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1-3:実験の本当の目的

 和風おろしハンバーグ定食、美味かった。

 いや、美味すぎ?

 食後に飲むドリンクバーのコーヒーも一味違うような気がするし。


「驚いたか? 『エクスプローラーズ』はゲームシステムをシンプルにした分で他に容量を回せるんだ。味覚情報に関しては他の追随を許さない自信がある」


 ふふ、と自慢げに豊さんが笑う。

 完全没入型VRの仮想世界における味覚というものは、現実で誰かが実際に味わった際に脳に送られる味覚信号を採取して再現される。ところが人の味覚は一定ではない。下は味覚障害レベルのバカ舌から上は繊細極まりない味までを余すところなく味わい尽くす神の舌まで様々だ。誰の味覚信号を採取するかによって仮想世界の料理の味は一変する。

 そしてこの『エクスプローラーズ』シリーズでは神の舌の持ち主に協力を依頼しているそうだ。水だけで何種類も、豆腐だけでも何種類もと言った具合に、食材一種類につき複数の味覚データが用意され、“食”関連だけで膨大な容量を使っているとの事で、これは『エクスプローラーズ』ほどのシンプルなシステムでなければ不可能であるそうだ。


「水と豆腐?」

「味覚の鋭さを試す時の定番らしい」


 そうなのか。

 それだけの鋭い舌ならファミレスの和風おろしハンバーグもああいう感じになるのか。

 凄いな。


「さて」


 同じようにコーヒーを飲んでいた豊さんがカップを置く。

 さあ話を始めようかといういかにもな雰囲気に、自然と俺も聞く体勢を整える。


「まず初めに言っておくと、これから話す内容は一部“こちら側”の話を含んでいる。城太郎くんは一般公募ではなく僕と雄二の推薦で半ばこちら側の立場にいるからね」

「そうなの?」

「そうなんだよ。だから何も判らずに漫然と過ごすよりも、この実験の意味や意義をきちんと理解しておいて欲しい」

「……なんかすんません」


 この話、以前に聞いてる筈なんだよなぁ。

 俺がちゃんと憶えていないだけで。


「いや、良いんだ。なにしろこの実験ができるのは城太郎くんのおかげもある」

「俺のおかげ?」

「雄二は城太郎くんとの話の中から『エクスプローラーズ』を着想し、時間加速技術実現への強い意欲を抱くようになった」


 そうでなければ時間加速の実現はもっと先になっていただろうと豊さんは言う。俺、そんな大それた話を雄二さんとしたっけか? 複雑なゲームはできない的な話で『エクスプローラーズ』をってのはあったみたいだけど。


「一度にログインできるのは短時間に限られ、しかも毎日はできない。複雑で煩雑なシステムにはついていけない。そんな話をしたのだろう?」

「それはまあ……しましたね」

「これはね、城太郎くんはまあ極端すぎるけど、一般のプレイヤーにとっても程度の差はあっても共通する問題なんだ。特に完全没入型のVRは必然的に“それしかできない”状況になるだろう? どうしてもプレイ時間の問題が付きまとう」


 VRのゲームはどうしてもプレイ時間が長くなる、と豊さん。

 例えば『どこそこの街の近くの山に棲むモンスターを討伐』なんてクエストがあったとして、非VRならクエストの受注から終了まで一時間もあれば済む。ところがVRではそこまでテンポ良くは終えられない。やろうとしたら“街を出たらもう次の街が見えている”とか“街壁のすぐそばにモンスターの棲む山がある”とか“外から見たら険しい山なのにモンスターの住み処まで異様に簡単に行ける”とかのオカシナ現象を認めなければならない。VRが売りにするリアルさからは程遠くなってしまうだろう。

 フィールドのエリア分割制や特定地点間を瞬間的に移動するポータルなどを駆使してできるだけリアルさを損なわないように時間短縮を図るにしても限界がある。例に出したようなクエストなら二時間や三時間も当り前だ。

 そしてこの二時間や三時間、完全没入型VRだと“それしかできない”。非VRならコントローラー片手にニュースサイトを巡回して情報を仕入れるとか、少々行儀は悪いが飯を食ったりもできる。そういう“ながらプレイ”がVRでは不可能なのだ。


「それだけの時間を毎日費やすというのは一般のプレイヤーにとってはやはり負担になる」


 そこに複雑な成長システムや生産要素が加われば更にプレイ時間は伸びてしまう。だからこそ雄二さんは時代に逆行するようにシンプルな『エクスプローラーズ』を構想し、あまり時間に余裕のない人でも十分に遊べるように時間加速技術の実現を目指したそうだ。


「認識されていながら先送りされていたというのが正確かな。この問題の極端な例である城太郎くんの存在が雄二を刺激して実現を急がせる結果になったのは確かだろう」

「この実験は俺のために用意したみたいな事を雄二さんがいっていたのは……」

「うん。それだけではないが、そういう面があったのは事実だろうね。無論、君の為だけではないが」


 いくらなんでもこんな大規模な実験が俺一人のためだなんて自惚れはできない。


「実用的な面から考えれば二万二千倍なんて馬鹿げた加速倍率は必要ない。にも関わらずこの倍率で実験したのは何故だと思う?」

「何故ですか?」

「……少しは考える素振りを見せてくれても……まあいい、こうしたものは実際運用される以上のスペックを持たせるのが普通なんだよ。自動車が良い例だ。普通に販売されている自動車はどれも法定速度以上のスピードが出るようになっているだろ? 道交法を素直に守るなら必要のない性能だ。なのに二倍三倍のスピードで走れる。これはね、もしも法定速度しか出せない性能だったら、常に性能の限界ギリギリで動き続けるようになるからだ。必ず無理が出る。故障しやすくなるんだ。安全のために必要以上の性能を持たせておくのは普通だし、どこまで出せるかという限界値付近の数値を得ておくのも同様だ。時間加速技術だってそうだ。だからこその二万二千倍での実験なんだよ」

「なるほど」

「……と、いうのが表向きの理由でね」

「はあっ!?」


 滔々とした説明に納得の頷きをした途端に「表向き」発言だ。

 俺の頷きを返して欲しい。


「つまり、裏向き……本当の理由や目的がある、と?」

「ああ。この実験の目的はDPS・kantanの加速性能や安全性を確かめるためのものではない。加速できるだろう事も安全性についても、もう九割九分以上の……それこそ“実験するまでもなく”というレベルでのお墨付きがあったからね。本当の目的は時間が加速された世界を……現実での八時間が二十年間にもなるこの世界を生み出す事だ」

「んん? それはつまり、逆? 安全性なんかを確かめるための加速実験じゃなく、加速させるために安全性を確かめる実験をした?」


 そのとおり、と豊さんは首肯する。


「法や制度の問題で色々とあってね。どれだけ確信があっても安全性が証明されないままにやってしまうと問題になる。だから“安全性を確認するための実験”という体裁を整える必要があった」

「どうしてそこまでして……と聞いても大丈夫? 聞いてヤバい内容なら巻き込まないで欲しいんで答えなくて良いけど」

「いや、ヤバくはない。そうだな……雄二の中での比率がどうなっているのかは判らないが、まず城太郎くん、君の為だな。時間加速された世界で心置きなく遊んで楽しんで欲しい。雄二がそう考えていたのは確かだ」

「でも、俺だけの為ではない」

「当然そうだ。城太郎くんはプレイヤー枠での参加になっているが、この世界には他に二つの枠での参加者がいる。一つは僕達運営者の枠、もう一つが……正式な名称が無いから仮に“探究者”枠としておこうか。この実験の主役は、実はこの探究者枠の人達」

「探求者……」

「何かを為したいと強く願いながら、その為の時間が足りないと感じている人達の枠だ」


 例えば、と豊さんは“探究者”ついてを語った。


 科学者、化学者、医学者、その他諸々、ひっくるめて学者と括られる人達。発想を得て考察して実験して結果を検証する。それを延々と繰り返すのが彼らの研究で、成果として形になるまで年単位の時間がかかるのも珍しくない。テーマによっては数十年を要し、研究者の代替わりが起こる場合もある。

 そうした学者たちが加速された仮想世界というものを喉から手が出るほどに欲しがったとしても不思議ではない。現在の仮想世界は現実世界を“ほぼ完全”に再現できていて、実験の類もこなせるそうだ。


 それから作家や漫画家も探究者枠に入っている。

 彼らが求めるのは作品の完結だ。


「人気があったにも関わらず作者が亡くなってしまったために永遠に完結できなくなった作品は数多い。今現在もそうなるのではないかと危ぶまれている作品がいくつもある」


 ……それは俺にも心当たりがあった。

 ストーリーが壮大過ぎてアウトプットが間に合わず、作品が完結する前に作者が寿命で死んでしまうんじゃないかと心配になっている作品が。

 過去には実際そうなってしまった作品がいくつもある。生前に残していたプロットを元に別の作家が引き継いで完結させたり、世界観を共有して何人もの作家が書き継いだりしたタイトルもあるにはあるがそれは例外。作者の死=永遠の未完になるのが普通だ。


「この実験は、言い換えると二十年分の人生を追加するようなものだ。その時間を有効に使って貰いたいものだね」


 重々しい豊さんの言葉は俺の胸にすとんと落ちた。


 ちなみに、設立されたばかりで業績と呼べるようなものがまだないにも関わらずDPS・Kantan社が潤沢な資金を有しているのは、“探究者”枠からの出資を受けているからだそうだ。学者個人や属する研究機関、作家や彼らを抱える出版社などが時間加速技術の研究資金や設備費、超加速実験を成立させるためのプレイヤー枠参加者に対する支払金の多くを負担している。

 十年単位の研究を一日で終えられる事の価値や、出せば売れるのが確定しているのに未完で終わりそうな作品を完結させる価値というものは、俺が考えている以上に大きいのだろう。

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