2-4:猪と死闘
再び南門からフィールドに出て道のままに進んでいると、またもや羊がめえめえ鳴きながら近寄って来た。
――『羊毛』か……。
賞金レースに関係する罠だとしても実験用バージョンのここでは関係無い。単なる美味しい稼ぎ場の扱いだ。が、狩るのは止めておこう。『羊毛』が換金アイテムとして優れているのは“序盤では”という程度のものだし、気付かなければそれでもゲームを進められるような隠し要素でしかない。
それよりも羊を狩ると羊飼いにボコられた挙句に以後は羊に近付けなくなるのが問題だ。どうにかして先行している他のプレイヤーに追い付くまでボッチが宿命づけられているこの俺だ。孤独に疲れた時に癒して貰えるように羊と戯れる道は残しておきたい。
「という訳だ。命拾いしたな!」
めえめえ鳴いている羊に片手を上げて走り出す。
反応する範囲が定められているようで、ある程度離れると羊は群の方に引き返していった。羊を避けられたのを確認してからは散歩気分でてくてくと歩いて行った。最近はVRゲームをやっていなかったから長い距離を歩くのも久し振りだ。
やがて草原の先に森が見えてきた頃、第一モンスター発見。
茶色の四足獣、猪だ。モンスターと言うよりただの野生動物っぽい。まあ、赤いマーカーとHPバーが頭上にでているから敵なのは間違いない。
あ、猪と目が合った。
猪は体を低く落として前足で地面を掻き始めた。
いかにも「これから突進しますよ」と主張しているようで、俺は片手剣を抜き、盾を構える。予想通り猪は突進してきた。近付いてくると……これが結構デカい。体高は俺の胸くらいまでありそうだ。獰猛そうな顔と凶悪そうな牙が印象的。
猪はまっすぐ俺を目指して突っ込んでくる。あ、これは駄目だ。盾で受けたとしても跳ね飛ばされる未来しか見えない。
ならば! 回避! そしてすれ違いざまに剣で一撃!
斬ったと言うよりも殴ったと言った方が良いような固い手ごたえを残し、猪は地響きを上げながら通り過ぎていく。減速し、立ち止まり、くるりと方向転換。再び俺を睨みながら前足で地面を掻き始める。そんな猪の頭上のHPバーは三割くらい短くなっていた。
これならいける。
突進を避けて斬る。突進を避けて切る。二回繰り返したら猪がひっくり返った。四本の脚をピーンと突っ張ってピクピクとして、それを最後に光の粒子に変じて砕け散った。
こんなもんか。
さて、アイテムのドロップは、と。
インベントリを開くと『猪の牙』と『猪の毛皮』が入っていた。親切にも売却するといくらになるかの目安も表示されている。それらの価格から考えると、神殿で買う事になる育成神のメダルはそれほど高価な物ではないようだった。レベルゼロの俺が初見で狩れた猪の素材がこれくらいで、メダルの価格があれくらいと比較すればそういう結論になる。御布施……いや、ちょっと奮発した御賽銭くらいの感覚かな?
その後、続けて何頭かの猪を狩り、俺の中で猪の位置付けは雑魚に確定した。
始まりの街を出て最初に出会う敵は雑魚以外の何者でもないのだが、そこはまあ俺でも簡単に狩れる、という意味で。
なにしろこの猪は判り易い。攻撃手段は突進のみで、必ず“前足で地面を掻く”という予備動作をする。猪突猛進を体現するかの如く進路は一直線で、追尾性能が低いので簡単に回避できる。そしてこの突進、位置関係に関わらず進む距離がほぼ一定だった。なので、猪が地面を掻き始めたらこちらから距離を突進距離より少し短い位に調整しておく。そうすると避けた直後に減速が始まるので追いかけてお尻に一撃入れる。振り向いたところで鼻先を盾で殴りつけるとブルルと頭を振る怯み動作が発生する。この間に一回剣で攻撃、怯みを終えて再度の予備動作中にもう一回剣で攻撃、これで倒せる。
HPの減り具合を見ると、多少のバラつきはあるものの剣で斬ると三割くらい、盾で殴ると二割くらいダメージが入っていた。『片手剣』スキルのアシストのおかげで素人の俺でもスムーズに剣を振れるからこそだろう。
攻撃力強化のアビリティ『強撃』は今のところ正直微妙だ。確かにダメージは増えているけれど、増加量が少ないので攻撃回数を減らすには至らない。育てれば強くなると期待して熟練度稼ぎに折り込んでいるのが現状だ。
ちなみに猪からは『猪の肉』も手に入った。牙、毛皮、肉。この三種類が猪のドロップで、どれか二つが確率で出るようだ。
このフィールドにいるもう一種のモンスター……動物が豚だ。野生の豚。ふごふご言いながら歩き回っている。数頭の豚が一列のトレイン状態で歩いているのは長閑な眺めであるのだが、赤マーカーとHPバーがあれば狩りの対象に他ならない。
攻撃手段は突進で、突進の距離と速度が猪よりも短く遅い。完全な劣化版だ。その上こちらから攻撃しない限りあちらからも攻撃してこない非アクティブな敵なので必ず先制攻撃できる。ドロップは『豚肉』と『豚皮』のどちらか一つ。売却価格は安めだが、狩りの難易度的にはこんなもんだろうと納得できる程度だった。
猪と豚。こいつらの攻撃は完全に見切った。
負ける要素なんて無い。
この調子でバンバン狩りまくってしまおう。
……なんて油断をした俺のバカ。
豚はともかく、猪が余裕なのは一対一だからだったのに。
横合いから二頭目来ました。
どうやら一頭目の突進に合わせて位置を調整している間に二頭目の間合いに入ってしまったらしい。一頭目の突進を避けた直後、気付いたら突進中の二頭目が目の前にいた。回避もできず盾も間に合わないくらいの超至近。
ヤバいと思った時にはもう低く構えられた猪の鼻面が、奇しくも羊の頭突きをくらったのと同じ個所にぶち込まれていた。
「がはっ!」
腹が爆発したんじゃないかと錯覚するような衝撃を受け、肺の中の空気は変な声になる余地すら無く塊のまま吐き出される。そして、俺は多分空を飛んだ。超低空飛行で数メートルほど。
……平たく言えば吹っ飛ばされた訳だが。
飛ばされた勢いのまま地面に激突し、ごろんと一回転。這いつくばるように身を起こしたところで嫌なものが見えた。一頭目の猪がもう予備動作を終えて突進してきている。最初の突進の終わり際くらいに位置取りしていたから戻ってくるのが早い!
簡易ステータス表示のHPバーは四割くらい減っている。もう一撃受けても死にはしないが、同じように吹っ飛ばされたらその間にもう一頭がまた突進してくるだろう。
ハメか、これは。
待て待て。
豊さんが言っていただろう。死に戻りが出始めるのは塔の五階層くらいからだって。猪に殺されたプレイヤーはいないんだ。それを言うなら羊に殺されたプレイヤーもいないのだろうが、だからこそ、ここで猪にまで殺られる訳にはいかない。俺にだって意地がある。
せめて正面から受けないように斜めに構えた小盾で突進を受けた。腕に凄まじい衝撃が走り、盾は腕ごと跳ね上げられた。引っ張られるように体も後ろに持っていかれて蹈鞴を踏むも、無様に地面に転がされる事態は避けられた。HPバーが更に一割持っていかれたがまだ大丈夫。
こいつらの攻撃を見切ったというのは嘘じゃない。二頭いると判っていればもう不覚はとらない。
二頭いる時の最適な位置取りはここ、二頭に挟まれた真ん中だ。
両サイドから猪が突進してくる。わざわざ挟み撃ちになる位置に立ったのは自殺願望の顕れ……ではない。十分に引き付けてから回避すればご覧のとおり、猪同士の正面衝突だ。ゴスン! と生き物同士がぶつかったとは思えないような衝突音が重く響き、猪のHPバーはどちらも一気に半減していた。互いの突進速度が合わさって二倍の威力になったのか? 突進に突進をぶつけて足を止めさせるのが目的だったからモンスターにもフレンドリーファイアがあるのは嬉しい誤算だ。ついでに怯みモーションまで発生しているではないか。
紛うことなきチャンス。
「おりゃああ!」
猛然と斬りかかり、数秒後、猪は二頭ともドロップアイテムになった。
「おっしゃあ!」
死闘を征した喜びに思わずのガッツポーズ。
猪相手に死闘をしてしまった恥ずかしさは一時脇に置いておこう。大切なのは今、こうして生き残ったという事実だ。素直にそれを喜ぼう。