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プロローグ3:エクスプローラーズと賞金レース

 この実験の参加者募集は臨床試験の募集サイトで告知されていた。

 他社が開発したシステムでは短時間低倍率の加速でも被験者の心身に異常を来した例があるため、単なるテストプレイの扱いにはできなかったからだ。俺達参加者は昨日の内に指定された医療機関に集合して健康診断を受け、その医療機関からこの加速された仮想世界にダイブしている。今も俺の体は医療用PODの中に横たわっており、何らかの異常が検知されれば即座に強制ログアウトされ治療を受けられることとなっている。


「加速倍率二万二千倍の世界では現実での八時間が二十年間にもなります。しかし事前の告知通り……そして先ほど藤田が申し上げとおり、皆さんの頑張り次第でこの期間は短縮され、ログアウトを早めることも可能です。即ち、このゲームをクリアする事です」


 これ、大事な条件だ。

 臨床試験の募集サイトに掲載されていた事から判るように、この実験の参加者である俺達にはいわゆる御礼金が出る。ストレートにバイト代と言ってしまっても良い。これはたった八時間のテストプレイの対価としてなら相当に破格なのだが、体感時間が二十年となれば到底割に合わない。自給換算で一体いくらになるのか……。

 恐らく、ただ超加速の実験として募集したのでは誰も応募しなかったと思う。

 そこで阿部さんや藤田さんが取り入れたのが『エクスプローラーズ2ndステージ』という訳だ。


 このタイトルは言うまでもなく阿部さんがプロデュースしたタイトルだ。

 特徴は敢えて時代に逆行したシンプルさ。


 実のところ、昨今のゲームは複雑で煩雑に過ぎるキライがある。

 MMORPGであれば種族の選択、ステータスの割り振り、スキルの取得etc。その上プレイスタイルに応じて新たなスキルが自動生成されたりもして、組み合わせは無限に等しく、意図して似せない限り同じキャラは生まれないと言われていた。『オンリーワン』とか『自分だけのプレイスタイル』とか、まあそういう売り文句が陳腐になるくらい乱立した物である。もちろんそれはそれで良いのだが、弊害もあったのである。


 複雑で煩雑であれば、それ即ちプレイに時間がかかるということ。

 例えば、以前俺がプレイしたとあるタイトルでは、ポーションを作成する『調合』スキルを得るためには成功失敗に関わらず調合作業を一定回数繰り返す必要があった。

 そしてその“一定回数”が極めて鬼畜だった。

 一般的な社会人が一日にゲームに費やせる時間は精々二時間くらい。翌日の睡眠不足を気にしなくて良いならプラスしてもう二時間くらい。比較的時間に余裕のある学生でもその倍はいかないだろう。そういう限られたプレイ時間の大半を単調な作業に費やし、しかもそれを何日も続けなくてはならない。

 阿保かと。

 なにが悲しくて仕事に疲れて帰宅して、ゲームの中でまで糞つまらん作業に時間を浪費せねばならんのかと。“ながらプレイ”が不可能なVRコンテンツでこれは厳しい。


 また、無限の可能性があるということは、運営が想定していない組み合わせが猛威を振るう危険性を孕んでいる。多様性を増すためのランダム要素と合わせて、“一人勝ち”の状況が発生し得るのである。『ランダム初期キャラで当りを引いた無双』『ゴミスキルの思わぬ組み合わせが超強力だった無双』『独自の調合でポーション無双』『運良くレアモンスターをテイムして召喚獣無双』『理由は判らないけど突然生えて来たユニークスキルで無双』……もっとあるが、これくらい挙げれば誰でも一つくらいは思い当るんじゃないだろうか?


 運も実力の内という言葉もあるし、一プレイヤーの創意工夫が運営の想定を超えたのだと考えれば快挙でもあるのだが……一人勝ちしている当人は良くてもそれを見せつけられる周りのプレイヤーは当然面白くない。一人勝ちの発生からプレイヤー離れが進んで衰退していったタイトルは枚挙に暇がない。


 そこで登場したのがシンプルなゲームシステムを謳った『エクスプローラーズ』である。

 ストーリーの基本も至ってシンプルだ。何の力も持たない人間が探索者となり、探索中に得た神の加護を頼りに“塔”を登って上層世界を目指していく、というもの。これによって種族は人間に固定。1stステージでは“技巧神の加護”を得てスキルを使えるようになるが、そのスキルは運営が設定したものだけで自動生成は無く数は絞られている。取得や成長にランダム要素は無く、『同じ行動を同じだけすれば同じスキルが同じだけ成長する』ようになっている。

 つまり1stステージはシンプルなスキル制RPGだ。

 今回の2ndステージでは“育成神の加護”を得てレベルアップが可能となる。

 ついでに言うと今後予定されている3rdステージでは“魔導神の加護”によって魔術が追加され、その後も未確定ながら“機功神の加護”や“精霊神の加護”“幻獣神の加護”などがステージごとに得られるとの情報がある。


 シンプルで公平である。

 それだけでも価値があるが、VR以前の時代にまで逆行するような内容にはやはり集客力に不安を残す。この不安を解消するために仕掛けられたのが賞金レースだ。レース参加希望者は一般よりも少し割高な月額料金を支払い、この割り増し分が賞金としてプールされ、ステージクリアの順位に応じて分配されるという仕組みになっている。

 一人勝ちを許さない公平なシステムがあるからこそ成立するレースである。

 この賞金額は資金源が月額料金にあるので、当然ながら一月毎に増えていく。それでもけして“莫大な”という形容にはならない程度の額なのだが、それでも僅かな割増料金を払ってゲームをするだけで得られる可能性があるとなれば宝籤なんかよりも期待値は遥かに高くなる。1stステージは好評の内に幕を閉じたのだった。


 で、2ndステージのスタートが本日午前九時、つまりこの加速実験の開始と同時刻。

 ここが阿部さんのイヤラシイ所だ。

 加速実験参加者はこの賞金レースに参加する権利を失う。ゲームクリアまでを予習できてしまうのだから、レースの公平性を考えれば当然の措置だろう。しかし、代わりに実験参加者だけを対象としたレースが開催される。つまり、加速実験に参加すれば本レースのような月額料金に含まれる参加料は支払わずに――それどころか御礼金が貰える――、しかも競争相手が少ない。分母が小さくなれば入賞の確率は当然上がる。1stステージの結果を参考に設定された賞金額も申し分のないものだ。


 斯くして俺のようなゲーマーが大挙して実験参加に名乗りを上げたという次第である。


 俺達みたいなゲーマーを狙っての2ndステージ選択なのだが、ただやっぱり二十年間は長すぎる。いくらなんでもそれじゃあ誰も応募しない。

 あの条件――ゲームをクリアすれば期間が短縮される――が無かったならば。


 任意のログアウト不可というSAOに類似する状況には、これまたSAOに類似した解放の条件があり、それがゲームのクリアとなっている。即座にログアウトできるわけではなく、『クリア人数に応じて加速倍率が下がっていく』という形であるが。つまりプレイヤーのクリア率が一パーセント増えるごとに加速倍率も一パーセント(二百二十)ずつ下がっていく。半数クリアで一万一千倍に、全員クリアで一倍になる訳だ。そうして現実世界の午後五時を迎えれば晴れてログアウトとなる。

 1stステージの平均クリア期間はだいたい半年くらいだから、2ndステージもそんなものだとすればゲームクリアまでの期間プラス七時間くらいになるだろうか。


 当然最速でのクリアを目指す。

 とにかく、一日でも早いクリアを目指すという点は、この広場にいる全プレイヤーに共通していることだろう。

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