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3-3:おかしな女との出会い

 フェンリルの大きな顎でパクリとやられて俺は死んでしまった。

 HPがゼロになると同時に暗転した視界が戻れば、そこは俺以外の誰もいない育成神の神殿にある死に戻りの部屋だ。あまりにも繰り返したせいで死に戻りまでも含めてルーチンになってしまった俺には見慣れた風景の筈だったが……今日は違った。


「うわ!?」


 いきなり間近で悲鳴を上げられ、俺もまた「うわ!?」となった。

 慌てて振り返ると人がいた。女だ。今は石造りの台の上で身を起こした姿勢のまま驚きの表情で俺を見詰めている。してみると、丁度俺と前後するタイミングで死に戻りをしたようなのだが……初めてだぞ? 俺以外がここに死に戻るのを見たのは。

 他のプレイヤーは二番目以降の拠点に移ってしまっていて、死に戻る先もそこになる。だからここ始まりの街に死に戻るのは俺だけで、育成神の神殿の死に戻り部屋は俺専用になっていたのだ。


「びっくりした。プレイヤーの人はもうここにはいないと思ってたから」

「俺もびっくりだよ。ん? プレイヤーの人はってことは、そちら、プレイヤーじゃない?」

「ええ。私はプレイヤーとは別枠。なんだっけ……探究者……そう、探究者枠」

「探求者?」


 プレイヤーでないなら運営か探究者なのだから、彼女が探究者枠を名乗るのは不思議でも何でもない。しかし……この格好で探究者枠なのかと首を傾げざるを得ない。

 外の街をぶらついていれば探究者枠らしき人を目にする機会もある。見分けるのは簡単だ。まず年齢層が違う。プレイヤーは俺みたいな二十代がメインで三十代以降は稀。探究者は相応の実績を持つ学者や寿命を心配されるような作家陣なので高齢者が多い。探究者にも若手がいない訳では無いが、賞金目当てに参加しているゲーマーと若いにも関わらずここに来ている優秀な学者では雰囲気がまるで異なる。見間違えようが無い。


 さて、そこでこの女性を見てみると、歳は俺とそう変わらないように見える。中性的ながら驚くべきレベルで美人。ここまでの美人だと俺なんかは近寄り難くなりそうなものなのに、そうはならない開放的な親しみやすさがある。

 と、ここまでなら探究者でもおかしくは無い。容姿も年齢も学者としての能力を否定するものではないからだ。しかし身に着けているのは黒い武道着のような衣装で、しかも左の腰には刀を差している。どこからどう見ても探究者じゃなくてプレイヤーだ。


「あらぁ? その疑いの眼差しはなんなのかしら?」

「いや、だって、探究者には見えないから」


 思ったままの疑問を呈すると彼女はくすくすと笑った。


「探求者と言っても文系や理系ばかりじゃないのよ? 私みたいな武道系もいるってわけ」

「武道系の探究者?」

「一日が何年にもなるここは修業するのにうってつけなのよね」

「ああ、そういうことか」


 何かを為したいと強く願いながら、その為の時間が足りないと感じている人達。

 豊さんは探究者枠の人をそのように表現していた。

 なるほど、それなら彼女のような参加者がいるのも頷ける。


「ところであなたはどうなの? プレイヤーはもうこの街には来ないだろうって随分前に聞いたのだけど」

「俺は遅刻しちまって」

「遅刻? あら、そうすると誰だかのコネで参加を決めたのにいきなり遅刻かましたっていう」

「そうだよ」


 どうもこの女性、あまり遠慮をしない性格のようだ。コネや遅刻の件をズケズケと口にする。


「でもおかしいわねぇ。遅刻者が無事ログインしてプレイヤーが全員揃ったって聞いたのもやっぱり随分前なのにどうしてまだこんなところにいるのかしら? 死に戻ってるってことは素材を採りに引き返してきたわけじゃあないのよね……ああ、判った! あなた、下手なのね!」

「っ!? い、いや、まあ……否定したら嘘になるな」


 初対面の女性に下手って言われた。

 これは……遠慮をしないというレベルではない!?


「あらあら? 気を悪くした? ごめんなさいね」


 言いながら彼女は台から下りて俺の前に立った。

 台に座ったままの俺は下から見上げる形になるのだが……。


 でかい。


 見上げても彼女の顔が良く見えない。何故ならば黒い武道着を大きく盛り上げる胸の膨らみが俺の視線を遮ってしまうからだ。サイズ幾つだこれ。

 しかしこのままだと俺は彼女の胸と会話することになる。眼福ではあるが変態認定されそうで怖い。慌てて彼女を避けるようにして台座から下りて彼女と向き合い……。


 でかい。


 立って、正対して、それでも彼女の顔を見るには見上げなければならなかった。俺は別段チビではないのだが……身長いくつあるんだ? この感じだと百九十はあるんじゃないか?


「こうして会ったからには縁があったんでしょうね。相談に乗ってあげる。弟が」

「相談? 弟?」


 縁があったというのは素直に受け取れる。最近は日に二度しか死に戻りをしていない。他の時間はマラソンしているかマイルームに戻っているので始まりの街に滞在している時間は本当に短い。探究者枠の彼女がどうして死に戻ったのかは判らないが、ここまでドンピシャでタイミングが合わなければ今後も出会うことは無かっただろう。だからそれは良い。良いのだが、相談とはなんぞ? しかも本人ではなくこの場にいない弟とやらが?


「うちは実戦派の剣術だからね! 詰まってるのはフェンリルでしょ? 指南してあげようって言ってるの!」

「探求者なのにフェンリル知ってるのか?」

「息抜きに倒してきたから! あんなイヌッコロちょろいものよ!」


 現実世界で剣術をやっているならプレイヤースキルが高いのだろうけど……息抜き程度で倒されるフェンリルか……それ俺が戦っているのと同じ狼王なのか?


「で、なんで弟?」

「決まってるでしょ、見なさいよこれ」

「刀だな」

「正解! 私は刀の使い方なら教えられるけど剣は無理!」

「お、おう、そうなのか」


 叩き切る剣と引き切る刀では扱い方が違うというのは聞いた事がある。


「じゃあその弟さんは剣を使えるのか」

「んん? 何言ってるの、弟も私と同じ流派なんだから刀しか使えないわよ」

「………」


 何言ってんだコイツ。

 美人でスタイルも良い。家からほとんど出ない俺がこんな女性と出会う機会はそうそうないだろう。普通なら喜んで御近付きになるところだが……どうにも普通じゃないように思える。近付いちゃいけない種類の人間なんじゃないだろうかと不安になってきた。


 どうにか当り障りのない感じでこの場からフェードアウトできないものか。

 俺がそんな考えを巡らせ始めた時、その元凶である彼女の顔近くに小さなウィンドウが出現した。あれはフレンドチャットだ。俺も豊さんと話す時に使うから知っている。


「ちょうど弟からだわ。……ちょっと、あなたアズサもつれてこっち来なさい。え? 構わないわよ、今日はもう切り上げ。ほら藤田さんが言ってた例の遅刻者……そうそれ、今ここにいるのよ。で、フェンリル倒せないらしくてね。相談に乗って上げようって訳。乗るのはあなただけど。……はあ? いいから来なさい。神殿の前で待ってるから。ダッシュでね!」


 ほとんど一方的に通話を打ち切ってウィンドウを消し、「弟たち来るからこっちで待ちましょ」と俺を促す女。本当に来るのか、弟は。あの会話で相手の了承がちゃんと取れているとは思えないのだが。

 そんな疑念を抱えつつ、逃げるタイミングを見いだせずに女の後に付いていく。神殿から出ると「ああ、あれが弟」と指差された先、街のメインストリートを走ってくる二人がいる。弟と、名前が出ていた“アズサ”だろう。来たよ本当に。さすがにダッシュはせずにジョギング程度の走り方ではあるが。強引な姉に振り回される可哀そうな弟。そんな図式が脳裏に浮かぶ。


 はあ……仕方ないか。

 せっかく来てくれた弟くん達のためにも、このちょっとおかしい女に付き合うしかなさそうだ。


「そう言えばまだ名乗って無かったな。俺は小田原城太郎だ」

「女に名前を尋ねるのに自分から名乗るのは感心ね! 私は天音織姫よ!」


 豊かな膨らみを強調するように胸を反らして女――天音織姫はその名を告げた。


 ……これが俺と武道系探究者たちとの出会いだった。

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