俺と命と反省会
「とんだ敗北じゃのう、鳩に作戦など通じぬか」
結界のその向こう、ニヤリと笑う怪しい少女、二神様が立っている。おいおい、この状況見てみろよ。そんな笑ってられる状況じゃねぇってよ……
「ふむ、怜治。そんな苦い顔をするとは……そうか、それほど……」
今の俺たちに、詠唱を唱えている余裕はなかった。それには気づいてくれたのか、二神様は、結界の前に立ち、俺たち全員を詠唱なしで引き入れてくれた。
「まぁよい、話を聞こう。隆平!隆平も手伝え。魔力切れじゃ、手当をするのじゃ!」
結界のを超えた先には、二上神社がある。その横には、大きく、そして古い民家があった。神社には似つかわしくない、武家屋敷。なぜこんなところにこんな家が、普通聞かないでしょ。
だがまぁ、そこはそれ。武家屋敷には二上神社の神主が住んでいる。名前を、二上隆平
見える武家屋敷から、のこのこと走ってやってきた隆平さん。やってきてようやく事の重大さに気付く。
「えぇぇぇ! 魔力の使い果たし!? おまけにみんな弱っているじゃないか! 相当不利な戦いだったんだね。よく逃げた、素晴らしいよ!」
「隆平、ほめておる場合ではない! はよ手当をせぬか!」
「わぁぁ、ごめんなさい二神様。すぐにみんな連れて行くからさ! 孝人も手伝ってくれる?」
「そのつもりでいるんだろ。慌てすぎだ、隆平」
隆平さんはとにかく驚きまくっていた。やれやれ、と大参先生は呆れている。皆川を抱えるのもしどろもどろで、状況は呑み込めたがいまいちしっくり来ていない。わかっていても、体がついていっていないようだ。
隆平さんが皆川を抱え、善田を大参先生が抱え、俺たちは武家屋敷に向かう。広い家、倉だってついてる。縁側も中庭も、長い廊下もある。どうやったら神主がこんな家を持てるんだ? 毎度不思議に思う。
そんな最近の家じゃ見かけない。大きな縁側から家の中に入り、すぐさま畳の上に、二人を寝かせる。 あ、不法侵入? 許して隆平さん。
「朱音、手伝ってくれる?」
隆平の声に駆け付けたのは、長く黒い、きれいな日本髪の女性。彼女の名前は、二上朱音いやぁ、お美しい! だが、そのお美しい見かけからは想像できないほどの、魔力量と術の使い手である。
戦う上では十分すぎる力を持っていながら、あえてサポートに徹する、強かな女性。あぁ、お美しい……って、言ってる場合じゃないんだな、今は。
「わかったわ、隆平さん。隆平さんは成也くんの催眠を解いてあげて。私は美香ちゃんの魔力を回復させるわ」
朱音さんはすぐ後ろの棚から、石を取り出す。赤黒い石、大きさからして、心臓のようにも見える。あれは、俺も知っている。何回か見たことがあった。確か……
ドクンと心臓が唸る。あれは間違いなく、臓魔石だ。しかも、とても人間の手には負えない。
「怜治くんは知っているわよね、見たことあるんでしょう、この石」
「あぁ、確か父さんに見せてもらった。そんなに出回ってない石だろ?」
「そうね、皆川家からの預かりものよ。怜治くんが見るとしたら……」
「まぁ、あそこしかねぇな。そういうこと」
そう、と言って、朱音さんは納得した。そこから先は、朱恩さんは言わなくても知っている。俺だって、思い返す必要もない。思い返して、和仁に悟られでもしたらたまったもんじゃない。怜花にだって、知ってほしくないことだしな。
「開眼・朝焼けの術」
そうこうしている間に、隆平さんは簡単な術を使い、善田の目を覚まさせた。善田の目は、黒く戻っている。善田は、人ならざる者に近い時の記憶を、次に目が覚めた時には失っている。二重人格に近い形だ。魔力、体力ともに消費は激しく、眠らさなかったらそれはそれで彼は力尽きて死んでいたかもしれない。
「うーん……何をやったか全然覚えてないです……でも返り血ついてますし……また何かやったんですよね」
「あぁ、お前が戦わなかったら、今頃全員死んでたよ」
和仁が告げると、こわばっていた善田の顔は、少し柔らかくなっていた。和仁の顔はいたって変わらず、冷静な無表情のままだが。
「よかった、僕も役に立てたんですね」
「お前は十分役に立っているよ。無理はするな」
すでに無理なんだけど……という善田のつぶやきを和仁はほったらかしにして、皆川のほうを見る。皆川の心臓の上のあたりに、朱音さんは臓魔石を置く。すると、何をしたわけでもないのに、石は鈍く、赤く輝き始めた。それと同時に、皆川の周辺には、勝手に陣が張られる。
「皆川家……やっぱり壮大な儀式を行ったのね。これは相当な切り札なんだわ」
俺にとって、皆川家の事情はさっぱり分かったもんじゃないが、朱音さんはどうやら知っているようだ。こわばった顔、滴る冷や汗、何かあるのは間違いないが、触れないことのほうがいい気がして、俺は口をつぐむ。
石の上に両手をかざし、朱音さんは目を閉じ、集中して詠唱を始める。
「神の依り代、始まり同じくして違える。原初の力はともにあり、我らは同じ神の子。ならば、我が力はそなたの力に転ずる。魔力転移・神間の術」
途端に臓魔石はさらに輝き、周囲がまぶしい光と熱に包まれる。俺も思わず目を閉じた。瞼の裏に映るのは、赤い線。力の波動のようなものが、目を閉じると不思議と見える。どこか幻想的な、赤い線。なぜか、自分とさほど遠いものでないように感じる。
その赤い線が途切れると同時に、俺は目を開けた。その時には、陣も消え、石の光も消え、皆川は目を覚ましていた。皆川は、どこか遠くを見ている。ここに心がないように。
「あ……私……死んでたのかな……」
「大丈夫よ、美香ちゃん。あなたはよく頑張ったわ」
そういって、朱音さんは優しく皆川を抱きしめる。すると、皆川は何かこらえてたものがあふれ出すように泣き出した。その目からはポロポロと、涙が零れ落ちる。
「生きてる……私、今日も生きてたんだわ……」
その言葉を、俺は今、理解することはできないだろう。でも、時がたてば、これもきっとわかる気がした。俺はきっと、すべてを知らなくてはいけない運命にある。そしてそれをすべて、背負って生きていく必要がある。俺には、抱えなきゃいけないものが多すぎる。
それでもかまわない。それが運命ならば、俺は受け入れよう。すべてを知り、すべてを見て、この目に映したうえで生きていこう。覚悟はできているさ。
なんで俺が、知らなきゃいけない、読者なのかといえば……まぁ、そのうちわかるさ。
「さて、今回を振り返り、反省点をあげよう。大体予想はつくけどな」
和仁は一息つき、周囲を見渡す。全員の安全は確認できた。傷はまだ残るとしても、今回の反省をすべきだ。
「今回は、俺たちにとって初めての敗北だ。だからこそ、念入りに反省すべきだ。それぞれは全力を出したはず。だが、そんな俺たちに足りないものは何だったか、それを考えよう」
皆川は涙を拭いて、和仁を見る。そんな皆川に、朱音さんは左手を握り、そっと寄り添った。ゆっくり近づき、才木も皆川の右手を優しく握る。善田は体育すわりをして、最上は近くの柱にもたれかかった。
胡坐をかいて、隆平さんと大参先生は座る。和仁は立ち上がり、みんなの視線を集める。俺はその陰に隠れるよう、背中合わせで座り込んだ。
「まず一つ、作戦は通用しなかった。術も聞かなかったし、魔力は吸い上げられ、圧倒的不利な土地と状況。すべてが規格外だった……」
才木は片手に術の書を持つ。それを見つめながら、目は険しかった。
「二つ、鳩の力を侮っていた。私たちはいつも通りやった。それが甘えだったんだ」
厳しく静かに言い放った最上だが、ごもっともだ。俺たちはいつも通りで行けると思っていた。俺だって実践があったわけじゃない。鳩を知っていても侮ってはいた。そこは確かに「今までの実績に甘えていた」ということに直結する。
「俺的には……」
あまり言いたくはないが、俺は口を開いた。こちらの狙いは「俺を標的とさせること」だからこそ、俺はあえて的になろう。
「この中に裏切り者がいるって思ってんだがな。あぁ、だってよ、情報筒抜けじゃんよ。時刻通りに始まらなかったし、引き寄せるはずの陣や魔力は効かない。鳩の知能が高ければそれまでだが、どうもおかしい」
「そんなっ……!」
予想通りの反応をしたのは善田だった。
「そんなはずないですよ。この中の誰かが、鳩とつながりを持っているってことですか?」
「善田くんの言う通り、私も信じられない……ここにいるみんなは仲間だと思っているから……」
善田に皆川は賛同した。だが、俺にとってはここにいる誰もが、疑いの対象だ。皆木の力はまだ謎だし、才木はなぜ術の書を持っているかも謎だ。善田の人ならざる者の力だってわけわからないし、最上は無口すぎて読めない。
ただ……俺が唯一信用するならば、和仁、お前だけだ。お前だけは、絶対にありえないからな。だって……
「俺は怜治の意見には賛成だ。俺も、情報が筒抜けのあたり疑いを持っている。鳩と戦う前から、こちらの計画は確実に乱されているはずだ」
あぁ、そうか、そうだったな。お前がいる限り、俺はすべての攻撃を受ける的になれない。必ずお前が隣にいる。お前がともに的になる。的になっちゃいけないお前が、鳩に狙われる。
────俺は……お前の危機は守れねぇのかよ。
しかしまぁ、情報が洩れているということを共有したのは確かだ。そもそも前回、人ならざる者と戦った時、時刻がまず合わず、なかなか隠れて出てこなかったことがある。本来は魔力を注ぎ込み、そこに二神様がいるかのようにするために、時間通りに人ならざる者は現れるはずだ。だが、それがずれたあたり……そこのあたりにはもう疑っていた。
「ならば、「約束の盃」を交わしたらどうだい? うちにはあるよ」
え、突然何それ。そんな軽いノリで何を出すの!? だがこちらの驚きはほったらかしで、そもそも気づくことなく、隆平さんは棚から、酒瓶と7つの白い盃を、淡々と用意した。そして中庭に行き、葉っぱを一枚、もぎりとってきた。
「約束の盃って、術のようなものがあるんですよね。確か中立な立ち合い人が必要って、この書には書いてありました」
「才木くんの言う通り。その中立な立ち合い人には、よく、神社の神主が選ばれるよ。そもそもこの盃、よっぽどのことがないとやらないから」
「どうしてですか?」
才木が聞くと、隆平さんは人差し指を口に当て、内緒だよというように答えた。
「これはある種の呪いだからさ。これやったら、絶対にお互いを裏切らないでしょ?」
裏切ったらどうなるのか、その先は言わなかった。隆平さんは怖い顔一つせず、にこやかに続ける。
「みんなの血を、この酒瓶の中に入れるよ。ちょっと痛いけど、葉っぱで切るだけだからさ」
隆平さんはみんなの人差し指から血を取ると、酒瓶の中に一滴ずつ入れていった。7人の血がそろった後、隆平さんも血を一滴入れる。そしてゆすってかき混ぜながら、詠唱を始める。
「血は逆らえぬ、血は裏切れぬ、ここにそろうは約束の血。神の名のもとに、ここに中立を誓う」
言い終わると、7つの盃に、そのお酒を少量注ぐ。血が混じっているとは思えない、澄みわたった酒。そこには呪いのようなものも感じられなかった。
「未成年は飲酒禁止だけど、まぁ、これくらいは仕方ないよ、神様も許してくれる! 特に二神様ならね!」
無茶苦茶だなぁ! これで捕まったらどうするんだよ! ってか、ここ、先生いるよね? 高校の先生いるよね!?
恐る恐る大参先生を見ると、顔を伏せて見ないふりをしていた。あー! 先生! 空気の読める人!!!
とりあえず違反だが仕方ない。高鳴る鼓動を抑えつつ、俺たち7人はそろって盃を合わせると、それぞれと目を合わせ、7人同時に飲み干した。
「……これでいいのか?」
俺は思わず口にした。さっきまで場を包んでいた緊張感は、一瞬にして立ち消えた。これで、この7人が裏切ることはないと……
なんだか、どっと疲れが沸き起こってきた。なんか、すごくだるい……
「今日は、ここでみんな眠っていきなよ。家には僕が言っておく」
どこか、隆平さんの言葉に安心感がある。瞼が重く、とても眠い。隆平さんの声も、大参先生の声も、こだましながら、聞こえなくなっていく。
気づけば7人は、深い眠りに落ちていた。誰一人、目覚めることはない。
「さーて、これでいいかな。しばらく目は覚めないよ。まぁ、明日の朝までぐっすりかな」
二上隆平はにこやかに笑い、片づけを始める。縁側から風が吹き抜け、一つ結びの髪の毛を優しく揺らした。
「二上、本当にこれでいいのか?」
大参孝人は心配そうに7人を見る。そうだ、この7人は術の力によって強制的に眠らされている。傷も疲れもまだ癒えない中、こんなことをして大丈夫だろうか。
「大参の心配には及ばないよ。眠っているだけ、呪いにかかってね」
ふふっと軽く笑う。二上の目に何が映っているのかは、大参は知らない。そして、大参の目に映るものを、二上もまた知らないのだった。