5-4:プレイヤー発見
そんな具合に慌てず急がずのんびりと森ステージの攻略を進めていった。
第十五階層ではゴブリン五体を率いるホブゴブリンが中ボスとして登場した。
ホブゴブリンは”大きなゴブリン”とも言われ、成人男性の平均よりも少し低い百六十センチくらいある。大きさ以外はゴブリンそのままなので、ゴブリンに慣れていればそれほど苦労はしない。まあ、やはり数の暴力に押されて死に戻りを繰り返したが、八回で済んだ。
ホブゴブリンのドロップは”大鬼の棍棒”。
メイスの強化素材にしたらさらにゴブリン特攻が向上した。
これで森ステージのボスはゴブリン系で確定だと思うのだが、俺の予想とは少し違っていた。
草原ステージでは雑魚の草原狼、その草原狼の群が中ボス、そして草原狼の上位種的な位置付けの狼王フェンリルが大ボスになっていた。外部(清一郎の母)に監修を依頼するくらいゴブリンに力を入れているなら森ステージのボスはゴブリン系になるだろうとは思っていたが、俺の予想は雑魚ゴブリン、中ボスにゴブリンの群、大ボスにゴブリンの上位種であるホブゴブリンという流れだった。中ボスにホブゴブリンを出してしまったら、じゃあ大ボスは何になるんだろう。
そんな疑問を抱えつつ探索を続けてさらに二週間、俺は第十九階層に辿りついていた。
マップを塗り潰しながら一か月も過ごせば森の歩き方もさまになってきている……と思う。比較対象がいないから俺のやり方が正解なのかどうか判断できないから断言はできないのだが。
木々に視界を遮られる森ステージではモンスターから奇襲を受ける危険性が高い。最初に出会った屍食花然り。奇襲を受ければ最初の一手を敵に譲る事になってしまい、その一手の結果によっては雑魚モンスター相手でもそのまま押し切られて死に戻りなんて事も有り得る。と言うか、実際にあった。だから常に奇襲に備え、そもそも奇襲されないように索敵を怠らないようにしなければならない。五感を研ぎ澄ませ……と言いたいところだが、実はそんなことはしない。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚を合わせて五感。触覚と味覚をどうやって索敵に使ったら良いのか判らないし、犬ではあるまいし臭いでモンスターを察知するなんて俺には無理だ。そもそも“視界を遮られる”から索敵の重要度が上がっているのに視覚を研ぎ澄ませたところで意味も無く。
結局、残る聴覚に頑張ってもらうしかない。
以前、清一郎がこの『エクスプローラーズ』は戦闘やモンスターに関して誠実に作られていると言っていた。こと索敵についてもそれは言えるようで、モンスターの接近には必ず音が伴っている。地上を行く屍食花や鋼蜘蛛、牙猪は下生えを掻き分けてガサガサさせるし、樹上のゴブリンも枝から枝へと伝う際に不自然な葉擦れの音を立てる。
森を歩く時には耳を澄ませる。
だからこそ、微かなその声に気付くことができた。
「…………っ! …………っ!」
言葉にはなっていない、単なる切れ切れの音でしかないが、それは確かに人が発する声だった。びっくりして思わず足が止まる。森の砦で他のプレイヤーをみかけることなどなく、もうみんな次の拠点に――それとも次の次の拠点まで、進んでしまっていると思っていた。
まさかこんなところに人がいるとは。
一時の驚きが収まれば次には淡い期待が頭をもたげてくる。
今頃こんなところにいるなら賞金レースからは脱落しているだろう。お金に頓着せずにのんびり楽しみたい派なのか、それともレースに付いていけないようなあまり上手ではないプレイヤーなのかは判らないけれど。どちらにしてもそこに人がいるのは変わらない。もしかして俺、これでボッチから脱出できるんじゃないだろうか?
まだ距離がありそうなその声に誘われるように、俺の脚は自然とそちらに向いていた。
*********************************
「……」
無言でその光景に見入ってしまった。
そこには屍食花が三体いた。三体いれば三角形が形作られ、その中心にプレイヤーがいて、今まさに屍食花の“力強い蔦”による拘束を受けている。三方向から何本もの蔦に絡めとられたそのプレイヤーは引き合う蔦の均衡によって体が地面から浮いてしまっているのだが……なんだろうなあの体勢は。敢えて名付けるなら“大開脚逆さ海老反り”だろうか? 盛り過ぎな気もするが、実際そんな感じになっているのだから仕方ない。そして屍食花は通常の攻撃パターンとして拘束後の“素早い蔦”での打撃を繰り出しており、今もそのプレイヤーはビシバシと打擲されていた。
本来なら見入っている場合ではない。
他のプレイヤーが戦闘中のモンスターに横から攻撃を加えるのはネットゲームの基本的なマナーに反する行為ではあるが、これはもう戦闘と呼べる状況ではなく、件のプレイヤーは一方的に攻撃され続けている。救助の名目で介入しても問題無く、むしろ何もせずに看過すれば非道の誹りを免れないだろう状況だ。
しかし、俺は動けない。
何故ならば、とても刺激的なのだ。
そのプレイヤーが女性であるのは接近中にも聞こえていた声から見当は付いていて、実際目にして間違いなく女性なのだと確信するに至った。初期配布の簡素な衣服は余裕のある造りになっていて、余りプレイヤーの体型を窺わせないようになっている。ところが全身に巻き付いた蔦がその余裕を奪い、今はこれでもかとばかりに露わになっているのだ。特に胸。ダボッとした服をピンと張らせて下に隠された胸の膨らみの大きさを強調させつつ、斜めにかかった一本の蔦がその膨らみをむにゅっと押し潰していて視覚的に柔らかさを感じさせる。その他下半身のかなりキワドイところにも蔦が這い回り、これはもう拘束と言うよりも緊縛。今も鮮明な記憶として残る織姫の緊縛姿に匹敵するエッチさだ。正直、何時間でも飽きずに見ていられるし見ていたい。
しかしながら、そんな不埒な動機で彼女のピンチを見過ごしたなら、パーティーを組んでボッチ脱出など出来はしない。煩悩を振り切って即座に救助に乗り出すべき……なのだが、そもそもこれは彼女にとってピンチでもなんでもない可能性が大いにある。
まず、蔦に巻かれて体の線やおっぱいの大きさとか柔らかさを露わにしていることから判る通り、彼女は一切の防具を装備しておらず、アンダーウェアとなっている初期配布の服しか身に着けていないゲーム的な意味での“裸”なのである。ついでに武器も装備していなかった。
この時点でまともに戦闘しようとして不覚を取ったという線は消える。
次に屍食花三体に囲まれているのがおかしい。
これまで屍食花は常に単独で出現していた。この第十九階層でもそうなのだから複数の屍食花に襲われるということは無い筈だ。それなのにこうして三体の屍食花が集まっているのは、戦闘状態になったプレイヤーを追いかけてきて他の屍食花のテリトリーに移動してきたからだろう。でも屍食花の脚になっている根は運動能力があまり高くなく、逃げようと思えば簡単に逃げられる。振り切れずにトレインしてしまうような相手では絶対にない。付かず離れずの距離を保って戦闘状態を維持しつつ慎重に誘導しなければこうはならない訳だ。
また、屍食花の拘束は何も一度巻き付いたら絶対に外れないというものではない。継続ダメージを与える攻撃手段には有効時間が設定されていて、草原狼やフェンリルの噛み付きと同様、特に何もしなくても一定時間で外れるようになっている。蔦を攻撃してダメージを与えたり、振り解く動作で負荷を掛ければこの時間を短縮できる仕様だ。
例え三体の屍食花に囲まれたとしても、拘束されてされっ放しになるとは考え難い。少なくともまともに戦う意思があり、抵抗を示していればああはならない。ところが蔦に囚われている女性は一切抵抗しておらず、そのせいで拘束時間は最大となり、一本が時間切れで解けた時には既に次の蔦が拘束にかかっている有様になっている。
そして極め付け。
俺が聞きつけた言葉にならない声は、こうして視認できる距離であればよりはっきりと聞こえるようになっている。屍食花の“素早い蔦”が鞭のように振るわれ、彼女の体を打ち据える度に、
「あ……ああん……はあん……くふう……」
漏れ出てくるのは悲鳴や苦鳴ではあり得ない、明らかに性的な興奮を示す艶めかしくも俺のムスコを元気付けるような喘ぎ声。蔦に巻き付かれて変顔一歩手前になっているにも関わらずかなり美人だと判る顔に浮かぶのは痛みに耐える苦悶ではなく恍惚。こうなると時折ビクンビクンと体を震わせるのも痛みに対する反応とは違うように見えてくる。
……ふう。
つらつらと並べ立ててみたが、もう結論は出ている。
この状況は彼女にとってピンチでも何でもない。
屍食花を誘導して三体も集めて、拘束されれば無抵抗。そして蔦に打たれるたびに喜悦の喘ぎを漏らしているとなれば……これはもう周到に計画してモンスターを利用した大掛かりな自慰行為に他ならない。
あの女、変態だ。




