ep064 海底の宮城にて
ep064 海底の宮城にて
僕は小魚の伝令を待っていた。
ここは気瓶牢の最奥の部屋…気分は反乱軍の作戦室だ。
「司令! 甲殻族への和議は順調です」
「うむ。ご苦労」
僕は司令官の雰囲気を出して小魚の伝令に頷いた。僕は餌付けに飴玉を与えて世間話をしつつ囁く。
「こういう……が……で……だとか」
「ふむふむ……それは大事ですぴ!」
小魚の人魚たちは甘い物と噂話が大好物の様子で、伝令の任務の途中で僕が待つ気瓶牢に立ち寄る。そうした伝令たちに餌付けをしつつ、偽情報としての噂話を囁いているのだ。
小魚の伝令は快速を生かして泳ぎ去った。牢の中では狩猟者の二人もやる事が無くて暇そうだ。牢を脱出しても海中では著しく行動が制限される。呼吸の魔道具があるとはいえ、身にまとわり付く浮力や水圧は戦闘に支障をきたすだろう。
「司令! 宮城軍が撤退を始めました」
「うむ。予定通りだ」
「そういえば、こんな話が………」
「なんですと!」
僕は次の伝令にも噂話をした。
◆◇◇◆◇
甲殻族の族長と見える凶悪な甲羅をした男が頷く。
「よかろう。魚人族は庭園の森を放棄するのだな!」
「はい。仰せのままに……」
小魚の伝令は密命を明かして退いた。
「よーし、野郎ども。今夜は食い放題だ!」
「「「 おぉうぅ 」」」
甲殻族の雄叫びが水中を木霊する。
◆◇◇◆◇
魚人族の指揮官と見える男が戦場を見渡して呟く。
「女王陛下は何をお考えか、いち時休戦などッ」
「密かに和議を…」
指揮官の男は損得勘定をしていたが、伝令の小魚が漏らした内容にハッとして
「何ぃそれは本当か?…こうしてはおれぬ!」
「ッ!」
すぐに撤退の準備を始める様子だ。
◆◇◇◆◇
ここは気瓶牢に連なる牢獄だった。突然に牢屋の入口が開らかれた。
「お前たち! まだ、女王陛下に忠義があるなら庭園に集合せよ」
「ッ!」
多くは事情も分からずに投獄されていたが、噂では一部の甲殻族が反乱を起こしたらしい。本来は宮城に仕える庭師や衛兵である甲殻族たちだ。この声を聞き間違うハズはない。
「王子!…」
「もちろん、忠義を尽くします」
「…」
魚人の王子ウゥエリオンの命令で多くの甲殻族が宮城の庭園に集合した。
すでに反乱軍となった甲殻族は庭園の海藻に登り豊富な魚を漁っている。この近海は南からの海流と北からの海流がぶつかる潮目にあって豊富な漁場となっていた。
その漁場に集まる多くの魚たちは庭園の海藻の森を住処としている様だ。甲殻族は食い放題の宴を楽しんでいた。
「よーし。庭園の森を切り取れ!」
「なんと!…本気ですか?」
宮城に生える海藻は数百年を経た巨木となって海面までも届いているのだ。そんな国の宝とも言える巨木の物を切り取れと言うのか。
「私の命令を速やかに実行せよ。お前たちに罪は無い!」
「ッ!」
庭園の甲殻族は動き出した。甲殻族の庭師はその大きな鋏みや丈夫な爪を使って巨木を切り取る。次々と巨木を切り取ると、巨木の森に遮られていた海流が働き巨木の海藻を押し流し始めた。ゆるやかに海底を離れる。
………
僕らは気瓶牢が傾くのを察知した。
「GWA 壁が壊れるゾ」
「なんですって!」
「きゃふん~ですぅ」
「大いなる水の防壁【水城結界】」
「…」
-PEKY!GOFN!ZABUAA-
大きく傾いだ壁に押されて天井が弾けた。空気が漏れ出し海水が一斉に押し寄せる。僕は呼吸の魔道具で息を継ぎ荷物に掴まった。水流の中でも鬼人の少女ギンナの怪力は心強かった。まさに船の錨のごとく海底にあってビクともしない。
流されたと見えた風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウは、流れに逆らわずに身を任せて上手い具合に戻って来て…牢の中心に着地した。水の神官アマリエは不動の姿勢で耐えていた。水流の影響で気瓶牢が分解しなかったのは魔法結界のおかげだろう。
僕らは気瓶牢を抜け出し、アマリエの結界に守られて宮城の本殿へ向かった。
「皆さま! ご無事ですか?」
「大丈夫ですぅ~」
大急ぎで駆け付けた小魚の人魚キュエリーは鬼人の少女ギンナと抱き合って喜び躍った。
宮城の本殿では庭園の森が流されたとあって大騒ぎの様子だ。アマリエの結界を中心として進む僕らを見咎めた者があった。
「おや、困った者だ…気瓶牢を出て来てしまうとは…」
「牢が壊れたものでねぇ~」
魚人の王子ウゥエリオンが僕らを呼び止めたので、僕は嫌味たらしく答えた。危うく牢屋で圧死する所だったのだ!
「通事殿は話が分かると思ったのだが…まぁ良かろう。付いて来たまえ」
「ッ…」
軽く話を流された。魔法の帽子の効果…【念話】による会話の欠点はこちらの感情も伝わってしまう事かも。僕は憮然として王子の後を追った。
大広間では女王陛下が直接に指示をしているらしい。何しろ庭園の森が流されるという前代未聞の事態だ。その中でも落ち着き払って魚人の王子ウゥエリオンが報告を申し上げた。
「女王陛下、反乱者たちは庭園の森と伴に全員が流されました」
「ウゥエリオン! それは真か」
「はい。この目で確認を致しました」
「…ならばよい。森の追跡は不要じゃ! 伝令を出せ」
「ハッ!」
………
その後、王子と女王陛下の話し合いがどうなったのか分からないが、僕らは宴会場に通された。海底の料理や珍味が運ばれて来るのだが僕らは水中で物を食べるのは困難だ。特別に用意された空気の泡?のようなテントに通された。
「GUF 息が出来るゾ」
「これは!便利な仕掛けねぇ」
「快適ですぅ~」
「ふう、魔法結界は疲れるのよ」
「…この泡は何だろうか?」
僕らは空気のテントで息をつぎ寛いで料理を味わった。料理は新鮮な魚介類や海藻を主体としたもので、僕は新鮮な白身魚を味わう。
「GUU 生でも大丈夫か?」
「美味しいですよ!」
醤油と山葵が欲しいところだが、生に塩味だけでも美味い。バオウは味よりも寄生虫などを気にして気味悪いと言う。他には魚介類とは見えない物かあった。僕は料理を給仕する小魚に尋ねた。
「これは何ですか?」
「海藻を煮詰めた物ですッぴー」
豆腐というより寒天に近い弾力がある餅の様な食品らしい。食べてみると昆布の様な出汁の味がする…甘味にしても良いだろう。風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウは海底の酒がお気に入りの様子で、すでに瓶を飲み干して樽から酒を汲んでいる…程々にしてくれよ。
水の神官アマリエはこの座の主役の様に端然として料理を味わっている。鬼人の少女ギンナはお付きの侍女に見える。僕は魔法の帽子の効果…【念話】に聞き耳を立てて様子を伺うが小間使いの小魚たちは料理を給仕するのに大忙しの様子だ。
しばらくして女王陛下が入場した。後につづいて魚人の王子ウゥエリオンも姿を見せた。会場に緊張感がはしり…給仕の小魚たちも動きを止めた。
宴会場の最上段に女王陛下が寝そべってお言葉を下す。
「地上人たちよ、このたびの反乱では手柄であった」
「…」
どういう訳か、反乱の裏で僕らが流した偽情報が上手く働いたと見える。しかし、僕は反乱軍と宮城軍とが停戦交渉をする事を目的としていたのだが…まさか庭園の森を切り離す事になるとは予想していなかった…誰の発案か。
「いまは、宴を楽しまれよ!のちほど、褒美をつかわす」
「「おぉ…」」
会場のどよめきは誰の口から発せられたのか、宴会が動き始めた。とりあえず、僕らは窮地を脱したらしいが海上の船…マリンドルフ号の様子も気になる。
おもむろに水の神官アマリエは立ち上がり魔法を行使した。
「この樽を満たして…【集水】と【浄水】」
すでに空となった酒樽が真水で満たされた。それをアマリエが目顔で示して言う。
「これを女王陛下に送ります」
シシリアとバオウは呆気に捕らわれていたが、鬼人の少女ギンナが怪力を利かして水樽を押し流した。すると、水樽は水中を転がる様にして漂い、魚人の王子ウゥエリオンが受け取った。
「古来からの友好の印として、感謝いたします」
女王陛下に代ってウゥエリオンが応えた。
後でアマリエさんに聞いた話だが古来の逸話を基にした友好の贈り物らしい。へー。
………
僕らは宴会を早めに退出して海上へ向かう。浮力を得るために気泡を作りこれに引き上げられる形だ…乗り込む籠があれば気球に見えるだろう。
「GUF 全員ロープに掴まれ!」
「…出発します」
バオウ、シシリア、アマリエ、僕、ギンナの順で数珠つなぎの隊列なのだが、比重の違いかギンナが最も重い。さらには推進力を得るためにギンナは筒状の魔道具に掴まっていた。途中まで小魚の人魚キュエリーが海中を案内してくれる。
「ギンナちゃんいくよ!」
「行くですぅ~」
「大丈夫。子供の遊びと同じだから」
「うぅん…」
キュエリーが筒状の魔道具に魔力を通すと動き出した。魔道具は筒の先端から水を吸い込み反対側から勢いを増して噴き出す。ようやく気泡の隊列が動き始めた。僕らは漂うようにして海上へ向かった。キュエリーの話では筒の魔道具は子供の人魚が泳ぎを覚えるための補助道具らしく、魔力で推進力を発揮するのみだ。
しばらく進み周りが明るくなった頃に人魚のキュエリーが異変を察知した。
「あっ危ない!」
「GUU 何か来るゾ」
先頭を行くバオウに何かが体当たりした…鮫に似た魔物だ!
「GWA こなくそ!」
獣人の戦士バオウは水中にも関わらず魔力で身体強化して、鮫の魔物に打撃を放ちその牙を躱した。その直後では、風の魔法使いシシリアが風?の魔法を放ち気泡の目くらましとした。
水の神官アマリエは直ちに魔法で結界を作り防御に専念している。僕はギンナに呼びかけて推進力を上げた。
-GOBF!GYRRUUU-
水中に重い衝突音が伝わる。鮫の魔物は執拗に僕らを攻撃した。バオウはアマリエの助けを借りて自身の前方に障壁を作り猛攻を凌いでいる。安心感があるアマリエの魔法の結界は強固で魔物の攻撃にビクともしない。残るは後方だが…
「GBA まずい!」
鮫の魔物は何度か体当たりして僕らの後方に噛り付いた。
「ギンナ!」
「きゃッ!」
僕は筒の魔道具に魔力を送って加速した。そのまま海上の船…マリンドルフ号の脇に浮上すると勢い余って飛び出した。
-ZABOOM!GONCHN!DAMDAM-
瞬間に空中を飛んで、僕らは鮫に似た魔物を引き連れて…マリンドルフ号の甲板に落下した。
「何事だ!」
「魔物が甲板に上がったゾ」
「…ざわざわ…」
こうなれば、陸に上がった魚と同然にして鮫の魔物は海の男たちに止めを刺された。僕らは命からがら帰還した。
鮫の魔物に噛まれたギンナはその背中と手足の銀色の装甲のおかげか無事だった。
なお、夕食に食べた魔物のヒレ煮込みスープは美味かった。
………
僕らは船室に集まりひとつの包を開いた。これは宮城の女王陛下から頂いた褒美のひとつだ。
「これが、女王陛下の褒美なのよ!」
「GUF 楽しみだ」
「むきゅう~」
「…」
シシリアが待ちきれずに包を空けると美しい造形の箱が入っていた。重さからして値打ち物と思える。
「開けるわよ!」
「「「 おぉ! 」」」
「ッ!…」
僕は嫌な予感を覚えて呼吸の魔道具を咥えた。途端に噴き出す白い煙が部屋を満たす。すると、数秒もせず白い煙は消えうせたが、皆は昏倒して意識が無かった。
「みんな! しっかりして…」
皆の症状を見ると夢見心地で幸せそうな表情に緩み眠りから覚めなかった。
僕は独りでひと晩中に彼らの看病?をする事になった。
海上には海流に乗ったマリンドルフ号を見送る小魚の人魚の姿があった。
船は無事に港へ至るだろう。
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