5-10:第二十階層のボス
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「俺の準備が終わったら連絡するから、それまでに装備とか回復薬とか必要な物を揃えておいて欲しい。俺の方は結構時間がかかるだろうから急ぐ必要はないよ」
第二十階層ボスの行動パターンを死に憶えるのにどれくらいかかるか判らない。真理恵さんとは進捗などを定期的に連絡する約束をしてフレンド登録した。織姫や梓は登録していないので初の女性フレンドとなる。
こうして協力体制が固まり、この場での話は終わり。
正直真理恵さんと話していて疲れてしまった。ちょうど目の前に森の砦に帰還できる扉もある。ちょっと早いけれど今日は攻略を切り上げて帰ろう。と思ったのだが、真理恵さんがやけに良い笑顔で「ではこのまま二十階に行きましょう」と言う。
「いや、ボス攻略は俺の準備が終わってからだよ?」
「それは判っています。ほら、城太郎さんに観戦して貰うって」
「それってボスが強くて先に進めない真理恵さんの窮状を訴えるって奴でしょ? もう必要無いじゃないの」
死に憶えの回数を減らせるなら是非観戦したい。しかし俺の気持ちをパーティー結成に傾かせるためのネタとして提案されたのだから“絶対にパーティーを組まない”と決めている状態で乗るのは不義理になるだろうと思っていた。なら既にパーティーを組むと決めているのに観戦するのは良いのだろうか?
「必要か否か、それはあまり問題ではありません。私の体がその気になってしまっているのです」
「は? その気、って?」
「久し振りの死に戻りに向けて期待が高まっているのです。今さら無しにはできません」
「……」
そういうことか。
死に戻る瞬間が最高とまで言いながら、ステータス上昇を抑えるためにセルフ寸止めとやらを自らに課していた。そこにパーティー結成のため俺に観戦させるという大義名分を得て、久し振りに死に戻りするまでモンスターに責められる気満々になっていた。このまま何もしないで帰っては収まりが付かない、と。
真理恵さんの気持ちは判らないでもない。
俺が早く帰ろうとしているのは、今日の真理恵さんと屍食花の記憶が鮮明な内にムスコと遊びたいからでもある。つまり俺の体もその気になってしまっている訳で、なんやかんやで実行できないとなったら悶々としてしまうだろう。
「判った。観戦させてもらうよ。ただし、パーティーを組むからにはさっきの条件に従ってもらう。勝てないまでも真面目に戦ってできるだけねばって欲しい。その方が敵の動きを色々見られると思うんだ」
死に戻るのを優先して攻撃されるままでいるよりも、真理恵さんが真面目に戦った方が多くの行動パターンを引き出せる筈だ。そうしないと単に真理恵さんの自慰シーンを見せつけられるだけになってしまう。それはそれで収穫と言えなくもないが、多分真面目に戦っても似たような展開になるだろう。だったら戦闘に関しての情報収集も同時進行させたい。
「できるだけねばる……つまりセルフ焦らしプレイということですね? そして城太郎さんはそれをじっくり観察したい、と」
「そう思うんならそれでも良いよ」
「この突き放すような対応……城太郎さんはSですね」
「真面目にやる気ないなら帰る」
「はい、真面目にやります」
本気で帰ろうとした気配を察したようだ。この機会を逃したくないらしい真理恵さんが途端に神妙な顔で宣言して真面目に戦闘するために装備を整えた。鎧は俺の物よりも体を覆う面積が大きい重鎧で、盾も少し屈めば全身を隠せるくらいの大盾という重戦士スタイル。鎧も盾も“屍食花の花弁”を多用した強化がされている。
真理恵さんは必要があればゲームシステムをちゃんと調べる人だ。ボスを倒せずに困っていたならできるだけ有利な装備を整えているだろう。とすれば、第二十階層のボスは打撃メインの攻撃をしてくるのか。ゴムのような質感の“屍食花の花弁”は耐打撃性能に優れているのだ。
そして武器は……まるで木の杭に鍔と柄を付けたような代物だった。
「木の剣?」
「大鬼の棍棒を使った刺突剣です。普段は片手剣を使うのですが、この素材とは相性が悪いようでしたので」
「ああ、余り良い性能にはならなかったな」
俺も強化候補として性能の確認だけはしている。ゴブリンからドロップする“小鬼の棍棒”と第十五階層のホブゴブリンからドロップする“大鬼の棍棒”はどちらも木材だ。片手剣の強化にも一応使えるのだが、木だから斬属性が死ぬ。形状的に刺突もできるものの、片手剣の本領である斬撃が使えないせいで素材のレア度に比べて数値的な性能は低めになっていた。メイスがメイン、片手剣がサブ、補欠に槍で考えている俺は他の武器種は試さなかった。けれど槍の穂先にしたように、刺突専門の武器としてなら木製素材もレア度相当の性能になるらしい。
そして真理恵さんが普段使わない武器種に変えてまでも“大鬼の棍棒”を活かそうとしているという事は、第二十階層のボスはやはりゴブリン系なのだろう。
「もうお察しのようですが二十階のボスは」
「あ、待って待って。初見の感動をちゃんと味わいたいからネタバレは止めて」
「……そうですか?」
真理恵さんが不思議そうに首を傾げた。
情報収集を希望した俺と、事前情報を拒否した俺。そこに矛盾を感じたのだろうけれど、それはそれ、これはこれ、未知の敵に初めて出会う瞬間は一度きりなのだ。
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と言う訳でやって来た第二十階層。
ゴブリンの優位を活かすために森の中なのかと思いきや、予想に反して木々はまばらで枝を伝って樹上移動できるような密度ではなかった。背後に崖を控えた開けた土地で、崖には黒い穴がぽっかりと開いている。穴の正面を中心にした地面は踏み固められて草も生えておらず、森の獣のものらしい骨が散らばっていた。
そして今まさにまた新たな骨が追加されようとしている。
数体のゴブリンがもはや原型を留めていない肉の塊に群がり、ガツガツと貪り食っているのだ。
洞窟を巣穴にして棲み付いたゴブリンの群。
そういう絵面になっている。
「では逝きます」
「あ、ああ、行ってらっしゃい」
今の発音、明らかに「行きます」じゃなく「逝きます」だったな。死に戻る気満々だな、あれは。ちゃんと真面目に戦ってくれれば良いけれど……。
ゴブリンに駆け寄る真理恵さん。
大きな盾が邪魔になるのか全力疾走には程遠いスピードだ。が、最後の数メートルだけは違った。両足に纏わりつくような紫電のエフェクト光が発生して急加速したのだ。加速度をそのまま乗せるようにまっすぐ突き出した杭剣が手近なゴブリンの脳天を貫き、一撃でHPを消滅させた。
一瞬で仲間を殺された他のゴブリンはギャアギャアと怯えた声で鳴き交わし、一目散に巣穴へと逃げ戻っていく。どうやらこれはボス登場のムービーシーンのようなものらしく、真理恵さんは逃げるゴブリンを追う素振りすら見せず、巣穴に向けて大盾を構えている。
すると巣穴から飛び出してきた何かが大盾に激突した。
盾に弾かれて地面に落ちたのは丸太だった。ログハウスの壁材に使えそうな太さで長さは一メール半を越えるくらいだろうか。状況を見れば逃げ戻ったゴブリンから襲撃を知らされた何者かが投げつけてきたように見えるが……あんな丸太を猛スピードで投げられるような“ゴブリン系のなにか”ってなんなんだ?
その疑問はすぐに氷解する。
それが自分から姿を現したからだ。
「なんだありゃあ……」
気の抜けたような声が漏れたのは思わずの事だった。
のっそりと穴から出てきたのは、緑がかった肌と無毛の頭部、身長に比べて脚が短く、反するように腕は長い、典型的なゴブリン体型のモンスターだ。しかし、大きい。“小鬼”のゴブリンで身長百三十くらい、“大鬼”のホブゴブリンでも百六十程度。しかしこいつは二メートルを優に超える。さらに高さだけでなく幅と厚みも半端ない。全身をはち切れんばかりの筋肉に覆われており、貧弱貧相なゴブリンのイメージからはかけ離れている。
手に持っているのは今しがた飛び出してきたのと同じような丸太だ。
棍棒?
いや違う。
武器として扱いやすいように加工したものを棍棒と呼ぶ。でもあれは生えている木を無造作にへし折って適当に枝葉を落としただけの代物。だからもう丸太と呼ぶしかない。
HPバーと共に表示される名は『巨鬼・タイタン』となっている。
大鬼のさらにその上だから巨鬼なのか。確かにゴブリンとしては巨大だけど、それでも神話の巨人の名を冠するには物足りないような気もするな。名前負けしている感じなのはフェンリルと同様か。
ゴブリンの死体と真理恵さんを見れば何があったのかは一目瞭然だ。
仲間を殺され、その犯人を目の前に、タイタンは怒りの形相で咆哮した。
ギャアギャアと甲高いゴブリンの声ではない。大気を震わせ地を揺らすような重低音だ。
咆哮の終わりが戦闘の始まりとなる。
タイタンは丸太を振りかぶり、猛然と真理恵さんに襲い掛かった。
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攻防――と言うには防戦一方だったが、約束通り、できるだけねばった末に真理恵さんは死に戻った。そして、観戦で得た情報をおさらいする意味で挑んだ俺もあっさりと殺された。




