5-2:ドロップ武器
うねうねと蛇のような動きで蔦が地面を這ってくる。
そこまで速くない、か。さっきはウィンドウの不可解な挙動に気を取られていて気付けなかったが、こうして見えていれば簡単に避けられる程度の動きだ。
「まあ、初っ端の雑魚だしな」
いくら階層が上がったからと言って、森ステージ最下層の雑魚モンスターが草原ステージのボスより強いなんて事はない。フェンリルの動きに目を慣らしてきた俺にとってこれくらいは……。
「ちょお!?」
大慌てで掲げた盾の表面で破裂音に似た音が弾けた。
植物モンスターが蔦を鞭のように振るって打ち据えに来たのだ。まあ、あくまでも“鞭のように”であって本物の鞭ほどには速くないようで、俺でもどうにか見てからの対処が間に合った。本物は時に先端の速度が音速を越えると何かで読んだ事がある。さすがにそこまでいくと俺にはどうにもできなかっただろう。
いやらしいな、このモンスターは。
どうやら触手のように蠢く蔦には『巻き付き狙いの力強い蔦』と『打撃用の素早い蔦』の二種類があるらしい。力強い蔦がこれ見よがしに地面を這い、こちらの注意を下に向けさせておいて素早い蔦が上から打撃してくる。かと言って、素早い蔦ばかりに注目していては、いくら動きが遅くてもいつか力強い蔦に捕まってしまうだろう。
――下、優先だな。
打撃の方、盾で受けた感じでは随分と軽かった。音もそうだし、盾を支える腕に感じた衝撃もそうだ。HPに変動は無く、これは盾の防御力を貫通する程の攻撃力は有していないことを示している。数発を直撃で貰っても深刻なダメージにはならないだろう。
力強い蔦の巻き付きはどうか。さっきはダメージを受けたが、あれは鎧の無い太腿だったからかも知れず、鎧の上からならやはり大丈夫なのかも知れない。しかしダメージの有無に関わらず、巻き付かれれば行動が阻害される。動きが鈍れば素早い蔦にめった打ちにされてしまうだろう。
地面を這ってくる蔦の動きに注意して、打撃の方は被弾覚悟で突っ込もう。
いくら軽い打撃でも顔面は危険だから盾で守って……突撃だ。
素早い蔦がビシバシと俺の体を打ち、ヒリヒリと灼け付くような痛みがあった。思ったとおりダメージはそれほどでもないのだが、ダメージ量に比べて痛みが強いような気がする。攻撃の質が関係しているのだろうか。いや、考えるのは後だ。今はこいつを倒してしまおう。
肉薄する俺から距離を取るように植物モンスターが足代わりの根を蠢かせる。長い蔦を武器にしているこいつは接近戦を嫌っているようだ。でも遅い。根が足のように機能していると言っても、それは移動用であって機動用ではないらしい。もたもたと後ずさるような動きは、俺からしたら止まっているようなものだ。
――『強撃』&『三連打』!
初撃に攻撃力アップ効果を乗せた連撃を蕾状の本体に叩き込む。
「なんだこの手応え」
メイスを握る手には分厚いゴムの幕でも叩いたような感触が返って来ていた。ボヨヨンと弾き返されるような、そんな感じだ。そしてモンスターのHPはまだ半分以上残っている。強撃と三連打の組み合わせは現時点で俺の最大瞬間火力だ。それを受けて、雑魚モンスのHPを半分も減らせない。これは打撃だと相性の悪い相手だな。
やり難い奴。
やり難いと言えば先読みが出来ないのもやり難い。
骨も関節も筋肉も無い植物モンスターはスライムに続く理不尽系モンスターだ。どんなに観察しても先読みの手掛かりが掴めず、見てからの対処に終始してしまう。モンスターが力を失って崩れ落ち、光の粒子に変じた時、俺のHPも二割ほど減っていた。
言うまでもなく、雑魚相手にいちいち二割も喰らっていたらいくら回復薬を用意しても足りなくなる。
「どう考えてもメイスは相性が悪すぎるよなぁ……片手剣に戻すか?」
システムアシストの効果でダメージ効率が平均化されれば火力はどうしても落ちてしまうとしても、相性問題と秤に掛ければどちらに傾くかは明らか。蕾状の本体だけなら槍で突くのも有効だろう。しかし蔦への対処も考えれば斬撃武器の方が良い。
そんな事を考えている俺の前で植物モンスターが変じた粒子は風に流れるようにして散っていった。すると、先ほど妙な挙動を示したウィンドウが定位置に戻って来た。
「ふん? このタイミングってことは戦闘中だけ邪魔にならないように退いていたのか?」
退いたのが蔦に絡まられる直前、戻ったのがモンスターの成れの果てである光の粒子が完全に消えてから。ウィンドウの定位置は体の正面の操作しやすい高さだ。これは他の行動をしようとすれば妨げになるとも言えて、戦闘中そこにあったらクッソ邪魔なのは間違いない。だから自動的に退避する機能があるんじゃないだろうか。
……となると、これ、何かに使えそうだな。
ここでメニューウィンドウの仕様について簡単に確認しておこう。
ウィンドウは元々戦闘中にも開けるようになっていて、その場合は通常通りの正位置に通常通りの大きさで出現し、しかし内容はいわゆる”戦闘時メニュー”のような感じで簡略化されている。インベントリからのアイテム直接使用と”消耗品枠”への移動、武器の持ち替えなど、戦闘中に必要な項目に絞られているのだ。先にも言ったように正位置に開いたウィンドウは視界を大きく遮ってしまって戦闘の邪魔になるから、必要な操作を素早く行えるように簡略化されているのは正直助かっている。良く考えられた仕様ではあるだろう。
ところが、だ。さっき自動退避したウィンドウは調合画面のままだったし、配置と縮小表示のせいでやり難くはあったが操作もできていた。これを利用すれば通常戦闘中に開くメニューウィンドウではできないこともできるようになる。
……まあ、今のところ何をするのかって案は無いけどな。
簡易メニューは戦闘中に必要な項目を制作側が吟味して作っているのだから、簡易メニューに無い項目は基本的に戦闘中は必要にならないものばかりなのだ。調合なんかは戦闘前に終えておくのが普通だし。
まあ、何に使えるのか今は判らないが、こういう事もできるんだという事は頭の隅に置いておこう。
ウィンドウの活用についてはおいおい考えるとして、初見のモンスターを倒した後の恒例行事、ドロップ確認といこう。このゲームでは雑魚モンスターに表示されるのは敵だと示す赤いマーカーとHPバーだけで、名前なんかは表示されない。戦闘後にドロップを確認して『○○の△△』という素材名から「ああ、あいつ○○って名前だったのか」となる。
インベントリには『屍食花の花弁』という素材があった。
あの植物モンスターは屍食花なのか。死体から養分を吸う奴には似合いの名前だな。
あとは……ありゃ? 花弁しかない?
相性問題ありきと謂えども苦戦させられた相手のドロップが一点のみとはがっかりだ……と思ったのは早計だった。屍食花との相性を考え、取り敢えず片手剣に変えようと装備画面に切り替えたところで所持武器の一覧表示に違和感があった。見慣れた配置と微妙に違い、その原因はなにかと目を凝らしてみて気付いた。マス目状に区切られた一覧画面に武器種を示すアイコンが並んでいるのだが、並びのケツが一マスずれている。原因は『斧』だ。二つある。
『エクスプローラーズ』では全武器種のベース武器が初期配布されていて、これらに素材を組み合わせて強化させていくことになっている。始まりの街や森の砦にある武具屋は強化作業を請け負っていて、武器や防具を売っている訳では無い。だからここまでで武器や防具を増やす手段が無く、その割には画面を広く取っていると不思議だったのだが、なるほどドロップ品として入手するのか。
同じアイコンでもどちらがドロップ品かは一目瞭然だ。これまで一切使っていない斧はベースのまま未強化状態で、もう一つは強化済みになっているからだ。
さてどんな強化がされているのか。
使われているのは草原素材だけだった。俺の手持ちで今すぐできてしまうような強化しかされていない。ちょっと期待しただけにガッカリ感があるが、しかし考えてみれば当然か。この斧、屍食花の根に捕らわれていた探索者の死体の装備品(という設定)なのだろう。この塔を登って来て、ここで屍食花にやられて死んだなら、持っている武器に使われているのは草原素材までで当り前だ。先のステージの素材を使ってあったら逆に不自然が過ぎるだろう。




