ep061 トルメリアへの帰還
ep061 トルメリアへの帰還
僕は風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウから事の顛末を聞いた。シシリアの話によると、彼らはリドナスと共にグリフォンに攫われた僕の行方を追っていたそうだ。
追跡の際にトルメリア軍と北の大国アアルルノルド帝国が争う戦闘に巻き込まれたと言う。彼らはトルメリア軍の守備隊の協力を取り付けて、荒野とその近辺を捜索していた。
運良くリドナスが出身の河トロルの村からグリフォンの目撃情報を得て僕を発見したそうだ。思えば、河原での燻製作りの煙をのせいだろうか。シシリアは続けて言う。
「心配かけたからには、お礼は沢山いただくわよ」
「GUU …」
本来の任務はグリフォンの巣の調査だったそうで…僕の捜索ではタダ働きだろう。僕はゲフルノルドの村人から貰った金のメダルを取り出して見せた。メダルには五つの円と異国の文字が刻まれている。
「いい儲け話があるのだけど…興味はありますか?」
「…これは見慣れない金貨?だけど」
「GUF 話を聞こうか」
当然の様にお宝には目が無い迷宮の探索者である二人の熱い視線を受けて僕は語った。
「北の大国のさらに西方にはコボンの地と呼ばれる迷宮があります」
「知っているわ。有名だもの」
「…」
コボンの地と迷宮から発掘されるお宝は有名だ。
「これは迷宮から発掘されたコインです。大きくて品質の良い値打物ですよ~」
「だけど帝国の領土に入るのは…このご時世は難しいでしょ」
「GUU もっともだ」
シシリアは政治情勢の問題点を指摘したが、僕はもう一つの戦利品を提示した。
「これがあれば、大丈夫です」
「帝国の通行証じゃない!」
「ッ!」
僕らは悦び勇んでコボンの地へ旅する相談をした。
すぐにでもトルメリアへ帰還して旅の準備をしたい様子の二人に朝食を勧める。河トロルの村で供応されたのは、玄米の粥に川魚の香草焼きと何かの卵などだった。
風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウは美味しそうに食事をしていたが、バオウが異変に気付いた。
「GUA 何だ!あれは…」
「えっ?」
村にグリフォン姿のファガンヌが着地したらしい効き慣れたグリフォンの羽音が聞こえる。河トロルのリドナスがファガンヌを評して言う。
「この魔境では、触れてはならぬ者デス♪」
「げろッ!」
「ゲッピィ!」
表で河トロルたちの慌てる様子が聞こえた。草庵の土間を通って金赤毛の獣人ファガンヌが姿を見せた。ファガンヌは獰猛な目で居間を見渡す。
「GUUQ 何じゃ こやつらは?」
「主様の お客人に ゴザイマス♪」
「…」
リドナスが平伏して申すのにファガンヌは一瞥もせず金赤毛を揺らして車座に座った。僕が何か言わねばなるまい。
「しばらく町に行ってくるよ。ファガンヌは…」
僕が最後まで言う前に金赤毛の獣人ファガンヌは僕を掴んで引き寄せると首筋に噛み付いた。一瞬の出来事に座が凍りつく。
「ちょ! 待って…」
「ッ…」
何をするのか訳も分からずに僕が暴れるとファガンヌに強く抱き締められた。しばらくしてファガンヌが僕を解放すると首筋に歯型が付いていた。そのままファガンヌは金赤毛を揺らして草庵を出て行った。グリフォンの羽音が聞こえたので、再び狩りに出かけたのだろう。凍っていた座の中で獣人の戦士バオウが息を吹き返した。
「GUU 確かにあれとは 戦いたくない」
「…」
獣人の戦士バオウでも避ける相手のようだ。彼らは早々に帰路に向かうとした。
………
僕は探索者の二人と共にトルメリアへ向かう。金赤毛の獣人ファガンヌは暫らく河トロルの村に滞在するらしいが、鬼人の少女ギンナは相変わらずに僕から離れない。魔境の湿原地帯を渡り途中までは、河トロルの戦士たちが護衛に付いた。
荒野の乾燥大地を前にして河トロルのリドナスが意外な事を言った。
「主様 しばしのお別れデス♪」
「えっ?」
僕は当然のようにリドナスが付いて来てくれると思っていた。
「私には 大事なお役目が アリマス…」
「…」
リドナスの故郷にも何か事情があるらしい。
「お役目が終わったら 必ず会いに マイリマス♪」
「そうか……元気で!」
名残惜しいがリドナスには悲愴な様子は無かった。明るく別れよう…また会える日まで。
「リドナス、待っているわ!」
「GUF 達者でな」
リドナスも共に迷宮を探索した仲間だ。風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウも別れの言葉を告げる。
僕らは荒野の乾燥大地を抜ける街道へ向けて歩き出した。
………
港町トルメリアはトルメリア王国の中心地で城下町でもある。僕はひさしぶりの港と市場の賑わいに心が躍る。市場には新鮮な魚介類と海の魔物の素材が並んでいる。
鬼人の少女ギンナは初めて見た魚介類に驚いていたが、僕は途中の精肉卵店で卵を仕入れる。卵は高級食材らしく、いつの間にか僕はこの店の常連となっていたのだが、いつもの店主がいない。
「へい、らっしゃい!」
「いつものココック鳥の卵を…」
初めて見る若い店員だったが、
「へっ、まいどあり~」
「店主はどうしたのかな?」
いつもの通り十個の卵にひとつの卵を選んでいる。品質は確かなようだ。
「ダンナは急用で戻りませんぜ…」
「そうか、ありがとう」
僕は卵を受け取りアルトレイ商会へ向かった。アルトレイ商会は港の倉庫街にあり裏手の工房には僕の仮住まいがある。表の倉庫を改装した小奇麗な店舗では何かの新製品を売り出していた。
商会長のキアヌが美中年の渋い声で口上を述べている。
「このたびの、我が商会の新製品は 熱々の飲み物が冷めない魔法の道具です! こちらの品はただのボトルに見えても こうして熱々のお茶を注ぐと…」
キアヌは魔法のボトルに熱々のお茶を注いだ。会場に茶葉の香りが豊かに広がる。
「このまま持ち帰っても、家に着くまで冷めることなく! 入れたてのお茶が飲めるのです! もし、お茶が冷めてしまう様でしたら…お代は返金いたします」
さらに畳み掛けるようにキアヌは提案した。
「いかがでしょう。今なら高級茶葉から抽出した……熱い、お茶をお付けしますよ!」
冬に向けてこの季節の新製品は好評の様子だ。手頃な価格の魔法のボトルは飛ぶように売れている。
僕は商会長のキアヌに挨拶して裏手の工房に入った。
工房では職人たちが大忙しで魔法のボトルを作成していた。大量に並べられたガラス材と鉄材の容器がある。どうやらこれを重ね合わせてひとつのボトルに仕上げる工程のようだ。
「やや、兄弟子!お久しぶりです」
「「「お疲れ様です」」」
工房の職人たちが一斉に唱和するのを受け流して、僕を兄弟子と呼ぶ男を見ると以前に工房で魚の干物を売っていた男だ。
「魔法のボトルは順調の様子だね」
「はい。おかげ様です」
魔法のボトルは以前に作成した保冷箱を小型化して断熱性を高めた製品だろう。僕は試作の保冷箱と断熱の原理だけ説明して、あとの改良作業は工房の職人に任せきりだったが、遂に完成したらしい。
アルトレイ商会の職人たちは、やる気に溢れていた。
僕は工房の奥の厨房で卵料理を作成した。以前にも増して手慣れた作業だった。
………
すでに北風が吹き始めた茶の月の30日は魔法工芸学舎の休講日だったが、僕は卵料理を入れた保冷箱を手に校舎を訪れた。保冷箱は密封できる容器で断熱性があり食品の鮮度を保つには便利な箱だが、魔力は必要としない。
「この時間なら、校舎にいるか…鍛錬だろうか」
僕は歩き慣れた校内を探すと、目的の者をすぐに見つけた。
「狙い撃て…【発砲】」
「わぁぁ!」
彩色のオレイニアが呪文を唱えると金属製と見える筒が弾け、砲弾と思しき物体を発射した。その物体は放物線を描き…校舎に吊るされた帆布の中心に命中した。取り巻きの学生たちから歓声があがる。
「オレイニア元気そうだね」
「マキト!いつ、帰ったの?」
彩色のオレイニアは取り巻きの学生…新入生だろうかを引き剥がして僕に向かった。この様子なら今年の魔法競技会は大丈夫だろう。オレイニアとは共に同じチームで魔法競技会を戦った仲だ。
「カントルフとディグノは?」
「いつもの修行と…魔法建築のハズだけど…」
そう言った所に修行僧のカントルフと泥に濡れたディグノが現れた。
「マキト殿、ご無沙汰でござる」
「やぁ…」
ござる!って…カントルフはそんなキャラだったか?ディグノは相変わらず無口だ。
「彼は神殿に入ってから、いっそう堅物になったわ。ディグノ…実家の家業は大丈夫なの?」
「うむ…」
「僕にまかせてくれ!」
オレイニアの話ではカントルフは見習い僧から水の神殿の侍僧になったそうだ。ディグノが軽口でも自信を見せたのは驚きだったが、僕は最も気になる事を尋ねた。
「ポポロは来てないのか?」
「あぁ、今は……」
突然に僕は足元から生え出た蔦植物に絡め取られた。
「あわわ!」
「もう、逃がさないぃ!チャ」
バチンと頬を打たれて小さな紅葉が咲く。僕は蔦植物に絡まれたまま声の主を見た。そこには森の妖精ポポロが泣き顔でいた。
「あぁ、ごめんポポロ!僕は無事にもどったよ」
「うぅ…ええぇん…」
泣く子には勝てない。ポポロとは妖精の森で僕がグリフォンに攫われてから音信不通で行方不明だったのだ。僕らはポポロを宥めていたが、ひとり鬼人の少女ギンナは怪力を発揮して蔦植物を引きちぎる。
「英雄さまに、何てことをするぅ デスカ!」
「…うぅ…」
これには周りの学生たちも驚いて後ずさる。
「違うのよ、ポポロは心配で寂しかったのよ。だから…」
「むきー」
彩色のオレイニアは優しくとりなすのだが、ギンナには理解できない事で怒っていた。僕らは騒ぎの中心から逃げ出す様にして校舎の一室に集まった。
そこはオレイニアが主幹する砲撃部の活動拠点らしく砲術の道具が保管されている。僕は持参した保冷箱を開けてテーブルに卵料理を並べた。
「これは…高級料亭のカップ蒸しですか?」
「おおぉ!」
「美味しそうです」
「…」
いろいろと心配をかけただろう…旧友に自慢のプリンを勧める。
「甘くて、美味しいわ!」
「このソースの苦味が、ほど良い」
「うむ。上出来、チャ」
「…」
口々に感嘆を述べる旧友たちに囲まれて僕は休日を楽しんだ。
--