5-1:ゴブリン初遭遇
マイルームから森の砦にやって来た。
最初に向かうのは剣と盾を意匠化した看板を掲げるログハウス――武具屋である。
NPC武具屋の親父が野太い声で「へい、らっしゃい」と歓迎してくれる。この親父も始まりの街にいたNPC神官同様会話はできず、こちらがしたいことをメニューから選ぶようになっている。
俺の目的は武器と防具の強化だ。
メイスの強化素材は甲針虫の針を外して狼王の牙に交換。麻痺効果が無くなるのは考え処ではあったが、新たなステージに挑戦するにあたって、入ればラッキーくらいの麻痺に期待するよりも確実な攻撃力アップを選択することにした。
革鎧は狼の毛皮と狼王の毛皮で入れ替えだ。ちょっと毛艶が良くなったくらいで余り見た目は変わらないが、ただの狼とステージボスの狼王では格が違う。防御力がぐっと上がった。
新しい装備は気分が良く、武具屋を出た俺はメイスをブンブン素振りしながら砦の出口へと向かった。普通ならあからさまな不審者だが周りにいるのは舞台装置としてのNPCばかりなので気にしない。
迷宮内に築かれた森の砦はモンスターの脅威に備えるために、一抱えもあるような丸太を隙間無く地面に打ち込んで砦をぐるりと囲う壁にしている。高さ六メートルはあるだろうか? 相当な労力と、なにより大量の木材が必要だった事だろう。迷宮だから木々もリポップするのだろうか。いずれにしろ樹木生い茂る森ステージに相応しい造形である。
そんな重厚な壁の一角にフィールドへの出口があった。今は開け放たれているが壁と同じ太い丸太造りの落とし戸も備えられている。門脇の巻き上げ機を操作すれば落とし戸を閉められそうだ。それとも背景扱いで固定されているかな?
そんな事を考えつつ門を潜り、行く手に広がる深い森に視線を移し、
ん?
一瞬だけ視界に映った色彩に、思わず二度見した。
森ステージは樹木の茶色と生い茂る葉の緑が基調となっている。砦もほぼ木造なので茶系の色で占められていた。ところが砦の門を出てすぐ、壁の外側の根元の部分に小さく、しかし目に鮮やかな青い色彩が存在を主張しているのだ。
近寄ってみれば青色の正体はキノコだった。
青いキノコ……全く食欲を刺激しない色合いだな、これは。食材としての魅力は全く感じないぞ。でも、採る。何故ならば青いキノコの群生には採取ポイントを示すマーカーが点灯しているからだ。現実で料理の中にあれば間違いなく除けるようなキノコでもゲームの中でなら有用なのだろう。
しかしこの採取ポイント、随分と意地悪な位置にある。
拠点を出てすぐとなれば一見優しいようにも思えるが、これは逆に近過ぎる。砦を出るというのは安全地帯から危険地帯への移動を意味する。意気込みと言うか覚悟と言うか、とにかく前向きな気持ちを伴うだろう。その気持ちのままに前を見ていたら青いキノコに気付けない。
試しに砦から少し離れて帰路を想定した視点で見てみると、手前にある切り株が邪魔になってキノコが見えない。切り株を通り過ぎて門をくぐる直前に横を向かないと発見できない位置関係になっている。これまた、危険地帯から安全地帯に早く帰りたい気持ちのまま砦を目指していたら気付かないだろう。
門の造りや巻き上げ機に視線を吸われていたからこそ俺は気付けた訳だ。
採取ポイントはそこで一度採取しないと自動更新マップに登録されない仕様だから、気付かなければずっと気付かないままになる。もしかしたら先行しているプレイヤーの中には結局このポイントを知らないままの奴もいるんじゃないだろうか。まあ、先へと急ぐ賞金レースの最中にここまで戻ってくる事も無いだろうから関係無いのだろうが、これから森ステージ攻略を始める俺にとっては幸先が良い。余計なことを考えていたのが役に立った。
さて、このキノコは何に使えるのかな?
歩きながらインベントリを開いてキノコを確認。正式名称は『青色キノコ』……って、そのまんまか。名前はともかく、種別は調合素材になっている。調合画面に切り替えて青色キノコを選択して調合対象を探してみよう。
なるほど、薬草と組み合わせてより効果の高い下級回復薬を作れるのか。
増えてきたHPに対して下級回復薬の回復量が頼りなくなってきていたところだからこれは嬉しい。幸いにして薬草はストックしてある。
さっそく調合してしまおうと画面に表示された実行ボタンに伸ばした人差し指がスカった。空振りだ。
「は? なんだこれ?」
ステータスを確認したり各種の操作を行うウィンドウは通常体の正面の丁度操作しやすい高さに浮いているのだが、それがいきなり逃げた。今では俺の右側、腰当りの高さに移動している。大きさも大分縮んでしまっていた。触れてみたところ一応操作はできるようだが、位置といい大きさといいやり難い事この上ない。
不具合か?
いや、千人が三か月半もプレイしていてメニュー画面のようなゲームの根幹に関わる部分の不具合が未発見なんて事は有り得ないだろう。とすればこれは正常な動作であり、何かの条件によってこうなったと考えるべきか。問題はその条件だが……。
「っ!? なんだ!?」
右足からの突然の痛みに見下ろすと、太腿に何かが巻き付いていた。緑色で紐状のそれは植物の蔦のようだ。しかし植物には有り得ない急速で強力な締め付けをして俺に痛みとダメージを与えてくる。
「モンスターなのか!?」
敵モンスターを示す赤いマーカーは点灯していない。しかしダメージを伴う痛みが発生している。“現実で痛みを感じる状況であれば痛みが発生する”のが実験バージョンの仕様であるが、それが単なる状況であるなら痛みだけでダメージにはならない。痛みとダメージが両方あるならこれはモンスターの攻撃である筈だ。つまりこの蔦のようなものはモンスター本体ではなく一部分に過ぎない。蔦を辿っていったその先にマーカーを灯した本体が存在しているのだろう。
「くっそ! とにかくこいつをどうにかしないと……」
これがモンスターの一部なら悠長に解くのではなくこちらからも攻撃だ。
メイスで蔦を殴りつけるが、しかし効かない。蔦の長さに余裕があり、殴ってもその分撓むだけで打撃の効果が吸収されてしまうのだ。結局殴るのではなく、蔦にメイスを添えて擦り上げる方が効いた。俺のメイスは狼王の牙を植え付けて釘バットみたいになっている。これが鋸のようにゴリゴリと蔦を削ったのだ。
一定のダメージ与えれば巻き付きは解けるらしく、俺の足から外れた蔦は意外と機敏に引き戻されていく。行く先はすぐ傍に生えている木の向こう側だ。追って木の幹を回り込むと、そこにいた。大きな花の蕾のような外見の植物モンスターだ。何本もの蔦が触手のようにウネウネと蠢き、根は地上に露出していて足のように機能している。そして……根には数体の死体が絡めとられていた。動物、モンスター、そして人間。人間の死体は半ば白骨化している。武装した姿とこの迷宮内にいることから俺と同じ“探索者”ではあるのだろうが、プレイヤーなら死んで死体がその場に残る事は無い。死に戻るからだ。だからあれはNPCの死体、と言うよりも、“死体から養分を吸収する植物モンスター”という表現のためのデザインの一環なのだろう。だから見た目のグロさに不快感はあってもそれ以上の感情は湧いてこない。
それよりも同じく根に絡めとられているモンスターの死体がゴブリンなのが残念極まりない。この『エクスプローラーズ』では初見であるがゴブリンのデザインは多くのゲームで共通になっているから見間違いようが無い。
清一郎がああいっていたからゴブリンの登場を楽しみにしていたのに、最初の遭遇が他のモンスターに捕食された死体姿だなんて……本当に残念だ。




