10-3:溜め息の理由
あけましておめでとうございます。
今回が2020年最初の投稿となります。
今年もよろしくお願いします。
“成人式”から一月ほどが過ぎた。
明日は自主的に設けている定休日ということで、清一郎を誘って居酒屋に繰り出した。いつも通り取り敢えず生で乾杯し、適当に頼んだ料理を摘みながらたわいのない会話をしていて、
「はあ……」
話の切れ目に、俺が漏らしてしまった溜め息に清一郎は怪訝な顔をする。
「おいおいどうしたんだ? もしかして、ゲームの攻略か真理恵さんとの関係か、どっちか上手くいってなかったりするのか?」
「うん、まあ、どっちもボチボチって感じかなぁ……じっくり確実に進んでいるとは思うんだけど」
そう答えたのは虚勢ではない。
ゲームの方は現在第三十七階層を攻略中だ。一ヶ月で二階層というのはけして褒められた攻略速度ではないだろうが、停滞はしておらず、少しずつ着実に進行している。
では何故こうも時間がかかるのか。
答えは単純。第三十六階層以降の攻略難度が上がっているからだ。
まずマップが複雑になっている。
場所によっては海底に入り口がある水中洞窟を抜けていかないと辿り着けなかったりする。水に埋まった洞窟を、所々にあるエアスポットで息を継ぎながら進んでいく。水中では噴流貝、広めのエアスポットでは擬岩蛸など、雑魚モンスターの戦闘もこなさなければならない。水中洞窟をクリアするためには、移動速度と機動力に関わる『水泳』と、水中滞在可能時間に関わる『潜水』、そして戦闘を速やかに終えるためのプレイヤースキル、この三つの兼ね合いが一定以上に達している必要がある。達していなければ……エアスポットで息を継げずに溺死してしまう。
と言うと厳し過ぎるように聞こえるだろうけれど、実際の所はそこまででもない。あくまでも兼ね合いなので、どれかが苦手なら他のどれかを伸ばせば良い。『水泳』が育っていて移動速度が速ければ『潜水』レベルが低くても間に合うし、逆に『潜水』が育っているなら移動や戦闘で多少もたついても息が続くだろう。そしてプレイヤースキルが高ければキャラ育成は最小限で済むのが『エクスプローラーズ』の元来の仕様でもある。どれか一つ得意あれば他のハードルは下がる訳だ。無いなら無いで苦戦や死に戻りを繰り返すほどにステータスやスキルが成長していくのだから、挑戦し続ければ自然とクリアできるようになる。
こうしたバランスは雄二さんや豊さんがちゃんと考えた結果なのだろう。
そして俺はプレイヤースキルに余り期待できない人なので、ゲームのスキルに頼らざるを得ず、その分で時間がかかってしまう。
「お前らなら海底の洞窟も簡単にクリアできちゃうんだろうな」
一方、プレイヤースキルがめちゃめちゃ高いのが清一郎達だ。
俺がしたような苦労とは無縁だったのだろうと思いきや、清一郎は「いやあ」とバツの悪そうな顔。
「うちの流派は水中戦が鬼門でさ。梓の弓もさすがに水の中は想定してないし。あそこの水中洞窟はスルーしちゃったよ」
「いや、水中戦が得意な剣術なんてありゃしないんだろうけど……」
水中洞窟を抜けた先のような到達困難地域は、次の階層へ続く扉へのルートからは外れていて、階層更新だけを狙うなら無視しても構わない脇道のようなものだ。しかしそうした場所にこそ良質な採取ポイントや効率の良い狩場がある。水中戦が苦手だからといって完全スルーはやり過ぎなのではないだろうか。
「苦手ったって、お前らなら最低限スキルを育てれば済む話じゃないか」
「俺達はプレイヤーじゃないからね。ゲーム攻略はあくまでも息抜きと……あとはまあどんな相手とでも戦えるようにって経験値稼ぎも兼ねてるか……。ともかくゲーマーとはスタンスが違うんだ。特に、城太郎みたいな“死に憶え”で特定の敵の攻略法を探すようなスタイルとは完全に真逆になる」
「え? いや、お前らだって訓練場で殺し合って“死に憶え”をしてるんじゃないのか?」
「ありゃ姉ちゃんや梓の攻略法を探ってる訳じゃなくて、俺自身の至らない所を探してるのさ。現実で、実戦で、って考えてみ? KODみたいな試合じゃなくて、実戦だぞ? 敗北が死に直結するなら、生きてる者同士の戦いは常に初見で行われるんだ。判るだろ? “死に憶え”どころか、特定の相手に合わせて対策を取るのすら不可能だ。できるのは、そんなことをしなくても、どんな相手とでも戦えるように自分自身を強く鍛え上げることだけ」
そして清一郎が想定する“実戦”に水中戦は含まれない。
だから水中洞窟を抜けるためだけにスキルを育てるような無駄はしない、と。
言われてみれば、剣術家が水中戦ってのは現実には有り得ないか。
「だから敵の攻撃パターンが増えるってのは俺達的にはありがたいね。ああいうモンスターは実在しないけど、何をしてくるかわからない相手と戦う気構えみたいなのは鍛えられる」
「俺は有り難くないぞ」
これまでも階層を更新するごとに雑魚モンスターは強くなっていったが、それはHPが増えるとか攻撃力が上がるとか防御が固くなるとか、そういうステータス面の強化に過ぎなかった。しかし“海辺”ステージでは中ボス突破後の後半に入ると、それら数値的なものだけでなく、攻撃パターンの追加が行われていた。
噴流貝は多段階の進路変更をしてホーミングするようになり、赤槌蟹と青鎌蟹は短射程ながらも水流ブレスを吐くようになったし、擬岩蛸は墨を吐いてこちらの視界を奪おうとしてくる。
ちなみに俺が一番厄介だと思ったのは擬岩蛸の墨吐きだ。
回復丸の調合素材にもなる『擬岩蛸の墨』は粘度の高いドロリとした代物で、これが顔面に直撃すると貼り付いたようになって中々流れ落ちず視界を塞がれる。毒的な効果ではないから耐性は付かないし、同じ理由で薬類での即時回復ができない。物理的に視界を塞いでいる墨を物理的に拭い去らなければならなかった。ただでさえ見極めにくい変幻自在な擬岩蛸の足技を、視界を塞がれたまま勘を頼りに防ぐなんて無理過ぎる。
どこかの擬岩蛸大好きな変態は「目隠しプレイみたいで素敵ですぅ」などと宣っていたものだが、俺にとってはひたすらに厄介なだけだ。
俺は清一郎達とは違う。
初見の相手にはまず間違いなく遅れをとるし、死に戻る事もしばしばだ。
雑魚モンスの攻撃パターンが増えれば“死に憶え”もやり直し。ここでも時間を食う。
マップの複雑化と雑魚モンスの強化。
これらによってゲーム攻略の進行は遅々としているものの、少しずつ、着実に進めている。
だからこそのボチボチなのだが……こと雑魚戦闘に関してはパーティーを組んでさえいればここまで手古摺る事は無かった筈だ。真理恵さんの『挑発』はレベルが高いから、発動させさえすれば俺への攻撃はほぼ皆無となる。どれだけ攻撃パターンが追加されようと狙われないなら関係無い。余裕をもって見極め、撃破できる。
けれどそれは真理恵さんとパーティーを組んでいればという仮定の話。
そうなっていないのだから、つまり俺と真理恵さんは未だにパーティーを組んでおらず、普段の攻略はソロで行っているのだ。
実の所、俺の溜め息の理由はこっちだ。
エッチを致す仲になり、付き合うようになって、二人の仲は以前よりも確実に進展したというのにゲームの中ではパーティーも組まずにボッチのまま。
早くも不仲になった、という訳じゃあない。
こちらもボチボチ。満点ではなくともけして赤点ではない。順番が完全に逆になってしまっているが、今更のように“外の街”で誘い合わせてお出掛けしたり、普通の男女のお付き合いも始めている。時に雰囲気のままにどちらかの部屋に移動して朝まで……なんてのもしばしばだ。より親密に、より深い仲になっている。
しかし二人の仲が進展するにつれて露呈した俺の問題点の為に、ゲームの中では未だにパーティーが組めずにいるのだった。




