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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第七章 帝国北部紀行
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ep081 谷底からの帰還

ep081 谷底からの帰還






 僕は飛竜の襲撃から逃れて雪の斜面を下り谷底に降り立った。


周囲は雪深い斜面と崖地に囲まれて脱出路が見付けられない。雪に埋もれた所に谷川でもあれば良いのだが……僕は谷底を探索して岩の裂け目と見える洞窟を見つけた。


岩の裂け目から洞窟を覗くと中は広場の様にして天井の裂け目から光が差している。僕はそこから中に入って広場を眺めた。広場には丸石を半球にした形の岩が所々に転がり周囲の壁には扉と思える箇所があった。しかし、扉は押しても引いても開かない。扉を観察すると少し湾曲した金属板を取り付けて、風車の様に扉の中心点に重ね合わされている。…何かの図形だろうか。


僕は広場の中央で半円の岩に腰掛けて洞窟の天井を見た。かなり高い天井には裂け目があり、光は差し込むのに雪が落ちて来ないのは不思議だ。地面を見ると凹凸があり何かの紋様が描かれている。紋様の線を辿り全体像を見渡すと…それは巨大な魔法の図形と思えた。


「大掛かりな魔方陣かぁ」

「…」


鬼人の少女ギンナは不思議な顔をしていたが、


「英雄さまっ、これ!食べても良いですか?」

「あぁん?」


天井の一部だろうか、地面に突き刺さった岩石の破片を指差してギンナが言う。思えば腹が減ったかも……それに、僕はこの岩石の破片が地面の文様を遮っている事に気付いた。


「そんなに、美味しい鉱石があるなら、飯にしよう!」

「はい。ですぅ~」


山オーガと呼ばれる鬼人の主食は良質の鉱石だ。肉と野菜はご飯のおかず程度だろう。僕は竈の魔道具を取り出して雪兎の燻製肉を焼いた。雪山の非常食に用意した物だ。ギンナは燻製肉をおかずに鉱石を齧っている。僕は燻製肉と黒パンを齧って腹を満たすと湯を沸かしてお茶を入れた…これは西のバクタノルド原産の甘いお茶だ。ひとしきりお茶を楽しんでから作業に取り組む。


まず、地面に突き刺さった岩石を退けるため小分けにする。


「魔力を通して…【通し】【切断】」


やはり、ギンナが言う様に岩石には金属成分が多くて魔力が攪乱される。そこへ多めの魔力を通し魔力の流れに沿って岩を切る。切り分けた岩はギンナが怪力を発揮して広場の片隅へ退けた。


「岩を砕いて…【粉砕】【選別】」


僕は床面に描かれた魔方陣と見える図形を手持ちの羊皮紙に書き写して精査した。岩の破片で分断された部分は他にも似た図形を探し、予想を付けて修復したい。僕は手頃な鉱石を砕き金属成分を抽出した。トレントの樹液に金属鉱石の粉末を混ぜて床の文様を復元する。しばらく放置して樹液が固まれは完成だ。


………


僕らは作業に疲れて広場で眠った。不思議と寒さを感じないのは洞窟のおかげか。


ギンナの無茶な行動を思い返すと……河トロルのリドナスの事を思い出した。頑張って僕を助けてくれる二人の行動は似ていると思う。


夢の中でリドナスは学校の先生だった。河の畔で尻尾の生えた子供たちに歌を教えている。カエルの歌が♪聞こえる様だ。ゲロゲロッ♪ゲロゲロッ♪


翌朝に目覚めて、僕は広場の地面に描かれた紋様の魔力線を辿り他にも破損が無いか確認した。数か所の破損を発見して魔力線の修復を終える。


「さぁ、一発!勝負だッ」

「ッ!…」


僕は気合を入れつつ床の魔力線に手を突いた。ギンナも緊張の面持ちで様子を見ている。


「全力全開の…【注ぎ】!」

「きゃっ」


僕が最大限の魔力を注ぐと地面に描かれた魔方陣が一瞬だけ光った……体内の魔力が大量に持っていかれる! 遠くでゴンゴンと何かが動く音がして壁面の回転扉が廻った。


「ギンナ、扉から…出て…に……」

「はい!ですぅ」


僕は魔力不足の影響で意識が薄れる。最後はギンナに引きずられて回転扉を通り抜けたが、…僕は意識を無くした。


………


気が付くと、そこは谷川と言うより沢の流れの様だった。僕は岸辺の岩の上で身を起す。


「うぅぅ、英雄さまっ!」

「…ギンナが、運んでくれたのか…」


僕の胸に飛び込んだギンナは心配と安堵の顔をして泣いた。


どうやら、あの大掛かりな魔方陣を一瞬でも起動出来たおかげで脱出できたらしい。あんな巨大な魔方陣を動かし続けるのは無理だろう。


僕らは疲れた体を引き摺ってミナンの町へ帰還した。




◆◇◇◆◇




ミナンの町は騒然としていた見慣れなぬ装備をした兵士が町の住人を取り締まる様子だ。店舗から商人の男が飛び出して来た。


「偶像崇拝は犯罪である。捕えよ!」

「助けてくれ~!」


ただちに、兵士たちに取り押さえられると、商人の男が抱えていた…F型の立体像が通りに投げ出されて砕けた。


「ハッ! おとなしくしろッ」

「あぃやぁあ、商売のお守りが……」


F型…ファガンヌの立体像は改造されて商人の前え掛けを着け、手には計算盤を持っている様だ。商人の男は儚く砕けたF型の立体像を見詰めていたが、僕は自然に立ち位置を変えて人影に隠れた。この様子では露店の方にも兵士が来ているだろう。町の衛兵とは見えない…立体像を買った客には町の衛兵もいたハズだ。


僕は現場をやり過ごしてズーラン親方の巻物工房へ急いだ。立体像は作るだけ売れて在庫も無いハズだから、工房には迷惑となっても罪には問えないと思う。工房の扉を開けるとズーラン親方が血相を変えて飛び出して来た。


「マキト! 生きていたかッ。それよりも、ジジイが危険だ!」

「えっ、師匠が!?」


僕は師匠にもA型…水の神官アマリエの立体像を贈った事を思い出した。


「偶像崇拝の容疑ですか?」

「いや。もっと悪りぃ……光教会の司祭だッ」


ズーラン親方の歯切れも悪いが話を聞くと、師匠は元神父で正確には光教会の司祭だったと言う。光教会の司祭は聖魔法の使い手で聖魔法の巻物の材料収集として協力する代わりに山小屋に匿っていたらしい。聖魔法の巻物の材料は…師匠の白髪か!


町で見かけた見慣れなぬ装備をした兵士は皇帝直属の部隊のため、この町の領主でも手出し出来ないと言う。その取締り部隊の本隊はすでに師匠の山小屋へ向かった。


チッピィとギンナに工房裏庭の廃棄と片付けを任せて。僕はズーラン親方の犬橇(いぬぞり)に同乗して師匠の山小屋に向かった。


………


森の中を犬橇(いぬぞり)で駆けるが、山道は大勢の兵士が通った様子で雪が踏み荒らされていた。


途中で取締り部隊と見える兵士たちと向かい合った。先頭には騎馬に乗った騎士が甲冑を身に付けている。雪道で甲冑の装備とはかなりの重量と思えるが、馬は軽快に歩を進めている。何かの仕掛けがありそうだ。


「道を空けよ!」


先頭の甲冑の騎士が命じる。僕は様子を見ていたが、ズーラン親方は歯噛みして犬橇(いぬぞり)を脇に寄せた。


甲冑の騎士は僕らに一瞥をくれると、馬を軽快に進めて通り過ぎた。馬の蹄には魔道具らしき魔力の残滓があり、馬も雪道の行軍に訓練されている様子だ。それに続く兵士は町で見た取締り部隊と同じ装備で荷車を引いている。荷車には手足を拘束された老人!師匠の姿があった。


「師っ!…」


僕が思わず叫びそうになるのを師匠が目顔で制した。厳しい表情で僕を睨むのは威圧の効果か…僕は喉を詰まらせて師匠を見た。一瞬だけ師匠の目が優しい光を見せて通り過ぎる。


荷車に続く兵士たちが通り過ぎても僕は一言も発せなかった。




◆◇◇◆◇




その日はこの季節に珍しく雷雲が立ち上り氷の礫と見える雹を降らせていた。僕らは師匠を追う事も出来ずに山小屋に避難した。


ズーラン親方は山小屋に残った荷物を片付けているのだが、ドタンバタンと矢鱈と騒音をまき散らして荒れていた。僕は奥の厨房で湯を沸かしお茶を入れる。竈の灰を掻き混ぜると粉々に砕けたA型…水の神官アマリエの立体像を見付けた。師匠が砕いて隠したのだろうか。僕は砕けた立体像の姿に師匠の運命を感じて悄然とした。


取締り部隊に遭遇した時にズーラン親方が暴れなかったのは、救出するのは無理だという事だろう。僕は山小屋に残された銘柄の分からないお茶を入れて一息ついた。


「あん。呑気なものだなっ!」

「…」


そう言うズーラン親方は手も足も出なかったろ。…僕は率直に尋ねた。


「師匠を救出しないのですか?」

「ダメだ。ジジイ……クリストファとの約束だ!」


ズーラン親方はぎりぎりと歯噛みして言う。師匠の本名がクリストファとは、……神父様だし優雅な名前だと思う。


詳しく話を聞くと、クリストファ神父とズーラン親方は長い付き合いで以前からクリストファが捕まった際の約束をしていた。光教会は現皇帝が即位してから迫害されたと言う。光教会の司祭たちは聖魔法の使い手で皇帝の軍隊に抵抗したが駆逐されたらしい。それでも、逃げ延びたクリストファ神父はズーラン親方に匿われて生きていた。


師匠を助けるなら今しかない。生きたまま捕えたという事は今すぐに殺される事は無いだろう。先回りして助けるか……あるいは皇帝へ直訴して助命を請うか。


冬の嵐は激しさを増して吹き荒れている。取締り部隊の荷車の速度なら港町ウエェィあたりで足止めだろう予想される。


その時、山小屋の戸口で猫がニャーゴと鳴いた。





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