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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第七章 帝国北部紀行
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ep078 女神の像

ep078 女神の像





 僕は巻物工房の裏庭で作業をしていた。飛竜との戦闘の後でどういう訳か僕らは巻物工房の主ズーラン親方に気に入られて、工房裏の作業小屋に寝泊りしている。


使い慣れた呪文を唱えて魔法を行使する。それぞれの属性魔法は長い研究と歴史の中で洗練された呪文詠唱が規定されているが、本来的に詠唱文は術者が魔力を使いイメージする現象を起こすための補助の役割だ。


古文が好きな者は古典的な詠唱文を、詩文が好きな物は詩的な詠唱文を使うのだが、僕の魔法は「命名の指輪」で名前を付けた作業手順のような物だ。その詠唱文はその場の思い付きで決めるので定型は無く歴史も無い。


「細かく砕け…【粉砕】【粉砕】【粉砕】」


まず、原料の鉱石を細かく砕く。篩にかけて粉末にする。


「同心円と心得よ…【選別】」


粉末に魔力を当てると魔力抵抗に応じて中心から外側に成分が抽出される。今回は魔力との親和性が良い中心部分を使う。鉱石の粉末と粘土を合わせ捏ねる。


飛竜との戦いで、避難場所を作るために地面を掘り起こした際に、僕は浅い所で良質の粘土を見付けた。どうやらミナンの町全体は粘土層の上に建設されているらしい。


「捏ねこね子猫…【形成】」


僕は鼻歌まじりに魔力を操作して粘土の形を変えると、野生の子猫が形成された…上出来だ。さらに調子に乗って立体像を作る。


「やはり、本命馬はファガンヌかな…【形成】」


魔力を満たした粘土を思う様に形成できるのは、ブラアルの陶芸工房で修行したおかげか。立体像は獣人姿のファガンヌをモデルにしていた。肉感的な体形が再現されている。


「対抗馬としては…【形成】」


さらに立体像を作ると、神官服のアマリエと似た姿があった。しかし…萌えが足りない!


「萌えと拘りの…【細工】」


ここは思い切って神官服の裾をカットしてミニスカにしてみた。スカートにはフリルを入れる。


「おぉぉ! いける。行けるぞ…【形成】」


残りの粘土で流線型のボディを作ると、河トロルのリドナスの立体像だ。後は細部の加工を行う。ひと通り完成して立体像を並べてみると良い出来だ。このまま乾燥させる。


「細かく砕け♪…【粉砕】【粉砕】【粉砕】♪」

「同心円と心得よ♪…【選別】♪」

「捏ねこね♪こねこね♪…【複製】【複製】♪【複製】【複製】♪」


僕は何かに取り付かれたかの様に昂揚して立体像の制作に没頭した。


「ふうう、流石に疲れたぞいッ」


四種類の立体像が16体ずつ完成した。あとは竈で焼成したいが、本格的な焼き物用の竈は無い。




◆◇◇◆◇




北の森の奥地にある山小屋で修行するのは十日に一度ぐらいだ。僕は食糧品と日用品を背負い小屋に向かう。普段はズーラン親方とチッピィがご老人の為に荷物を運んでいるそうだ。僕は雪を踏みしめて森を進んだ。


「師匠! 食料品をお持ちしました」

「ほっほっほ。ご苦労様じゃ……さっそく修行を始めるかのぉ」


「はい!」

「はい。ですぅ~」


僕と鬼人の少女ギンナは期待して修行にはげむ。白髪の老人あらため…師匠の指導は的確で修行の成果が現われている。先日の粘土細工では魔力切れに陥ることもなく余裕をもって作業ができた。ギンナも修行の成果を実感しているらしい。


修行は座禅して精神統一から始まり、呼吸方法から身体の制御まで巾広く実践もある。ひと通り指導を受けて今日の課題は終了だ。後は毎日の自主訓練しだいとなる。


「山小屋ではご不便でしょう?」

「ほっほっほ。人嫌いのジジイには快適じゃよ」


師匠はそう言うが好々爺として人好きと見える。何か事情がありそうだ。


「他に、必要な物はありますか?」

「そうじゃのぉ……嫁!などは、欲しいかのぉ」


「はっ……神父様は御結婚できるのですか!?」

「ほっほっほ。(も・と・)神父じゃよ」


「…」


どうやら師匠の冗談らしい。


「帰り道には、狼に気を付けるのじゃよ」

「はい。ですぅ~」


ギンナの髪を枯れた手で撫でて師匠が言う。冬になると北から餌を求めて灰色狼が南下してくるそうだ。今年は例年よりも灰色狼が多いと言う。


-WAN WAU!-


僕らは猟犬のダルとジルに見送られて師匠の山小屋を後にした。




◆◇◇◆◇




今日は工房の裏庭で立体像の焼成をしていた。手造りの焼き物窯は日干し煉瓦を積み上げて窯焼きを行う。既に火を入れた窯の日干し煉瓦が音を立てて割れる。後で補修が必要だろう。


そうして焼き物窯を作っていると巻物工房の裏口からズーラン親方が現われた。


「あん。こいつぁ、マキトが作ったのかい?」

「そうですが、何か?」


焼き物窯ではなく乾燥のため棚に並べた立体像を眺めて言う。


「良くできた細工だと思ってよぉ……ウチの工房で手伝いをしねーか?」

「まぁ、良いですよ」


ズーラン親方が目線を外して言う。職人の手が不足なのだろうか。…僕は気軽に引き受けた。


「おう、よろしくなッ!」

「こちらこそ」


僕は巻物工房の手伝いをする事になった。


………



工房では巻物にする羊皮紙へ描かれた図形と見える文様に刃物の道具を当てて彫り?の加工をしていた。


「大口の注文でよぉ。この道具で彫りを手伝ってくれ」

「はい」


ズーラン親方から道具を借りて作業台に座る。まずは隣の職人の作業を見習うと、職人は刃物の道具に魔力を通して文様の通りに彫り進めている。文様の端から端まで順序に従って掘るらしい。


僕は見よう見まねで羊皮紙へ描かれた図形と見える文様をなぞり掘り上げた。ベテランの職人に比べれば遅々とした作業だが基本は大切だと思う。


「ちょっと、失礼します」

「おや、新入り! もうバテたのかい ww」


僕が休憩に立ち上がるとベテランの職人に笑われた。ズーラン親方は僕が彫り上げた羊皮紙を検分して言う。


「あん。まあまあ、だぁ」

「…」


構わずに裏口から出て「命名の指輪」を身に付けた。今の作業を心に思い描くと、


「名前を付けよ…【命名】…彫刻!」


僕は作業手順に名前を付けた。これの詠唱文もその場のノリになるだろう。職人たちが昼の休憩のためゾロゾロと工房を出で行く。工房には食事の準備が無いので近くの食堂へ出かける様子だ。僕はひとり工房へ戻り羊皮紙に向かう。


「命の河の流れの如く…【彫刻】」


呪文を唱えるとひと息で、羊皮紙へ描かれた図形と見える文様を掘り上げた。これを基準にして未だ図形が描かれていない真新しい羊皮紙を取り出す。


「殊更に彫刻を真似よ…【複製】【複製】♪【複製】【複製】♪」


ちょっ調子に乗り過ぎたかも……僕は16枚の羊皮紙を仕上げた!


ひとり工房に残っていたズーラン親方は、物陰からマキトが作業する様子を覗いていたが、緑色の顔を青くしていた。




◆◇◇◆◇




森は雪深くなり師匠の住む山小屋に行くのも困難となりそうだ。


「師匠! 神への奉納品です」

「ですぅ~」


僕は肩に積もった雪を払い山小屋に入った。ギンナも背負子を降ろして雪を落とす。


「ほっほっほ。これは見事な女神像じゃ!のぉ~」

「…にやにや…」


僕は三体の立体像を捧げた。それは獣人のファガンヌ、水の神官アマリエ(通常版)、河トロルのリドナスの似姿だ。珍しく師匠が感動しているが…何かおかしい。ズーラン親方は食糧品の入った袋を降ろして師匠に言う。


「礼の物は?」

「ほれ、準備は出来ておる」


ズーラン親方は師匠が差し出した包を受け取り荷物を仕舞う。


「あっ!」

「雪の中、よく来てくれたのぉ」


ギンナが何かに気付いた様子だが、師匠は制して言う。


「本日の修行を最後にして、免許皆伝とする!」

「えっ!…女神像のせいじゃ…ないですよね?」


「ほっほっほ、ほんに魔力の扱いに上達したものよのぉ…よしよし」

「はいですぅ」


師匠はギンナの髪を枯れた手で撫でつつ目を細めて言う。


「ほれ、マキトも魔力の光が落ち着いておるゾ」


「ありがとう、ございます!」

「ありがとう、ございますぅ」


僕らはいつもの訓練を終えて帰途に着いた。


「あっ、師匠の頭がッ!」

「です、ですぅ~」


今頃に気付いたが、師匠は頭を丸めて坊主の様に微笑んでいた。今では白髪の老人とは呼べない。




◆◇◇◆◇




僕は羊皮紙の加工の手間賃として大銅貨17枚を受け取った。最初の一枚には時間をかけたが、後の16枚は上出来な様子だ。


ミナンの町の工房通りを歩き食堂に入り定食を注文すると直ぐに料理が並ぶ。深皿には芋と穀物を煮込んだスープが湯気を立てている。僕は雑穀のパンを千切ってスープに浸して食べる…とろみのあるスープが旨い。


付け合せの干し肉が塩辛くて水を飲んだ。仕事帰りなら別売りの酒精を飲むのが普通だが…今日は商業ギルドに用件がある。


早々に食事を片付けて商業通りへ向かう。商業通りは中央に大店の商店が並び脇道には露店が並ぶ様子だ。商業ギルドの建物は中央の最奥にあった。


「商業ギルドへの登録と出店の許可をお願いします」

「まいどあり!」


登録料金と出店料金を支払う…ひと月で銀貨5枚とは!結構な金額だ。


「許可証と、露店は西の37番だ」


僕は地図を見て場所を確認すると商売を始めた。


………


商品は例の立体像の四種類を五体ずつと他に粘土で作った壺と皿などを並べる。立体像はお試し価格で壺と皿は周辺より少し安い程度だ。


午後の商いでは壺と皿が少し売れた。立体像を購入する客は無かった。…残念だが明日も頑張ろう。


夕刻になりそろそろ店仕舞いの頃に町の兵士を連れた役人と見える男が現れた。


「徴税官である。商人は納税せよ!」

「!…」


税額は商品価格の十分の一だというが…高い!手持ちの現金が無くて店頭の商品を物納する事になった。商売を始めたばかりでも、立体像の四種類をひとつずつ税金として取られた。くそう…儲けを取り戻すには何体か立体像が売れないと厳しい。


そうして徴税官の役人に対処したが、この商売の先行きは不安だ。そこへ魔道具店の小僧チッピィが通りかかった。


「マキトさん商売は大変そうですねぇ」

「うーむ」


僕は徴税官の顛末をチッピィに話した。ミナンの町の商人と店舗は毎月に納税しており露店は商品の数と商品価格により税金を納める。店舗はひと月の販売実績に応じて税金を納めるらしい。


それならば、多くの商品を並べるより小出しにした方が税金は安くなるのかも。…あるいは高額商品は露店に置かないとか。


「それならぁ、ウチの店の素材集めを手伝ってくれませんか?」

「お手伝いねぇ……」


僕は何だかんだと世話になった魔道具店の小僧チッピィの依頼を受けた。





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