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2-5:検証とレベルアップ

「痛え……くそっ……」


 ダメージに伴う痛覚再現だ。


「痛いけど……でも」


 しかし痛みは恐れていた程じゃなかった。HPバーが半分くらいになっているのをそのまま現実の“半殺し”状態に当て嵌めてみて、そこから想像される痛みと比べるなら全然大したことない。痛いには痛いが、痩せ我慢できる範疇に収まっている。

 やっぱり再現率五十パーセントならこんなものなのか。

 知ってしまえば、知る前の怖がりようが滑稽に思えてしまう。


 そうして余裕が生まれると、今の状況には色々と考えさせられるものがあった。


「腹と左腕が痛い。……凄いな、どこが痛いのかちゃんと判るなんて」


 現在痛みを訴えているのはその二か所だ。はっきりとそれが判る。

 ダメージの多寡に応じて痛みの強弱も決まる。それだけでなくどこにダメージを受けたのかも痛みにちゃんと反映されていた。

 これは注意が必要かもしれない。

 あんなに大きな猪の突進がもろに直撃したら、現実でなら内臓に重大な損傷を受けてもおかしくない。左腕だって骨折くらいはしただろう。しかし痛いだけでそうした損傷からくる行動阻害は受けていない。多分だが、HPバーが一ドット分でも残っている限り、どんな攻撃でどんなダメージを受けても、この体はなんの制限もなく普通に動かせるのだと思う。ゲームなら当り前ではあるのだが……これに痛覚再現が絡むと必ずしもそうではなくなりそうだ。


 例えば、今感じている痛みは我慢できる程度なので問題は無い。しかし、同じ程度の痛みの発生源が男の急所――金○――だったならどうなるか。……おっと、玉ひゅんきた……想像するだに恐ろしい。ゲームシステム的にはいかなるペナルティも発生しなかったとしても、今回の半分程度のダメージだとしても○玉が痛かったら俺は動けなくなる自信がある。


 鈍感な部位への大ダメージよりも敏感な部位への小ダメージの方が深刻な事態になり得るという事だ。HPバーの減り具合だけに拘っていたら失敗してしまいそうだな。


「……と言うか、この痛み、いつまで続くんだ?」


 突進で吹っ飛ばされた後、盛大に地面に激突した時にも痛みは感じていた。背中とか後頭部とかしこたま打ち付けたからな。特殊仕様のせいで、現実でなら痛みを感じる状況になればここでも痛みを感じる。でもそっちの痛みは後を引かずに既に消えている。

 なにが違うのか……って、ダメージか。

 ゲーム的に『ダメージに痛みが伴う』ようになっているなら、ダメージを放っておいたら痛みもそのまま継続するのだろう。


 ならば実験だ。

 初期配布品の下級回復薬を使ったらHPバーがグングン伸びて全快になった。さすがレベルゼロ。下級回復薬でさえ半減状態から全快してしまう程に貧弱なHPだということだ。

 ……まあ、おかげで痛みも消えた。

 やはりダメージに伴う痛みは、ダメージの回復によって消えるようだ。


 ついでにステータスを確認してみたら『片手剣』『盾』『鎧』『VIT上昇』『HP増加』『強撃』の熟練度がちょっぴりだけど上がっていた。スキルアップはまだまだ遠くてもこうして目に見える形で成果が示されるとやる気が出てくる。


 ありゃ? いつのまにか経験値がレベルアップ分溜まっていた。

 必要経験値が溜まったら自動的にレベルアップするのではなく、プレイヤーが自分で操作してレベルアップする任意制なのは聞いていたが、通知くらいはしてくれても良さそうなものだ。ステータスウィンドウを開いてレベルアップの画面に移行して『次のレベルへの必要経験値を満たしています。レベルアップしますか?』という選択肢を見て初めて気付けるというのは不親切な気がする。


「まあ、とりあえずレベルアップしとくか……」


 塔に入るために最低一度のレベルアップをしておかなければならない。『エクスプローラーズ』の本番は塔の攻略だ。その意味で俺はまだスタートラインにすら立っていない事になり、スタートラインに立つための条件がレベル一なのだ。

 レベルアップを問う選択肢の下にあるYESのボタンを押し……


「……じゃねえよ!」


 押してしまう直前にギリギリ軌道変更が間に合った。人差し指の先はYESボタンのすぐ横、ミリ単位でずれれば押してしまったであろう位置を突いていた。

 危ねえ……紙一重だ……。


「なにが取り敢えずだ! 下手にレベル上げるなって豊さんに言われたばっかりだろ!」


 普段の俺ならいざ知らず、Kantanの仮想世界にいる間は「ボーっとしてました」は通用しない。聞いた話はちゃんと行動に活かさなければ。

 食費に関するレベル補正の話、忘れちゃいけない。

 今の俺はレベルゼロ、即ちレベルが無い状態。これならプレイヤーのレベル平均に比例して上昇している食費の影響を受けずに基礎価格で購入できる。塔に入るのは明日にするとして、レベルを上げるのは明日の朝飯を食った後で良い。もちろん豊さんのアドバイスにあった携帯食料の買い溜めもレベルアップ前に済ませておこう。


 *********************************


 マイルームの充実は可及的速やかに実行すべきだな。


 翌朝、再び始まりの街を訪れた俺の頭には昨夜のマイルームでの自分がリフレインしていた。昨日フィールドから戻った俺は猪や豚の素材を売ったお金で最低限の準備を整えた。神殿に赴いて育成神のメダルを買い、数日食い繋げる分の金を残して携帯食料と下級回復薬を買い込んだ。後は翌日の朝飯を食ってからレベルアップすれば塔に入れる状態にしてからマイルームに帰ったのだが。


 マイルームには体一つで入ればすぐにでも生活を始められる設備が整えられている。しかしながらそれは本当に“生活できる”という最低限のものだ。そしてここは仮想世界の中。テレビがあっても放送はされていない。PCがあっても配信されているものがない。代わりに表示されるのは有料コンテンツの購入メニューで、支払いに使うのはゲーム内通貨だった。安定して稼げるようになるまではおいそれと手を出せないだろう。“外の街”には様々な商業施設がVR店舗として展開されているが、こちらもゲーム内通貨を支払はなければ何も買えない。


 娯楽が何も無いのである。

 唯一、PCを使ってゲーム内の掲示板を閲覧できるのが暇潰しの手段だった。ところがこの掲示板も内容が薄っぺらい。興味を惹かれたのは注目パーティー情報くらいか。周りが連日攻略に励む中で、時折ふらりと現れて散発的にプレイしているくせにトップグループの一角に食い込んでいる美女揃いのパーティーであるとか、ネタみたいな名前なのに堅実に攻略を進めている戦国武将パーティーであるとか、多少は楽しむことができた。

 でもそれくらいだ。

 普通なら攻略情報なんかが活発に書き込まれるのだろうが、プレイヤー全員が賞金レースに参加しているここでそれは無い。競争相手を利する有益な情報を書き込むようなお人好しなんかいないのである。


 暇過ぎてあとはもう寝るしかなかった。

 金を稼がねば。

 なんせ有料コンテンツには昔途中までしか見られなかったアニメやドラマのシリーズがあったし、書店にはこれも途中までしか読んでいないマンガや小説が売られていた。極め付けは、探究者枠で参加している漫画家や小説家による例の『このままでは作品完結前に作者が寿命で死んでしまうのではないかと危ぶまれる作品』の、超加速実験が始まってから仮想世界の中で執筆した新作部分を集めた雑誌だ。俺の場合は既刊分から読み返さないといけないが、外部では未発表どころか存在さえ知られていない新作を読めるならこれを見逃す手は無い。どうしたってお金が必要だ。


 ゲーム内通貨を“外の街”で消費させてゲーム進行を遅らせようという運営の考えは知っていても、これはもう乗るしかない。早急にマイルームを充実させよう。


 その為にもさっさと塔に入ろう。

 チュートリアルの延長みたいなフィールドでちまちまと猪や豚を狩るより、ゲーム本編である塔の中の方が実入りは良い筈だ。


 と言う訳で、レベルアップ。

 うっすらと白い光に包まれるエフェクトとともに俺はレベル一になり、塔に入る資格を得た。と、同時にレベル補正が適用されるようになった訳だ。

 試しに商店に入って携帯食料の価格を見てみると……昨日買った時の倍以上になっていた。平均よりもレベルが下なら割引になる。それでいてこれだ。

 下手にレベルアップすべきではない。

 今一度それを胸に刻みつつ、育成神の神殿へと向かう。


 塔への入り口は神殿にあるのだ。

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