1-2:そして誰もいなくなった
「ところで城太郎くん、この実験についてどこまで理解してる? 一応一通りの話はしていると思うけど、その……なんだ……普段のきみは今のきみと違ってアレだから」
「ええと……仮想世界で時間を加速させる実験で? その舞台に『エクスプローラーズ』というゲームを使っていて? それでなんかクリア順を競うレースをしている? そんな感じでしょ?」
「そんな感じと言えば確かにそんな感じではあるんだけど……他に何か出てこないのか?」
「後は……加速するための技術がどうとか実験用の特殊仕様がどうとかあったような……」
「そうか……」
豊さんが何とも言えない目で俺を見ていた。
すんません。普段ボンヤリしていることが多くて豊さんの話もあんまり憶えてないんです。
豊さんは気を取りなすように「ふう」と一つ息を吐いた。
「まあ仕方ない。改めて話すとしよう。これは他の参加者は募集要項なんかでしっかり把握している事だし、知らずにプレイを始めたらきみが大変な思いをする事になる。雄二の件もあるしな……」
「雄二さんがどうかしたの?」
「実験開始直前に例の発作がね」
「じゃあ雄二さんも遅刻を?」
「ああ。まだログインしてきていない」
雄二さんも遅刻か……。
俺の遅刻が一か月にもなったのを考えると、この加速された世界で雄二さんに会えるのは随分と先になりそうだ。招待してくれたお礼を言おうと思ってたのに残念。
「あそこの宿屋から“マイルーム”に移動できる。で、マイルームから出るドアで行き先を“外の街”と指定すればもう一つの街に出られるから。そっちで待ち合わせて飯でも食いに行こう。少し長い話になるからね」
「判った……でもその前に」
俺は広場を見回して問い掛けた。
石畳が敷き詰められた広場の外縁には石造りの建物が立ち並び――豊さんが指差した宿屋もそんな建物の一つだ――、東西南北には幅広の道が四方へと続いている。この広場、見るからにこの街の中心だ。大抵のゲームでこうした広場は多くのプレイヤーが行き交う場となる。生産職プレイヤーの露店が連なり、戦闘職プレイヤーが掘り出し物を求めて訪れてと言った具合に賑わうものなのだが……どうしてここには俺と豊さん以外に誰もいないのか。
「うん、それもこれから話そうと思っていたのだけどね。他のプレイヤーはもう次の拠点に移ってしまったんだよ。トップ集団ならさらにその次、三つ目の拠点だね」
「一か月も過ぎてればそれくらいは進むか……いやでも誰もいないってのは……」
「プレイヤーは漏れなく賞金レースの参加者だよ? 言ってみれば全員が攻略組だ。……いや、そうとも言えなくなってきてはいるか。一部生産職プレイっぽくなってるプレイヤーもいるにはいる。それでも一日でも早くクリアをって基本方針は残してる。それに後続組がいないのに“始まりの街”に腰を据える意味は無いからね」
なるほど。
加速実験に参加したプレイヤーは賞金レースの参加者でもある。先へ先へと進むだろう。そして抽選で選ばれた限られた人数だけが参加する実験に新規にスタートする後続組はいない。――遅刻してきた俺を除いて、だが。生産職プレイっぽくなっているというプレイヤーも、商売相手がいなければそのプレイスタイルが成り立たない。同じく先へ先へと進むしかない。
斯くしてこの“始まりの街”には誰もいなくなった、と。
「ありゃ? そうすると俺、強制的にぼっちスタート?」
「そういうことになる」
「んー……どうなの豊さん? このゲームってソロでいけるもんなの?」
「ゲームバランス的な話をするなら不可能じゃない。プレイヤーの腕次第で、だけどな」
「腕次第かあ……ちょっとキツイかな」
非VRのレトロゲームなら漫然とながらもそれなりの時間を費やしているので相応の自信はあるけれど、VRゲームとなるとつまみ食い程度にしか手を出していない。はっきり言って腕に自信はありません。
「その辺もコミの話をこれからしようってところだ。本当に長くなるからとにかく移動しよう」
「……うす」
少し焦れたような豊さんに急かされて宿屋へと急いだ。
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宿屋に入って個室の扉を開けたら現代的な普通のワンルームマンションみたいな部屋に繋がっていたのにはビビった。そして外側は古びた木製で内側は真新しい金属製のドアというシュールさに笑いを誘われた。
“マイルーム”には体一つで入ればすぐに生活できるように最低限の家具と家電とPCが揃っている。窓からは道路を挟んで似たようなビルが立ち並ぶ街並みが見えていて、ついさっきまでのファンタジーな街とのギャップが凄い。
おっと豊さんを待たせちゃいけないな。
マイルームへの興味を振り切ってUターン。玄関ドアへと向かう。
ドア内側のドアノブレバーの上に小さな摘みが付いている。普通なら内鍵として機能するそれがここでは違う。摘みの横に小さなプレート様の表示があって今は『始まりの街』となっている。摘みを九十度回すとカシャンと軽く擦れるような音がして『外の街』となった。
そうしてドアを開けるとそこはもう古びた宿屋ではなく現代的な室内に相応しい現代的なマンションの内廊下になっている。エレベーターで地上階へ……って、本当にここゲームの中なのか?
マンションのエントランスで待っていた豊さんと連れだって外に出ると、さっき部屋の窓から見た街並みの中にいた。
「なんか変わった街だね」
道路を挟んで立ち並ぶビルはどれも画一的なデザインをしていて、低層階には何かしらの商業施設が入っている。そして道路の伸びる先――多分北の方角――を見ると、遠くに高く聳える壁のようなものが見えている。ファンタジー世界なら街を囲う壁は珍しくもないが、こういう現代的な街には不釣り合いだ。
「この実験中にしか使わないのに街一つのデータなんか作れないだろ? 社長が昔使ったデータを引っ張って来て最近のVR店舗を嵌め込んだんだよ。少し奇妙に見えるかも知れないけど普通の街にあるような施設なら大抵揃ってるぞ」
「へえ」
「てな訳で何が食いたい? 食事関係は拘って作り込んでるからかなり充実してるぞ?」
「いや、そう言われても……」
高校の途中から半引きこもり、大学中退後はほとんど家から出ていない俺に外食先のチョイスは荷が重い。それを察したか「無難にファミレスでも行くか」と豊さん。
高給取りの豊さんならもっと高級な店に行き慣れているだろうに、ファミレスを選んだのは俺への気遣いからだろう。料亭なんかに連れていかれても正直どうして良いのか判らんし。
さて、豊さんに連れられてファミレスに向かう道すがら、こちらの街では他のプレイヤーをちらほらと見かける。ビル群に囲まれたここではスーツ姿の豊さんの方が馴染んでいて、逆に武器や防具のゲーム装備をしたプレイヤーの方が浮いている。
……まあ、そういうプレイヤーもそれなりにゲームを進めた上での立派な装備をしているので、今さら初期装備の簡易な衣服だけの俺はもっと浮いている訳だが。
「あれ? あの人プレイヤーだよね? 普通の服着てるけど」
「ん? ああ、ゲームの方で稼いだ金をこっちでも使えるんだよ。大抵の店は揃ってるって言ったろ? ああいう服も買えるし、他にも色々買ってマイルームを充実させることもできる。頑張れば現実よりも贅沢な暮らしだってできるんじゃないかな」
「へえ、凄いな」
マイルームにあったのは本当に最低限のものだけだった。いっそ殺風景と言って良い。ゲーム内の装備を揃える以外に、マイルームに物を増やすのもモチベーションの一つになりそうだ。