プロローグ4:実験バージョンの変更点
「皆さん少しでも早くクリアしようと考えていることと思われますが、我々は最長の二十年間を想定しています。この期間を前提として、実験終了後の皆さんへの影響を最小限にするべく実験用バージョン限定の仕様をいくつか追加しています。まあ、これも事前に告知している内容ではありますが、文字情報だけでは受け取る印象にバラつきもあるでしょう。ここで簡単にではありますが、改めての説明を行わさせて頂きます」
阿部さんの言う通り、DPS・Kantan側はこの実験を二十年間のものとしている。
そして二十年間も仮想世界の中に居続けた場合に発生するであろう“悪影響”を回避するための項目を挙げ、俺達はそれに同意して実感に参加している。
一つ目は『本名の登録・現実の容姿をそのまま用いたアバター』だ。
キャラクタークリエイトはVRゲームにおける最初の醍醐味ではあるけれど、今回それは許可されていない。登録名は本名そのまま、現実の肉体をそのままスキャンしたリアルモード用アバターでのプレイが義務付けられている。一応髪型の変更と、ぽっちゃり体型をスッキリさせるくらいは許されているが……基本、この場にいるプレイヤーはリアルと同じ見た目になっている。
“名前と見た目は、自分が自分であると認識するための大事な要素である”
二十年間、違う名前で呼ばれ続け、違う見た目のアバターで居続けたら。
その後現実に立ち返った時に果たして自分を自分としてきちんと認識できるのかどうか。名前を呼ばれても自分が呼ばれていると気付かないかもしれない。鏡を覗き込んで、そこに映る自分の顔を見て「誰だこれは?」となってしまうかもしれない。
紛れもなく、ちょっとした異常者の出来上がりだ。
これを避けるための『本名の登録・現実の容姿をそのまま用いたアバター』なのだった。
言われてみればなるほど必要な措置だとは思う。
けれど……ファンタジーな世界の中で日本人ゲーマーの容姿はやはり浮く。
その上俺の名前はオダ・ノブナガ。周りは中世ヨーロッパ風の石造りの街並みなのに、呼ばれる名前は純和風。これまた浮かずにはいられない。
二つ目が『食事と睡眠の重要度を上昇』だ。
満腹度や空腹ゲージと呼ばれる要素を盛り込んでいるゲームは数多い。稀に“餓死”までいくものもあるが、たいていは一定時間内に食事をしないと空腹や飢餓といった状態異常に陥りステータスの低下を招くというものだ。
睡眠は行為としてはほぼ全てのゲームに取り入れられて、しかしあまり意識はされない要素だったりする。宿屋に泊まる=ログアウトの図式が一般的で、再度のログインが“目を覚まして冒険再開”の構図になるからだ。
それらの重要度が上昇とはどういうことか。
ゲージの上下ではなくリアルに空腹を感じ、状態異常によるステータスの低下幅が大きく、それでも食事をしなければ最後は餓死。睡魔に関しては死にはしないもののその場で強制睡眠状態にされるそうなので、モンスターが出現するフィールドでそんな状態に陥ればやはり死んでしまうだろう。
VR以前のネットゲーム隆盛期、寝食を忘れてゲームに没頭した廃プレイヤーの死亡事故が実際に起きている。VR以後は体の異常を感知して強制ログアウトさせる機能があるため死亡にまで至る事は無いものの、その時点で既に異常は発生している訳で健康を害しているのは間違いない。食事と睡眠が軽視される世界で二十年も過ごしてしまえば、現実世界に戻ってからの悪影響は必ずある。
「餓死については通常と異なるデスペナルティが追加されていますので、皆さん忘れずに食事をするようにしてください」
今作の通常のデスペナルティは『次のレベルまでに必要な経験値の半分を喪失』だ。死んだ時点で次のレベルまでの半分を超えていなかった場合はレベルダウンも伴う。実はこれ、考えようによってはペナルティと言うより救済にもなり得るのに……なんだろう、阿部さんが浮かべている薄らとした笑みにそこはかとなく邪悪さを感じる。
追加のペナルティってのがそんなに酷いのだろうか?
……気を取り直して三つ目。『街と宿屋の仕様変更』。
ゲームのキャラクターはレベルアップやスキルの成長に伴って超人的な能力を持つようになる。VRでは自分自身の体がそうなる訳だ。例えば自分の身長を越える段差を一跳びに跳び越したり、逆に飛び降りたりも難無くできるようになったりする。二十年間それを当たり前として過ごしたら。これは容易に想像できる。中高年の人が運動をすると若い頃には普通にできていたことが出来ずに怪我をしてしまうなんて話は良く聞く。それと同じ事が、もっと酷いレベルで頻発する事になるだろう。
この対策として“街”に代表される非戦闘区域内ではアバターの身体能力が現実の肉体準拠に変更される。リアルモードアバター作成に際するスキャンは外見だけでなく骨格や筋肉量までも読み取っていて、筋肉の質からくる誤差は仕方ないとして、ほぼ現実そのままの身体能力を再現してくれる。先の睡眠の重要性から頻繁に街に戻る必要があるので、その度に本当の身体感覚に戻る事で二十年後の感覚のズレを未然に防ぐという訳だ。
ここまでは肉体的な感覚で、宿屋に関しては精神的な方になる。
中世ヨーロッパ風の世界に科学文明は存在しない。そんな世界で二十年も過ごしたら……と言うことで、宿屋を経由して“マイルーム”に移動できるようになっている。マイルームは現代の一般的な家具や家電が備えられ、仮想世界内限定ながらネット環境も完備。そしてマイルームのドアを開ける際の選択によってゲーム内とは別の、現実世界の街にあるであろう様々な施設を再現したもう一つの“街”に繰り出す事もできる。食事も、ゲームの中の食堂で中世風の料理を食べるだけでなく、このもう一つの街の料亭やファミレス、ファストフード店を利用できるといった具合だ。なんだったらコンビニで弁当を買うことだってできる。
ゲーム世界に染まって野蛮人にならず、現代人としての自分を見失わないようにしましょうってところだ。
そして最後の変更点。
おそらく、この実験の告知を見て、参加したいと思いつつ断念した奴らの断念した最大の理由になるのがこれ、『痛覚と疲労の再現』だ。
普通のVRコンテンツはリアルさを売りにしつつも痛覚は再現していない。ユーザー保護の一環とされているそれは、顧客保護と言い換える事もできる。ゲーム内容に戦闘行為を含む場合、当然ながらプレイヤーがダメージを受ける場面が存在する。死んでしまう事だって当り前だ。そこにいちいち“痛み”が伴ったらどうなるか。
『嫌ならやらなければ良い』はユーザーに保障された絶対の権利。
トラウマになるとかは横に置いておいて、それ以前に誰がそんなゲームをプレイしたがるのか。誰だって痛い思いはしたくない。それが致命傷レベルとなれば尚更だ。顧客を保護――確保するために、運営会社は痛覚制御をかけるしかない。ダメージ量に応じた衝撃やちょっとした不快感を与えるくらいが精々だろう。
疲労に関してもまあ似たような事情だ。数値的に計算して“疲労”や“困憊”といった状態異常扱いにするのが関の山だ。
で、この実験バージョンでは再現される。
されてしまう。
無痛症という疾患の例を見れば判るように、痛みを感じない――感じられないと日常の行動に潜む危険に気付けなくなる。
例えば箪笥の角に小指をぶつけるととても痛い。痛いから、無意識に小指をぶつけないように箪笥との距離を測るようになる。痛くなかったら危険の存在を学べずに何度だって小指をぶつけてしまう。
戦闘――暴力に対する忌避感を保つ意味もある。殴られれば痛い。殴れば殴った手が痛い。痛いのは嫌だから平和に仲良く暮らしましょう。法律で禁じられているからではなく、もっとも根源的な部分で暴力を忌避する本能は痛みに由来している。
二十年。
痛みを感じなかったら。
痛みを感じずに戦闘を繰り返していたら。
……必要なのは、判る。
判るけど……そして一応覚悟を決めきたけれど……こればかりは正直気が重い。