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プロローグ1:ログアウト不可

主人公遅刻の為、プロローグは別のプレイヤー視点です。


本日中にプロローグ五話を投稿し、以後は不定期となります。

 ここはVRMMORPG『エクスプローラーズ2ndステージ』のスタート地点となる“始まりの街”の中央広場。円形の広場の中心には女神を象った像を据えた大きな噴水があり、東西南北には始まりの街各方面に続くメインストリートが続いている。いずれは生産職のプレイヤーが市場などを開いて活気づくのだろうが――いや、それはないか? ――今はまた別の活気に満ちていた。

 現在現実世界は午前九時。2ndステージのスタート時刻であり、待ちかねたようにログインしてきたばかりのプレイヤーで広場はごった返していた。


 俺はその場でトントンと軽くジャンプした。


 ――違和感無し、と。


 これは数多くのVRゲームを渡り歩いてきた俺にとっての、新しいゲームを始める際の儀式のようなものだ。完全没入型VRゲームの売りの一つが”現実そのまま”なのは間違いない。旧来のディスプレイを見てプレイするゲームにだって優れた作品はたくさんあるし、それらにはそれらの良い点がある。で、VRゲームの良い点は何なのかと言えば、自分自身がその場にいるかのような現実感なのだ。体の動作に一々違和を感じるようでは現実感なんて簡単に損なわれてしまう。酷いものになると……いや、今は止めておこう。肝心なのはこれからプレイする事になるこのゲームには文句の付けどころがないってことだ。

 まあ、俺は1stステージもプレイしているし、同じシステムを使っているなら問題無いだろうと思ってはいたが、2ndステージに適用された特別仕様のおかげなのか、さらに現実に近付いているような気さえする。空気感と言うのだろうか。具体的に表現する言葉は出てこないのだが、肌に感じる感覚的な部分が他のVRゲームとは違うような気がした。


「メニューオープン」


 メニュー画面を開くコマンドはカスタマイズすれば任意の単語や動作に変更できるのだが、初期の設定では最も一般的な「メニューオープン」である。気合を入れて叫ぶ必要は無く、俺の発声も囁き程度だ。でも一つの場所で多人数が口にすれば騒めきとなる。

 それがこの広場に満ちる活気となっていた。


 俺の前に半透明のメニューウィンドウが開いた。

 メニューの構成は1stステージと同じだ。迷うことなく装備画面を呼び出して初期配布の武器防具を身につける。防具は皮製の胴鎧、武器は各種あるベース武器の中からシンプルな片手剣を選択した。どちらも初期状態なので性能はお察しの代物であるが、あるとないとでは安心感がまるで違う。


 他の配布品は下級回復薬が三つ。それだけだ。所持金はゼロ。初期配布にお金は含まれていなかった。甘えは許さぬ、一から稼げということだろう。曲がりなりにも武器防具と回復薬があるのだから、まあ無茶な仕様ではない。酷いものになると……いや、これも今は止めておこう。


 ステータス画面、スキル画面と確認を続け、内心で溜め息を吐く。

 前ステージクリア時の数値やレベルと比べると……データ引き継ぎが無いのは承知していても、やはり溜め息の一つも吐きたくなる。


「はあ……」


 また一から育て直しかと、内心の溜め息が実際の溜め息になったところで、遠くからこれまでとは違う種類のざわめきが伝わってきた。

 なんだ?

 耳を澄ます。


「広場から出られないってよ!」

「なんか透明な壁があるらしい!」


 広場から出られない?

 最寄りとなる東側を見やると、広場と通りの境目に何人もプレイヤーが集まって何も無い空間をドンドンと叩いている。

 思わずそちらに向かって踏み出した足を、しかし直後に止める事になった。

 誰かは判らないが、近い場所から新たな声が聞こえたのだ。


 ログアウトボタンが無い?


 開いたままだったメニュー画面に指を走らせる。

 ……無い。

 見慣れたメニュー画面のログアウトボタンがあるべき場所にはなにも無く空白となっている。しかしこれは……。

 戸惑う俺の耳に一つの単語が飛び込んできた。


 SAO。


 それは完全没入型VRがまだ実用化されずに“夢の技術”と称されていた時代に発表された小説の通称だ。その後多くの類似作品を生み出す元となったジャンル開拓の一作として今では古典扱いされている。

 その内容は世界初の完全没入型VRMMORPGがサービス開始直後にログアウト不可となり、しかもゲーム内での死が現実での死に直結したデスゲームに変貌してしまうというものだ。俺もSAOは嗜みとして読んでいて、その冒頭部分が正に今のこの状況に酷似している。そう思って改めて広場を見渡せば、目に映る光景は同作のアニメ化作品で見た覚えがある。


 ――いや、逆か?


 ゲームスタート直後、始まりの街の広場に集められたプレイヤー、広場からは出られず、そしてメニュー画面から消えたログアウトボタン。この状況を演出した誰かがSAOに寄せたというのが真相だろう。

 そして今この場にいるプレイヤーの多くは大なり小なり俺の同類だろう。当然、SAOを知る者も多く、この状況と結びつけた者もまた多い。何かを待ち望む表情で空を見上げる者が続出しているのがその証拠だ。


 俺も確信に近い予想を胸に空を仰ぐ。

 疎らに白い雲を散らした青い空に突如亀裂が走り、ガラスを突き破るかのようにして砕け散った。空に開いた穴の向こうに覗ける血のように赤い空間に黒い“何か”が渦を巻き、ずるりと粘性の高い液体のような動きでこちら側に溢れ出てきて……見る間に形を変えて死神を連想させる黒いフード付きローブ姿になっていた。

 ……やっぱりこうきたか。


『プレイヤー諸君、エクスプローラーズオンラインの世界にようこそ』


 フードの中身は闇を塗り込めたような漆黒となっていて顔は見えない。

 どんな顔、どんな表情から発されたのか、空から降ってくる声は陰々としていて、でも聞き取りやすい。


『諸君も既に気付いているだろう。メニュー画面のログアウトボタンは使用できないようにこちらで処置済みだ。即ち、諸君たちは自らの意思でこのゲームからログアウトすることはできない』


 細部は違えど聞いた覚えのあるセリフはもちろんSAOのパロディだ。

 ここまでくれば後は判る。

 このゲームには一つだけ、プレイヤーの意思によりログアウトする方法がある筈だ。

 それは……。


『しかし、一つだけ、諸君にはログアウトする手段を用意している。試練の塔の最上階には上層世界……3rdステージの舞台となる第三層への転移陣がある。この転移陣の転移先を現実世界に設定し直してある。そうだ、ログアウトしたければこのゲームを……2ndステージをクリアすれば良い』


 思ったとおりだ。

 それにしても再現度が高い。


『さあ諸君、現実世界への帰還を望むならば塔を登れ! ゲームクリアを目指して!』


 厳かに告げられたその言葉に、











 プレイヤーから湧き起ったのは歓声(・ ・)だった。

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