ep068 戦車競争と晩餐会
ep068 戦車競争と晩餐会
既に季節は冬だが僕は嫌な汗をかいて目覚めた。柔らかな寝台も台無しだろう。他の者たちは寝覚めも良くて、折角の機会に村の祭りを楽しもうと追加の宿泊を決めた。
本日の宿泊客には特別に晩餐会へ招待されるという。僕らは祭の見物にそれぞれの目的を持って出かけた。
僕と鬼人の少女ギンナは屋台で軽食を買い村の通りで催し物を眺める。この村祭りは何日目なのか知らないが、今日も祭りは軽快な音楽に合わせて盛況な様子だ。
大道芸と見える仮面を付けた男が、的に見立てた仮面の美女?に向けてナイフを投げる。ナイフは狙いをあやまたずに…仮面の美女に突き刺さった!ビクンと美女の肢体がはねるのだが、血は出ない。
「きゃぁぁ!」
「「「…さわさわ…」」」
観客から悲鳴が上がるが、帝国の旅行者と見えるご婦人が気を失っていた。仮面を付けた群衆からは乾いた囁きだ。何かの仕掛けか?大道芸人の仮面を付けた男は的にした仮面の美女から平然とナイフを抜き取る。あれは人形の作り物だろうか。
僕らは買い食いしながら、通りを進む。
隣の大道芸は…腹切りの実演だった。その芸は河トロルの村でも見た事がある。仮面を付けた芸人の男は自分の腹に刃物を当てて、ひと息に切り裂いた。観客から苦悶の声が聞こえるが誰か。
「おおっ、ぷっ…」
「「「…さわさわ…」」」
芸人の男は自分の腹から臓物を取り出して観衆に見せつけている。とても見ていて気分の良い物ではない…悪趣味に過ぎる。
僕らは仮面の観衆を掻き分けて進んだ。
人の流れは村の外れまで続いていた。そこで珍しく仮面を付けていない口上人?を見つけた。
「さあさあ!出場者はいないか?競走馬のレースだ…出場者は無料!勝てば賞金も出るよ!」
僕は呼び込みの男の背後に見える競走馬を眺めた。競走馬は小型の荷車と連結されて騎手は荷車に立ち乗りしている…古代の戦車風か。
「あの戦車は二人乗りでも良いのかい?」
呼び込みの男は驚いた風だったが濃いめの人相を歪めて言った。
「お客様!よく御存じで…もちろん、二人乗りでも出場可能でございます!」
「うむ」
僕は村祭りの催しに戦車競争に参加した。
………
戦車は荷馬車を半分にした様な形式で左右に車輪が付いている。馬は面貌に甲冑を付けて軍馬の様だ。気になるのは馬が痩せている事だが……僕は手綱を引き戦車に乗り込んだ。ギンナも隣に乗せて助手とする。この様式の戦車ならば助手は弓や槍を構えるのだろう。
走路に引き出された戦車は6台もあり、それぞれの馬と馬車は色分けされていた。観客は色のついた馬券を手にレースを観戦するらしい。
-PAN!-
乾いた破裂音はスタートの合図だ。よく調教された軍馬は自発的に走り出した。馬は見かけによらず馬力を出して急発進した…何かの魔物かもしれない。馬車は観客席の前の直線路を通過して右への急カーブに差しかかる…僕らの馬車は4番手でカーブを通過した。
カーブの影響か突然に前方を走る馬車が転倒した!泥土を跳ね飛ばし…僕は手綱を引き速度を絞って危うく通過した。そのまま、直線の坂道をゆるやかに下るとトンネルが見えたが、速度が出過ぎた先頭の戦車がコースを外れて森へ突っ込む。
慎重にトンネルを潜り左へカーブすると上り坂となって前方の馬車に追いついた。馬車は坂の頂上からひと息に駆け下る。とそこへ操作を誤ったか、並走していた馬車の車軸が僕らの馬車に接触した。嫌な音をさせて車輪が跳ねる。
「ギンナ手綱を!」
「はいですぅ!ぅぅ」
僕は急いで呪文を唱えた。
「まわる車輪…【形成】!」
下り坂に横転した戦車を置き去りにして僕らは観客席の前の直線路を駆けぬけた。
………
僕らは優勝した!賞金は金貨57枚…競馬の掛け金のいち部だろう。僕らの馬は大穴となった様子で観客は悲喜こもごもの様子だ。レースを完走した軍馬は溶け崩れる様にして形を失い地面に吸い込まれて消えた…そういう魔物だったらしい。
実際のレースは危うかった。咄嗟に魔法で車輪を補強しなければ転倒して大怪我もありうる。僕はひび割れた車輪を泥土で【形成】して事故を回避した。
それでも浮かれていた僕らは、賞金を使って祭りの露店で怪しげな品物を買い込み丘の上の立派な宿屋に帰還した。
探索者を改め…冒険者の二人が先に帰還していた。風の魔法使いシシリアが愚痴る。
「なかなか、良い儲け話は無いものね…」
「GUF 祭りの露店の方が 儲かるダロ」
獣人の戦士バオウが珍しく冗談を言うが、シシリアが続けた。
「この祭りの村人は口が固くて噂話も聞けやしない!」
「GUU それでも旅行者は 多い様子ダガ…」
シシリアの情報収集はいまいちな様子だ。そこへ水の神官アマリエが帰還した。
「ここの宗教施設…教会は廃墟でしたが、あまりにも古くて痕跡もわずかでした」
「へぇ…」
「この祭りの風習も宗教的な何かだと思うのですが、手掛かりがありません」
「そうですか…お疲れ様です。アマリエさん」
「ふう…」
アマリエはため息を付いて何か考えに沈む様子だった。僕が戦車のレースで賞金を得た話をすると皆に呆れられていたが、晩餐会の呼び出しがあった。
………
この立派な宿の主人が催す晩餐会らしく宿に泊まる帝国の旅行者が招かれていた。バオウとシシリアは堅苦しい晩餐会を断り部屋で寛いでいる。ギンナも部屋に残り露店で買った品物を眺めてニマニマしていた。
僕はアマリエと伴に晩餐会へ出席した。水の神官アマリエは普段使いの神官服とは異なりやや高級そうな神官服に着替えていた。それに比べて僕の身なりは上等とは見えず、お付きの下僕と見られても不思議ではないだろう。
この晩餐会の主催者から挨拶がある様だ。主催者はこの宿の女主人らしく黒いドレスに身を包み舞台に上がった。
「帝国からのお客様 遠方からのお客様 タンメルへお越しいただき 誠に ありがとうございます」
女優のように張りのある声で観客を魅了する様子だった。僕は途中の話を聞き流していたが、
「……それでは、この祭りを存分にお楽しみ下さいませ!」
どうやら話は終わった様子だ。料理がテーブルに運ばれて会食となった。舞台では村祭の仮面を付けた俳優たちが演劇を行っている。僕が料理を味わっているとアマリエが話しかけて来た。
「どうも…この祭りは死の影が濃いですね」
「死の影とは?」
アマリエが舞台を見遣ると、ちょうど決闘を演じていた俳優が剣で刺し違えて相討ちとなった。決闘の原因となった女は自害する様子だ。
「どれを見ても…死の影が付きまといますわ」
「なるほど」
いずれの演目も死亡エンドの結末を迎えるらしい。あるいは悲劇がテーマの祭りだとか? そんな話をしていると主催者の女主人が使用人を伴って現れた。
「お初に、お目にかかります。この宿のオーナーを務めますリリィ・アントワネ、と申します」
「これはご丁寧なご挨拶、恐れ入ります。私は……」
水の神官アマリエが応えるのを遮り女主人が続けた。
「ええ、存知上げておりますわ。水の聖女アマリエ様…それと本日の戦車レースの優勝者さまっ◇(ハート)」
「はっ!」
僕は驚いて黒いドレスの女主人を見るが、隣に控えているのはレース前に見た口上人だろう。
「セバスちゃんから活躍を聞きましてよ、おほほほほ…」
「お嬢っ…オーナー! 私めは、セバスチアンでございます」
セバスと呼ばれた使用人の男は眼光鋭く紳士然としているが、とても「ちゃん」付けして呼べる風体には見えない。女主人の権威か?
「セバスちゃん! この方たちには勝利を祝福するワインを」
「はい……畏まりました」
特別に用意されたと見えるワインは血の様に赤かった。
………
僕はワインに悪酔いして部屋に帰った。柔らかな寝台に身を投げ出す。隣を見ると鬼人の少女ギンナは祭の露店で買った包みを抱えて眠っていた…幸せそうな寝顔だ。
それにしても、あんな骨董品の土産物で喜ぶとは思わなかった。それは一振りの金属製の杖に重しの様に石材を取り付けた形をしていた。露店の行商人の話では、杖に魔力を通すと石材の重量が増す…重石の魔道具らしい。漬物石にか押し花でも作るのだろうか。
僕はギンナが作る押し花を空想して眠りに着いた。窓の外には黒猫がおりニャーゴと鳴いた。
「GUU 何か来るゾ!」
先頭を行くバオウが警告するが、僕の横腹に何かが体当たりした…鮫に似た魔物だ!
「大いなる水の防壁【水城結界】」
水の神官アマリエが魔法の結界を張る。どうやら水中らしい。僕は水中にも関わらず魔力で身体強化して、必死に鮫の魔物の牙を躱した。
「GBA まずい!」
-GOBF!GYRRUUU-
水中に重い衝突音が伝わり、鮫の魔物は執拗に僕らを攻撃する。鮫の魔物は何度か体当たりして僕らの後方に噛り付いた。
「ギンナ!」
「きゃッ!」
身が竦み僕の対応が遅れた。水中に鮮血が広がる……なぜか赤いワインが連想されたが、ギンナの姿が見えない!
「よくも! 殺ってくれたな!」
僕は無人となった筒の魔道具に全力で魔力ぶちこんだ。暴走した筒の魔道具が鮫の魔物に突っ込む!
………
悪夢から覚めた僕はギンナに揺り起こされていた。
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