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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第七章 帝国北部紀行
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ep084 ご令嬢の依頼

ep084 ご令嬢の依頼





僕らは宿場町ベイマルクの領主の屋敷に招かれた。豪華な装飾がある応接室に通されると、既に屋敷のご令嬢と見える女が待っていた。ご令嬢の背後には護衛と見える者が二人いて戸口にも護衛がいる警戒ぶりだ。


「私はエメイリア・ラドルコフ。この屋敷を預かる者です」

「ラドルコフ……伯爵家!のご令嬢!?」

「GUF!」


風の魔法使いシシリアは驚いて声を上げたが、慌てて口を噤む。獣人の戦士バオウは僕の背後に立ったまま護衛の者を警戒している。他の者は避難民と共に宿舎に置いて来た。


「ご存じの通り。当家の事情により領主は不在にしておりますので、どうぞお寛ぎ下さいませ。クロホメロス卿」

「恐れ入ります」


屋敷の女中が暖かい飲み物を給仕してゆくが、これも護衛だろうか洗練された所作に見えて僕らの動きにも気を配る様子だ。見られているという感覚は…貴族の社交場と似ている。


町の門衛から情報を得たのだろう僕の素性もバレている。…ミスリルの冒険者証が目立ち過ぎるせいだ。ラドルコフ伯爵家のご令嬢エメイリアは見事な金髪でケルビンとは顔も似ていない。…親戚か異母兄弟か。貴族の事情に詳しくない僕には判断できない。


「お招きしたのは、私の頼みを聞いて頂く為ですわ」

「伯爵家のご依頼という事ですか?」


冒険者への依頼だろうか、伯爵家ならば護衛の者や下働きの手も多いだろうと思うのだが、…


「いいえ。私の個人的な頼み事なのです」

「しかし、僕らは村人の護衛任務の途中なので……」


ここまで逃避行を伴にしてきた村人たちを放置はできない。


「彼ら、避難民は当家でお引き受け致しますから、是非お力をお貸しくださいませ。英雄様っ!」

「うーむ」


僕は伯爵家のご令嬢エメイリアの提案を検討した。この町で避難民の面倒を見るのは相当の金額と手間がかかる。だから、この依頼にはそれに見合うだけの危険がありそうだ。


「もちろん謝礼も十分にお支払いたします。こう見えても今は領主代行を務めておりますのよ」

「…詳しくお話を伺いましょう」


ご令嬢は伯爵家の権力で依頼をゴリ押しする様子ではないが、僕は思案して依頼内容を尋ねた。


宿場町ベイマルクの北西にはナムー湖という水場があり、そこへ依頼の品物を運んで欲しいというが、ただの荷物運びの仕事とは思えない。さらに話を聞くと、ナムー湖には水龍が棲んでおり、飛竜山地にも近い難所だとの事だ。道案内には配下の者を付けると言うが信用できるだろうか。


僕らは依頼については冒険者ギルドを通して指名依頼としてもらい。準備も必要なので明後日に出発する事にした。こちらでも独自に情報を集めておきたい。


………


獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアは冒険者ギルドへ向かいナムー湖と水龍について調査した。氷の魔女メルティナは避難民となった村人の今後の身の振り方を相談し忙しく立ち働いていた。僕は鬼人の少女ギンナを連れてベイマルクの町へ出かけた。


ベイマルクの町は街道筋の宿場町で北は大都市アルノルド、西は帝国の領土ゲルフノルド、東は帝国の穀倉地帯へ通じる要衝の町だ。通りには荷物を乗せた荷馬車が行き交い倉庫や役馬を扱う店が目立つ。僕は役馬の店で尋ねた。


「ここの馬は雪道でも走れますかね」

「おや、旦那。どんな馬をお探しですか?」


僕は店主と軽く商談らしい事を話した。


「ここまでの道中で我々の馬車が雪道に難儀していたので、良い方法があれば……」

「旦那様は東の方からお越しですか。では、雪道に不慣れでしょうから、当店の荷馬がよろしいかと」


店主の話では、雪道を踏破するため馬には特別性の蹄鉄を装備しているそうだ。ただの馬に見えるが馬に似た魔物のため、弱いながらも魔力があり蹄鉄の形をした魔道具を使うらしい。僕は自分の荷馬に蹄鉄の魔道具を取り付けるか、新しく荷馬を買うか検討すると話してその店を出た。


「英雄さま! お腹がぐーですぅ」

「あはは、ギンナ。屋台を探してくれ」


僕らは通りの屋台で腹を満たすのさぁ。料理はソーセージに似た家畜の腸詰肉を茹で、小麦のパンに挟んだ上に赤いソースをかけている。つまり、ホットドックを食べた。赤いソースはトマトに似た風味でピリ辛のスパイスが効いている。…腸詰肉のソーセージにも良く合う。


「このソースはこの町の特産ですか?」

「ポメのソースは他の店と同じだが、ウチのは秘伝のタレだっ!」


店の親爺は得意顔で言うが、トマトに似たソースはポメと言うらしい。ピリ辛は秘伝のタレだろうか。


町の市場に行くとトマトに似た赤い野菜を見つけた。店頭には見本と思える数個のトマトと「さわるな危険!」と書いてある。


「いらっしゃいませ、お客様」

「店主、これは?」


「ポメでございます。鍋はお持ちですか?」

「あぁ。ひとつ貰おう」


僕は鞄から蒸気鍋を取り出して赤いポメを入れて貰う。


「鍋の蓋をして…お気を付け下さい。ポメが爆発しますから」

「爆発?」


-BON!-


僕が驚いて蒸気鍋の蓋を閉じると衝撃が伝わったのか赤いポメが爆発した。蒸気鍋からガスが抜ける。店内にトマトの酸味と香りが広がる。


「ほほう。良い鍋をお持ちですね」

「…」


店主は蒸気鍋に関心していたが、僕が鍋の蓋を開くと中にはポメが破裂して出来た赤い液体が飛び散っていた。僕は追加のポメを買い赤いポメソースを得た。その夜は避難民の宿舎で牛肉のポメソース煮を作り皆に振る舞った。




◆◇◇◆◇




僕らは幌馬車に乗り北西の森に向かった。先頭は馬に乗った護衛の男がいて荷車を引いた牛に似た魔物を連れている。荷車には下男が乗り込んで牛車の様にして鞭を操る。その荷台には家畜の肉と見える塊が氷漬けにされて積まれているが何に使うのか。僕らは最後尾で牛と荷車の歩みに合わせて進んだ。


ベイマルクの北西にあるナムー湖までの護衛任務なのだが、成功報酬の話を聞くと氷の魔女メルティナが協力を申し出た。今も牛車に乗り込んで魔法を振るい雪を退けて道を開いている。…メルティナの魔法は便利なのだが、気力や体力は持つのだろうか。使用人のハンスはメルティナはお嬢様に付いて牛車に乗り下男の男を警戒している様子だ。


先頭から護衛の男が馬を走らせて戻ってきた。


「この先の広場で休憩にいたします」

「ケーニッヒ様。ありがとうございます!」


風の魔法使いシシリアが愛想よく応えた。護衛の男ケーニッヒは伯爵家のご令嬢エメイリアの部下だろうと思うが、軽装の革鎧に防寒用のマントを着て腰に長剣を佩いている。馬で走る姿は騎士の槍と甲冑が似合いそうだ。


「ヨゼフ! 休憩だ。荷車を寄せろッ」

「へーい」


下男のヨゼフは鞭を振るって牛車を間道の脇に寄せた。


「おほほ、退いて下さるかしら…【除雪】」

「ぶっ…」


とても魔法の詠唱とは思えない呟きをして氷の魔女メルティナが腕を振ると広場の積雪が退いた。…さすが!氷の魔女と言うべきか。僕は早速に竈の魔道具を取り出してポメ煮込みスープを温めた。昨日から具材を仕込んでいたので出来は良い。この季節に暖かいスープは必須と思えるので皆に配給すると喜んでもらえる。


「クロホメロス卿の手ずからとは、恐れ入ります」

「これも僕の役割ですから、お気になさらずに…お召し上がり下さい」


ケーニッヒには恐縮されたが、ヨゼフは無言でポメ煮込みスープを食べている。


「GUF 肉が少ないのは残念」

「英雄さま! 美味しいですぅ」


スープはポメと野菜と牛肉を煮込んだ物にイモを入れて煮崩れた物だ。牛肉よりもイモが目立つのは仕方ない。


「おほほ、ハンスに作らせるより良いお味ですわ」

「くっ…お嬢様…」


メルティナお嬢様が言うのでハンスは悔しがる。それを横目にしてシシリアが尋ねた。


「ケーニッヒ様。この積み荷は何に使うのですか?」

「あぁ、これは水龍への貢物です」


「へぇ~」


護衛の男ケーニッヒの話ではナムー湖に棲む水龍に与える肉だと言う。ラドルコフ家の当主は代々に渡り水龍の管理をしてきたらしい。これはベイマルクの町で集めた情報と同じだ。


「GUU 匂うゾ!」

「ッ!」


獣人の戦士バオウが匂いを嗅ぎつけた時は要注意だ。雪を蹴って魔物が現われた! 魔物は狼というより野犬の群れと見えるが数が多い。


「荷を守れ!」

「ハッ!」


僕らは荷車を中心にして防御陣形を取った。先頭ではケーニッヒが馬を守りながら長剣を振るっている。バオウは荷車に飛び込ん出来た野犬を手甲で殴り飛ばしている。シシリアは荷台に登って弓矢を放った。


「GUF 追い払え」

「ダメよ! 数が多いわ」


鬼人の少女ギンナは重石のハンマーを振るって野犬を弾き飛ばした。下男のハンスは牛を守って鞭を振るう。僕は打開策を探し…粘土で作った玉を野犬の群れに投げた。粘土の球は薄い焼き物で地面に落ちると爆発が起きた。


-BON!-


-BOM BON!-


たて続けに僕が粘土の球を投げ込むと赤い飛沫と臭気の煙が立ち上った。飛沫を浴びた野犬が苦悶して体を雪に擦り付けているが、周りの野犬は仲間を見捨てて逃げ出した。飛沫に汚れた野犬も群れを追うが、さらに速度を上げて野犬の群れは逃げ去った。


「ふう、助かったが、何だあれは?」

「GUU 鼻が曲がるッ」


「これは、狼避けの薬草とポメで作った匂い玉です」

「っ!」


正確には赤いポメが破裂した際に発生するガスと狼が嫌う成分を詰めた物だが、獣人の戦士バオウは鼻に皺を寄せて嫌な顔をした。氷の魔女メルティナが氷漬けにした野犬の始末をしてハンスが戻ってきた。手にした剣の血糊を払う。


広場を出発し森の間道を進んだ。この辺りはラドルコフ家が管理する土地でよそ者は立ち入りを制限されるが、見張りも無い原野では野犬の群れは見過ごされるだろう。目的地のナムー湖までは一本道で迷う心配は無い。


僕らは予定どおりに野営地に着いた。野営地は樵が切り出す木材の加工所の様子で冬場は積雪のため閉鎖されるそうだ。僕らは埃くさい加工所の竈に火を入れた。多少でも雨風が凌げるならば有難い。パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら眠りに着いた。


翌朝に下男のヨゼフが姿を消した。早朝に水汲みに出掛けたまま戻らないと言う。このまま待機するのも捜索するのも時間が惜しいので、依頼人の代理としての護衛の男ケーニッヒと相談したが目的地のナムー湖へ急ぐ事になった。冒険者の経験上でこういう場合は危険度が上がる。僕らは十分に警戒ししつつ先を急いだ。


山の峠を越えるとナムー湖は近いと言うが、牛に引かれた荷車には厳しい傾斜だ。ハンスが慣れない手綱を操作して牛を追う。その時、峠の坂の上…前方から山賊が現われた。明らかに山賊と見える悪人顔で汚れた装備を身に付けている。得物の手入れも悪く血糊か何かに汚れているのが分かる。


「げふっげふげふ、積荷と女は置いていけぇ」

「山賊がっ!」


先頭にいた護衛の男ケーニッヒが馬を走らせんとした所に矢が飛んで来た。素早く長剣を抜いたケーニッヒは飛来した矢を切り払うが、運悪く一本の矢が馬の右腿に刺さった! 馬から転げたケーニッヒは受け身を取って無事の様子だが馬は峠を下って逃げて行く。


「げふっ、観念しろやぁ!」

「ハッ」


坂を下って突進する山賊と切り結び、ケーニッヒが山賊を切り捨てた。…やはり強い。獣人の戦士バオウは手斧を振るいケーニッヒに加勢した。数人の山賊に突進するのが見える。


「押し留めよ…【突風】」

「おほほ、黙りなさい…【氷礫】」


風の魔法使いシシリアは飛来した矢を突風で妨害した。氷の魔女メルティナは射手を見付けて氷の粒を当てた。僕は後方を警戒して目を見張る。…やはり後方にも山賊が隠れていた。


僕は特製の粘土の球に魔力を通して後方へ投げた。


-DOM!BOM!BOF!-


魔力による時限線が付いた粘土の球が爆発した。中には可燃性のガスと魔石のクズが詰まっている危険物だ。同時に投じた三連弾で峠に積もった積雪が崩れた!


「ぎゃ! 雪がッ」

「何ごと…が……」


小規模ながら雪崩の様にして後方の山賊たちが雪に飲まれた。


「げ! 逃げっ…」

「観念するのは、お前たちだ!」


山賊の首魁と見える男がケーニッヒの剣で打ち倒された。軽傷と見えて意識はあるが、喉元の切っ先に身動きを封じられる。残りの山賊たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出すが、バオウは周囲を警戒しつつ戻って来た。


「誰の命令だ?」

「俺様の……勝手だ…」


ケーニッヒが長剣を突き付けて尋問するが、山賊の首魁は逃げる隙を探していた。


「どこからの情報だ?」

「お嬢様が…この道を通ると聞いた…手下の…ぐっあ!」


手負いの山賊を始末してハンスが戻って着たが、山賊の首魁の証言を聞いてハンスが足を刺した。


「GUU よせ!」

「すぐに、殺しましょう。生かしておく価値はありません」


バオウが制止するハンスの目が危ない。山賊の首魁が言うお嬢様とはメルティナではなく、伯爵家のご令嬢エメイリアの事だと思うが如何だろう。


その後もケーニッヒは山賊の首魁を尋問するのだが有益な情報は得られなかった。命だけは助けるとして山賊の首魁は拘束したまま森の木に繋ぐ……運が良ければ助かるだろう。ケーニッヒは処置が甘いと抗議するが、即座に殺すべきか……雪崩に埋まった山賊の方が悲惨な末路に思える。


ケーニッヒの話では山賊を捕えて町に戻れば犯罪奴隷として売れると言うが、このまま連れて行くのも面倒だ。本来ならば伯爵家の森林警備隊に引き渡して処分したい。


峠を越えるとナーム湖が見えた。冬の晴れ間は貴重だとして僕らは先を急いだ。





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