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10-5:痛い縛り方講座

 真理恵さんは総合的なMなので、『痛覚責め』ができなくても他を頑張ればその時その場では満足してくれる。俺にだって意地がある。『拘束』『快楽責め』、しかる後にゾンビアタックのコンボでフィニッシュまで持っていくのだ。


 でも、そもそも真理恵さんが加速実験に参加したのは、そういう現実世界でも可能なプレイに耽溺するためではなく、現実にやってしまえば身の安全を脅かし、下手をすれば命に関わるような痛みを伴うプレイをする為だ。俺がいくら頑張ったところで、そこをクリアできないのでは画竜点睛を欠くというもの。


「っても、こういうのは難しいよなぁ。無難なところからちょっとずつ慣らしていくしかないんじゃないか?」

「それは真理恵さんにも言われた。で、今はコンニャクを使ってる」

「………………コンニャク?」

「そう、コンニャク」

「食い物のコンニャクだよな? おでんとかの」

「食い物以外にコンニャクはないだろ」

「そうだけど……あ、原料のコンニャク芋でガツンといくとか?」

「加工済みのほうだ」

「………………どう使うんだ、それ」


 清一郎は不思議そうに首を傾げるが、どう使うもなにもそのまま使うのだ。

 食料品店で売っているブロック状のコンニャクを鞭の代わりに振るって真理恵さんを打ち据える。


「さすがにコンニャクで叩いた経験も叩かれた経験も無いんで判らないんだが、俺が知ってるコンニャクでって想像すると……痛くないよな、それ」

「クリティカルヒットしても痛くないな」


 持ち難いから強く振ったらすっぽ抜けそうだし、第一コンニャクの強度では乱暴に扱えばすぐにボロッと折れてしまう。すっぽ抜けないように、折れないように、細心の注意を払って振り下ろし、ペチーンペチーンと真理恵さんの肌を打つのである。どんな会心の一撃を繰り出そうとも真理恵さんが欲するような痛みにはなり得ない。

 自分の掌に打ち付けて試してみて、それが判ったからこそコンニャクなら遠慮せずに振るえる訳だが。


「かえって欲求不満を煽る結果にならないか?」

「その点俺も心配だったんだけど、なんか『これはこれで良いです』とか言ってうっとりしてた」

「そうなのか? んん? ……ああ、そういう事か」

「判るのか?」

「多分、だけどな。俺の母ちゃんとか母ちゃんの師匠とかになると、俺がどう頑張っても勝てないくらいに鬼強いんだ。逆に、入門したての門弟がどう頑張ったって俺には勝てない。これはハンデを付けてもそうそう覆らないぜ。なんなら刀の代わりに包丁とかペーパーナイフを使ってもな。でも、だからと言って本当に包丁なんかを使ったりしたら、これはもうとんでもない侮辱だ。『お前には刀を使う価値もない』って事だから、やられた方は相当な屈辱を感じるだろう」

「あー、そういうのは何となく判るな」


 なんのマンガだったかは憶えていないが、そういうシーンを見た事がある。剣客同士の争いで、主人公は刀を抜かずに「これで十分」と団子の串を構えるのだ。こういうのは力量差を見抜けなかった相手の小物っぷりと、刀を抜かずとも並の剣客など歯牙にもかけない主人公の隔絶っぷりを強調する手法なのだろう。

 しかし普通に考えれば剣客に対して『刀を抜く価値もない』とやるのは侮辱行為に他ならない。マンガでも相手は「ふざけるな!」と激昂していた。


「そうすると……コンニャクは『お前には鞭を使う価値もない』になるのか?」


 御主人様と奴隷の関係にある二人が行うちゃんとしたSMプレイ――という表現も妙なものだが――そのちゃんとしたプレイでは鞭などのちゃんとした“痛みを与えるための道具”を用いるのだとして、ではそこにコンニャクを持ち込むのがどういう意味になるか。


 奴隷には鞭を使う。

 コンニャクが『お前には鞭を使う価値もない』と捉えられるなら。

 即ち『お前は奴隷以下の存在だ』と相手を貶める事になるのではないか。

 そして真理恵さんは総合的なMだから、貶められる事にも喜びを見出してしまう?


「お、奥が深いんだな……」

「まったくだ……」


 奥が深いんだか闇が深いんだか判らない真理恵さんの心理に戦慄すら覚える。「まずはこれで慣れていきましょう」とコンニャクの使用を言い出したのは真理恵さんなのだから尚更に。


「ま、まあ、良いんじゃないか? 痛くなくたって、コンニャクだって、形だけ見れば“攻撃”してるんだ。手にしている何かで相手を打つって行動に慣らすなら上手い選択だと思うよ」

「いつになったら慣れるのか判ったもんじゃないけどな……」


 『痛覚責め』で真理恵さんを満足させなければパーティーを組めないというのに、鞭を手にした時のていたらくを思い出せば悲観的にならざるを得ない。

 溜め息の一つや二つ、漏れようというものだ。


 そんな俺を見かねたか、清一郎が一つの提案をしてくれた。


「縛るのが大丈夫なら当面そっちで凌いでみるか? 梓なら痛い縛り方の一つ二つ知ってると思うぞ?」

「それ良いな。頼めるか?」

「頼まれるのは構わないけど、城太郎はそれで良いのか?」

「良いって、なにが?」

「梓に訊くとして、なんでってなったら城太郎の置かれている状況を話す事になる。梓に話せば当然姉ちゃんにも伝わるな」

「う゛……」


 “成人式”後に散々揶揄われたというのに、また新たなネタを投下する事になるのか?

 ……いや、それでも。


「背に腹は代えられない。頼む」

「判った、任せておけ」


 *********************************


 そして数日後、清一郎から動画ファイルが送られてきた。俺のアカウント以外では再生できないロック付き、かつ“清一郎を含めて他者に見せたら法的な制裁も辞さない”という警告付きで、中身はなんと梓による“痛い縛り方講座”。縛られ役は織姫だ。


『緊縛道に目覚めた城太郎に縛りの極意を教えよう』


 冒頭、淡々とした口調ながらいつもよりとキリッとした顔で梓が宣言する。『以後は私をこの道の師匠と崇め敬うように』って、これは冗談だよな?


『ピーが上手くできなくて弟に泣き付くなんてとんだヘタレね猿太郎は! でも私は優しいからね! 真理恵のためにモデルをやって上げる事にしたわ! 感謝しなさいよ猿太郎!』


 織姫の口の悪さは相変わらずだ。が、事は俺と真理恵さんの間の問題で、本来織姫が協力しなければならない謂われは全く無いわけで。それでも縛られ役で出演してくれたのはやっぱり織姫の優しさなのだろう。直接お礼を言う機会を清一郎に設けてもらうか? それとも往復の手間はあるが“始まりの街”の訓練場まで出向くべきだろうか。


『最初に注意しておく。これから教える縛り方は本当に痛いから真理恵以外にはやらない方が良い』

『……え? ちょっと梓、それで今から私を縛るのよね? あ、説明用に形だけよね? そうよね?』

『縛る時はいつも本気』

『あ、梓ー!?』


 さて、そんなこんなで始まる“痛い縛り方講座”。


『人間の関節は可動範囲が決まっている。でも柔軟性によって個人差があるから見極めが大事。後はその可動範囲の限界ギリギリを攻める。例えば腕を背中側に回す時にここからこうして……』

『あ、いた、いたたたた!』

『逆に前で縛るなら肘がこの位置に来るようにすると……』

『せ、背中! 背中が!』

『ここをこうすると……』

『あら? どこも痛くないわよ?』

『これは長時間用。ずっとこの姿勢でいるとこっちの筋が引き攣れて痛くなる』

『あらまあ』

『でもここを引っ張るとすぐに痛い』

『あいたたた!』


 こんな具合に縛っては解き縛っては解きと続いていく。

 誰だ痛い縛り方の一つや二つとか言っていたのは。

 清一郎だ。俺じゃない。

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