3-2:スキル成長と装備強化
今日も俺はフェンリルに挑むべく草原を走っている。
階層攻略型のダンジョンなら到達した階層までは自由にジャンプできる機能を備えているのが普通だ。今日は昨日の続きから。それできるのが当たり前。
ところが『エクスプローラーズ』にはそれが無い。いや、正規版にはあるそれが実験用バージョンでは削られている。理由は言うまでもないだろう。豊さん達運営による実験終了までの延命措置の一環だ。
そうと理解している俺ですら、毎回毎回第一階層から第十階層までマラソンする羽目になれば嫌にもなってくる。スタミナ消費と疲労蓄積を抑制してくれる『持久』スキルを獲得して、熟練度がガンガン溜まっていっているのがせめてもの慰めだ。
この道を何度辿った事か。
もはや視界の端に常時映し出されている自動更新マップに頼らなくても、この特徴に欠ける草原地帯を迷わずに走破できる。最寄りの採取ポイントを巡って薬草類を採取するのもルーチンワークだ。
走る俺に狼が襲い掛かってくる。
こいつももう飽きるほど倒した。足を止めないまま盾系攻撃アビリティ『盾殴り』で殴り飛ばす。この時、狼が俺の前方にいくように殴るのがコツだ。地面にバウンドした脇を通り過ぎ様に切り捨てる。粒子となって砕けるのを一瞥もせずに背後に置き捨てだ。大丈夫。ドロップアイテムは自動的にインベントリに収まっている。……あるならば、だが。
実際のところ低階層の雑魚モンスターを狩る意味はほとんど無くなっている。レベル補正のせいで経験値も熟練度もアイテムドロップも期待できない。稀にドロップするアイテムも高階層(第六から第九階層)で得られる物に比べれば品質と売却価格が低いのだ。
さすがに塔攻略を始めて二か月も経てば俺だって相応に強くなる。
これは豊さんから聞いた少々メタな話になるが、『エクスプローラーズ』のスキルは“必要に応じて成長する”ようになっている。
強い敵と戦うとなかなか倒せない。
それは攻撃力が足りないからだ。
すると武器や攻撃属性、STR強化なんかに熟練度が入る。
強い敵と戦うと大ダメージを受けてしまう。
それは防御力が足りないからだ。
すると盾や鎧、VIT強化などに熟練度が入る。
強い敵と戦うと死んでしまう。
それはHPが足りないからだ。
するとHP増加に熟練度が入る。
万事がこんな調子だ。『持久』だって長距離を走り続ける必要に応じて獲得し育っている。『強い敵と戦う』、『困難な状況に陥る』、それがスキル獲得と成長のカギになっている。ならばわざと負ければスキルを育てやすいんじゃないかと思うのがゲーマーの性だろう。俺も思った。で、豊さんに聞いてみたら「確かにそれはあるけど、それだけじゃないんだ」とドヤ顔で言われた。
「詳細は伏せるけれど計算式があるんだよ。そのプレイヤーの最高到達レベル、スキルの育成状況、売却済みの物やインベントリ内も含めた装備品の品質、そういう諸々をひっくるめて、『このモンスターを倒すのは本来楽勝の筈だろ?』ってラインが導き出される。このラインを越えていると熟練度を稼ぐのは難しくなるね」
つまり、例えば今最前線で活躍しているようなプレイヤーがデスペナルティを利用してレベルを下げまくり、弱い装備に着替えて来たとしても、ここらに出るようなモンスターと戦ったくらいでは熟練度を稼げないということになる。わざと苦戦する、というのはある程度までは通用するものの、舐めプしているとデータ的に判断されるようになると使えなくなってしまうのだった。
改めて不用意なレベルアップはするべきでないと思わされたものだ。
幸いにして俺のスキルはまだ順調に熟練度が入っている。特に第五階層の狼の群に殺されまくり、今もまたフェンリル相手に死に戻りを繰り返しているのが良い熟練度稼ぎになっている。
これもまたメタな話として、レベル制とスキル制を併用している2ndステージのゲームバランスとして、プレイヤースキルが高ければ成り行き程度の戦闘で到達できる最低限のレベルとスキル構成でクリアは可能になっているそうだ。プレイヤースキルに自信が無ければその分戦闘回数を増やして余分にレベルとスキルを上げれば良い。で、俺みたいなプレイヤーは必然的に苦戦と死に戻りが多くなるのでスキルが育ちやすくなる。
そうして上手な人から下手な人まで満遍なく楽しめるようなバランスとシステムになっている……と豊さんは言っていた。
そんな訳で初日に獲得した基本的なスキルは軒並み+2か+3くらいに成長し、塔の攻略を始めてから新たに獲得した『採取』『持久』『調合』『麻痺耐性』にも熟練度が溜まりつつあり、近いうちに+が付きそうだ。
装備の強化だって第九階層までで可能な限り進めた。
このゲームでの装備品強化は初期配布のベース武器に各種素材を加えて行う。組み合わせによって分岐が発生するなどやり込み要素に溢れている。初期も初期の今の段階ではほとんど選択肢も無いのだが……取り敢えずこんな感じになっている。
片手剣には甲針虫の甲殻と針を加えて攻撃力アップ&麻痺効果を追加。革鎧は狼の毛皮と突甲虫の甲殻で防御力アップ。盾は突甲虫の甲殻と甲針虫の針で防御力アップ&麻痺効果を追加。
麻痺は入れば強力なのだがなかなか入らない。一回の攻撃で入る麻痺毒の量が少なく、回数を当てて蓄積させないと発動しないからだ。時間の経過で蓄積値が減少してしまうので余程調子良く連撃を決めないと麻痺ってくれない。入ればラッキーくらいの感覚だ。
おっと、そうこうしている内にマラソンのゴール――第九階層の出口が見えてきた。
草原の中にぽつんと佇む黒い扉を抜けると、そこは石材造りの狭い部屋になっている。薄暗くて狭苦しいこの部屋だけが、ここが塔なのだと感じさせてくれる要素だ。
小部屋にあるのはもう一つの黒い扉と上に延びる階段だけ。
扉は育成神の神殿に繋がる帰還用の転送装置になっている。が、今の俺には用が無い。階段を登れば似たような造りの小部屋がある。こちらにある扉は狼王フェンリルが待ち構える第十階層への入り口だ。
インベントリを開いて道中に採取した薬草を『調合』してしまう。『エクスプローラーズ』での調合は素になるアイテムを指定して調合コマンドを実行するだけだから簡単だ。薬草を刻んだり煎じたりなどという手順は必要無い。キュピーンと心地よい音がすれば成功で、キュウーンと情けない音がしたら調合失敗になる。成功率はだいたい六割くらいか。出来上がるのは下級回復薬より回復量の劣る最下級回復薬。『調合』のレベルが上がれば成功率と回復薬の品質も上がる仕様だ。
戦闘中に使用するのは始まりの街で買い込んできた下級回復薬になるが、最下級とは言え予備があるのは心強い。保険として調合しておくのが習慣になっている。
準備は万端整った。
長距離マラソンのせいでフェンリルに挑めるのは午前と午後に一回ずつが限界だ。勝てば第十一階層になる二番目の拠点で昼飯が食える。負けたら死に戻りして始まりの街だ。
今度こそはと気合を入れて扉を潜り、ボス戦専用空間となっている第十階層に踏み込む。障害物の無い草原に佇むのは俺の身長を越える体高を誇る巨大な狼、フェンリル。
俺の侵入に気付いたフェンリルが咆哮をあげる。
巨体から発される咆哮はびりびりと大気を震わせる。威容と合わせて初見ではビビったものだが既にもう慣れた。客観視を使って半ば他人事にしてしまえば恐怖も沸かない。落ち着いてフェンリルに相対し戦闘を始め……俺はまた死んだ。