A愛
今にして思うのなら、恐らく僕はその女性を初めて見た時から何かしら惹かれていたのじゃないかと思う。
地味で真面目そうな外見と落ち着いたその雰囲気は、今までの僕にない何かを補ってくれているように感じていた。
その女性は脳外科医で、専門は脳への人工知能チップ移植。彼女と出会う切っ掛けは僕が彼女の手術を受けた事だった。彼女の手術を受ければ、知能が大幅に増幅される上に、念じるだけでインターネットも脳から直接利用できる。しかも、研究の為の試験体という扱いだから、費用は一切かからなかった。それで僕は自ら希望して自分の脳に人工知能チップを移植してもらったのだ。
施術後、研究とその経過を観る為に、彼女と僕は何度か面会をした。ただただ実務的な会話しかしていないのに、僕は会う度に彼女に引き込まれていった。そして気が付くと、すっかり彼女への恋に落ちていたのだ。
僕の求愛を彼女は決して拒まなかった。だからこそ、僕は彼女の方も僕を受け入れてくれているのだとばかり思っていた。
ところだが。何故か、ある日から彼女は僕に全く会ってくれなくなってしまったのだった。
原因はまるで分からなかった。僕は何か彼女の気分を害するような事をしただろうか? 苦悩し煩悶した。
「せめて、理由だけでも教えて欲しい」
そうメールで訴えても答えてくれず、仕方なしに僕は彼女を待ち伏せするというストーカーまがいの行動までした。それでようやく彼女は僕と話してくれた。喫茶店に入ると彼女は言った。
「あなたには謝らなくてはいけない」
僕はその言葉に驚いた。しつこく付き纏う僕に対して彼女は怒りを覚えているものだとばかり思っていたからだ。
「謝る必要なんてないよ。僕の方こそしつこくして悪かった」
それで僕はそう返したのだ。ところがそれに彼女は「違うのよ」と返す。
「何が?」
戸惑っている僕に向けて彼女はこう続けた。
「あなたが私に好意を向けるのは、あなたの自由意思ではないの。全ては私が悪いのよ。訴えてくれても構わないわ」
その説明を受けても僕には何の事なのか分からなかった。それを察したのか、彼女は再び口を開いた。
「施術を行った際に、あなたに移植した人工知能チップに私は細工をしたの。私を好きになるように……」
僕はそれを聞いて大きく目を見開く。
「軽い気持ちだったの。もし、それで効果が現れても、仕込んだプログラムを消去すれば直ぐにあなたの気持ちは私から離れていくと思っていたから。
ところが、プログラムを消去してもあなたの気持ちは変わらなかった。きっとあなたの脳に私への好意が刻印されてしまった所為だと思うのだけど……」
その彼女の告白に、僕はもちろんショックを受けていた。しかし、にも拘わらず、僕の中の彼女への想いは全く変わっていなかった。そして僕はその気持ちと現実との乖離にただただ戸惑っていた。
もしもこの気持ちがプログラムされたものに過ぎないのなら、人間の全ての感情などプログラムされたものに過ぎないのじゃないか?
そして、そんな中でそんな事を思っていた。