6-3:訓練場へ
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指導を受けるのは真理恵さんだけだけれど、仲介者の俺が知らん振りはできない。顔合わせに立ち会ってお互いの紹介くらいはしないといけないだろう。
と言う訳で、翌日になってから真理恵さんを連れて“始まりの街”の訓練場にやって来た。
森ステージ攻略中の俺達は直接には“始まりの街”に行けない。森の砦から第十階層経由で九階層との間にある小部屋へ行き、そこにある帰還用扉で“始まりの街”へと向かう。これは“外の街”との行き来がどこの宿屋からマイルームに移動したのかで一対一の関係になっているからだ。
まあ、行きは一手間挟むだけなのでまだマシだ。
帰りは第一階層から順に登っていかなければならない。フェンリル討伐までに嫌という程繰り返したマラソンを再び、と言う訳だ。面倒な事だが、言うまでも無く豊さん達運営陣による攻略遅延策の一環なので仕方ない。
待ち合わせたのは訓練場の前。
到着した時には織姫だけでなく清一郎とあからさまに面倒臭そうな顔をした梓も待っていた。対面した瞬間に真理恵さんが立ち竦んだのは……多分高身長超絶美形な天音姉弟に気圧されたからだと思う。お互い名乗る程度の簡単な紹介の後、リアルモードのまま訓練場に立ち入……ろうとしたところで清一郎が待ったをかけた。
「装備を外してから入った方が良いよ。この中は戦闘域扱いだから装備品が本来の……“そういう武器や防具が現実にあったらこれくらいの重さになるだろう”っていう重さになるから」
それは実験用バージョンの特殊仕様に起因する現象であるらしい。
エクスプローラーズでも武器や防具には“重さ”が設定されている。昔のゲームみたいに必要筋力に達していなければ装備できないなんてことはないけれど、筋力が足りなければ重過ぎて扱いにくくなる。これは現実の世界で重い荷物を背負えば動作が鈍重になるのと同じだ。
そしてその“重さ”はレベルやスキルによって上昇するゲームキャラとしてのステータスに対応していて、街などの非戦闘域内ではリアル準拠の身体能力に変更される特殊仕様と非常に相性が悪い。歴史上西洋の騎士が着ていたような全身鎧は何十キロもあって、転んだら一人では起き上がれないなんて話もある。現実の鎧でもそうなのだから、ゲームキャラのステータスに対応した重さの装備品なんて素の身体能力で支え切れるはずが無い。街に入った瞬間に押し潰される。そこまで行かなくても行動に支障が出るのは間違いない。
拠点の出入りに際して都度装備の付け外しをしていてはスムーズなゲームプレイは望めない。“外の街”で否応なく素に返るのだからこちら側ではプレイに没頭して欲しい。そうした運営の意思により、非戦闘域では装備品の重さが軽減されているそうだ。具体的にはフィールド上で感じていたのと同じになるように。
そして訓練場にリアルモードで入るのは特殊仕様の中でも更に特殊なケースとなる。
戦闘域扱いだから装備品に重さを戻すことになるが、ゲームキャラ用の重さをそのまま適用してはリアルモードのステータスには重過ぎる。そこで清一郎が言った“そういう武器や防具が現実にあったらこれくらいの重さになるだろう”という想定の重さとなる。
「ゲームキャラで入ればゲーム用の重さになるんだろ? だったらゲームキャラで入った方が良いんじゃないのか? 重くて盾が持てませんじゃ真理恵さんが訓練できないじゃないか」
「いや、それは」
「それは駄目」
俺は清一郎と話していたのにいきなり織姫が被せてきた。
「いいこと? 私が指導するのは“ゲームの大盾の使い方”じゃあなく、“天音流の大盾の使い方”。昨日の話、あれは了解しているのよね? ここが仮想世界でも私の指導は現実に則していると思いなさい。大盾を持ってどう動くか、どう動けるか、それは現実の体と同じ条件でなければ教えられないし覚えられないでしょう?」
懇々と説く織姫……って、この女本当に織姫なのか?
普段との落差が激し過ぎて実はそっくりな別人と言われても信じられるほどだ。
「清一郎、実は三つ子で、織姫と入れ替わりに三人目が出てきてるとかないよな?」
「ないよ。姉ちゃんは剣術絡みだと真面目なんだ」
「そうなのか……」
普段の奇天烈な言動が半分演技混じりだとして、演技分を差っ引いても十分に変な女なのが織姫なのだが……そこから逆方向の“真面目”という演技をしているという事だろうか。
「って言うか城太郎、その口振りだと俺と姉ちゃんが双子だと思ってるみたいだけど、それも違うから」
「え!? 違うのか!?」
「勘違いされるのはしょっちゅうだよ。両親おんなじなんだから似てて当たり前なのにな」
言われてみれば確かにその通り。
男女の性差に起因する細かな違い以外は瓜二つなのでてっきり双子なのかと思っていたが、同じ両親から同じ遺伝子を受け継いでいれば似ていて当然だし、それが“双子並み”になるのも有り得ない話じゃない。
……いや待て、俺が双子だと思ったのはそれだけじゃなく二人ともが大学三年生だと聞いたからじゃなかったか?
「ちなみに、私は浪人も留年もしてないからね」
ドンピシャなタイミングで織姫が底冷えするような声で言い、思わず「あ、はい」と答えてしまった。「これも毎回勘違いされるんだよ。この話はあんまり引っ張らないでくれ」と清一郎がこそっと囁いてくる。
これまた言われてみれば、になるか。双子でなくても四月の早生まれと三月の遅生まれなら同学年になる。誤解されたその場で訂正できればまだマシで、できなければ陰で「浪人もしくは留年した女」として認識され続けることとなる。浪人は進学を一年遅らせてでも希望の大学を諦めなかったとして好意的にも捉えられるけれど、留年は傷病などの特殊な事情を除けば怠慢の結果として否定的に評価されてしまう。どちらにせよ毎回ともなれば織姫も面白くないか。ここは清一郎の言う通り、この話題は深く突っ込まずに流しておくとしよう。
「重さはこっちで確認しているわ。ベース武具だっけ? 強化していない大盾なら一般人の筋力でもどうにか扱えるでしょ。ああ、それを忘れていたわね。ベースのはある? 無ければ武具屋に行って強化素材を外してきなさいな」
「いくつかストックしてあるので大丈夫です」
「あらそうなの」
そう言って織姫が軽く目を瞠ったのは、二つ目以降のベース武具を入手する方法と、入手率の低さを知っていたからだろう。初期配布以外のベース武器は屍食花から入手できるのだが、“探索者の死体”を抱えた屍食花との遭遇率がまず低く、さらにはその全てからドロップする訳でも無く、ドロップしたとしても死体の装備品の中からのランダムとなる。同一種でダブらせるには気の遠くなるような数の屍食花を倒さなければならず、それを“いくつかストックしている”ともなれば正に目を瞠るような成果であるのだが……その裏にある屍食花大量討伐の事情を知っている俺は目を瞠るのではなく多分生温い目になっていることだろう。
「なら一旦装備を全部外して、ベースの大盾だけにしてから訓練場に入るわよ」
「判りました」
織姫に促され、真理恵さんはメニューウィンドウを操作した。
メニュー操作による装備の着脱は一瞬で完了する。
真理恵さんが着ていた重装鎧ですらパッと消えてそれで終わりだ。
「あらまあ」
「む……」
「これはなかなか」
「……」
織姫が再び軽く目を瞠り、梓は無表情ながらも忌々しそうな色を浮かべた。
これまでボッチだった俺は他人が装備を外す瞬間を見たのは初めてだ。だから知らなかったのだが、女性がこれをすると今まで鎧で抑え付けられていたおっぱいが解放されてぶるんとなる。ぶるん、である。いや、真理恵さんくらいになるとばるん、かも知れない。
巨乳仲間となる織姫をして目を瞠らせ、控え目な梓を忌々し気に唸らせ、俺などは言葉を失って見入るのみの壮観だ。
……そんな中、暢気に寸評をしている清一郎はなんなんだ?




