呼び込みの、いい宣伝になる」
この世界では食べられないような、食べ物……それを、作る工程を見ることが出来るのなら、見物の意味合いでも集まる人はいるだろう。
とにかく、人を集めること。料理の味は、そのあと認めさせればいい。そして認めてもらえば、ネズミ式に人は増えていくはずだ。
「もふもふ……」
「いつまで言ってるんですか、諦めてください。魔族を気にしない方すら珍しいのに、その上もふもふな人物なんてそうはいませんよ」
「うぅ……ならアニーシャ、せめて癒しのために度々もふもふさせてください」
「ぶちころ……殴りますよ」
ガチャ……
ヒスイは今後の計画を思い、ジェイドとアニーシャが会話している最中……閉めていた扉が、急に開く。客? いやここを店として使うことは決めても、まだ店として看板なんかも立てていない。
それにここは空き家だから、誰も来ないと聞いていた。そんな場所に、いったい誰が……
「あれ? 中に誰かいるんですか?」




