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1-4:特殊仕様のもう一つの目的

「こちらが目指すのは二十年間だからね。プレイヤー枠の参加者を保護するために追加したのが実験用バージョンの特殊仕様というわけだ」


 豊さんが指を一本ずつ立てながら順に説明してくれたのは以下の四つ。『本名の登録・現実の容姿をそのまま用いたアバター』『食事と睡眠の重要度を上昇』『街と宿屋の仕様変更』『痛覚と疲労の再現』である。


「実験内だけの賞金レースなんかもあるけど、これは本題からはずれるね」

「豊さん、その賞金レースだけど、ちょっとおかしくない?」

「どこがだい?」

「実験の参加者が外でやってる本レースの参加権を失うってのは判るんだけどさ。俺だったらこの実験で予習した内容を本レースの参加者に教えて賞金を狙わせるよ?」


 加速実験参加者は問答無用で本レースへの参加権を失う。つまり、実験に参加して予習したプレイヤーとそうでないプレイヤーの間にはそれだけ圧倒的な差が生じてしまうのだと運営も判断しているということだ。そのままエントリーさせてしまったら実験非参加者が入賞するのは極めて難しい――というよりもまず不可能。問答無用なのはそういうことだろう。でも参加者から非参加者へと情報が流されたらどうだ? リアフレ同士が現実世界で遣り取りしたら運営には止めようがない。

 ……まあ、俺には肝心のリアフレがいないけどな。

 ともかく、それじゃあ公平なレースなんて望めないのではないか?


「その点はもちろん考慮しているとも。これはプレイヤー枠の参加者には契約書の中で明示している。この実験用バージョンには各所にトラップが仕掛けられているんだ」

「トラップ」

「罠だね。実験参加者から情報を得たばかりに、普通に正規版をプレイしていれば取らないだろう行動をとってしまう。そういう“間違った行動”を誘発するような設定変更を攻略上のいくつかのポイントに仕掛けてある」


 例えばモンスターの弱点部位や属性、効率の良い経験値の稼ぎ場、アイテム調合レシピなどなど。正規版と実験版には微妙な違いがあり、実験参加者から情報を得てプレイした場合は余程注意深く立ち回らない限り“間違った行動”を回避するのは難しい。それをやったら逆に時間がかかってレースに勝てない。そういうレベルだそうだ。

 そしてゲームをクリアしてレースの上位に入賞すると、プレイログからそうしたトラップポイントの検証が行われる。もちろん偶然“間違った行動”をしてしまう場合もあるだろう。


「だからスリーアウト制になってる。一度や二度なら偶然、三度重なれば必然って奴だ。不正行為と判断して賞金獲得権は剥奪される」

「はー、なるほど。そりゃ俺でも思い付く事なら対策してるか。ごめん、本題に戻して」

「ああ、四つの特殊仕様についてだったね。長期間仮想世界で生活して、その後現実世界に戻った際の適応障害を防ぐための措置なんだけど」

「……まさかそれも表向きの理由なんじゃ」

「これは表とか裏じゃなくて二つある理由の一方ってことだよ。プレイヤー枠参加者の保護ってのも間違いなく考えているさ」


 そもそもプレイヤー枠の参加者募集は加速実験の体裁を整えるためだった。『エクスプローラーズ』を題材にして賞金レースを開催するのは人数を集めるための餌に過ぎない。しかしただ募集しただけでは人は集まらなかっただろう。二十年というのはおいそれと飛び込むには長過ぎる。クリア人数に応じて加速倍率を下げていき、ログインまでの時間を早めるという条件が必要だった。


「2ndステージのボリューム的に標準的なクリアタイムは一年ちょいってところかな。ログインしっぱなしのここだともう少し早くなるかも知れない。でもこの実験の目的は加速世界を生み出して維持することだ。プレイヤー諸君にそう簡単にクリアされては困る。特殊仕様にはそういう意味もあるのさ」


 食事と睡眠の重要度を上昇させて長時間の連続攻略を不可能とし、拠点への帰還を促す。“マイルーム”や“外の街”を快適にして滞在時間が長くなるように仕向けたり、ゲーム内通貨をそちらで消費するように誘導したり。痛覚と疲労の再現は――特に痛覚は言うまでもないだろう。被弾前提の強引な戦法を封じて慎重な戦いに徹するようになればそれだけ攻略速度は鈍る。『本名と現実の容姿』以外の特殊仕様は全てゲームクリアを先延ばしさせる作用がある。


「二十年は無理だとしても十年はもたせたいところだね」

「黒い。黒いなあ豊さん」

「おいおい人聞きの悪い事を言わないでくれ。プレイヤー保護ってのも城太郎くんだって聞けば納得しただろ?」

「そうだけどさぁ……でもどうなのさ。トップ集団はもう三つ目の拠点まで進んでるんだろ? それで十年もつもんなの?」

「まだ想定内だよ。序盤はマップが単調だしモンスターも弱い。ゲーム慣れしていればある程度はサクサク進める。本番は中盤以降だね」

「ふーん」

「まあ、それでも駄目そうなら」

「駄目そうなら?」

「『実験中に不具合や不都合が発見された場合は中途での仕様変更もございます』ってね。これも契約内容に入ってる」

「……やっぱ黒いじゃん」


 不具合を修正するのは当然だ。

 でも不都合は。

 運営サイドに不都合だから難易度を上げますではまるきりクソ運営ではないか。


「他のプレイヤーには内緒だよ」

「こんなの言えるわけないって……」


 そもそも言う相手もいないけどね。


「ま、あまり締め付けてプレイヤーが委縮しちゃうのもまた困りものだ。活発に活動してちゃんと実験したと主張できるだけのデータを発生させてもらう必要があるからね。匙加減が難しいよ」

「さいですか」


 こういう裏側の事情はあまり聞きたくなかったかも知れない。

 ちょっとゲンナリ気味な俺に「で、だ」と豊さん。


「ここまで聞いた上でどうする? 『エクスプローラーズ』、プレイするかい?」

「ソロ攻略は不可能じゃないんだよね?」

「さっきも言ったように腕次第だね。特殊仕様でハードル上がってるし……VRゲームに不慣れな城太郎くんには厳しいと思う。俺も雄二も、なにも城太郎くんに艱難辛苦を味わわせたいなんて思ってない。あくまでもこの世界で楽しく過ごして欲しかった。今の状況を鑑みれば参加枠にこだわってゲームプレイを強要するのも逆に酷だ。君が望むなら探究者枠に振り替えても良い。その場合はこの“外の街”と“マイルーム”で生活することになる。生活費は心配しないくても良い」


 “外の街”で使えるゲーム内通貨は豊さんが都合してくれる。

 クリア遅延の策として“外の街”は商業施設が充実していて、娯楽も充実しているから『エクスプローラーズ』をプレイしなくても退屈はしないだろうと豊さんは言うけれど。


 それは無い。

 うん、無いな。


「いや、取り敢えずゲームやってみるよ。ソロは厳しいだろうけど遅刻した俺の自業自得だ。雄二さんが俺のために作ってくれたってのに始めもせずに終わりにするのは悪いし。それに……こっちでまで引き籠りニートにはなりたくないよ」

「引き籠り? ニート? いやそれは」

「気ぃ使わなくて良いって。世間的に見ればそうなんだから」

「……」

「面白いんでしょ? 『エクスプローラーズ』」

「……ああ。それは保証する。雄二のデザインは確かだよ」

「だったら行ける所まで行ってみる。どうしても無理となったらその時はお願いするかも」

「そうか……判った。頑張ってくれ」


 俺は確かにあまりVRゲームに慣れていない。

 でも豊さん達運営側の思惑が当たれば十年とか二十年という時間がある。不慣れな俺が慣れるのには十分過ぎるだろう。


 それから豊さんにゲーム進行に役立つアドバイスをいくつか貰った。ヘルプを丹念に読み込めば発見できる程度のネタバレにならないくらいのアドバイスではあるが、それでも俺には有り難いものだった。

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