009 ブラル鉱山
009 ブラル鉱山
僕は昨日に知り合った鉄製品の店で、金属素材を買い集めていた。鍛冶の男は店の商品ではなく金属素材を注文する僕に不審そうだったが、魔道具の修理屋を始めると言うと納得したようだ。
やけに協力的な鍛冶の男に相談しながら金属素材を準備してもらう。今朝はチルダも準備が必要だそうで、後から合流する事になっていた。
鉄製品の店では刃物や鍋釜などの生活道具の販売および修理を生業としているそうだ。そういえば、圧力鍋が欲しいと思い鍛冶の男に圧力調理の原理や、圧力鍋の構造などを話しているとチルダが現れた。
「よぅ。待たせたらしいじゃん」
「おはよう、ございます」
「………」
チルダはいつものマント姿だ。鍛冶の男は茫然としている。
「準備は出来ているかい?すぐに行くよ!」
「はい、金属素材は十分です」
「…」
鍛冶の男が気を取り直して尋ねる。
「…チ、チルダさんですか?」
「そうだが、何か」
この町では、チルダは有名人の様だ。
「お、応援しています!」
「ありがとう」
何を応援しているのか、あえて言わずともチルダには分かった様だ。足早に店を出て目的地に向かう。僕は何だか分からないが後でチルダに聞いてみよう。
◆◇◇◆◇
チルダの提案はブラル鉱山の旧坑道に侵入して換気口を開き、新坑道との境界を突破して坑内の温度を下げるという。
そのために、現在は封鎖し放棄された旧坑道にある、換気用の魔道装置を修理し再起動する事が必要だ。
「火炎地帯はあたしに任せて」
「いちおう修理屋として、協力しますケド…」
「何よ、報酬は十分に払うわよ!」
「そこは信じています」
見かけと言動によらず、チルダはブラアルの町では有名だし上流家の関係者らしい。
ギスタフ親方と旧知の仲のでもある、チルダに協力する事に否はない。
旧坑道への進入路は火炎トカゲの群生地となっており、一般人が近づく事はない場所だが…火炎トカゲ狩りが始まればどうなるか。
チルダの案内は的確で、火の魔法を餌にして火炎トカゲの群れを誘導していく。チルダが腕をひと振りした。
「【火炎】」
「…」
たちまち、火柱が燃え盛り手近の火炎トカゲの注意をそらす。火炎トカゲは火柱に食らいついた。
「今のうちに通り抜けるわ」
「はい!」
………
予定通り旧坑道の入口に到着した。チルダは懐から鍵を取り出し、封鎖された坑道口の脇にある通用口を開いた。
「あちっ!」
熱気が通用口から噴き出した。
「扉にも気を付けて!」
「むっ、熱い」
扉からも熱気が伝わる。これでも新坑道の熱量と比べるとマシだという。チルダはマントを裏返し革の手袋と合わせて僕に渡した。
「このマントを着て、ついて来て」
「これは…」
マントの表は火鼠の革のようだ。今は内側が火炎トカゲの革だろう。
「このマントは特別製でね、火炎を弾き中の温度を下げる効果があるのよ」
「チルダさんは…」
チルダはホットパンツに丈の短い上衣の姿だ。
「あたしは平気よ。火炎の加護があるから」
「へぇ~」
そう言って手を振るチルダの赤く腫れた掌は、みるみるうちに元の色を取り戻した。先程の通用口の取っ手で火傷したようだが回復も早い。
「先を急ぐわよ」
「はい」
僕は火鼠のマントを着てフードを被りチルダの後に付いて行く。チルダの話では、幼い頃から旧坑道に潜り込み遊び場にしていたそうだ。
時折、旧坑道にある明りの魔道具に魔力を通しながら進む。特に危険はない様子だ。
不意にチルダが立ち止まり、空気が流れた。
「隠れて!」
「!…」
チルダは僕を壁の窪みに押し込み、通路に立ち塞ぐと両手を前に突き出した。
「【火幕】」
「…」
途端に炎の幕がチルダの向こうに現れた。
-GOBUFOOOOO-
嘗め尽くす様に火炎が坑道を駆け上がる。
チルダが支える火幕の結界に坑道の火炎が衝突し突破をはかるが、上手く左右に受け流した様だ。無事に火炎をやり過ごした。
「火炎突風よ。ブラルの吐息とも呼ばれるわ」
「ふうぅ」
僕は火炎に薄められた酸素を求めて息をつぐが、チルダは平然としていた。
………
しばらく進み、分岐した先の広場で休憩した。
「ここなら、火炎突風の心配は無いわ」
「休憩ですか?」
水筒を取り出して二人で飲む、ぬるま湯でも上等だ。
「坑道に怪物がいるハズないじゃん。ひと眠りするから適当に起こして」
「はい」
そう言うと荷物を枕にしてチルダは眠りに落ちた。チルダはここまで何度も火の魔法を使って辿り着いた。魔力不足で疲れたのだろう。
全て、火の魔法で火炎突風をやり過ごすには無理があるのかも。…水魔法や風魔法ではどうだろうか。僕はこれまでの道中を思い出し自分の無力さを噛み締めていた。
そうは言っても自分に出来る事をしておこう。マントに潜り込んだピヨ子を放つ。
◇ (あぁ、漸くあたしの出番ね…僕ちゃんが仕込みをするのを横目に周囲を警戒する)
僕はブラアルの町で仕入れた鹿肉に岩塩をすり込み、千年霊樹の杖に吊るす。ピヨ子にも鹿肉を与えて眺めると、ピヨ子は鹿肉を啄ばみ鳴いた。
「ピヨョョー」
◇ (さあ、もっとお肉を寄こすが良い!)
そういえば、ピヨ子の羽毛も伸びて色付き小鳥らしくなった。しかし、まだ満足には飛べない。そんなピヨ子の観察をしていると、火炎トカゲの仔クゥーが顔を覗かせた。
「お前も食べるかい?」
鹿肉の切れ端をクゥーの眼前に垂らすが興味がないようだ。素早い動作でチルダの陰に隠れた。
「クゥーに嫌われてるのかな」
単に飼い主の他からは餌を取らないのかも知れない。躾の良い子だ。鹿肉の干物を魔力操作で揉んでみる。美味しく育つかも。
「むむむー」
しばらく鹿肉に手をかざし不思議な踊りをしていたら眠っていた。どうやら魔力を使い過ぎたようだ。
-Zzzz-
◇ (だらしないご主人様ね…あたしが警戒しておくわ…魔物に襲われたら危険でしょ!)
………
僕はチルダに揺り起こされた。いつの間にか眠っていた様だ。チルダは鹿肉の干物を噛みちぎりながら尋ねた。
「この鹿肉は、マキトが用意したのかい?」
「ええ、チルダさんもお疲れかと思って…」
僕は辺りを見回して言う。
「塩加減も、肉の旨みも、上出来じゃん」
「ありがとうございます」
鞄から黒パンを取り出してチルダに手渡す。
「お礼を言うのは、あたしの方だから」
「いえいえ」
チルダは水筒から水を飲みひと息ついた。
「じゃ、先へ進むよ」
「はい」
………
いくつかの火炎突風をやり過ごして、旧坑道にある換気用の魔道装置にたどり着いた。早速に魔道装置の状態を見ると、魔道線の断線以外は問題ない様子だ。
「坑道を警戒しておくから、起動する前に教えてくれ…」
「すぐに修理に取り掛かります」
「じゃ頼んだよ」
チルダは部屋の戸口に向かう。
僕は金属素材を取り出して断線部分を修理する…所詮は応急処置だ。ひと通り配線を繋ぎ魔力を通して確認したから…問題は無いと思う。
換気用の魔道装置は火山の地脈から魔素を集めて風の力に変換する装置だった。旧坑道とは別に掘られた換気用の坑道に風を流して、熱気を外に排出するらしい。
「準備できました!」
部屋の戸口にいるだろうチルダに声をかける。
「始めてくれ!あたしは手が離せない」
「3、2、1、ゼロ!」
カウントダウンして魔道装置を起動すると、どこかで空気が動いたようだ。その時、地響きと共に何かが坑道を揺す振った…地震か。
【続く】
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