ep076 狩りの達人
ep076 狩りの達人
僕は鉱山都市ミナンの南に広がる森林地帯を探索していた。南に見える特徴的な三連山を目印にすれば迷う事は無いだろう。ミナンでは交易が盛んであるが、西からと東からとの輸入のためか食料品が高い。僕は本格的な冬籠りの前に食糧確保を目指していた。
すでに黒の月に入って今年の終わりも近い。辺りは雪が積り緑は少ないが獲物となる小動物の気配はある。グリフォン姿のファガンヌがいれば狩りも楽々なのだが……僕は鬼人の少女ギンナと二人で森を進んだ。
ガサッ。何か動物の気配だ。魔力で身体強化していつでも飛び出せるように身構えるが、小動物が逃げ出した。
「わっ!大きな鳥ですぅ」
「違う」
僕は望遠鏡を取り出して覗いた。飛竜か?上空から巨大な翼で飛行する魔物が迫っている!
この距離で僕らを見つけたとは思えないが……こちらに飛んで来るのは脅威だ。僕らは小動物の様にして藪に隠れた。
飛竜は森の上空を何度かぐるりと旋回して飛び去った。危ない所だったかも。
あまり南の飛竜山地には近づきたくない。
◆◇◇◆◇
アルノルドの町にある水の分神殿では警戒態勢を取っていた。神殿の外側の警備は通常通りだが、神殿の内側の警備には僧兵を動員して警戒している。獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアは水の神官アマリエの直属として神殿の警備を見て回った。アマリエは神官長の次ぐらいの役職だろうか。
「GUF 僧兵とはいえ 良く訓練されている」
「武術と実践は別物よ」
バオウは僧兵の動きを見て関心していたが、シシリアは不満な様子だ。
「GHA この場合 賊に入られぬ方が 良いのだが…」
「…」
声を潜めて言う。
「…警備の穴があった方が 獲物が入りやすいダロ」
「そうね!」
どうやら警備の穴を見つけたが、侵入した賊を捕える罠にする様だ。
シシリアが悪い算段をして頷いた。
◆◇◇◆◇
僕は南の森での狩りをあきらめて狩場を変えた。平原は薄く積雪して枯草が所々に見えている。森を離れると獲物となる小動物は少ない。空を仰ぐとピヨ子が飛んでいた。
「ピヨ子!」
「ピヨロロロ?(何なに)」
僕が呼ぶと駆け下りて来て僕の腕に止まった。まるで鷹狩をする鷹匠のようだ。
「獲物を探してくれ」
「ピヨッピヨ!(分かった)」
そう鳴くとピヨ子は舞い上がり獲物を探した。上空をひと回りしてピヨ子は北へ飛んだ。僕は全力で追いかける。平原を走り街道を横断して北側の低木森に入る。しばらく進むと緑が濃くなる。…針葉樹林のようだ。
ピヨ子が前方の針葉樹の枝に止まった。雪の中に野兎がいる!
野兎は白い毛並みに茶色が混じり雪と枯草を保護色としている。もぞもぞと枯草を食べていたが僕らの接近に気付いたらしい。
ぴょんと飛んで森の中へ逃げ出した。
「わっ、逃がすな!」
「待つですぅ~」
僕らは野兎を追って森を駆けた。新雪に覆われた森は滑りやすく足場が悪い。右へ左へと逃げ回る野兎は捕まらない!何か飛び道具が事前の罠が必要だろう。
「は、はぁはぁ……逃げられた」
「はふ、はふぅ~」
ここまで全力で走ってが限界だった。
ガサッ。また獲物か!僕らは気を取り直して武器を構えた。
「おや、こんな森に子供がふたりとは…珍しいのぉ」
「…」
見ると白髪の老人が現れた…いや、そこにいたのか?穏やかな様子で森に佇むのは枯れた風貌の老人だった。
「狩りの途中でしたが、獲物に逃げられました」
「それは、お気の毒にのぉ」
ガサッ。ガサッ。今度は複数の獲物か!僕らは辺りを見回した。しかし、僕らの周りに現れたのは灰色の狼の群れだった。
「いつの間に!」
「…無理も無いのぉ」
呆けた様子の老人を背後に庇い僕は鋳物の剣Bを構えた。鬼人の少女ギンナは重石のハンマーを構える。餓えた灰色狼がギンナに飛びかかった。ギンナが重石のハンマーを振り回して応戦すると灰色狼は身軽に避けた。
「ギンナ下がれ!」
「はい。ですぅ~」
僕はギンナの前に出て鋳物の剣Bを振るう。当らなくても威嚇のつもりだ。カムナ山で戦った経験からすると、狼は群れで狩りをするうえに数が多くて執拗だ。
ざっと見て、この群れには魔物に至る大型の狼がいない分はマシだが…いつまで戦えるか不安だ。特にご老人を連れて逃げるのは困難に思える。
そのように絶望的な防戦をしていると助けがあった。
「神父さま!」
「はッ!」
俊足を飛ばして現れたのは狩人の子供の様だった。手にした弩弓で灰色狼を射る。弩弓は弓の中央に木製の握りを取り付けて引き金がある。さらに、灰色狼の包囲を突破して現れたのは…緑色の顔をした巻物工房の主だった。えっ?副業は猟師なのか。
「あん、お前は……」
「ッ!」
緑色の顔をした工房の主は僕らをひと睨みして、腕に噛みついた灰色狼を捻りつぶした。べきべきと灰色狼の骨が折れる。
ぐったりと絶命した灰色狼を放り出して言う。
「おい、ジジイ無事か…ダル!ジル!追っ払え」
-GUU BAU!BAU!-
大型の猟犬と見える二匹が灰色狼を威嚇して吠えた。群れの灰色狼に動揺が見える。
「えぃ!」
-DOMF!-
狩人の子供が灰色狼の群れに何かを投げると、臭気のする煙が広がった。
-KYAIN KFN!KFN!-
煙の臭気を嗅いで灰色狼も猟犬もいち目散に逃げ出した。
「こら、チッピィ!やり過ぎだ」
「いてッ!」
工房の主の男が狩人の子供に拳骨を落とす。良く見るとチッピィと呼ばれた子供は魔道具店の小僧だった。
「あんちゃんよぉ、こんな森の中をウロウロするんじゃねーよ」
「…マキトだ。助かった…すまない」
僕はお礼を言うべきか謝るべきか悩みつつ名乗った。
「その、マキトさんが、何の用だってぇ?」
「コホン、儂の方から用件がある」
さも胡散くさそうな目で僕を睨む工房主を、いままで黙っていた白髪の老人が執り成す。
「小屋に案内しようかのぉ」
「おい、ジジイ勝手な…」
最後まで聞かずに白髪の老人は先に立って案内する。
僕らは老人の後について行った。
◆◇◇◆◇
水の分神殿では敬虔な信徒のために礼拝が行われる。水の精霊や精霊神を祭る礼拝堂は広く市井に解放されており日中は多くの人々が訪れる。もちろん多くの人の目に触れる参道には警備の者は少ない。神殿でも関係者だけが利用する区画のみが僧兵により警備されている。
その神殿の関係者のみが出入りを許可された場所に密偵と思われる男がいた。姿は普通の参拝客の装いだが、人気の少ない通路を進む様子は素人ではない。風の魔法使いシシリアは聞き耳を立てた。
シシリアが愛用する盗聴の魔道具は神殿内の要所に仕掛けられている。問題の密偵は僧兵が多く配置された部屋に近づいたらしい。シシリアが合図を送った。
「GUU そこまでだ!」
「ッ!」
獣人の戦士バオウが密偵と思われる男を呼び止めた。
「す、すんません。オラ道に迷っただぁ」
「GHA …」
田舎者の恰好をした参拝客の男は獰猛な顔をしたバオウを見て恐れた様子で言うが、バオウが男を捕えようと踏み出した瞬間に壁を蹴って飛び上がった。男はとび蹴りをしてバオウを奇襲した。しかし、予想の内かバオウは素早く身を躱す。前方の部屋と後方の詰所から僧兵が駆け付けた。
「GUF 観念しろ」
「チッ!」
これほど素早く警備の者が動くとは予想外だろう。目の前の獣人を倒して逃走する目論見が外れて苛立ちを見せた。
あとは上手くこの密偵を生け捕りにしたい。
◆◇◇◆◇
白髪の老人に案内された場所は粗末な山小屋の様で老人が暮らす庵とも見えない。小屋に入ると勝手知ったる様子で、工房主の男は背負った荷物を置いて荷物の分配を始めた。
魔道具店の小僧チッピィは狩りの道具とボウガンを置いて、小分けにされた荷物を抱えて奥の厨房?へ駆けて行く。僕とギンナは丸椅子の席を勧められた。しばらくしてチッピィが飲み物として湯?を持ってきた。特に色や匂いも無い。
「神父さま?ですか」
「いや、儂はすでに神父ではない…ただのシジイじゃ」
僕は湯飲みを置いて尋ねた。
「それで、僕らをどう?されると」
「うーむ。そなたの魔力の光が気になってのぉ」
どういう意味だろうか。老人は目を細めて僕の顔を見る。
「僕は魔力の光!なんて知りませんが…光の魔法も使えません」
「ほっほっほ、見える光ではない」
老人は穏やかに笑うのだが、禅問答だろうか。
この元神父と思われる白髪の老人の話では、人は自分の魔力量に応じて魔力の残滓の様な光を背負っていると言う。その背負った光がこの老人には見えるらしい。そういえば獣人のファガンヌもそんな事を言っていた気がする。
僕の場合はその光の輝きが多くてよく目立つらしい…それは魔力の浪費ではないか?そう語るこの老人は魔力も気配も存在感さえ消して森にいた。何かの武術の達人かと思うが、僕は尋ねてみた。
「では、その光を消すことは可能ですか?」
「それは、お主の修行次第じゃのぉ」
「ぜひ、教えて下さい」
「ほっほっほ、よかろう。……ズーランも良いかな」
白髪の老人にズーランと呼ばれた工房主の男は緑色の顔をしてぶっきら棒に言う。
「あん、勝手にしやがれ!」
「ほっほっほ」
僕はこの老人の元で修行する事になった。
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