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3-1:邪道”客観視”

3-1~3-10までを

2/21 6、12、18、20、22

2/22 6、12、18、20、22

に投稿します。

 塔への入り口は育成神の神殿にある。

 と言っても、神殿に塔がある訳では無い。神殿を外から見ても塔と呼べるような高層建築は存在しないのである。

 どういう事かと言えば話は単純だ。

 塔は正式には“界渡りの塔”と呼ばれる。この世界と上層にある別の世界を繋ぐ塔だ。この世界に実体として塔の形態を備えているのではなく、こちら(この世界)でもあちら(上層世界)でもない世界の狭間に存在しているのである。


 その入り口が神殿にある。

 場所はチュートリアル迷宮に下りる階段がある小部屋だ。育成神の加護、最初のレベルアップ、通行証たるメダル。全てを揃えて探索者となった者の前に黒い扉が姿を現す。この扉こそが塔の入り口、世界の狭間に存在する塔への転送装置なのだった。


 扉を潜って到達したのは草原だった。

 見渡す限りの緑が視界を埋め尽くし、上を見上げれば青い空と白い雲、そして燦々と輝く太陽がある。塔という言葉から想起される狭苦しさや薄暗さとは無縁な開放的な空間だ。

 塔はどこにいった。

 事前情報無しならそう思った事だろう。

 しかし俺は知っていた。塔と呼ばれていても、その実態はこうしたフィールド型ダンジョンの集合体なのだと。そしてまた思う。塔と呼ぶからには少しくらい塔の要素を持たせるべきなのではないかと。

 ……この些細な不満は後程解消されたのだが。


 さて、塔は十層ごとにフィールドが特徴づけられている。

 第一階層から第十階層は『草原』。

 進行を妨げるような険しい地形は存在せず、あるのは丘未満の緩やかな起伏のみ。丈の低い草に覆われた特徴の無いフィールドが延々と続いている。ランドマークが無いため向かうべき目標を定め難く、視界の端に映る自動更新マップを見ながら探索を進める事になる。


 この草原フィールドに出現する雑魚モンスターは四種。

 まずは雑魚の代名詞ともなっているスライム……のDQ型。俺は浅学にして由来を知らないのだが、饅頭型でぽよぽよ跳ね回るスライムをDQ型、不定形のアメーバ状のスライムをDD型と呼ぶのが一般的だ。薄暗い洞窟なんかに出現するDD型は結構厄介――面倒臭いとも言う――なモンスターに分類されるが、主に草原に出現するDQ型スライムは雑魚中の雑魚として認識される。

 実際、弱かった。


 次が蜂と蚊の中間みたいな印象の甲針虫。羽を除いた体長が俺の顔くらいある巨大な虫だ。蚊みたいな飛行機動で近寄って来てお尻の針でぶすりと刺してくる。この針が曲者で、なんと麻痺毒を注入してくる。毒性はそれほどでもなく一発で即麻痺とはならないのだが、続けざまに刺されて毒が蓄積すると数秒の間動けなくなる状態異常”麻痺”に陥る。攻撃力自体は低めなのと、麻痺中に受ける麻痺毒はカウント外なのが救いか。

 針を使う直前にホバリングするのが狙い目。刺される前に殺れ。


 その次も虫だ。伝説的なカブトムシ、ヘラクレスのような立派な角を生やした突甲虫。こいつも甲針虫と同じく虫としては巨大だがモンスターとしては小さい。草に隠れてカサカサと這い寄って来て角を突き刺してくる。這いながらそのまま刺してくるパターンとジャンプしながら高い位置を狙ってくるパターンがあり、どちらが来るかを判断するのは難しい。素直に横に避けて着地後を狙うのが良い。


 最後、四種目が草原では最も厄介なモンスターとなる。草原を徘徊する狼だ。素早い機動で急接近して爪と牙を振るってくる。噛みつかれると、噛みつきを外すまで継続ダメージが入るので速やかに振り払う必要があるが、狼が足を止める貴重な機会でもある。HPとの兼ね合いが叶うなら噛みつかせたまま攻撃するのもアリだ。


 これらのモンスターと戦って経験値と熟練度を稼ぎつつ、フィールド上に点在する採取ポイントで薬草なんかを得たりもする。成長と金策を平行させながら階層の出口となる扉を探し出すのが基本的な塔攻略のパターンとなる。


 豊さんは言っていた。

 塔に入っても最初の頃は弱い敵しかいない。第五階層の中ボスくらいからちらほらと死に戻りが出始める、と。

 俺も、途中あぶない場面はあったもののそこまでは死なずに進めた。

 第五階層に出現する草原地帯の中ボスは五頭で群をなした狼だ。個々の強さは雑魚として出る狼と変わらないのだが、これが群れとなると危険度が急上昇する。

 数は力なり。

 戦いは数だよ兄貴。

 昔から数的優位を確保する大切さを説く言葉は数多い。

 強制ボッチの俺は数――パーティーメンバーを揃える事ができず、数的劣勢は初めから確定している。その上犬科の動物である狼は組織的な行動を得意としている。一頭が俺の注意を引いている隙に他の一頭が死角から攻撃してきたりと厄介極まりない。


 俺は十二回殺され、そして諦めた。

 このまま普通にやってたら勝てない。

 邪道かもしれないが奥の手を使おう。


 俺の奥の手、それは“客観視”として一部に知られている技術だ。

 自分とは別に自分を客観視するもう一人の自分を想定し、自分としての主体をもう一人の自分の方へと移す。……“自分”がゲシュタルト崩壊しそうだな。少し表現を変えれば『当事者でありつつ意識的には傍観者』『自分事を他人事にする』だろうか。

 狼の群れと戦う自分を、非VRゲームでモニター越しにキャラを見ているかのような意識で客観的に見る。こうする事で当事者故の視野狭窄から脱することができる。とは言え実際に視野が広がる訳ではないので死角は依然として存在するのだが、傍目八目の言葉のように落ち着いて対処できるようになるのだった。この道の猛者ともなると更にもう一歩進んで体の操作をコマンド入力で行うとも言われる。俺には理解できない境地だ。


 自分と意識の距離感は重要だ。離れすぎるとモニター越しどころか擦りガラス越しみたいになって周囲の状況把握が困難になる上に体の操作にもラグが発生してしまう。ゲームをするなら『一歩引く』くらいが丁度良い。

 こういう意識の切り離しが、VRゲームが苦手なプレイヤーが非VRゲームの感覚でプレイするための手法として“客観視”と呼ばれていると知ったのは、それをできるようになった後随分経ってからだった。


 現実と見紛うばかりの世界を構築し、その世界にいるかのような臨場感をもって遊ぶのがVRゲームの醍醐味だ。そこに『自分事を他人事』とか『VRを非VRの感覚で』なんて客観視を持ち込むのは、VRゲームの存在理由を真っ向から否定しているようなものだ。これこそ客観視が邪道とされる所以である。

 けれどまあ……楽しくなければゲームじゃない。

 現実世界と同じ感覚でキャラを動かす完全没入型VRでは、現実世界での運動能力がプレイヤースキルに大きく影響する。キャラのステータスがどれだけ高くなっても、現実世界で運動音痴ならその能力を活かしきれない……で終わってしまったらVRゲームはここまで発展しなかっただろう。武道経験者やスポーツマンはゲーマーの中では少数派なのだから、そうでなくても楽しめなくてはならない。

 戦闘動作を一部肩代わりしてくれるシステムアシストなんかはこの問題に対するメーカー側からの回答だと言える。そして客観視はプレイヤー側からの回答だ。リアリティは戦闘以外の部分で楽しめば良いという開き直りとも言えるが。


 そんな訳でと自己弁護しつつ、客観視を使って狼の群れに勝ったのは更に八回死んだ後だった。

 ……待ってくれ。言い訳をさせてくれ。

 客観視を使えば非VRゲームのように戦えるとしても、別に非VRゲームが上手くなる訳じゃない。そもそも格闘ゲームやアクションゲームが下手なら、客観視を使っても下手なままだ。そして俺が好んでプレイするのはコマンド選択式のRPG。これはもうどうしようもない。諦めなかった俺を褒めて欲しいくらいだ。


 第十階層では草原エリアのボス、狼王フェンリルと戦った。

 大層且つありふれた名前の巨大狼に殺された回数は……途中で数えるのを止めたので判らない。爪で抉られ、牙で穿たれ、強靭な顎でぱっくりと噛み殺され……死に戻りを繰り返し、挑みに挑んで、未だに倒せず戦い続け、死に続けている。

 俺が塔に入ってから二か月が経とうとしている今も。

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