008 ブラアルの町
008 ブラアルの町
僕はブラアルの町の中程にある宿屋で目覚めた。チルダと別れた後に、魔石商店の店主の紹介でこの宿に泊まった。
宿は平均的な造りで朝食は、トカゲ肉のスープと黒パンで8カルだった。別だての野菜サラダが6カルと高いのが残念なところ。生野菜の調達には手間がかかるらしい。
ブラアル名物には温泉があるが、入浴できる施設は高級宿か公衆浴場との話だ。街中を観光してみよう。
宿を出ていくつかの魔石商店で火の魔石を見て回るが、どこも明らかに価格が高騰している。
ブラアルの町の鉱山で産出した火の魔石は、商人の手で各地に運ばれて魔道具に加工される。生活の必需品といえた。
しばらく町の風情を見て回ると人だかりを見つけた。狩猟者ギルド建物の前に掲示があった。
「狩猟者ギルドにて火炎トカゲ討伐への参加者を募集します。腕前の審査あり。日当は要相談の事」
火炎トカゲ討伐は多人数で囲むのだが、火炎トカゲの頑丈さのため持久戦になるそうだ。今までは、専門の狩猟者にのみ許可されていた狩りを一般人にも解放するのだとか。参加希望者が殺到して熱気があつい。
こうして討伐した火炎トカゲは、純度の高い火の魔石を体内に持っており、その革と肉や骨から内臓まで有効活用できる。これで一時的にも火の魔石の供給不足が解消されるのかね。
ブラアルの町では火の魔法が得意な者が多く革製品や鉄製品の店が繁盛している。ある革製品店で、火炎トカゲの革の他にも珍しい物を見つけた。
「へい。いらっしゃい」
「これは何の革ですか?」
灰色の生地に光沢のある毛が生えている、商品を手に若い店員が得意げに答えた。
「火鼠の革です。この大きさで、3600カルになります」
「!………」
「何匹もの火鼠の革を縫い合わせて作った防火マントですから一生物ですよ」
「……」
「火鼠の革もずいぶん安くなりました…ってお客様?」
「…」
僕は足早にその場を立ち去る。良い勉強になった…そんな高級品は今の僕には手が出ない!
恥をかかないうちに退散しよう。
-DOMOBOMOOO-
三軒先の鉄製品店から黒煙があがった。
僕は野次馬として駆けつけて、店の軒先から中を覗くと……爆発の被害は無い様子だが鍛冶とおぼしき男がいた。
「大丈夫ですか?」
「ゴホゴホッ…すまん。大丈夫だ」
店内の高炉から煙が出ている。鉄製品の店と見えるが、爆発の原因はこれか。鍛冶の男は頭から煤をはたき落している。
「中を見ても良いですか?」
「ついに、高炉がイカレやがった」
鍛冶の男はお手上げの様だが、詳しく見ると高炉の魔力線が焼け焦げている。
「これは魔力線の劣化ですね、交換すれば修理が出来ますよ」
「そりゃ、ありがたい…あんた魔道具の職人かい?」
鍛冶の男は煤に汚れた顔で笑顔をきめた。
「何か金属線はありますか?」
「装飾用の銀線ならあるが……」
手早く焦げた魔力線を銀線に交換する。
「応急処置なので、後で本格的に修理が必要ですよ」
「ありがてぇ! 助かる。…火の魔石が不足してから、修理もままならん」
鍛冶の男と話では、ブラアルの町に魔道具屋は少なく火の魔石の不足もあってか腕の良い職人が少ない様だ。
しばらく、鍛冶の話を聞いて関心しつつも夕刻になったので帰還しよう。
「今日のお礼に、何か店の商品をひとつ持って行ってくれ」
「えっ、そんな大した事は…」
あまり大した事はしていないが、お礼を固辞するのも失礼かと思い店の商品を見渡す。サバイバルナイフの類は…手頃な山刀を手に取る。
「うちの商品も大した物じゃねぇよ」
「では、この山刀を…」
良い出来だ。鍛冶の男と握手を交わし岐路につく。
「商売繁盛を!」
「そちらこそ!」
◆◇◇◆◇
宿に戻ると火炎の魔法使いチルダが待っていた。魔石商店の主人に聞いて来たのだろう。チルダにはめずらしく、深刻な面持ちで切り出した。
「少年…いや、マキト。きみに頼みがある!」
「…」
チルダの話を聞いたところ、チルダの兄上が主導する火炎トカゲの討伐が始まるそうだ。
元々はブラル鉱山の自然災害で火の魔石の供給が滞り、その不足を補うために火炎トカゲを狩るとの政策だと言う。
火を恐れずにむしろ火に飛び込む火炎トカゲの生態は、伝統的にブラル火山で火の魔石を採掘する火の一族には敬われていた。
むしろ、火炎トカゲを神聖視する信仰ともいえる。火の一族の心情的には多くの火炎トカゲを犠牲にするのは心苦しい。
チルダは火炎トカゲ狩りには反対したが、火の魔石の不足を満たす代案も無く押し切られてしまった。
ならば、元々のブラル鉱山に手を加えて火の魔石の採掘を増やす方策はどうだろうか。
ブラル鉱山は活火山であるブラル山が活発化した影響で、坑内は火炎と炎熱が渦巻き火の一族でも一部の火炎耐性の加護を持つ者しか近づけない。
さらに坑内の排熱と換気をする魔道装置にも不調を発生しているという話だ。
「坑道に大量の水を流して冷却する方法とか?」
「残念ながら、近くに川や地下水脈も無いわ」
「坑道を封鎖して鎮火を待つとか?」
「既に対処しているけど、いつ火が消えるか…分からないのよ」
いくつか対策を考えるが良い案が見つからない。その時、チルダが言った。
「あたしに考えがある!」
僕は嫌な予感がしつつも、チルダに協力する事になった。
【続く】
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