8-9:真理恵さんの意図
淫靡のインは陰に通ずるのだと俺は思う。
本来陰に隠れ潜むべきもので、けしてこのような南国の太陽に燦々と照らされながら公然と行われるものではない。その筈なのに、現にこの場で行われているという異常性が背徳的な興奮を掻き立てて止まない。
そういや江戸時代くらいの浮世絵にこういうのがあったな。ぬらぬら? とかいうふざけた名前の絵師が描いた女体と蛸が絡んでいる絵だ。そんな昔から触手プレイの概念を確立させていた日本人の妄想力がヤバいと思う。
……しかしそれだって現代では芸術作品として評価を受けている。
だとすれば、今俺が見ているこの光景だって芸術と称して構わない?
芸術には“美を表現する活動”とか、そんな定義があった筈だ。擬岩蛸に絡みつかれた真理恵さんの裸(にしか見えない)体は疑いようもなく美しい。エロいけど。やはり、これは芸術なのか? とってもエロいけれど。
芸術であるならば、他人の痴態を覗き見ているような後ろめたさを感じる必要は無くなる。ここが公共の場である以上、犯罪としての覗きにならないのは当然だ。温泉の女湯や女子更衣室など本来男性の目が入らない場所にいる裸の女性を覗き見るのは犯罪になるが、公共の場に現れた全裸女性ならいくら見たって犯罪にはならない。逆に全裸女性の方が公然猥褻に問われるだろう。今の状況はまさにそれ。まあ、真理恵さんは全裸でなく、際どい代物とはいえ水着を着用しているし、どんなにエロかろうともやっているのは擬岩蛸との戦闘なのだから問題無い。
問題の無い行為なのだから、それを見ている俺にも問題は無い……という建前は、真理恵さんのアレがモンスターを使った被虐的な自慰行為なのだと知っている俺に対しては少し弱くなるのだが、しかしパーティーを組まずに同道して海を渡った意図をもう少し深読みすると……。
……おっと、そろそろ真理恵さんが反撃にでるようだ。
顔面をガードしていた両腕をググッと持ち上げて余裕を作り、蛸の足を掴んで……おいおい、そのまま握り潰したよ。先端に近い細い部分だとしても握力だけで潰すとか、相変わらずの化け物STRだ。そうして腕の自由を得て、ウィンドウ操作して刺突剣を装備。胸から下は蛸の足に巻き付かれたまま、蛸の胴体部分を刺す。刺したまま抉る。蛸のHPが尽きるのはあっという間のことだった。
そしてくるりと俺が身を隠している岩へと向きなおる。
「ふぅ……城太郎さん、お待たせいたしました……」
いや、岩にではなく隠れている俺に、だった。
「……気付いてた?」
「こんな所であんな事をするのですから、他者の接近には注意しています。常に、ではありませんので、城太郎さんに気付けたのは偶々ではありますけれど」
「気付いてたんだ……」
俺が見ているのだと気付いて、それでも止めずに続行した訳だ。
「見られながらというのも良いものですね。城太郎さんが来てからは一段と昂ってしまいました」
「そうなのか……でも、まあ取り敢えず」
俺は中級回復薬を取り出して真理恵さんに投げつけた。
回復薬の瓶は緩い放物線を描いて真理恵さんのおっぱいに当たった。
「「あ」」
狙った訳じゃないよ?
多分、どうしてもおっぱいを見てしまうのが視線で照準を定める『投擲』スキルのアシストに影響してしまったのだと思う。ただでさえ美巨乳な真理恵さんがアルティメットビキニで目の前に立っているのだ。男だったら視線を吸い寄せられるのは仕方ない。当り前の事だ。
現実ならばおっぱいがクッションになって薬瓶はぽよんと押し返されて終わるところだが、ここはゲームの中の世界。“投げ付け回復”判定によって当たると同時に薬瓶は割れる。
真理恵さんのHPだと中級回復薬一本じゃ満タンにならないか?
念のためにもう一本投げたらまたおっぱいに当たった。
「城太郎さん酷いです」
「狙ってないよ本当だよ」
「いえ、胸を狙うのは良いのです。そんなことよりも何故回復させるのですか」
「狙ってないってば」
そこは強調しておいて、何故回復させたのか、だが……。
戦闘中モンスターから攻撃されるとダメージを受け、ダメージに相当する痛みが発生する。そしてその痛みはダメージを回復させるまで継続する。怪我をして痛い、怪我が治るまで痛みは続く。現実的な処理だ。
しかしここに痛みを快楽へと変換するM的体質が絡むと話が違ってくる。
真理恵さんは死に戻る直前のHPが尽きるギリギリまで擬岩蛸との戯れを楽しんだのだろう。蛸を倒して行為を終えても、HPが減ったままなら快楽はそのまま発生し続けていて、真理恵さん的には事後の余韻などではなく未だに最中ということになる。実際、俺と話しながらも表情はトロトロだし、声は艶めいていた。『回復させる=快楽を途絶えさせる』なので気持ち良い事大好きな真理恵さんにとっては酷い事なのだろうけれど、付き合わされる方には堪らない。
「そんなんじゃ落ち着いて話もできない。ついでに目のやり場に困るから防具も着けてよ」
「……この場面ですかさず落ち着こうとする城太郎さんに驚きです」
不満を隠しもせずそう言いながら、しかし真理恵さんは俺の要求を呑んで防具を装備してくれた。ビキニアーマーだが。これでもまだ谷間や下乳が目についてしまうから重鎧の方が望ましいのだが……。
「いっさい手出しをせずに蛸の触手に蹂躙される私の恥ずかしい姿をじっくりと鑑賞していたにしては、終わった途端にこれですか」
「人聞きの悪い事は言わないで欲しいな。横殴りなんてマナー違反はしないよ。俺は戦闘が終わるのを待っていただけだ」
「そういう建前なのは承知しています」
「……」
「私は本音を聞かせて欲しいです。ニュルニュルグチョグチョと弄ばれる触手プレイを見て興奮しませんでしたか?」
「興奮は……したけど……」
「それでどうして終わった途端に落ち着こうとするのですか? さっきの私なんて発情中の雌犬みたいなものですよ? 興奮のままに襲ってしまおうとか、思わないのですか? いえ、思うのではなく、雄の本能に任せて襲うべきではないでしょうか」
「……いや、べきではないだろ……」
しかし真理恵さんはそれがご不満なようだ。
真理恵さんは俺に襲われたいのか?
そんな変態みたいな……って、真理恵さんは変態だったな。
でも……一応確認しておくか?
「あのさ、敢えて直球で訊くけど、真理恵さん襲われたいの?」
「はい」
「……直球で訊いといてなんだけど、返事も直球だとは思わなかった」
直球どころか剛速球だけどな!
モンスターを使った自慰行為を俺に見せたがっている。
パーティーを組まなかった意図を深読みすすれば、自然とそういう推測が成り立つ。
深読みしなければ単に条件云々で自慰できないのは困るとなるのだが、この場所であれば深読みせざるを得ない。俺がマップを塗り潰すべく隅から隅まで探索するのを真理恵さんも知っているからだ。狭い小島では行動範囲が限定されるから、どこであれ真理恵さんが動かずにいれば、“偶然”発見されるのは必然となる。
俺は、その目的を、見られながらすることによって興奮を高める露出・羞恥プレイの一環だと思っていて、だったら便乗してムスコと遊ぶための新たなネタを仕入れてやろうくらいの気持ちでここまで来たのだが……まさか俺に襲わせるためだったとは……。
「とは言え、襲える訳がないんだよ」
エロ系の設定がオフになってるから襲おうにも襲えない。
正直なところ設定をオフにしていなかったら危なかったかも、とは思う。
生理反応再現をオフにしていると、選択的EDになるだけでなく性的な意味での興奮が一定以上には高まらないらしい。常時賢者タイムと言うか、冷静なままで興奮すると言うか、とにかく本能が理性を凌駕するラインの遥か手前に留まれるのだ。
「やはりあの設定が邪魔をしますか……」