10-4:難儀な問題
「真理恵さんとパーティーを組めない? そりゃまたどうして」
「それは……ほら、真理恵さんって変態だろう?」
「だろうって、自分の彼女をそんなふうに言うのは感心しないぞ?」
「織姫や梓の性癖をしれっと話に織り込んでくる清一郎には言われたくないぞ。てーか、否定はしないんだな」
「そりゃまあ。あの人が訓練場で大盾術の修業してる間は俺も大変だったんだ」
重い大盾を振り回して疲労が溜まり、真理恵さんの口から漏れるのはゼエゼエとした苦し気な喘ぎではなく、アンアンと甘ったるい愉悦の声だ。一日中聞かされていては自分までおかしな気分になってくると織姫でさえ音を上げて、訓練場の端と端に場所を分けた程だ。同性の織姫でそうならば、異性の清一郎はどうなのか。
「あれってある意味自慰ってるようなもんだろ? 声は聞こえなくても、見えるところにそういう女性がいるっていうのは……」
ひたすら悶々とする羽目になったそうだ。
その悶々をどうやって解消していたのかを訊くは野暮というものか。
「で、それとパーティーが組めないのはどういう関係なんだ?」
「はっきり言ってゲームどころじゃなくなる」
『私はもう城太郎さん専用になりましたので、使いたくなったらいつでも好きなように使って下さい。けして他の“玩具”に目移りなどしないで下さいね』などと言っていたのは変態的雰囲気を演出するための自虐発言なのだとしても、真理恵さんのエッチに対する意識は発言の意味するところのままなのだ。
頼めば即座にOKが出るだろう。
その条件で、擬岩蛸に遭遇する度に目隠しニュルニュル触手プレイを見せつけられ、煩悩を直撃する嬌声を聞かされるのだと想像してみてくれ。すぐに頼むぞ、俺は。そうなってしまえば間違いなくその日の探索は終了だ。
もしも真理恵さんとパーティーを組んでいたら、攻略進度は今の半分にも満たなかっただろうと思う。
言葉を濁しながらその辺りを説明すると「おいおい、城太郎しっかりしろよ」と呆れられてしまった。
「真理恵さんのそれって、つまり欲求不満の表れなんだろ? 城太郎がしっかり満足させてあげれば済む事じゃないか。不甲斐ない。まあ……だからって男が見てる前で始めちゃう真理恵さんもどうかと思うが……あ、見てるのも含めて、なのか」
「不甲斐ない、か。情けないことにまったくそのとおりなんだよな」
言うまでもなく、擬岩蛸とのアレは真理恵さんの自慰行為で、俺が真理恵さんを満足させられずにいるのは清一郎に指摘された通り。俺が真理恵さんを満足させて欲求不満を解消できていれば、真理恵さんだって擬岩蛸を使って自慰をする必要は無くなる。
つまり、満足させられないというのが俺の問題点なのだ。
「どうも俺には加虐の嗜好は全く無いようで……いや、違うな。“無い”って言うとゼロみたいに聞こえるけど、実際には大きくマイナス方向に振れてるんだ」
初体験の際に宣言した通り、真理恵さんの趣味嗜好を蔑ろにするつもりなど俺には無い。さすがにドン引きするようなハイレベルな要求は拒否させて貰っているが、初心者向けのソフトなプレイから徐々に取り入れていた。
真理恵さんが大量に用意していた道具類は大別すれば三系統に分かれる。
縄や枷に代表される『拘束』、ウネウネする棒状の物やブルブル振動する卵型の物、本来の用途は健康器具である電動マッサージ機も含まれる『快楽責め』、そして鞭や卓球のラケットを大きくしたような器具、その他「これ拷問道具じゃね?」と首を捻らされるような『痛覚責め』だ。
『拘束』はイケる。
素人にも優しい革ベルトの集合体みたいな拘束衣から始めて、縄を使った緊縛にも挑戦している。縄捌きはまだまだ拙いものだが、真理恵さんは緊縛の達人たる梓をして敗北に膝を付かせたほどの縛られ上手だ。俺の不足を補ってくれる。そうして縛り終えれば一仕事終えたようななんとも言えない達成感を味わえる。なるほど梓が織姫を縛って出来栄えを鑑賞すれば満足というのも頷ける。
そう、縛り終えれば鑑賞タイム。
“縄化粧”なる言葉がある事からも判るように、似合う人にとって縄での緊縛は美しさをそこなうのではなく却って引き立てる。そして真理恵さんは縄が似合う人。全身を縄でギチギチに締め上げられ、不自然で無様な姿勢に固められ、食い込んだ縄で柔肉を歪に歪められているというのに、それでも真理恵さんはとても綺麗だ。鑑賞するためだけの目的で縛るのもアリだと思えるほどに。
『快楽責め』、これは楽しい。
時には使い方を教えてもらいながら様々な道具を用いて、どこをどんなふうに責めればどんな反応が返って来るのか試行錯誤を重ねる。良い反応があれば嬉しくなるし、もっともっと良い反応を引き出してやろうとついつい頑張り過ぎてしまうくらいだ。
『拘束』して真理恵さんの美しさに見惚れ、『快楽責め』で真理恵さんとムスコのボルテージを引き上げ、しかる後に折れる事の無い鋼の意思に支えられて不屈となったムスコが頑張るゾンビアタックに移行……となればパーフェクトなのだが、忘れてはいけない『痛覚責め』。これが駄目だった。
「加虐趣味が無い、じゃなくてマイナスってことは……」
「うん。相手を痛めつけるような行為に悦びを感じないんじゃなくて、そういう行為に凄い忌避感がある。手が震えて吐き気がするくらい」
生まれてこの方殴り合いの喧嘩なんかした事も無かったから気付いていなかったが、どうやら俺は自分が痛い思いをするのが大嫌いなだけでなく、他者に痛い思いをさせるのも大嫌いだったらしい。鞭を振るおうにも腰は引けて手は震え、ようやく繰り出せば狙い定まらずあらぬ場所でペチンと情けない音を鳴らす始末だ。
「んん? でも縛ってるんだよな? 縛ったまま色々やってるなら全く痛くないなんてことは無い筈だ。それは大丈夫なのか?」
「なんか縛られた事があるような口振りじゃないか」
「姉ちゃんの都合が悪い時は俺が梓の練習台になってたから……って、それはどうでも良い」
……清一郎の緊縛姿だと?
こいつは織姫と違って縛られて悦ぶ趣味などないだろうから、浮かべる表情は嫌悪か屈辱か、それとも妹弟子に仕方なく付き合っているという諦念か。いずれにしろ、ヤバい。画像にしてその手のサイトで売りに出せば大儲けできそうなくらいにはヤバい代物だ。
「……おい、変なこと考えてないか?」
「イヤー、ナンデモナイヨ? まあ、真面目な話、そこは俺も不思議なんだけどさ。痛い思いをしてるのを見るのは別にどうってことないんだよな」
ここがゲームの中で相手が苦痛を快楽へ変換できる真理恵さんだからなのかも知れない。雑魚モンスターを使った自慰行為やボス戦での被弾時、本人は悦んでいても痛みは必ず発生している。しかしそれを見ても俺の心に嫌悪や忌避は湧かない。なんならこの世界で最大の痛みである餓死ペナルティをくらっているのを見てもどうということはなかった。
しかし、にも関わらず、明確に俺自身の手で苦痛を与えるという行為だけが受け入れられない。ゲーム内という場所柄に合わせて表現するなら“デバフ(緊縛)はできても攻撃はできない”といったところか。俺自身が痛みを感じるのを嫌うあまり、それが裏返って、俺自身の手で他者に痛みを与えるのも嫌うようになったのかも知れない。自分の心ながら、はっきりとは判らないが。
「攻撃できない、か。武道家を目指してる訳でも無い一般人なら問題無いどころか美点にもなりえるけど……真理恵さんとの付き合いを考えると……」
「大問題なんだ」
「難儀だな」
疑いようもなく難儀な大問題なのである。