ep083 カエツ村に再び訪れた危機
ep083 カエツ村に再び訪れた危機
僕は雪道に幌馬車を進めていた。港町ウエェィからカエツ村に向かう道は街道から離れて北へ向かう。幌馬車を引く馬に似た魔物は麻袋を穿かせて雪道を進むが、どの程度の効果的かは分からない。
雪に埋まった森を抜けて雪原に入ろうとした所で馬が深雪に嵌り立ち往生した。
-HIHYN! HIHYN!-
魔物のくせに馬らしい鳴き声を上げて窮状を訴えるので、僕らは幌馬車を降りて雪掻きを始めた。まずは馬の救出だろう。
その時、横合いの森から数人の人影が現われた。
「おとなしく、降参しろ!」
「ズーラン親方」
先頭にズーラン親方と後方にチッピィの姿が見えた。
「GUU マキト! さがれ」
「盗賊が、何をいうのかしら?」
すでに得物を手にした獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアは盗賊と見て戦闘態勢だ。
「…全て糺し…凍り付け!【氷結監獄】」
雪原の冷気が増して足元から氷柱が伸び出した!
「マキトさん!」
「わッ!」
咄嗟に水の神官アマリエが警告するのに僕は飛び上がった。
バオウは獲物を定めてズーランに当たった。ズーランの樵の斧とバオウの手斧が重い金属音を響かせる。二度三度とバオウが切りつけると、ズーランは樵の斧で防御するだけだ。重い斧では動きが悪いと見えたが、ズーランはブンと大斧を振り回してバオウの攻撃を牽制すると、大斧を投げ出してバオウに接近した。
不意を突かれてたバオウは手斧を交互に振り手数を増やして応戦するが、ズーランは剣刃を恐れぬと見えて紙一重の間合いで身を躱した。ズーランの打撃がバオウの脇腹に刺さる。
「GUF 良くやるぜッ」
打撃を受けて後退したバオウはズーランの様子を見て驚いた。ズーランの全身には手斧で受けた傷があり、至る所で血を吹いている。紙一重の攻防と言うよりも浅手の傷を覚悟して突っ込んで来たらしい。見る見るうちにズーランの皮膚が再生して傷が消える。
バオウは手斧を捨てた。この相手では力と速度の均衡が重要と思える。手甲の感触を確かめて強敵に立ち向かった。
………
僕は氷柱を避けて後方を見た。そこには村長の娘と使用人の男がいた。
「氷の魔女!」
「おほほ、その呼び名は、美しくありませんわ」
アマリエが誰何するが、村長の娘は憂いを秘めた冷たい視線で見詰めた。
「なぜ、こんな事をッ」
「お嬢様、ここは私が抑えます」
僕が氷の魔女と呼ばれた村長の娘に問い質すのを使用人の男ハンスに遮られた。
「今日は逃がしません!」
「おほほ、貴方たちが城を出た時から、既にこちらの手の内です」
水の神官アマリエは珍しく冷静さを欠いて氷の魔女に対峙していた。僕らは氷の魔女の罠に嵌ったらしい。
「弾け飛べ!【水球】」
「冬の守り…【氷壁】」
アマリエが放つ水の魔法は出現した氷の壁に阻まれた。それを見てアマリエは周囲の水気を氷の魔女に集める。
「包みこめ!【濃霧】」
「凍てつく…【凍結】」
忽ちに立ち込める霧で視界が悪くなるが、氷の魔女は冷気を増して霧を結晶化して叩き落とした。魔法対決ではアマリエの方が分が悪いと見て……魔法を放ったアマリエは氷の魔女に接近した。霧が晴れる間際にアマリエが手にした杖で打ちかかる。
「お嬢様ッ!」
使用人の男ハンスが氷の魔女を庇い前に出て、粗末な剣でアマリエの杖を受けた。僕も前に出て乱戦に飛び込むと千年霊樹の杖を振るいハンスに打ち掛かった。杖の先端に残った千年霊樹の紅い実がハンスを殴打して体勢を崩す。
「ハンス。下がりなさい…【氷柱】」
僕の足元に氷が伸び出して氷柱となるのを、半歩下がって避ける。ハンスは体勢を立て直してお嬢様…氷の魔女を庇う様子だ。
………
風の魔法使いシシリアは相対するチッピィの動きを見ていた。相手は森の妖精の様に素早くて雪の中を自在に走る。前衛ではバオウが盗賊の男と格闘しており援護をするか、この森の妖精かと見えるチッピィの牽制をするか迷っていた。
「ええい。行っけー!」
「ッ!」
チッピィが空中に何かを投じた。シシリアから見てそれを回避するのは容易に見えるが、チッピィが手にした弩弓が気になる。出来れば魔法の打ち合いは避けたい。盗賊の頭数がこれだけの少人数とは思えないので逃げるか、殲滅するのか、判断にも迷う。
「吹き荒れよ…【突風】」
シシリアは相手の投擲を外すため突風を叩き付けたが、空中に投じられた魔法の巻物が効果を発揮して氷の柱が降って来た。先端が鋭いツララの様にして雪原に突き刺さる。チッピィの弩弓を警戒しつつ、シシリアは愛用の弓を馬車に残した事を後悔した。…相手の方が手数が多い!
チッピィの方も氷の巻物は貴重だ。先に実力を見せて魔法使いの意識を引き付けるのが本来の役目だ。大きな魔法を使うスキがあれば、後方の魔法使いを狙撃したい。
じりじりと相手の魔法使いを牽制しつつ、ズーラン親方の戦いを見守る。
………
水の神官アマリエは僕の杖術の先生だ。アマリエの指導の下で杖術を振るう。
「マキトさん。壱の型!」
「はい!」
僕とアマリエが同時にハンスを杖で突くと、使用人の男ハンスは体勢を崩した。乱戦となりて、お嬢様…氷の魔女は手出しが出来ない様子だ。
「弐の型!」
「ハッ!」
杖術の連携技を打ち込むと避け切れずにハンスが倒れた。
「参!」
「ッ!」
僕らは氷の魔女に迫った。
「冬の訪れ…【氷壁】」
「「 破ッ! 」」
最後の抵抗か氷の魔女が複数の防壁を出現させて身を守ったがアマリエの突破が勝った。氷の壁が砕ける。
「は、はぁ、はぁ…話を聞いてくれ…」
「…」
僕はカエツ村の村長の娘であり氷の魔女と呼ばれる女に声をかけた。女は自らの黒いマントを気絶したハンスに掛けてから僕らに向き直った。ずいぶん薄着だが大丈夫か?
「ここで敗れた以上は、吊るされても文句はありません……話を聞きましょう」
「神妙な態度ですね」
「…」
アマリエは氷の魔女に警戒しているが、話を出来る状況になった。僕らがカエツ村の討伐について話したところ、
「村には2年分の租税を納める余力はありません」
「春になれば、帝国の討伐部隊が来ます。今のうちに村人を連れて逃げるのも手かと思います」
村長の娘は現状を知っているが、生きる希望も無くしている様子だ。村の責任者として最後の仕事を提案する。
「これ以上も苦しんで生きるのは……私の望みではありません」
「村人の全員を道連れに死ぬつもりですか。それでも生きて希望を見い出す人もいるでしょう」
迷いを見せた村長の娘を僕は力付けた。
「そうでしょうか……」
「僕がお手伝い致します」
アマリエは不審な様子だったが、僕の提案に同意した。さぁ、カエツ村へ向かおう。
………
獣人の戦士バオウと再生能力付きのズーラン親方の戦いは格闘戦でも決着が付かず、最終的にはバオウが間接技を極めてズーランの動きを封じたそうだ。
「ふっふっふ、今日のところは見逃しましょう」
「生意気な小僧のくちを、引き裂いて差し上げましようか」
チッピィとシシリアの戦いは決着が付かなかったらしい。倒れた使用人の男ハンスと幌馬車に乗り、感想戦に興じている。前方では村長の娘…氷の魔女が魔法で雪を退かして道を作っている。幌馬車が通り抜けると雪が崩れて馬車の痕跡を埋めた。このまま犬橇でズーラン親方と二人ならば逃げる事も出来るが、ハンスとチッピィは人質だろうか。
カエツ村へ到着すると村長の娘は村人を集めて逃亡する算段を話した。春には帝国の討伐部隊が来る事を聞いて村人も決断したらしい。荷物を纏めるために各自の家々へ散って行く。
「大丈夫か?」
「おほほ、避難は順調ですわ」
僕が村長の娘に問うと、
「ずいぶん薄着で、寒そうに見えるが……」
「あら、ご心配かしら。氷の加護があるから平気なのだケド」
似たような話を聞いた事がある。僕は火の御山ブラル山に住む火の一族のチルダの顔を思い浮かべた。
「うーむ」
「ほかの女の事を思っているわね!……私はメルティナ。覚えておきなさいッ」
びしっと指摘されて僕は動揺するが、彼女が名乗ったのは初めてだろう。
この村の周辺では昨年の夏も寒冷で農作物に被害が出て不作続きだと言う。村では成人式を行わず老人を隠して頭数を少なく見せて租税をごまかし、親族を集めて家を減らして戸別の税金も逃れていたが、今年は税逃れも限界だった。
毎日の食事のために狩りに出かけるが、近年は冬の魔物が活発で危険も多いらしい。村人を安全に避難させるにも護衛が必要との事だ。僕らは護衛依頼を引き受けた。
………
村人が自らの家屋に火を付け生活の痕跡を消した。遠くに火災の煙が見える。カエツ村を捨て最寄りにミナンの町へ向かう。先頭を行く犬橇で氷の魔女メルティナが魔法を使うと積雪が退いて道が出来た。避難する村人と幌馬車が通り抜けると積雪が自然に崩れるのは何の魔法だろうか。
森を抜けミナンの町へ到着すると、村人たちは各自の伝手を頼りに西のバクタノルドや東のウエェィの町へ離れてゆく。町の定住民として暮らすには家を借りるにも、高額の身分証を購入する事が必要らしい。これからも流浪民として苦労するだろう。ミナンの町は数年前までは帝国領ではなく自治都市であった。ミナンの町ではズーラン親方とチッピィの協力で幾人かは避難民を受け入れるらしい。
「きゃふん、英雄さまぁ!」
「ギンナ。元気だったかい」
ミナンの町で留守番していた鬼人の少女ギンナと再会した。ズーラン親方は猫人の道案内にはぐれて途中の森に出たらしい。魔道具店のお手伝いを頑張ったらしいが何をしいてたのか不明だ。とりあえず元気であれば良い。
水の神官アマリエは神殿のお役目を果たす為にミナンの町に留まった。
アマリエは悲愴な決意に僕を見て言う。
「マキトさん! 氷の魔女には、絶対に気を許してはなりません!」
「そんなに、心配しなくても大丈夫ですよ」
僕はそれ程に頼りなく思われているのだろうか。アマリエには帝国軍の情報部の将校ユングスト・ケプラーへ任務の完了を報告する為の書簡を託す。結果としてカエツ村は帝国の領土から消滅した。
「次はイヌ野郎に、ぜってぇ借りを返す!」
「GUF 覚えておく」
男の友情だろうか力比べに力戦していた熱い漢が拳を交わす。頼る先もない村人は元村長の娘メルティナに付き従った。僕らはズーラン親方とチッピィの二人と別れて南へ逃避行した。避難民とはいえども現実には帝国の討伐から逃れる逃亡者だ。僕らは帝国の目を逃れて飛竜の生息地の三連山を迂回しつつ点在する開拓村を辿った。
開拓村の多くは平原にあり飛竜の他にも魔物の襲撃や山賊夜盗の類の危険もある。身寄りがなく元気な若者は男女ともに開拓地に受け入れて貰える者も多い。同じ流浪民という身分の事もあるだろう。そうして僕らは元カエツ村の人たちと別れてゆくと、細々とした手筈を整えるのは元村長の娘メルティナの役目だった。
何日もかけた逃避行の末にベイマルクという宿場町に到着した。ベイマルクは街道沿いにあり宿場町として賑わっている。ここまで残ったのは身寄りもなく開拓村でも受け入れられない子供と老人が多い。ベイマルクの門で作り話の事情を話す。
「この人数はどうした?」
「村が燃えて逃げ出したのですが、途中で魔物と戦える大人の大半を失いました」
嘘は言ってないが、魔物の被害を匂わせておく。
「どこの村だ?」
「えーカエツ村だったと思います……我々は臨時の護衛任務で冒険者をしています」
「エーカイエツ村だなっ……聞いたことも無いが」
「えーカエツ村は小さな村ですので…」
嘘を見抜く魔道具には反応していないと思うが、上手く誤魔化せただろうか?
「冒険者証を見せろ」
「はい」
僕はいつもの反応を予想した。誤解も程々にして欲しい。
「なっ!ミスリル証だと……後ろの二人は護衛と、荷物持ちの奴隷か」
「…」
風の魔法使いシシリアが愛想を振りまいた。獣人のバオウはいつも無言だ。こら!ギンナは愛想を見せなくても良いから…
「しかし、避難民を泊める宿が無いのだ」
「納屋とか物置き小屋でもあれば…」
町の門衛と交渉していたが、そこへ助けがあった。
「衛兵。若様がお困りのご様子。私の許可で町へ通しなさい」
「ハッ!」
この町の有力者だろう金持ちの商人か貴族のご令嬢と見える女が命令すると、門の兵士たちが慌てて対応した。数日の滞在であれば通行税は免除すると言うので有難く受けた。どこでも税は面倒なものである。
ご令嬢の世話になり兵士の宿舎の様な建物に避難民を預けると、身軽になった僕らにご令嬢が命じた。
「あなた方は屋敷に来なさい。お話があります」
「…」
僕らは強制的にご令嬢の屋敷へ召喚された。
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