10-1:昼に飲む”夜明けのコーヒー”
「昨日の城太郎さんは私の予想の遥か上を行っていました。らぶらぶな初体験なんて温い事をと思っていたのですが……まさか道具も使わず変則的な体位もとらず、尋常な行為のみで私があそこまで追いつめられるなんて……」
「ごめんなさい調子に乗り過ぎました」
ベッドの上で素直に頭を下げる俺。
昨日自分がした事を思い出せば謝る以外の選択肢は存在しない。
ラブラブな初体験だったのは最初の一回だけだ。
――二回目以降は“初”体験じゃないだろうなんて野暮な突っ込みは抜きにして。
何がどうなったのかを端的に言えば、俺が真理恵さんにハマってしまったのだ。
――俺が真理恵さんにハメていたんだろうという下品な突っ込みも抜きにしよう。
くどいようだが、仮想世界において限界は肉体ではなく精神が決める。どれだけ致そうとも、それによってどれだけ疲労しようとも、俺の心が折れない限りムスコは何度でも元気一杯に甦る。打ち止めという物理的な限界が存在しないのだ。
で、どうなるか。
致して、ムスコは満足、俺は賢者タイム。
しかしその時目の前にいるのは全裸の真理恵さんだ。もちろん触り放題である。おっぱいだって時間制限なしに揉めるし摘まめる。いや、おっぱいだけじゃない。頬も肩も腕も背中もお腹もお尻も太腿も、どこだって撫でて触って良かったし、どこもかしこも柔らかくて触り心地が良かった。これまでおっぱいに拘っていた俺はとんだ権威主義に陥っていたようだ。なんなら手を握っているだけでも幸せな気分になれる。
……こんな状況で俺の心が折れる訳ないだろう?
結果、断続的にとはいえ睡眠ペナルティが発動するまでの十時間以上を“初体験”に費やしてしまった。我が事ながらマジで酷い。それだけ致せば女性側の負担も相当なものになる。そういう負担も含めて快楽変換してしまう真理恵さんだから最後まで付き合ってくれたようなもので、普通の女性だったら途中で怒って絶縁宣言されてもおかしくないような無体な振る舞いだった。
そうと思えばこその謝罪を、真理恵さんは「いいんですよ」と寛大に受け容れてくれた。
「二回や三回であっさり満足されては私の方が満足できなかったでしょうし……私と違って普通に疲れるだけの城太郎さんが何度果ててもゾンビのようになりながら求めてくる様子はいつも以上に病的でゾクゾクいたしました」
……今回ばかりは“病的”に反論できねえ。
それにしても。
単に“やり過ぎ”というのも烏滸がましい程に超やり過ぎたと思ったが、それすらも真理恵さんにとっては許容範囲内なのだから……こういうところ、Mという変態性はとてつもない懐の深さを与えるものなのだろうか。
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「コーヒーでも飲みますか?」
「ああ、貰うよ」
真理恵さんが簡易キッチンでコーヒーを用意してくれている後姿……こういうのもなんか良い。
「どうぞ。“夜明けのコーヒー”というには少し時間が違いますけれど」
「“夜明けのコーヒー”? ぷ、くく!」
「……確かに古い言い回しですけど、そこまで笑いますか」
「ごめんごめん。実は俺も仮想世界にはスズメがいないから“朝チュン”はできないな、とね」
「そうでしたか。似たような事を考えていたのですね」
クスクスと笑いながら差し出してきたマグカップを受け取ろうとして、
「ありゃ?」
「あら?」
俺と真理恵さん、二人揃って戸惑いの声を上げる事になった。
マグカップと俺の手の間にウィンドウが開き、カップを受け取るのを邪魔している。黄色と黒の縞々で縁取りされた警告ウィンドウだ。
「なになに……『食料アイテムの無償譲渡は禁止されています。トレード操作か対象プレイヤーとの共有設定を行ってください』? こういう場面でもでるのかよ……」
「あー……そういえばありましたね、こういうの。この際ですからしておきますか? 共有設定」
「そうだね。今後は一緒に食事とかする機会もあるだろうし」
双方からの操作で共有設定を行うと警告ウィンドウが消え、ようやくマグカップを受け取る事が出来た。
正規版でもそうなのか、実験用バージョンだけなのか、それは判らないが、『エクスプローラーズ』のルールとして、装備品を含めたアイテムと金銭の所有権移動は等価値でのトレードでしか行えないようになっている。しかし、戦闘中にあるプレイヤーが取り落とした武器を他のプレイヤーが拾って投げ渡してやるとか、採掘ポイントで他のプレイヤーからピッケルを借りて掘るとか、所有権の移動が伴わない形で一時的に他者の手に渡る状況で警告ウィンドウが邪魔をする事は無い。またプレイヤー同士の戦闘で相手の戦闘力を削ぐために武器を奪い取る、というのも可能だ。そういうのまで不可能にするのは余りにもリアリティに欠けるからだろう。
例外となるのが食料系のアイテムだ。
これは“空腹ゲージを回復させる効果を持つアイテム”を指すので、僅かながらもその効果のある回復薬も含み、これらに限ってはトレードして所有権を移すかプレイヤー間の共有設定をしないと一時的な受け渡しすらできない。
これは一時的な受け渡しを許可してしまうと、その後のどの時点を“食べる”と判定するのかと、判定後の処理に問題があるからだと俺は思っている。“所有権の無い食料アイテムは食べられない”として、なにをもって“食べる”とするか。
口に入れる瞬間か?
しかし口を“唇よりも内側”とすると、食べる以外の目的で物を口に入れる事はある。行儀の悪い話、両手で足りない時に口で咥えて物を保持するような場合だ。
噛む瞬間はどうだ?
これも同じだ。軽く薄い物なら唇で挟めば済むけれど、少し重さがあれば歯を使う。動作としては“噛む”のと同じだ。
だとすれば飲み込む瞬間が良いように思えるが、その時点をもって“食べる”のだと判定したとして、その後の処理をどうするのかだ。トレードや共有が行われるまで飲み込めないまま口の中に残しておくのか? そのままの状態で所有者に返すのか? 返すにしても元の状態に戻してからにするのか? いずれにしろ不自然極まりない処理となり、この世界のリアリティを大いに損なってしまう。
それよりは、そもそも受け取れない――正確には触れない――ようにした方が、リアリティの損ない具合としてはまだマシだろう。
ちなみにトレードと共有の違いは所有権移動の有無だ。
トレードはそのまま等価値での交換によって所有権を移すから判り易い。が、それでは不都合な場面がある。俺が清一郎たちと飲みに行った時が良い例だ。各々が好きな料理を頼み、それをシェアして食べていた。料理一品という単位丸ごとではなく、部分的に所有権を移動させる処理が必要になり、別の料理に手を伸ばすたびに同じ事が起こる。清一郎が頼んだ唐揚げを食べるためにトレード、織姫のピザでトレード、梓のホッケでトレード、となる。逆に俺が頼んだ刺身の盛り合わせに三人が箸を伸ばせば三回のトレードが必要だ。
いや、もっとか。唐揚げ二個目、ピザ二切れ目、ホッケの二摘み目以降も同じで、もちろん刺身だってそうだ。そんなの面倒臭すぎてやってられない。
そこで共有設定の出番となる。
これを設定したプレイヤー間であれば、いちいちトレード操作をして所有権を移動させなくても食料アイテムを食べられるようになる。無料で、ではなく、食べた割合に応じて自動的に通貨が移動するようになるのだ。俺の刺身盛り合わせを清一郎が半分食べれば、半額分が清一郎から俺に移動する。そんな具合に。
食料系についてここまで厳密に計算管理されるのは、恐らく実験用バージョンだけだと思う。高価かつ強力なアイテムの無償譲渡を禁じているゲームは珍しくないが、飲食を奢る程度の、ゲーム攻略に直接関わらない部分までできないのは珍しい。
理由は言うまでもなく痛覚が再現される中でのプレイヤーの引き籠り化防止策だ。
奢りが出来てしまうと、誰かが引き籠りプレイヤーの食事を賄うのが可能となり、運営が必要とする負荷が稼げなくなってしまう。
だからまあ仕方のない事だとは思うのだが、“夜明けのコーヒー”(もう昼過ぎだけど)くらいは見逃して欲しかった。




