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プロローグ5:痛覚再現下での得難いプレイヤースキル

 そうは言っても痛覚再現率は五十パーセントになっている。

 まあ……例えば『腹を掻っ捌かれて内臓を零れ出させながら死ぬ痛み』なんてものがどれほどのものなのか想像するのも難しいし、想像した痛みの半分だとしてもけして楽観はできないのだが……それでも百パーセントと言われるよりは幾分か気が楽なのは確かだ。

 こうしたゲームは死ぬのが前提になっている部分もある。

 そんな致命傷の痛みをダイレクトに感じていたら深刻なPTSDに陥りかねず、逆に実験後の人生に悪影響を及ぼしてしまうとの判断があったのだろう。

 そうはならない日常部分――アバター能力がリアル準拠となる“街”では再現率百パーセントになるが、これはまあそのまま日常通りと考えれば何の不安も無い。


 それでも痛覚再現について改めて知らされればどんよりとした気分にもなる。

 説明を終えた阿部さんの映像と入れ替わりに再び登場した藤田さんは幾分テンションが落ちた俺達を見渡して、


「さて、ここまでは既に確定していて、皆様にもお知らせしている内容です。今後、進行にともなって細かな変更が加えられるかもしれません。その際は運営メールでの告知を行いますので忘れずに確認するようお願いします」


 そうして話を締めくくった。

 後から変更をする、というのは後出しジャンケンされるようで余り良い気はしないものだ。しかし『Ver.EX』はこの実験の為だけの急造だ。実際に運用して初めて判る問題点なんかもあるだろう。それを放置されるよりはマシだと考えるしかない。一般のMMOだってアップデートごとに仕様が変わるなんてのはありふれている訳だし。


「それではプレイヤー諸君! ゲーム開始だ!」


 またもや死神じみた黒ローブ姿になった藤田さんが宣言して『エクスプローラーズ2ndステージ・Ver.EX』開始である。広場から出られないように設置されていた透明な壁も消失し、早速我先にと駆けだして行く多数のプレイヤー達。一人で走っていったのはソロ攻略者だろうか? このゲームはパーティープレイ推奨のゲームバランスになっているが、腕次第でソロ攻略も不可能ではないし、それだけの腕があるならソロの方が逆に効率が良い。パーティーだと頭割りになる経験値なんかが一人で総取りだから。いち早く効率の良い狩場に赴いてスタートダッシュをかけるつもりなんだろう。


 さて俺は……いや、俺達は……。

 人が減った広場を目的の人物を探してキョロキョロと見回していると、俺より先に相手が俺を見つけてくれた。


「ノブナガ! こっちだ、こっち!」


 連れ立ってやって来るのは俺と同年代な二人の男。

 初期装備の防具は共通していて、一人は槍、一人は弓を装備している。


「よお、さっき振り」


 軽く挨拶して合流する。

 この二人とは過去に幾つものMMOで一緒にプレイしている。きっかけは名前だ。俺は本名からの発想で戦国武将っぽいアバターネームを使うことが多く、そのせいか似たような名前があれば敏感になる。とあるゲームでヒデヨシ(ゲーム内では別の名前だったが)と出会い意気投合、示し合わせて移動した別のゲームでモトヤスと以下略。それ以降三人で様々なゲームを渡り歩いた間柄だ。毎回戦国武将系の名前が三人揃っているお蔭がゲーム界隈ではそれなりに有名だったりもするのだ。主にネタ的な意味でだが……。

 で、この実験への参加も三人で決めた。その際に現実世界で合流するために初めて本名を名乗り合って驚いた。


 俺、本名織田信長。

 槍の方の本名、羽柴秀吉。

 弓を持ってるのが松平元康。

 戦国武将でも特に有名で関係の深い三人と同名だった。

 ちなみに俺を含めて件の家系とはまったく、これっぽっちの関係も無い。単にそういう名字を持つ親が歴史上の人物にあやかった名を息子につけたというだけ。安直な話ではあるが、それが三人揃うのは凄い確率の偶然だと思う。俺達の友情を一層深めたのは言うまでもないだろう。


「取り敢えずパーティー申請、っと」

「ほい、受諾、っと」

「こっちも」

「OK」


 ヒデヨシとモトヤスからパーティー申請が飛ばされ、俺がそれを受諾する。視界の片隅に映し出されていた俺の簡易ステータス表示の下に二人の分も追加された。


 周囲では俺達のように示し合わせての参加なのか既に出来上がっているパーティーがあり、そうでない参加者は声を上げてメンバーを募集していたりと活気がある。雰囲気に当てられたのかヒデヨシ達はすぐにでもフィールドに出ていきたそうにしている。実を言えば俺もそうなのだがちょっと待て。まだまだ焦る必要は無い。

 ステータス画面のシステム表示には現在時刻が含まれている。

 一つはゲーム内時間。スタートイベントと挨拶や説明で一時間半ほど過ぎている。しかしもう一つの現実時間の表示は未だに09:00のまま。二万二千倍に加速された世界では外の世界の一秒が二万二千秒になる。イコール……だいたい六時間くらいか?

 信じがたい事に外の現実世界ではまだ一秒も過ぎてない。

 凄いな時間加速。


 それはともかくとして。


「おい、役割は持ち回りだからな? 忘れるなよ?」


 これは念を押しておかないと駄目だ。

 俺が片手剣と盾、ヒデヨシが槍、モトヤスが弓。前衛、中衛、後衛と役割分担できていてバランスは良い。これまでのゲーム経験から自然とこの形になっているし、一番しっくりくるのは間違いないのだが……痛覚があるのに前衛で固定されるのはきついので、前中後衛をローテーションするのは事前に申し合わせている。このゲームにはジョブシステムはなくて、装備する武器や防具を変えればそれだけ役割を入れ替えられるから簡単だ。


「判ってるって」

「ノブナガがMなら良かったのにな」


 ゲームの攻略を優先するならローテーションを組むのは悪手だと言える。

 武器やスキルの熟練度が分散してしまい、平均的に成長した器用貧乏タイプになりやすいからだ。一点特化型に比べればどうしても劣ってしまうだろう。しかし後衛特化で成長すればHPや防御関連のスキルが伸び難い。前衛も経験する事でそれらを伸ばしておけば助かる場面が無いとは言えない。そう考えれば平均型も悪くない……ということにしておいた。


 俺はMじゃないから好き好んで痛い思いをしたくはない。

 ヒデヨシかモトヤスがMなら良かったのにとは俺だってそう思う。普段なら「実は俺Mなんだ」なんてカミングアウトをされたら正直引いてしまうところだが、この場であれば諸手を上げて歓迎した上に賞賛までしてしまうところだろう。


「あのー……ちょっといいですか? 良ければ私をパーティーに入れて欲しいんです」

「「「え?」」」


 唐突に掛けられた声に俺達三人の戸惑いの声が重なった。

 なにしろ声の主が女性で、しかも美人なのである。

 年齢は俺達と同じくらいか。初見ではなんとなく地味な印象を受けるのだが良く見ると落ち着いた感じの和風美人。左の眼もとの泣き黒子がそこはかとなく色っぽい。


 お前の知り合い? いや知らない。そっちこそどうなんだ? 俺だって知らねえよ。


 そんな無言のアイコンタクトが交わされる。

 ぶっちゃけて言うと、俺達は女性にモテる自信なんて微塵も持ち合わせていない。

 他のゲームではそれなりに女性プレイヤーとも仲良くやっているが、リアルの外見がそのまま反映されているここでは……まあ、その先は言うまい。泣けてくるから。とにかく女性から声を掛けらえる理由が思い当らないのである。


「ええと、私、シンギョウジ・マリエといいます。こういうゲームはあまり得意ではないので迷惑をかけてしまうかも知れませんが……」


 俺達の困惑を他所に自己紹介を始める女性――シンギョウジ・マリエ。


「……」


 その紹介に俺達の警戒レベルが上昇する。

 

 ……寄生する気じゃないのか?


 リアルそのままの外見になっている今、俺達の絵面はゲームオタクが三人頭を突き合わせているような状態だ。男性的な魅力には乏しくとも、ゲーム攻略の助けになるかという観点からならそれなりに魅力的ではあるだろう。不得意を自称する女性が寄生先として目を付けるのは有り得る話だ。


「シンギョウジさん? どうして俺達のパーティーに入りたいんですか?」

「済みません、そちらの話が偶然聞こえてしまって」

「?」

「その……実は私、Mなんです。前衛を志望です」

「「「採用!」」」


 即決だった。

 諸手を挙げての歓迎である。


「それじゃあシンギョウジさん、パーティー申請出すんで受諾してください」

「あ、はい」


 俺の申請で開いたパーティー加入画面を操作する手つきも拙いもので、彼女がどれだけゲームに慣れていないのかを物語っている。しかしシンギョウジさんの加入を後悔する気持ちは湧いてこない。

 運動が得意であるとか、格闘技経験があるとか、VRゲームでは現実世界に由来するプレイヤースキルが有利に働くのは厳然たる事実。痛覚が再現されるこのゲームにおいて、痛みをものともせずに、それどころか好き好んで引き受けてくれるMの素養はゲーム初心者というデメリットを吹き飛ばして余りある得難いプレイヤースキルだと言える。ゲームに不慣れならこれから慣れて貰えば良いのだ。


 シンギョウジさんには大盾と片手剣と革鎧を装備して貰い、軽く打ち合わせをして出発だ。

 まずは”育成神の迷宮”を目指す。

 試練をクリアして加護を得てレベルアップできるようになるのだ。


 こうして、シンギョウジさんを加えた四人パーティーで俺達のゲーム攻略は始まった。

次話から主人公城太郎視点になります。

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