12-2:承認メールの罠
「気になりますね。私と城太郎さんで違うメールを受けている? ちょっと城太郎さんのを見せていただけませんか?」
そうだ。記憶に自信は無くなってもメールの現物は残している。
豪華な箱型アイコンから承認メールを開き、真理恵さんに見せてみる。
「ほら、『痛覚再現100%』なんて載ってないだろ?」
「…………はあ」
「え? え? なにその可哀そうな子を見るような目」
溜め息一つ、真理恵さんはメール画面に指を伸ばし、サイドにある飾り彫りに触れ、無言のまますいっと上に滑らせた。
「おう?」
思わず変な声が出た。
真理恵さんの指の動きに伴って飾り彫りも上に移動し、同時にメール本文もスライドしたのだ。
「ほら、ここにちゃんとあるじゃないですか」
「……あったね」
現れたのは他よりも大きな字体で『この変更が適用されると、プレイ環境に多大な影響を及ぼします。必ず内容を詳細に確認し、熟慮のうえ賛否を決定してください』と注意書きを伴った『痛覚再現率100%』の賛否を問う項目だ。
「こういうふうに全体像が見えてない場合はキチンと確認するのが基本ですよ? 気を付けないとネット詐欺に引っかかってしまいます」
「いや、そうなんだけどね、これがスクロールバーだとは思わなくて」
「どこからどう見てもスクロールバーじゃないですか」
単なる飾りだと思っていた左右の彫り物、改めて見てみると上下に装飾的な加工が施されてはいるものの“▲”“▼”がちゃんとあるし、初期の状態ではそれらから間を空けて縦長の彫り物がある形になっている。実際に動いて画面がスクロールするのを見た今となっては確かにスクロールバーにしか見えなかった。
ちなみに下にスクロールさせると承認ボタンのさらに下に『投票に協力をありがとうございます』云々とお礼文が綴られている。つまり上下の見切れた部分に痛覚再現100%の項目とお礼文を配して、メールを開いた当初は一ページの真ん中が表示されるようになっているのだった。
しかし、投票した当時はこれがスクロールバーだとは全く認識できていなかった。
それが何故かと言えば……。
「罠だ。これは運営が……いや、雄二さんが仕掛けた罠なんだ。雄二さん!? なにしてくれちゃってんの!?」
これは正当な憤りだ。叫んでしまった俺を誰も非難できまい。
「罠って……これに気付かなったのは城太郎さんが迂闊なだけですよ」
非難されました。
……いや、まあ、俺が迂闊だったってのは正直否定しきれないのは確かだ。
昔、こういう画面外を使ったネット詐欺の手口が逸ったそうだ。
例えば『今なら無料!』と謳ったエロ動画サイトの利用開始ボタンを押したら、画面をずっと下にスクロールさせたところに無料なのは入会に伴う初期費用だけで、月額の利用料はしっかりとる旨が記載されていた。しかも退会しようとすれば高額な退会費用が請求されるのだ。ネット上では“一ページ”が一枚の書面として扱われるから、業者側は『こちらはちゃんと明記しています。見落としたのはそちらの落ち度ではありませんか?』と言える訳だ。
もっとも、サイト上のボタンを押しただけならこちらの個人情報は一切業者に渡らないから、無視して放置しておけば実害は無い。しかし『料金を支払わないと法的な措置を執る』との脅し文句を信じてお金を振り込んでしまう被害は一定数あったそうだ。
この画面外を使った詐欺の手口、流行り過ぎたが故に一般に広く知れ渡り、今ではほぼ通用しないだろう。何かを決める操作をする前にスクロールバーを確認。全体が見えていないならちゃんと見てから判断する事。子供がネットを使う年頃になれば、騙されないように親が教えるレベルですらある。今時こんな手口に騙されるなら、それは騙された方が間抜けなのだと言われかねないまである。
……はい、迂闊で間抜けなのは俺です。
「待って! 俺が迂闊だったのは否定しないけれど、でもやっぱりこれは罠なんだよ! そうじゃなければ痛覚再現100%なんて誰も賛成しないよ!」
「え? 皆さん言わないだけで実はMだったという線は」
「ない。あるわけない。絶対にないよ。こんなの賛成するのは要望出した真理恵さんだけだって。いいかい真理恵さん、このメールのアイコンと石板みたいなメール本文、これを雄二さんの名前で送ってきたのがそもそもの仕込みなんだ」
雄二さんはゲーム業界では“創造神”の異名で呼ばれる事がある。
創造神から煌びやかな箱に入った石板が送られてきたら、自然と連想されるのは“十戒の石板”だ。そうしてメールには十の項目が並んでいる。十戒を連想した直後の十項目で数が合う。
これで全部だと思い込む。
思い込んでしまえば画面外に他の項目があるなんて思わない。
思わなければ画面外を見るためのスクロールバーに必要性を感じない。
そうなれば……スクロールバーはただの装飾に成り下がる。
「ただね、やっぱり気付く奴はいる。そう、迂闊じゃない奴。でもそれも織り込み済みなんだ」
痛覚再現100%は賛成過半だ。
ポータル解禁賛成の“全員一致”や餓死ペナルティ強化反対の“圧倒的多数”とは違う。それなりの人数、隠れた文面に気付いた“迂闊じゃない奴”はいたのだ。そういう“迂闊じゃない奴”の内何割かは「あれ? これ気付かない奴もいるんじゃね?」とも考えるだろう。気付かずにスルーしてしまえば自動的に賛成扱いになるルールだ。こりゃヤバいとばかりに周囲に注意を促すだろう。
そこで効いてくるのが餓死ペナルティの項目だ。
極一部の……と言うよりは俺の目の前にいる変態一人以外は反対するに決まっている餓死ペナルティ強化を敢えて承認投票に掛けたのは何故なのか。そして十の項目の先頭に置いたのは何故なのか。『阿部雄二の病状がステージ進行したため、発作を100%再現するために餓死ペナルティを強化したい』というような文言が曲者だ。
『なあ、この100%ってやつ』
『こんなの誰も賛成しないだろ』
『だよなぁ』
もしくは。
『おい、一番上の痛覚再現のやつ』
『反対に決まってるだろ?』
『そりゃそうだよな』
こんな会話が成り立ってしまうのだ。
“迂闊じゃない奴”がもう一歩踏み込んで『隠れててスクロールさせないと見えない奴だぞ』と言えば話は変わるが、近くにいて声を掛けるのは賞金レースを共に戦う気安い仲間ばかりだ。気安いが故の簡潔な遣り取りで終わってしまうケースも多々あるだろう。
全プレイヤーの内の何割が“迂闊じゃない奴”だったのか、さらにその内のどれだけがもう一歩を踏み込んだのか。判らないが、結果として出ているのは賛成過半なのだ。
考えてみればこの実験に参加しているのは一般的な基準からすれば廃に近いゲーマーばかり。ネタ好きも多いだろう。“創造神”“アーク”“石板”のコンボに大多数は引っかかったに違いない。
「当て嵌まっているようには思えますけれど……でも結局は気付かなかった人が迂闊なだけでは?」
「……だから、それは否定しないってば」
例えば、何かしら複雑な操作をしなければ全体を把握できないような仕掛けが施されていたなら、これは間違いなく運営の悪意だとなるだろう。しかしそれは無い。と言うよりも、雄二さんがログインしたタイミングで送られてきた運営メールが“創造神”の異名に絡めたネタ仕様なのは粋な計らいとも言える。
メール開封時点で肝心の100%が見えていないのは、せっかく装飾的にしたスクロールバーを上下均等にして見栄えを良くするためだと言えるし、それで見切れてしまう一番上なのは「最重要の項目だから一番上」だと言える。
全体を見れば明らかな運営側の失点というものは無く、気付かなかったのは迂闊で不注意だと言われれば否定できない。俺のように。




