十三話 防具の概念が崩れ始めた件
目が覚めると俺はすぐさま周囲をチェックする。
どうやら昨夜は幽霊は来なかったようだ。
別の宿泊者がいたのだろうか。
支度をすると俺は一階へと下りる。
食堂ではすでにエレインとリリアが食事をしていた。
「おはようございます」
「おはよっ!」
「ふわぁ~、おはよう」
あくびをしながら席について店主に食事の準備を頼む。
異世界に来てすっかり慣れてしまった流れだ。
「エレインってさ、寝言で『義彦、そこはダメです』って恥ずかしそうに言ってたんだよ」
「リ、リリアさん! それは言わない約束じゃ!」
「詳しく聞かせてもらおう」
一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
今なら火にも飛び込める気がする。
「いえ、あの、夢の中で義彦がマグマの中に全裸で飛び込もうとしていたので、私が慌てて止めていたのを声に出してしまったようで……」
「おじいさん、早く朝食持ってきてくれ!」
さーて、今日は頑張って防具を造らないとなぁ。
今日は良い一日になるぞ。エレインの夢の話? 知らないなぁそんな変態的自殺希望者の話なんて。
「はいよ、いつも泊まってくれてありがとう」
店主のおじいさんが食事を持ってきてくれる。
俺はパンに手を伸ばそうとして動きを止めた。
「そう言えばおじいさんって一人で切り盛りしてるのか?」
「儂だけだな。妻には先立たれ、息子も今はどこでなにをしているのだか」
ふーん、息子がいるのか。
こんな年老いた父親を放置して碌でもない奴だな。
ま、俺には関係のない話だけど。
パンをちぎって口に入れた。
◇
エレインとリリアと分かれた俺はルンバの工房へと向かう。
ちなみにすでに二人の身体のサイズは計測済みだ。
直接測ってやろうとしたのだが、エレインに断固として断られ、代わりに数字が書かれた紙を渡された。これはこれで興奮する。
「こんちは、ルンバさんいる?」
「おう、よく来たな義彦」
俺が工房に顔を出すと、鎧を磨いていたルンバが笑みを浮かべる。
近づいてみるとどうやら鎧はフルアーマーのようだった。
「ずいぶんと重そうな鎧だな。素材は?」
「ドイル鉱だ。たぶん騎士が付けるんだろうな」
「たぶんって……誰が依頼したのか知らないのか」
「そんなのいちいち聞いてられっか。こっちはサイズと素材さえ分かれば造れるんだよ。それに知ったところで変な情が入るだろ」
おお、さすがはプロだな。カッコイイ。
いかにもな職人らしい台詞だ。
ちなみにドイル鉱というのは鋼鉄よりも硬い素材だ。
特徴として銅色によく似ていて、この国では比較的よく採れる鉱物だそうだ。
重さは鋼と同じくらい。だが値段は倍する。
「で、今日はなんの用だ?」
「防具を造ろうかと思ってさ。邪魔だったら日を改めるけど……」
「今日の仕事はほぼ終わったから好きに使っていいぜ。たまに入るんだよ、知り合いからどうしてもって断り切れねぇ仕事が。こちとら引退した身なんだがなぁ」
「え? ルンバって引退しているのか?」
「表向きはな。趣味で細々とナイフやら造っちゃいるけど、もう武具は受けてねぇんだ」
へぇ、複雑な事情でもあるのかな。
鍛冶師によくある『俺はもう戦争の道具を造りたくない』ってやつかな。
きっとそうなった深いドラマがあるに違いない。
「武具を頼む奴ってめんどくせぇ連中が多いんだよ。あれこれ付けろって注文ばかりで。頭にきたから引退してやったのさ」
「そうなんだ」
そっか……それなら仕方ないよな。
実際ドラマなんかなくたって引退できるもんな。
俺は鍛冶術のレシピをスクロールする。
どんなものに変異するのか分からない以上、良さそうな物をピックアップして作るしかない。
めぼしい物を探していると、気になる防具を見つける。
【硬鎧】
能力:通常の鉄製の鎧よりも硬くしなやかだよー。さびにくく壊れにくいんだって。スロットは三つだからお得だね(bot作成)
硬剣の時とまったく同じ説明じゃないか!
しかもbot作成って、手を抜くな幼女!
それはそうと硬鎧はなかなか悪くない。
必要とする材料も安価だし長持ちしそうだ。
それに硬鎧はフルアーマーではなく、どちらかと言えばライトアーマーだ。
胸、腕、腰、足の要所を守るプロテクター。
動きやすさを重視している俺にはかなりいい装備だ。
問題はこれがなにになるかだ。
レシピ通りの物ができれば一番良いが、今までのことを考えるとそうはならないんだろうな。
だが、俺はあえて変異の道を行く。
センスがないと嘆く時間は終わった。
これからの俺は欠点を最大の武器にするんだ。
どんなにひどい物ができようが、有益なら喜んで使おう。
俺は今度こそ本気で生きるって決めたんだ。
さて、あとはエレインとリリアの防具か。
実はエレインから鎧を預かっている。
彼女の場合、元々良い装備であるため一からの作成と言うよりは改造に近い。
鍛冶術の『改造』と書かれている欄を見れば、ずらりと高性能な鎧が並んでいた。
俺はその中の『ミスリルの鎧改』を選択する。
それを選んだ理由、それはエレインの鎧がミスリルでできているからである。
ゲームでおなじみの素材だが、この世界では希少素材として名が知れているそうだ。
羽のように軽くドイル鉱以上に硬い性質を持つ高級素材。
鎧を作るのに一億ブロスは余裕でかかると言うから驚きだ。
俺もルンバに聞くまでは、エレインの鎧って高そうだなとしか思っていなかったが、実際は想像以上にお高い代物だったのだ。
やっぱあの子ってどこかのお嬢様なのかな。
お次はリリアの防具。
こっちは一からの制作なので俺の趣味を盛り込もうと思う。
できれば布面積の少ない防具が良いな。げへへ。
「……ないな」
いくらスクロールしても水着みたいな防具がない。
やっぱあれか、水着みたいな防具は防具になり得ないって夢のない話なのか。
ふざけんなよ! すげぇ期待してたんだぞ!
きわどい防具くらい完備しとけよ!
怒り心頭でウィンドウに殴りかかるが、俺の拳は空振りする。
ふと、とある防具に目が行った。
それは『深紅の戦闘着』と呼ばれる、短めのスカートにスリットが入ったチャイナ服みたいな防具だ。
ていうかもはや防具というよりはただの服。
だが俺はそんなことはどうでもよかった。
リリアにコレを着せて思う存分鑑賞したい。
作る物が決まったところで早速作業に移る。
まずはリリアの防具から作成する。
事前に買っておいた布を取り出してハサミでちょきちょき。
針で縫い合わせて服の要所に金属板を仕込んだ。
もうすぐ完成と言うところで服がぼんやりと光り始める。
「嫌な予感がするな……」
今さら作業は止められない。
最後の一針を入れたところで服が光の粒子になって弾けた。
すぐに光が寄り集まり完成した防具が姿を現わす。
【鑑定結果】
防具:強さの果てに到達せし者のはちまき
解説:物理防御に非常に優れた防具だよー。状態異常に耐性できて、おまけに体温調節機能が付いてて極地でも戦闘ができる優れもの。会心の出来だね義彦!
スロット:[ ][ ][ ]
これ……ただの白いはちまきだよな?
なんでだ、なんでチャイナ服からはちまきができるんだよ。
まさか会心の出来になると原型すら留めず変化するのか。
くそっ、確かに布面積が少ない防具を希望したけど、これじゃあいくらなんでも面積少なすぎるだろ。
俺のチラリズムを返してくれ。チャイナ服でいいんだよ。
とにかくコレを防具とは絶対に認めないからな。絶対に。
気を取り直して、次はエレインの鎧を改造する。
こっちに関しては変異は起きないかもしれない。
なんせ改造だ。創作センスなんて関係ないだろ。
ミスリルの鎧を一度分解して基礎部分をより頑丈な素材で作り直す。
不要な部分は外して溶かし、できあがった部品を新たな箇所に付け加えた。
すると再びあの光が鎧を包む。
【鑑定結果】
防具:バーニアアーマー
解説:魔・物の防御に非常に優れた防具だよー。短時間なら背中のバーニアで飛行することも可能ー。光剣と同じで周囲の魔力を吸って動くよー。会心の出来だね義彦!
スロット:[ ][ ]
ちがううううううううっ!
なんでそうなるっ!? ただ改造しただけだよな!?
しかも元の鎧に戻ってる!?
デザインや素材は変わっていないものの、その背中にはランドセルよりも少し小さい箱形の金属がくっついていた。
やばい、頭がクラクラしてきた。
もう帰って寝ようかな。
「だはははっ、やっぱお前天才だよ! 俺じゃあ思いつかねぇ物を作りやがる!」
完成品を見てルンバが大笑いしていた。
俺は全然笑えねぇ。
これじゃあファンタジー世界ぶち壊しだよ。
普通の防具が造りたかったのにさ。
打ちひしがれながらも俺は自分の鎧造りに取りかかる。
さすがに三連続で会心の出来はないだろう。
だが、鎧を作る内に例の光が出現する。
完成した途端、鎧は光の粒子となって消え、別の鎧へと再構築される。
【鑑定結果】
防具:大罪シリーズ【食欲の鎧】
解説:ずば抜けた防御性能を誇る禁じられた武具の一つ。持ち主に合わせて成長するからもう買い換える必要もないよー。良かったね義彦! 会心の出来だよ!
スロット:-
なんだこれぇぇぇぇぇっ!?
大罪シリーズってなんだよ! 明らかにヤバいだろ!
できあがった鎧は真っ黒で胸当ての部分には、顔のようなものがあった。
ぎょろりと赤い目がこちらを向くと、口らしき場所が何かを求めるようにしてがちがちと動く。
もしかしてこいつ……食べ物をよこせと言っているのか?
恐る恐る野菜を差し出すとガジガジと囓る。
だが、口に合わなかったのかペッと吐き出した。
じゃあ肉か、そう思って肉を差し出すと今度は美味そうに食べている。
「鎧が飯食ってやがる……おもしれぇ」
「参ったな、変な物作っちゃったよ」
ルンバは興味津々だが、俺は冷や汗が止まらない。
直感で分かる。コイツはなんかヤバい。
幼女神の解説を見る限りでは、呪われている感じはないから付けても外せるとは思うのだけれど。禁じられた武具と言うフレーズが臭うな。
「ルンバは禁じられた武具って知ってるか?」
「あー、んー、聞いたことねぇな。聖剣や魔剣も危険な代物だが、禁じられてるとは言えねぇし。てか、俺もこの世界の武具を全て知ってるってわけじゃねぇから、聞かれても分からねぇよ」
「だよな。悪い」
結局何にも分からないってことか。
強力な防具ってことははっきりしているわけだし、とりあえず使ってから考えてみるのもいいのかもしれない。
幼女神も良かったねって言っているから大丈夫だよな。
最後にリリアのガントレットを造ることにする。
あいつにはできれば魔法で戦ってもらいたいが、本人が頑なに使いたがらないので、近接戦闘用の武器を造るしかない。
すでに杖も渡していることだし、いざとなれば魔法も使ってくれるだろう。
と、淡い期待を抱く俺。ほんとあいつが魔法使いだってことを忘れそうになるよ。
そんな感じでほどほどの性能のガントレットを造ることに。
完成品を鑑定してみると案の定別物となっていた。
【鑑定結果】
ガントレット:ワイヤーアーム
解説:攻撃用ガントレットだよー。スイッチを押すと仕込まれたワイヤーが飛び出して目的の場所に取り付く仕組みー。最大の長さは二十メートルくらいで、大人5人分にも耐えられる強度だよー。
スロット:[ ][ ][ ]
割と良い物じゃないか?
エレインの剣みたいなのが欲しいって言ってたしちょうどいいだろ。
そこでルンバが何かを思い出したように口を開く。
「そう言えばお前、馬車欲しくないか?」
「馬車?」
「いやな、知り合いがウチに古くなった馬車を持ってきたんだよ。つっても馬はいないし車だけなんだが、欲しければやるよ」
馬車かぁ、いずれこの町から離れるつもりだし、今のうちに手に入れておくのも悪くない判断だよな。
どうせ買おうとしたら高いだろうし。
俺はルンバに「もらう」と返事をする。
「作業場の裏にあるから持って行ってくれ。あ、ちょっと壊れてるところがあるから、直して使った方がいいぞ」
「ありがとう。じゃあ早速見てくる」
作業場の裏に回り確認する。
そこには古びた木製の車があった。
俗に言う幌馬車だ。
「割と広いな。あー、でも荷台の床に穴が開いてる」
そのほかも点検してみるが、車軸が折れたりとそれなりに手直しが必要だった。
俺はルンバから木材を購入して馬車を改造する。
魔道具スキルの『魔法馬車』というレシピを使えば、なんとか修復できそうだったのだ。
ちなみに魔法馬車は馬に身体向上などの能力を付与することができる、特殊な馬車のことだ。衝撃分散などを付与することによって荒れた道などの走行も可能にするらしい。
冒険にはうってつけの馬車と言える。
だが、俺は車が完成に近づくにつれて光り始めていることに気が付く。
またかよと思いつつも途中で止められないのが悔しい。
魔法馬車を完成させた瞬間、車は光の粒子となって消え失せ、再構築された物体がその場所に出現した。
「……なんだこれ」
馬車は粘土のような物体に変わっていた。




