ep070 謁見と綬爵
ep070 謁見と綬爵
僕は帝都の冒険者ギルド本部で皇帝の詔勅を受けた。勅使から受け取った書面を要約すると帝国の騎士爵に任命するから城に参内せよとの事だ。予想していた事だが僕は帝国の礼儀作法も知らず、どうすれば良いのかと心配していた。そこへ水の神官アマリエが合流した。
アマリエは先日から水の神殿に行き準備をしていたらしい。さすが帝国の内地にも分神殿を持つ宗教団体は心強い。僕はアマリエの助力を得て早速に登城する旨を伝えた。勅使は予定通りに式典を進めるとの事だ…時間に間に合えば問題は無いだろう。
本来ならば騎士爵などお断わりしたい所だが、鬼人の少女ギンナの出身地…山オーガ族の騒動を解決する為の成り行きだった。登城する途中で水の分神殿に立ち寄り天蓋馬車を借りた。僕はお仕着せの騎士服を着て入学前の学生の気分だ。
水の神官アマリエは普段の神官服とは異なり、上品で気品のあるドレスを纏い水の神官としての神秘性も感じさせる…まさに水の女神の様装だった。さらに鬼人の少女ギンナは可愛らしいドレスを着て、自前の輝く角に髪飾りを合わせて一国の王女の様な雰囲気だった。馬子にも衣装とはこの事だろう。
なお、根っからの探索者の二人は獲物を狩るために帝都の郊外へ出かけている。
僕らは水の神殿の紋章が入った天蓋馬車で登城した。城の登城口には貴族の馬車が次々と到着している。僕は城の案内人に従って貴賓室へ入った。アマリエたちは別室の様だ…ひとり式典の開始を待つのは緊張する所だな。
かなりの時間を待たされて、案内人がやってきた。
「マキト・クロホメロス卿 ご入場!」
呼び出しの声に大広間の扉が開く。中には儀仗兵の列がありその先の階段上には玉座があった。
僕は三歩進んで跪づいた。儀仗兵の後方にいる貴族たちの視線が僕に集中する。
「面をあげよ」
式典の進行を任された貴族の男が命じた。
「クロホメロス卿 久しいな」
「はい」
皇帝アレクサンドル三世は親しげに語りかけた。
「卿は 三功をもって 騎士爵に任ずる」
皇帝の代理人が騎士剣を僕の肩に当てて問う。
「汝は 皇帝陛下に忠誠を誓うか?」
「はい。命に代えましても誓います」
僕は事前に教えられた形式の通りに答えた。
「よろしい」
「…」
僕は騎士剣を恭しく受け取る。
◆◇◇◆◇
式典はつつがなく終わった。たかが騎士爵の叙任に皇帝陛下が立ち会うのは異例の事で、英雄マキトとの関係を見せつける狙いだろうか。
ちなみに三功とは、
・屍鬼の討伐に協力した事
・山オーガ族の反乱を鎮圧した事
・皇帝陛下の暗殺未遂事件を摘発した事
である。最後のひとつは僕も知らない事件だが…騎士爵の箔付けの為かも知れない。
僕らは式典の後の晩餐会で出会った。
「マキトさん、ご立派ですわ」
「英雄さまぁ!」
貴族の列の末席から式典を見ていた女神の装いのアマリエと王女の装いのギンナが僕を祝福する。広間は貴族の社交場の様子で、立食形式の会場だった。
「あれが、グリフォンの英雄か?…そうは見えないが…」
「よせ!…ゲフルノルドでは鬼人を討伐して…グリフォンを召喚したらしいぞ…」
「あぁ…英雄様よっ!」
「噂より…優男ねぇ…うふふふ…」
会場では僕を見て値踏みする者や実力を推し量る者、噂する者や早速に知己を得て関係を持ちたがる者など様々だ。そのように遠巻きにしていた貴族たちの人垣から、ひとりの貴族の娘が勇気を持って進み出た。
「グリフォンの英雄クロホメロス様、お初にお目にかかります。私は、ホムマリア・ラドルコフと申します」
「!…」
優雅な跪礼を見せてその貴族の娘は微笑んだ。この辺りでは珍しい黒髪だが地味めの顔は残念なところか。
「英雄様とぜひお話を…」
「…」
「お下がり! 不吉の娘」
黒髪の貴族の娘が言いかけた所で、もうひとりのご婦人が貴族の人垣を割って進み出た。
「そこの英雄とやら、グリフォンを呼び出して見せよ!」
「姫様ッ!」
お付きの者を従えて僕に命令する、ご婦人は豪華なドレスを着ても小柄でギンナと変わらぬ年頃に見えるが、命令口調は上級貴族だろうか。
「どこの姫様かと存じ上げませぬが、この場では皆に危険が及びます」
「ッ!」
小柄な婦人は大層ご立派な胸を揺らして宣言した。
「わらわは侯爵家のサリアニア・シュペルタンなるぞ!」
「なッ!」
僕はその大層ご立派な胸に見蕩れていたが、アマリエはその年頃に不釣り合いな巨乳に敵意を感じたらしい…ああ虚乳だからか。
油断して間抜け顔だったろう、僕の眼前にサリアニア姫が飛び込んで来た! 手にしていた羽扇子で打ちかかる。
電光の踏み込みにも反応して鬼人の少女ギンナがサリアニア姫の突進を阻止した。巨乳と金属質の剛腕がぶつかる!
-DOSKOI!-
「これッ、サリア 邪魔です」
「お、叔父さま!」
そこへ紳士然とした男が割って入った。サリアニア姫は逃げるように退散したようだ。
「サリアニアが失礼を致しました…私はシュペルタン家の末席に連なる身。モーリスと申します」
「はあ…」
貴族の紳士モーリスは謝意を示して身分を明かした。かの姫の親戚だろう。
「英雄殿は、良い部下をお持ちですな」
「いえいえ。ここまでの道中では腐肉喰の襲撃などに手を焼きましたよ…」
僕は帝都の北で遭遇した腐肉喰の群れや東の山岳に巣食うという山賊団の噂話をした。無難な世間話のつもりだったが、
「それは、いけませんな!すぐに部隊を派遣しましょう」
「ッ!」
顔に似合わず軍部の関係者らしい。僕はひとつ提案してみた。
「冒険者からすると腐肉喰狩りは稼ぎが悪いそうですね」
「さもあらん」
腐肉喰は帝国の北方の原野に多いが、討伐しても証拠となる部位が無いのでギルドの賞金が少ない。また魔石が残る事も稀だ。
「ならば、腐肉喰の討伐数を記録する魔道具を開発して賞金を懸けるのか良いかと」
「なるほど…検討してみよう」
その後は魔道具の開発などについて話したが、モーリスは幅広い知識を示した。僕が太刀打ちできる相手ではない。
社交会は夜更けまで続く様子だったが、僕らは早めに退去した。
◆◇◇◆◇
そこは王宮の私室のようだ。皇帝アレクサンドル三世は式典を終えて長椅子に身を預けていた。お付きの従者が皇帝の足つぼを刺激しながら言う。
「陛下、よろしかったのですか、騎士爵など…」
「うぅん~英雄の駒は、使い道がある」
足つぼが効いているのか皇帝は呻き声を漏らして応えた。
「それにしても、タルタドフですか……」
「うふぅ~そこが良い…感じである」
強めの刺激に皇帝が足湯にしていた桶が跳ねる。私室には帝国全土の地図と新たに版図に書き加えた霧の国イルムドフがあった。タルタドフは霧の国イルムドフの王都から南西にある内陸部の町だ。いまは帝国の支配下にあるのだろう。
それを新たな騎士爵…マキト・クロホメロス卿に与えて行政官とするらしい。タルタドフの町には新しくグリフォンの紋章旗が立っている。
皇帝の私室には足湯の湯気と甘い呻き声が立ち昇っていた。
◆◇◇◆◇
僕らは水の神殿の紋章が入った天蓋馬車で水の分神殿に帰還した。分神殿とはいえども大都市のせいかトルメリア王国の本殿よりも豪華に見える。
「アマリエ様、お勤めご苦労様です」
「あなたこそ、ご苦労様っ!」
御者を務めていた僧兵の手を借りて馬車を降りる。こうして水の神殿から天蓋馬車を貸し出す事によりグリフォンの英雄との関係を見せる思惑だろう。何かと貴族社会は面倒そうだ。僕らは借り物の衣装を着替えて神殿を後にした。水の神官アマリエは何か不満顔だったが、神官長に報告があるそうで神殿の内部へ向かった。
僕と鬼人の少女ギンナは身軽になって宿に帰った。
………
宿には冒険者の二人が帰還していた。風の魔法使いシシリアが不満げに言う。
「ああ、期待した迷宮だけど銀貨三枚の価値は無かったわ」
「GUF 冒険者が 多すぎるダロ」
話を聞くと二人は帝都の近郊にある迷宮に入ったそうだ。迷宮は帝国の管理下で銀貨三枚の入場税が必要だった。迷宮の歴史は古く最深部はかなりの階層との情報だったが、この手近い迷宮は冒険者が多くて迷宮のお宝も湧き出す魔物も取り尽くされていた。
また迷宮の内部でも冒険者が頻繁に行き交う様子もあり、日帰りの探索では何も成果が得られず…くたびれもうけの様だ。それよりも本来の目的地であるコボンの地の迷宮に期待するしかない。帝都の訪問は旅程のついでなのだから。
帝都の夜に黒猫がニャーゴと鳴いた。
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