ep072 アルノルド城
ep072 アルノルド城
そこはアルノルド城の下級貴族向けの食堂であった。
楽しみの鷹狩から帰って見ると帝国の重要人物と思われるグリフォンの英雄クロホメロス卿が逗留していた。伝令からの報告の通りだ。
「儂が ゲオルク・シュペルタン・アルノルド である」
「これは! 侯爵閣下……」
黒髪の男、神官の女、獣人、女、子供…食堂に集まった一同が畏まる様子を制して、侯爵は話かけた。
「よい。話は聞いておる。そちがクロホメロス卿であるか?」
「はい」
前列の黒髪の少年とも青年とも見える男が応えた。…これがグリフォンの英雄だと。帝都の叙勲式典に派遣したサリアニア姫からは未だ報告が無い。…何をグズグスしておるのか!
「食事はお気に召されたかな?」
「はい。結構なオモテナシです」
オモテナシと言うのは何かの暗号か。嘘を見抜く魔道具も応接の担当官からも反応が無い。…このまま続けるか。
「さて、訪問の目的は?」
「迷宮の探索でございます」
嘘は無いようだ。儂はお気に入りの水の魔道具から真水を飲んだ。台座に力強い彫刻のある金属製の杯だ!…何かが儂の中で立ち上がる。
「侯爵閣下。それは一杯で疲れが吹き飛ぶと噂の魔道具ですか?」
「うむ。そうじゃ! 儂のお気に入りの逸品だが……」
いまいちクロホメロス卿の話の先が読めないが、昨日の叙勲式典から今日の訪問とは早すぎる。帝都からここアルノルドの城下までは早馬の伝令でも、いち日では無理な距離だ。
「これをご覧下さい。ひとくち飲むと気分が高揚しスッキリする水の魔道具でございます」
「ほほう、これは珍しい」
クロホメロス卿は水の魔道具を取り出して卓に置いた。上部は透明のガラスの様で上品な造りとなっている。
「侯爵閣下へ献上いたします」
「ありがたく受け取ろう」
どういう意図か献上品らしいが、まさか内情を探っているのか!?……儂の計画が露見したとは思えない。
「ひとつ頼みがあるのですが……」
「何なりと申してみよ」
これからが本題らしい。
「この親書を皇帝陛下へお届けしたいのです」
「よかろう。帝都への伝令に持たせる」
儂の伝手であれば皇帝陛下への親書はたやすいのだが、この親書の内容が気になる。
「それと、この辺りに手頃な迷宮はありますか?」
「ウエェイの近郊に迷宮がある。それも、紹介状を持たせよう」
迷宮とは都合が良い。配下の者に監視させるべきだろう。
「ハッ! ありがたき幸せ」
「うむっ」
グリフォンの英雄との会談は無事に終わった。怪しい人物は遠ざけるに限る。
◆◇◇◆◇
僕らはアルノルドの太守シュペルタン侯爵閣下の厚意で城に逗留した。その夜に騒ぎがあった。騒ぎの中心らしい中庭に出て見ると、巨体の牛に似た魔物と鴨に似た野鳥が二羽仕留められていた。
牛に似た魔物の傷を調べると爪痕の形状には見覚えがあった。
「これはファガンヌ…あ、いや。グリフォンが…狩りの獲物です」
「「「 なんと! 」」」
城の衛兵たちが驚きに固まる様子をおいて、僕は傍らの鴨に似た野鳥を取り上げた。…血抜きもしてあり上等な獲物だ。しかし、僕が知るファガンヌであれば野鳥などは血抜きもせずに丸齧りだろう。
「この魔物は侯爵閣下への献上品といたします」
「ハッ!」
僕はファガンヌの獲物をそう解釈した。しかし城の警備はどうしたのだろうかグリフォンが現れたら大騒ぎだろ。
アルノルドの城壁で黒猫がニャーゴと鳴いた。
………
僕らは早朝に城を出立した。名物のメエェの肉料理は会食で頂き堪能したが、市井の屋台で買い食いする串焼きも良い。冬を迎えるこの季節には家畜の数を減らして選抜するらしく、新鮮な肉が市中に出回るそうだ。おかげで肉料理が安くて旨い。
アルノルドから北西のウエェイの町へ向けて幌馬車を走らせた。平原では牧草を求めて家畜の群れが南へ大移動していた。牧畜の羊飼いと犬に似た動物が家畜を追っている。
「ウエェイは港町だから、次は魚料理かしら」
「GUF 迷宮には 期待できる」
幌馬車の上で風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウが談笑するのを聞きつつ、僕は昨晩の騒動を思い返していた。
魔境にある河トロルの村で別行動となったファガンヌならばグリフォン姿でここまでひとっ飛びと思えるが、なぜに姿を見せないのか不思議だ。ファガンヌから見れば僕は赤子のような物で、随分と過保護に守られていたらしい。グリフォンの英雄と言う称号もそのおかげなのだケド…
僕らは何事もなく港町ウエェイに到着した。
ウエェイの町は氷結海に面しており入り込んだ海岸線を利用して漁港となっている。いま漁港は騒然として、あわただしく海の男たちを乗せた漁船が次々と出港している。
「マオヌウが出たゾ~」
「急げ! 急げ!」
「獲物だッ、乗り遅れるなッ」
どうやら海の魔物マオヌウを狩るらしい。マオヌウは鯨に似て巨体の魔物だ。たしかトルメリア王国では保護動物だったと思う。そんな港の喧騒を横目にして僕らは冒険者ギルドに入った。ちょうど冒険者ギルドからは銛を手にした男たちが出掛ける様子だった。
「あれは?」
「漁猟者ギルドからの応援要請で、海の魔物マオヌウの討伐です。…あなた方も参加希望ですか?」
受付のお姉さんに尋ねると依頼の内容を聞かされた。この時期は多くの冒険者が漁猟者となって漁船に乗るそうだ。しかし、僕らの目的は迷宮の探索なのだが…僕は侯爵閣下の紹介状を提示した。
「この近くの迷宮を探索したい」
「紹介状ですか、なるほど……迷宮探索には案内人の同行が必要です」
ここの冒険者ギルドのルールだろうか、必要ならば案内人を雇うのも良い。
「案内人を紹介して下さい」
「えーと、この時期で案内人となると難しいかも……」
受付のお姉さんは困り顔だが特に意地悪をしている訳ではなさそうだ。単に人手がマオヌウの討伐に取られた影響だろう。
「俺が引き受けても良いぜぇ!」
「!…」
「ハンスさん」
僕らの背後でひとりの冒険者の男が名乗りを挙げた。男はハンスと名乗るベテランの冒険者だった。男の話ではマオヌウの討伐に乗り遅れて仕事を探していたそうだ。冒険者ギルドの評価も悪くはない。その場で迷宮探索の案内人として雇い握手した。
「それじゃ、準備もあるんでぇ、迷宮探索は明日の朝からで良いかぁ?」
「よろしくお願いします」
僕らは案内人のハンスと分かれて宿屋に泊った。
………
港の市場で聞いた話では氷結海は冬になると流氷で埋め尽くされると言う。この時期は冬を前にして北西からの寒風に押されて流氷が現れ始めるそうだ。その流氷に追われる様にして海の魔物マオヌウが氷結海の沿岸部に迷い込むらしい。いち早くマオヌウを発見した漁猟者と町全体で狩りを行う今が最も忙しい時期だ。
市場には鮮魚の他にマオヌウの肉が並んでいた。これは先日に水揚げされたマオヌウで鮮度も良さそうだ。
僕は市場の屋台でマオヌウの串焼きを食べた。独特の脂の旨みが口に広がる。…マオヌウの肉は魚ではなく獣の肉に近い。その脂身はランプや防水の油として利用される。肉は食用にして革は様々な革製品になり、骨や内臓も余すところなく利用できる。町全体がマオヌウの加工場の様だった。
宿に帰ってもマオヌウの煮込み、焼き料理、脂身、もつ料理と多様な味が楽しめる。僕らはマオヌウ料理の味に満足した。
◆◇◇◆◇
翌日は案内人のハンスを伴に迷宮へ向かった。迷宮は港町ウエェイの南へ数時間の距離だ。早速に迷宮へ入る。
「お宝に 期待しちゃうわ」
「GUF 腕がなる!」
帝都の迷宮では不満だった様子で探索者の二人は意気も揚がる。
「あたいも!役に立つですぅ」
「うふふ」
鬼人の少女ギンナは重石をハンマーにして構えている。水の神官アマリエは微笑みその様子を眺めた。
「気を付けて下せぇ。この迷宮では分かれ道が動きます」
「ッ!」
先頭を行く案内人のハンスが獣脂油のランプをかざして迷宮の分岐を照らした。すると迷宮が脈動して分岐の並び順が変わる。…まるで分岐点だけが生物の口内の様な動きだ。獣人のバオウとシシリアは迷宮の床や壁を押して確かめるのだが、普通の岩壁の洞窟に見える。
僕は試しに地面を掘り起こしたが、すぐに岩盤にぶつかった。
「若様!あまり迷宮を刺激しないで下せぇ。道が変わります」
「はっ……」
えっ若様て、その設定は……ミスリルの冒険者証に侯爵閣下の紹介状だから、そういう認識も当然だろう。
穴掘りは危険らしいと、そうして迷宮の特性を見ながら僕らは進んだ。
「GUF 子鬼だ!」
「ハッ!」
前方の横道から子鬼の集団が湧き出した!数が多い。粗末な武器を手にした子鬼が案内人のハンスに襲いかかるが、ハンスは手にした山刀で子鬼を切り払った。そのまま無理をせずに後退して隊列を整える。ベテランらしい堅実な戦い方だ。
獣人の戦士バオウが先頭の子鬼に突進すると、巨体に押されて子鬼は吹き飛んだ。そのまま乱戦に突入して手当り次第に手甲で殴りつける。体格差を生かした乱暴な戦いだ。
僕は二列目で鋳物の剣Bを振るい子鬼を切り捨てた。鬼人の少女ギンナは重石のハンマーを振って子鬼に打ちかかると、頭部を粉砕された子鬼が倒れた。
子鬼の集団から投石と弓矢が放たれたが、風の魔法使いシシリアが起こした横風に弾かれて飛散した。
僕らはものの数分で子鬼の集団を殲滅した。
「GHA ものの数でもない」
「ふうぅ、お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
水の神官のアマリエが言うので見回すが特に怪我は無い様子だ。案内人のハンスが掠り傷を治療されていた。
「これは回収できないわねぇ…」
「ごめんなさいぃ」
シシリアが示したのはギンナが粉砕した子鬼の肢体だ。討伐部位として右の耳を持ちかえれば金銭になるが、無残に潰れている。
「GUU 迷宮の肥やしでも 良かろう」
「ギンナ!気にするな」
バオウと僕は鬼人の少女ギンナを慰めた。案内人のハンスはギンナの怪力に驚いていたが無理も無い。ギンナはただの荷物持ちの獣人ではない。僕らは討伐した子鬼の肢体を打ち捨てて先へ進んだ。いずれも迷宮に吸収されて消えるだろう。
しばらく迷宮を進み、岩が転がる広場で休憩した。僕はアルノルド城で入手した鴨肉をスライスして黒パンに挟み皆に配った。
「えっ! 若様が、調理なさるので?」
「僕の特技ですからっ」
案内人のハンスの認識では僕は貴族の若様で、道楽に迷宮を探索する配下の者たちと思われているらしい。すでに鴨肉は味付けとローストされている。薄切りにした鴨肉が黒パンと合う。僕は水の魔道具で集めた真水を飲んだ。
しばらく休憩して探索を再開した。迷宮は岩肌の洞窟だが足元は確かだ。探索に慣れた様子の二人は問題なく。迷宮の探索は初めてと思える水の神官アマリエは楽しそうだ。同じく初の探索だろうギンナは良く付いて来た。
このまま進めば深い所まで探索できそうだ。
僕らは迷宮での野営を決めた。
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