ep074 遭難の終に
ep074 遭難の終に
僕はウエェイの迷宮で遭難したらしい。僕と鬼人の少女ギンナは洪水に飲まれて流された。増水した流れにはゴロゴロと岩の如く氷塊が混じり迷宮の岩壁をも圧して危険な様子だったが、僕は呼吸の魔道具を使って水中に潜り難を逃れた。
見知らぬ岸辺で竈の魔道具に火を入れて暖をとる。荷物が手元に残って心強い。竈の火で濡れた装備を乾かしていると、ギンナは幾分か水を飲んでいたが意識を取り戻した。
「ギンナ気が付いたか」
「うっぷ、ですぅ」
氷水は腹に堪えたらしい。僕は竈で焼いていた干物と暖かい飲み物をギンナに与えた。
「食べられるかい?」
「はぐはぐ……」
とりあえず食事と暖をとるが、ギンナのお弁当(鉱石)を失った。…水路の底に取り残されたか。
迷宮では何が起こるか分からないので、遭難することも珍しくはない。まずはバオウたちと合流するか出口を目指すべきだろう。
僕はギンナの回復を待って迷宮を脱出するために動き出した
◆◇◇◆◇
獣人の戦士バオウは風の魔法使いシシリアを庇って迷宮の岩壁にしがみ付いた。増水した流れと岩の如く氷塊が迫るが、眼前で氷塊が避けるように離れてゆく……水の神官アマリエが結界を張っているらしい。バオウの背後にアマリエの気配があった。
最後に見たマキトの姿は、水に浸かって溺れかけたギンナを引き上げた所で自身も洪水に流された様だ。ゴロゴロと音を立てて氷塊が岩壁に当りながら流れを下る。あのままではバオウも無事とは思えない。
そんな忍耐の時間をやり過ごすと水嵩が下がった。どうやら危機は乗り越えたらしい。
「GUU 無事か?」
「ええ、大丈夫よ」
「どうにか、やり過ごしました。それよりも……」
安堵する間もなくアマリエはマキトの姿を探したが、流されたらしく見当たらない。
「GUF 流された様だが……」
「下流を探しましょう」
「はい!」
バオウを先頭にして水に濡れた岸辺を進み下流を捜索するがマキトの痕跡は無かった。案内人のハンスは大蟹との戦闘中に逃げ出したが、どこまで行ったのか?
彼らは流れの終点に辿り着いて茫然とした。そこは地底湖の様に水面が広がり暗闇の先は見通せなかった。
以前にもキドの迷宮でマキトが流水路に落ちて行方不明となったが、あの時は河トロルのリドナスが助けに入った。
彼らには今回も無事に生きている事を祈るしか方法が無いのか。
………
地底湖を捜索するには小舟か探索の魔道具が必要だと考えて、彼ら三人は取り急ぎ地上へ戻った。案内人のハンスが居なくても無事に帰還できたのは幸運と言える。彼らは数日ぶりに港町ウエェイの冒険者ギルドへ駆け込むと事情を話した。
「マキトさんが行方不明で、人手を貸して下さい!」
「GUU 迷宮で 遭難した」
「ハンスは戻っている?」
冒険者ギルドの受付嬢は目を白黒させていたが、事情を呑み込んで確認した。
「ハンスさんは戻っていません。捜索の人手は紹介いたします。あとは……ハンスさんと他二名の捜索依頼という事でよろしいですか?」
「ええ、そうなるわね」
直ぐにでもマキトの捜索に戻りたい水の神官アマリエは取り乱していたが、風の魔法使いシシリアは落ち着いてギルドの職員と交渉している様子だ。獣人の戦士バオウは冒険者ギルドに、案内人ハンスの匂いが無い事に不審だった。彼は迷宮の出口までハンスの匂いを追跡したのだ。
結局はマキト、ギンナ、ハンスの三名の発見に賞金を懸けて個別に捜索依頼とした。さらに小舟と人足を借りて新たに迷宮の案内人を雇う。
迷宮へ取って返して地底湖の捜索に向かった。
◆◇◇◆◇
僕は岸辺を歩いて調べたが脱出路は無かった。さらにこの岸辺は途中で岩壁となって湖底に落ち込む。その岩壁は迷宮と異なる地質で自然の地形と見える。試しに地面を掘ると深く掘る事が出来た。…迷宮の感触ではない!
「ギンナ、こういう形に地面を掘ってくれ」
「はい。ですぅ~」
僕は地面に舟形を書いて周りを掘る。ギンナもナイフを取り出して地面を掘った。
「次は、この粘土を塗って」
「はいぃ~」
ギンナに舟形の外壁を作らせて僕は舟形の内部を掘った。
「押し固めよ…【加圧】! 表面は【硬化】」
「はうぅ」
僕の魔法の効果にギンナが目を見張る。まさに泥船が完成した。早く脱出したい気持ちを抑えて泥船の表面に獣脂を塗る。竈から火を移して…
「ハッ【焼成】!!」
「…」
焼き物の壺をイメージして船体に火を行き渡らせる。加熱し過ぎるとひび割れてしまう事は粘土の壺で経験した事だ。僕は慎重に火勢を抑えて船体の表面を焼成した。
「ふうう、疲れた……」
船体が出来た所で休憩する。たしかマオヌウの塩漬け肉がカバンにあったハズだ。
………
ひと眠りしてから次の行程を始めた。僕は掘り返した粘土を形成して厚めの粘土板を作成した乾燥してから竈で焼く予定だ。次にハイハルブの港で仕入れた海藻を煮込む。これは接着剤にするのだが…繋ぎの材料としては不安だ。
別途に浮き袋を用意して湖水を渡る方法もあるかな。…水が冷たくて難儀しそうだ。僕は海藻の煮込みをしている間に気を失った。…相当に疲れていたらしい。火が消えた竈には糊状の海藻液が出来ていた。
竈の近くで乾燥させた粘土板を焼成する。これを船底に敷き詰めて海藻の接着液で固める。入念に隙間にも粘土を詰めて焼成しておく。
「完成だ! 水を入れてくれ」
ギンナには湖面までの水路を掘らせてある。あとは水を入れて泥船…改め土器船!を浮かべるのみだ。
-ZAZAP-
窪地に湖面の水が流れ込むと土器船か浮かびあがった!
「やった! 成功だ」
「ですぅ~」
僕は泥だらけのギンナと抱き合って喜んだ。
………
推進の魔道具を取り付けた土器船は暗い湖面を静かに進む。重量のせいか速度は出ない。僕はギンナと二人で土器船の上から前方の闇を見詰めた。外周の岩壁に沿って湖面をひと回りすれば、別の岸辺か脱出路が見つかるだろう。最善は流れの合流点から遡行して迷宮を脱出する事だと思う。
水中の魔物の影に怯えながら湖面を進むと不意に救助を求める声がした。
「…た…助けて…くれ…」
「ハッ?」
驚いて岸辺に明りの魔道具を向けると冒険者だろう男が倒れていた。案内人のハンスではない痩せ衰えた顔が見えた。うーむ。土器船は僕とギンナの二人乗りの大きさで、余計な他人を乗せる余裕が無い。
「ま、待て…乗せてくれ!」
「わッ!」
僕が逡巡していると……見捨てられると思ったか、痩せ衰えた顔の冒険者の男は立ち上がり湖水に飛び込んだ!
土器船に届く距離ではないが水面が波立ち、船が揺れる。案の定か冒険者の男は泳ぐ体力が無く湖水で溺れていた。僕は緊急用の皮袋を男に投げた…空気を入れた簡易な浮き袋だ。
男が浮き袋に掴まったのを見て土器船を発進させた。
「岸まで引きますから、掴まって下さい!」
「うっ…ぶくぶく」
今にも沈みそうになる冒険者の男の様子も気になるが、僕らも余裕は無い。今の水音で魔物が集まると厄介だ。
あせる気持ちを宥めて船を進めた。
おっと危ない!居眠り航行で岸に乗り上げる所だ。
「英雄さま、あれを……」
「はッ!」
ギンナが前方に明りを見つけた。人の気配がする。
「おーい。誰かいるか~」
「ここだ!~」
僕らは救助隊に助けられた。
◆◇◇◆◇
僕は寝台で目覚めた。どうやら救助されて気を失ったらしい。ギンナは泣き腫らした顔で僕の腕に取り縋り眠っていた。
「ここは……」
「あぁ、マキトさん気が付きましたか?」
僕は寝台から未を起こしてアマリエを見た。
「体力も魔力も尽きて気を失っていたのです。ここは、ウエェイの宿屋です」
「うーむ」
「本当は水の分神殿で治療したいのですが、この町にはありません」
「ありがとう。アマリエさん」
水の神官アマリエは治療の名手で僕が作る治療薬ではかなわない。寝台で眠るギンナ様子は無事の様だ。
「そういえば、もうひとり…冒険者の男がいたハズだけど」
「ええ、彼も無事です。迷宮で遭難してかなり衰弱していましたが……」
アマリエの話では僕らよりも数日前に遭難したが、捜索では発見できずに打ち切られたらしい。彼の実家から捜索隊が派遣された様子から金持ちのボンボンか貴族のご子息だろうとの噂だ。回復を待って事情を聴くと言う。
「僕らとは、関係ないのでは?」
「いいえ。無関係とも言い切れません」
彼の風体は冒険者だが装備品の質や衣服の材質が高価な様子だ。しかも黒髪の若者で、マキトと容姿が似ている!
「えっ?」
「それと、案内人のハンスさんが見つかりました」
アマリエは少し躊躇いつつも言う。
「っ!」
「…海岸で水死体だったそうです」
僕は陰謀の匂いをかいだ。
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