二十四話 恐怖の怪奇現象!
それは深夜のことだった。
ベッドで寝ていた俺はずっと天井を見ていた。
なんだか眠れなくて妙に目がさえていたんだ。
みんなは経験ないだろうか。
暗闇を見つめているとだんだんと見えないものが見えてくる感覚をさ。
ふぅっ、となにかが通り過ぎた気がした。
もちろん正体は分からない。単なる目の汚れかもしれない。
事実それは汚れだったりする。幽霊なんてだいたいが誤認の産物だ。
そう見ようとする思考がなんでもないものをそう見せている。
急に部屋が寒くなった気がした。
空気はじっとりとしていて重い。
俺はいやだなぁと感じていた。
ミシ。ミシミシ。
天井から音がする。
誰かが歩いているような音だ。
だがこれはただの家鳴り。
木造の建物ならよくあることだ。
べつに心霊現象でもなんでもない。
コンコン。コンコン。
壁を叩くような音が響いた。
俗に言うラップ現象。
これも家鳴りだ。
ドンドン。ドンドン。
さらに強い音で壁が鳴る。
これは木材が膨張と収縮を繰り返して起きているだけのこと。
驚くようなことは何もない。
パンパン。パンパン。
部屋の中で手を叩くような音がした。
暗闇に小さな赤い光が瞬く。
しばらくすると現象はぴたりと収まった。
俺は、もう終わったかな、もうこれ以上ないかなと思っていた。
すると天井からにゅぅぅっと男の顔が出てくるじゃないか。
その顔はやけにいびつで、目や鼻や口がそこにあるとおかしいってところにあった。
男は俺を見るなりにやぁと笑ってた。
俺は恐怖で声が出なかった。蛇に睨まれたカエルのような状態だ。
腕や足が硬直してまったく動けない。
男は蛇のように長い首を伸ばして俺にゆっくりとゆっくりと顔を寄せた。
終わったと思ったよ。
震えが止まらないんだ。
毛穴という毛穴が閉じて鳥肌が立ってた。
ああ、短い人生だったなって諦めた。
その時、アレが現れた。
すぅぅっと壁をすり抜けて、白い服を着た黒髪の女が部屋に入ってきたんだ。
間違いなくクラッセルにいたアレだった。
そいつは長い首の男に飛びついて噛みついた。
男は悲鳴をあげて天井へと逃げるが、女はそれを追いかけて天井に消えた。
それからしばらく、どたどた、ばたばた、ぱたぱた、と足音がした。
そして、急に静かになったと思えば、天井から女が顔をだして笑みを浮かべた。
女はそれから天井に引っ込んで、その夜は二度と現れなかった。
俺はどうやら助かったようだった。
◇
宿の食堂に下りると、店主が俺を見て驚いたような顔をした。
駆け寄って身体をペタペタと触る。
「よく死にませんでしたね」
「死にかけたよ! なんだあれ!? めちゃくちゃヤバい奴がいるじゃねぇか!」
いやもう、ほんと心底ビビったわ。
ちょびっと漏らしたからな。
さっき井戸でパンツ洗ったし。
「あの部屋に宿泊した方は必ず翌朝には絶命していたのですが、まさか生きて夜を越されるとは……」
「宿泊料はある程度返してもらえるよな」
これで一人一万ブロスは理不尽すぎる。
十分の一の値段でいいくらいだ。
クラッセルの宿のおじいさんを見習え。
「お客様のお怒りはごもっともです。お詫びと言ってはなんですが、宿泊中の食事代は無料にさせていただきます。加えてご希望があればできるだけお応えさせていただきます」
店主は深々と頭を下げる。
どうしても宿泊料は返したくないらしい。
それだけ台所事情が厳しいのだろう。
……悪くない話ではある。
昨夜の幽霊をアレが退治したっぽいのだ。
そのせいか宿全体が明るい雰囲気で例の寒さも感じなかった。
ひとまずこれからの宿泊は安全が保たれていると考えていいだろう。
問題はアレだ。
なんでここにいる?
成仏したんじゃなかったのか?
つーか、俺に取り憑いてる??
慌てて視線を彷徨わせると、食堂の外の廊下にアレが立っていた。
じっと俺を見ていて微動だにしない。
俺は正体を確かめる為に鑑定で確認した。
【ステータス】
名前:■■■■■■
年齢:■■
性別:■
種族:■■■■
力:666666
防:666666
速:666666
魔:666666
耐性:666666
ジョブ:■■■■
スキル:■■■
称号:■■■■
ひぃっ、60万!? ば、ばけもの!?
そりゃ聖水なんて効くはずねぇよ!
むしろよく盛り塩で避けれたってレベルだぞ!?
「稲穂国……つれてって……」
アレはそう呟いてすぅっと消える。
もしかして俺が連れて行くって約束したことを信じてるのか。
だってあれは殺されない為に咄嗟に……。
「どうしたんですか義彦?」
「おっす、義彦!」
「あ、ああ……おはよう」
俺はエレインとリリアと一緒に食堂の席に座った。
宿を出た俺達はとりあえずクルグスの森に行くことに。
ギルドによると、ここ最近レイクスネークの数が増えているそうなので、見つけ次第駆除して欲しいとの依頼だ。
「6匹目っと、確かに多いな」
一メートルほどの蛇の頭を剣で切り落とす。
森に入って一時間だが、ギルドで聞いていた通り数が多い。
とは言えまだ子供のようで気をつけてさえいればやられるような心配はない。
一応毒消し薬もあるし、もし噛まれても大した問題ではない。
「こっちも片づきました」
「ここらにはもう蛇はいないみたいだ」
エレインとリリアが殺した数匹の蛇を持って戻ってくる。
ありがたいことにウチのメンバーは蛇が平気らしい。
支障の出るレベルで嫌いだったら今頃困り果てていたことだろう。
「この蛇を素材にすると何が作れるのですか?」
「ん? そうだな……調べて見るか」
薬術スキルを開いてレイクスネークの素材で検索する。
表示されたレシピは30。
麻痺毒……点眼薬……精力剤……透視薬……透視薬!!?
「これはさっそく作らないといけないな」
「良い物ですか?」
「これほど素晴らしい物はないっていうくらい役立つ物だ」
「それはいいですね! ぜひ作りましょ!」
ぐふふふ、急いで作らないといけないよな。
これで二人の裸が見放題だ。
俺はリュックから道具を取り出して作業に取りかかる。
「リリア、少し周りを見ていてくれ……リリア?」
「え? ああ、見てるから早く作業しろよ」
リリアはじっと山を見ていたが、俺の声に気が付いて返事をした。
昨日から様子がおかしいと思ってたけど、やっぱり気のせいじゃなかったな。
彼女はあの山に何かを思っている。心ここにあらずといった雰囲気だ。
俺は蛇の毒を一滴すり鉢に垂らしてそこに薬草を加える。
ごりごりとそれらをすりつぶして、ほんの少し水を加えてさらに混ぜ合わせる。
そこに中級ポーションを一瓶分加えて鍋で煮る。あとはザルでこせば完成。
粗熱をとって小瓶に入れれば透視薬である。
【鑑定結果】
毒薬:テトロドトキシン
解説:強力な毒だよー。ふぐ毒って言えば分かりやすいと思うー。飲めば身体中の筋肉が弛緩して最後には呼吸停止するからねー。取り扱いには気をつけてー。
やっちまったぁぁああああああっ!! なんで自分で作ろうって思ったんだよ!?
くそっ、くそっ、くそっ! 俺の馬鹿野郎!!
小瓶にはどろりとしたどす黒い液体が収まっている。
明らかに毒物だ。今の俺からすればただのゴミ。失敗作。
しかし、小瓶を取り上げたエレインは感心したようだった。
「もしかして毒ですか?」
「全身を弛緩させる猛毒だ」
「これって使い方次第では武器になりますよね?」
「そりゃあ……そうだろうな」
つっても毒物の使い方なんて俺は知らないぞ。
せいぜい矢の先に塗って射るくらいしか思いつかない。
ま、直接使うってのも手ではあるが。
「この毒は銀に反応しますか?」
「しないだろうな。ああいうのは青酸カリやヒ素化合物に反応するだけで、分かるのはほんの一部だ」
「よく分かりませんが暗殺に使えるということですね?」
「変なことを考えるなよ」
俺は彼女の手から小瓶を取り上げる。
ドクロのラベルを貼るとリュックの奥へと仕舞った。
エレインの表情がやけに真剣だったのが気になる。
もしかしたら殺したい相手がいるのかもしれない。
そこまで彼女を思い詰めさせる事情とはなんなのか。
ただ、ちょっと怖かったので確認する。
「俺はエレインに……優しくしてるよな?」
「もちろんです。義彦にはお世話になってばかりですから」
よ、よーし、彼女の殺したい相手は俺じゃないってことだ。
ふー、ちょっぴりだけど焦ったぜ。
よくよく考えてみれば、優しい彼女が毒を使って誰かを殺すなんてあるわけないじゃないか。単なる俺の思い過ごしかもな。
「ところで新しいスキルは試してみたんですか?」
「ホムンクルスか?」
「はい。今のうちにどのようなスキルか知っておくのもいいかと。もし強力なスキルなら今後の戦闘が格段に楽になる可能性もありますよ」
だよな。俺も気にはなっているのだが、なにぶん材料が手に入らなくて困ってるんだ。どれも聞いたことのないものばかりだし、知っている物も珍しい素材で作った物ばかり。
今までみたいにそこら辺の物で簡単に作る事はほぼ不可能だ。
「あ、なんだか急に涼しくなってきましたね」
「え?」
まさかと思い周囲を確認する。
それは木の上にいた。
太い枝の上にアレが立っていて、どこかを指さしている。
その先に視線を向けると木の陰に黒いナニカがあることに気が付いた。
再び枝に視線を戻すと、すでにそこにはアレはいなかった。
「エレイン、リリア、周囲の警戒をしつつ待機だ」
「了解です」「へ~い」
恐る恐る木の陰へと近づく。
俺は静かに剣を抜き、いつでも戦えるように備えた。
「これは……」
そこには黒装束を身につけた男が木によりかかっていた。
一言で言えば忍者だ。
肩や脇腹にはひどい出血があり、唯一見えている目元には大量の汗が見える。
俺は男に近づいて剣の先でちょんちょんと触った。
反応なし。だが息はしているようだ。
不意に襲う寒気。
振り返るとアレが至近距離に立っていた。
「助けて……彼……」
「でも……」
「助けろっ!!」
「はいっ!」
めっさ怖い。ステータスを知っているから余計に。
俺は男性を引きずって仲間の元へ運ぶ。
「誰ですかその方!?」
「義彦が人間拾ってきた!?」
「とにかく助けるんだ」
意識がないので中級ポーションは飲ませられない。
だとするとここでは止血しかできないな。
軽く服を脱がして傷口を見る。
うえぇ、グロい。
こんなにまじまじと見るのは初めてだな。
水ですすいだ後に綺麗な布で圧迫止血する。
あいにく俺は医師じゃないのでちゃんとした処置はできない。
とりあえず町に戻るまで保たせないと。
出血箇所を全て布を巻くと俺は男を背負う。
「二人は俺を守ってくれ。町まで走るぞ」
俺は男を背負ったまま森を駆けた。
頼むから助かってくれよ。




