8-7:擬岩蛸
離れ小島に無事上陸を果たした後、真理恵さんとは別行動になった。
目的地が定まっているかのように、迷いの無い足取りで何処かへと歩み去ってゆく真理恵さんの後を追いたい気持ちはグッと抑える。
海を渡る間露払い役を務めてくれて、それでもパーティーを組まなかった真理恵さんの意図を俺なりに解釈すると、ここで「せっかくだから一緒に島を探索しないか?」などと誘うのは下策だ。こちらはこちらで独自に探索を進める。それも可及的速やかに。それが上策となる筈だ。
と言って、重要な採取ポイントなどを見落としてしまったら勿体無い。
慌てず、焦らず、でも急ぐ。
そうしてあらかたの探索を終えて思うのは「来るのが遅かった」ということ。
この小島、まるで第三十一階層の縮図のようになっている。狭いながらもこれまでに遭遇した雑魚モンスターや発見した採取ポイントと同様のものが全て揃っているのだ。階層探索の初期に訪れて素材を入手していれば、その後の全域塗り潰しが随分と楽になっただろうと思う。逆に、最後に訪れてしまうと今更感が強くなる。そんな場所だった。
小島の探索は“あらかた”終わった。
つまり、まだ全てを終えた訳では無い。
残すのは波打ち際の岩場にぽっかりと口を開けている洞窟で、他でもない、真理恵さんが目的地と定めていたであろう場所だ。入り口から奥を覗き込んでみると、天井の所々の裂け目から陽光が差し込んでおり、多少薄暗いくらいで特に暗闇に悩まされる事も無さそうだった。
――さて、ここからは慎重にいかなくては。
この“海辺”ステージで遭遇した雑魚モンスターは、陸において赤槌蟹と青鎌蟹、浅瀬を含む海では噴流貝、合わせて三種類だ。“草原”“森”“廃村と荒野”を振り返ればどこも四種類の雑魚モンスターがいた。このステージにも四種目がいるだろうと思っていたし、いるとすれば初めて踏み込む洞窟内に潜んでいる可能性は極めて高い。
俺みたいな即座の対応力よりも情報の蓄積を武器にするタイプにとって、雑魚だろうとも初見の相手は常に死の危険を伴う。運の良し悪しや装備の相性によってはあっさりやられてしまうこともある。常であればそれもまた死に憶えの一環であり、次に繋がる一歩として甘んじて受け入れるのだが……今日この時ばかりは少々事情が異なる。洞窟も含めて小島の全てを踏破するまで断じて死に戻る訳にはいかないのだ。
小盾を構えて用心深く洞窟を進んでいく。
洞窟の幅は人が両腕を広げて五人は横並びできるくらいあるものの、床が平坦でなく、低くなっているところは水で埋まっている。深さはまちまちで、見た感じ”浅瀬”相当なところもあれば”海”相当の部分もあるようだ。そして見渡す限り“陸”に相当する部分に敵影は無く、襲われるとしたら水中からになると思われた。
……思っちゃったのだ。
それはもう思い込みのレベルで。
コツコツと歩きながら、視線も注意も小盾も、全てが水の方に向けられていた。
コツコツ。
コツコツ。
コツグニュ。
「おわっ!?」
突然の事だった。
踏み出す脚に固い感触を返していた岩床から一転、柔らかななにかを踏んでいた。体重をかけた分だけ沈む込み、踏ん張りが効かずに前のめりに倒れ込み、眼前に迫ってくるゴツゴツとした岩床に恐怖を感じる。ゲームシステム的に単なる転倒でダメージを受けることは無いが、“現実的に痛みを感じる状況であれば痛みが発生する”のが実験用バージョンの特殊仕様。この勢いで岩床に顔面を打ち付けたら相当に痛い!
グニュン。
しかし、床と顔面の距離がゼロになっても恐れていた痛みは訪れなかった。ちょっとしたヌメリとなんとも表現し難い種類の柔らかさを有する何かが床を覆っていて、転倒の衝撃を吸収してくれたのだ。
「なんだこれ?」
ブニブニと感触を確かめていると……俺が手を着いたすぐそばにぎょろりと真ん丸な目が開いて睨み付けてきた! 同時に俺が乗っている床そのものが蠢き出し、さらには岩そのものだった見た目も色を変えていく。
モンスターだ!
慌てて転げるように固い床に逃れ、振り返った先でそいつは正体を現していた。
グネグネと蠢くそれは、
「蛸か!?」
蛸だった。骨格を持たない軟体動物らしく床に広がる大きさはシングルベッドより少し小さいくらいか。今では岩石の色は完全に抜け、それが本来の体色なのだろうくすんだピンク色に変じている。
大急ぎのメニュー操作で武器をメイスから片手剣へと持ち替えた。
踏んだ感触や転倒の衝撃を吸収した柔軟さからして屍食花以上の打撃耐性を有しているように思えたからだ。蛸相手には『青鎌蟹の刃』製の片手剣のほうが向いている。
そうして戦ったこの蛸、難物だった。
八本足の内の四本で移動と体の安定を行い、残りの四本で攻撃してくる。タイプとして屍食花と似ているものの、大きく違うのが蛸は全身のほとんど――足の先までが――筋肉の塊だということだ。屍食花の蔦が鞭だとすれば、蛸の足は空中で自由自在に軌道を変える鞭だった。打撃を防ぐべく小盾を構えたら途中で引き返して別の所を狙ってきたりする。反面、屍食花の蔦ほどのスピードではなく、“客観視”を入れて冷静になればどうにか対処できた。
ところが、だ。
蛸の足には吸盤がある。これが厄介。
上手い具合に小盾や軽鎧で攻撃を受けたとして、時折キュポッと音がして吸盤が貼り付き、足を戻す動きに引っ張られてしまう。吸着時間は一秒か二秒か、それほど長くないのだが、戦闘中にそれだけの時間行動阻害を受けるのは痛い。そして素肌に吸着されると、これもまた痛い。キュポ音とともに針で刺したような鋭い痛みが走るのだ。幸い、吸着自体は蛸の攻撃手段ではないらしくダメージは発生しない。しかし行動阻害と痛みでこちらの動きが鈍れば別の足に打撃される。
吸着中は蛸の足も動きが鈍くなるのを逆手にとって片手剣で斬りつけてダメージを蓄積させ、ようやく蛸を倒しきった時には俺のHPは三割くらいしか残っていなかった。戦闘中に織り交ぜた『盾殴り』はあまり有効ではなかったから、やはり蛸の打撃耐性は高い。
もしもメイスのまま戦っていたら蛸より先に俺のHPが尽きていただろう。
戦闘前に武器を持ち替えた英断を誇りたい。
誇る相手がここにはいないけども。
中級回復薬でHPを回復させてからドロップを確認した。
アイテム名から判明した蛸の名は『擬岩蛸』。なんとなくギガンテスっぽくてかっこいい。
ドロップしたのは『擬岩蛸の表皮』『擬岩蛸の墨』『擬岩蛸の足』だ。表皮を防具強化に使えば打撃耐性強化に役立ちそうだ。足は食材アイテム。たこ焼きにしたら上手そうだけど、料理スキルがオミットされている実験用バージョンでは死に在庫にしかならない。早々に売り払ってしまおう。墨が謎。分類は調合素材になっているが、調合相手が現在不明だからだ。
一通りの確認を終え、洞窟の行く手を見る。
天井の裂け目から差し込む陽光で明かりは十分にある。かなり先まで見通せる洞窟内に敵影は見当たらない。が、先ほどの遭遇状況と擬岩蛸の名前からして、普段は体表の色を変えて岩に擬態しているのだろう。水側に意識が向いていたにしても、踏むまで気付かなかったくらいには風景に溶け込んでいた。そう思ってしまうと目に入る岩全てが怪しく見えてくる。軟体を活かして平べったくなれば床にも擬態できるのは既に体験済みだ。
蛸が擬態を解くまで判らないのではほぼ確実に不意討ちされることになる。
一戦してみた感じ、天秤が少しでも蛸に傾けば俺が死ぬ。
それだけは何としても避けなくてはならない。
不意討ちを防ぐには……。
思案の末、片手剣は腰に差し、代わりに槍を手にした。“森”ステージでドロップした予備の槍は未強化のままのベース状態で、見た目は先端が尖った長い木の棒でしかない。
石突ギリギリを握って最大限長く持ち前方の床を軽く叩く。
カツン、と固い音が返ってきた。
歩みは遅くなるが、こうして音を確かめながら進めば最悪の事態は避けられるだろう。




