007 ブラル山への旅
007 ブラル山への旅
僕はギスタフ親方の依頼で火の魔石を買い付けるためブラル鉱山に向かっている。マルヒダ村を出て北の森に沿って進み、北東に見えるブラル山を目指す。
ブラル山の中腹には鉱山町ブラアルがあり、火の魔石の産出で賑わうそうだ。赤毛の美女チルダは鉱山町の出身で帰路のついでに同行していた。
「少年!そろそろ野営にしようじゃん」
「チルダさん。その呼び名は…」
チルダはマント姿で振り返った。言動や顔付きから察しても二十代には見えない…もっと若いだろう。
「だってぇ、少年は、あたしより年下だろう。だったら年長者の言には従うべきよ!」
「はぁ~、野営の準備をしますよ」
チルダはいつもの快活さで、自分本位に行動しているように見える。なぜか山蟹を振る舞ってから僕の料理を気に入った様子で、しきりに僕の料理をせがむ。
「今日は何の料理を?……ッ!」
「ん?」
不意にチルダが視線を鋭くする。その先を見ると白黒の雪迷彩柄の兎がいた。…で、デカイ。
狼に負けない体格の雪迷彩兎は牙を剥いて威嚇してきた。本来であれば雪に紛れて獲物を襲うのだろうが、凶暴な面構えを見せた。
「兎だッ。狩るよ」
「!……」
チルダが右腕をひと振りすると火球が雪迷彩兎の眼前で弾けた。目くらましだッ。すぐさまチルダは急加速で雪迷彩兎に迫り山刀で斬り付ける。
-GYAFUWUッ!-
雪迷彩兎は手傷を負って吠えるが、再びにチルダは至近で火炎を放つ。ごうぅと、燃え盛る炎は雪迷彩兎が息絶えるまで消えなかった。
………
派手に焼けた肉の匂いで魔物が集まると厄介だ。雪迷彩兎の内臓は捨て置き、兎肉の良い所だけを回収して現場を離れ移動した。
僕らは再び野営の準備をする。チルダが良く焼けた兎の肉を切り分け、微笑みながら僕に肉を差し出した。
「今日はあたしの手料理を召し上がれーじゃん」
「これ、食べても平気ですかね?」
「失礼ねッ!クゥー」
「…」
チルダが独特の発声で呼ぶと袖口から一匹のトカゲが現れた。そのトカゲはチルダに慣れた様子で手に登り、兎の肉に齧りついた。
「火炎トカゲは美食家なのよ」
「へえぇ」
訳知り顔でそう言ってチルダも兎の肉に噛り付く。雪迷彩兎の肉は淡白でやや噛み応えのある味だった。煮込み料理にするのが良いだろうか。
ピヨ子も美味しそうに、兎の肉を啄ばんでいた。
◇ (兎の肉は獣臭いと思われたが美味しす…これが、この女の手料理かッ!…あたしは油断した)
赤毛の美女チルダが言うには、森の中では樹の上で野営すると良いらしい。
念のため結界用のペグを数珠繋ぎにして周囲に設置しておく…警報がわりだ。
樹上にハンモックを吊るしピヨ子を放すと軽快に枝を登って行った。生後7日程度とはいえ野生のたくましさか。
◇ (あたしもご主人様に役立つ所を見せないと!…張り切って周囲の警戒をするのだぁ)
チルダが旅の案内らしき事を言う。
「明日、森を抜けると御山が見えるわ。…山登りは厳しいから覚悟してね」
「うへぇ。それは楽しみだな…」
「おやすみー」
「おやすみなさい…」
この付近では兎の魔物が発生してから、昼間は兎の時間、夜は狼の時間なのだそうだ。夜の森の中は狼の遠吠えがして恐ろしかった。
◇ (ふっふっふ、狼どもはあたし…【神鳥の威光】に恐れをなして近づけない)
◆◇◇◆◇
次の日の朝、道中で採取した野草と兎の肉でスープを作る。焚き火に魔力を当て短時間に煮込む、むむむぅ…僕が火力に集中していると、寝起きのチルダが覗き込んで来た。
「へぇ。面白い事をやっているじゃん」
「こうやって火を魔力で抑え込むと、火は上に逃げようとするから、鍋の真下に抜け道を作ると…」
「おぉ!」
「火力が集中して手早く煮込み料理が出来るのです」
なぜか、関心している様子の赤毛の美女チルダの顔が近い!出来たての野草と兎肉のスープを振る舞うと喜んでいた。
出発して森を抜けると前方に草原が広がった。彼方に煙が上がるブラル山が見える。山火事……いや、活火山の様だ。
チルダが誇らしげに言う。
「あれが、御山!…火の一族が住むブラル山よ」
「ほほう!」
草原では遠巻きに兎の魔物を見かけるが、警戒したのか襲っては来ない。まっすぐに草原を突き抜けてブラル山の麓に至った。
ブラル山は急峻な岩山だ。噴石と溶岩地形が折り重なる奇岩地形となっている。岩の階段を登る様にして急な岩場を進む。
「ふぃー疲れた~」
「だらしないわね」
奇岩に腰掛け水差しの魔道具を取り出し、魔力を通して水を集めたがお湯だった。
「お湯だ…」
「この辺りは温泉が多いから、源泉のお湯かもよ」
しばし休憩して先へ進むと大型の火炎トカゲに遭遇した。人の気配に気付いたのか火炎トカゲは巨石の陰からのっそりと顔を出した。
「待って…【火炎】」
「ぐっ!」
チルダは身構えた僕を制止すると、火炎トカゲの眼前に火柱を作り出した…火の魔法だ。
「このまま、通り抜けるわ!」
「…」
火炎トカゲを迂回して先を急ぐ。振り向いて見ると火炎トカゲは燃え盛る火柱と戯れている様だった。
チルダの話では、火炎トカゲは火では傷つかず、その堅い鱗は刃も通さないそうだ。むしろ、好んで火に飛び込んで火炎を喰らうと言う。
夕闇がせまる頃、ブラル山の中腹にあるブラアルの町に着いた。ブラアルの町はブラル鉱山から産出する火の魔石を商っているせいか、鉱山夫や荒事向きの男たちが多い。
「まずは、馴染みの魔石商店に案内するよ」
「助かります」
チルダの案内で通りを進む。町はブラル山の斜面にあり上に登るほど立派な建物が目立つようになる。途中で、一軒の魔石商店についた。
「店主!まだ店は開いてるかい?」
「おや、チルダ様。今日お戻りですか」
チルダが店主と見える男に僕を紹介する。
「お客を連れて来た。ギスタフ商会の番頭さんだ」
「よろしく、おねがいします」
僕は店主と挨拶をかわす。勝手に番頭にされているが商談では見栄も必要だろう。店主は目を細めて僕を値踏みするように見るが、にこやかに言った。
「今日は何をお求めですか?」
「火の魔石を仕入れに…」
「火の魔石の小は発火の魔道具から、中は加熱の魔道具や…高炉の魔道具など用途も多彩です」
「小の魔石を見せて貰えますか?」
わざわざ、新人の番頭に教えてくれるようだ。
「こちらに御座いますが、正直に申しまても火の魔石が不足しておりまして…少々高値になっております」
「たしかに…」
チルダがギスタフ商会に持ち込んだ火の魔石より高い。輸送費を考慮するとなお高いかも。
「鉱山で事故があったようで…火の魔石の供給が滞っています」
「なるほど、しばらく保留にしてください」
いちど商談を切り上げ、他の商品を見ていると店主はチルダと話はじめた。
「火の魔石の供給に関しては若様に策があるそうで、今日も狩猟者たちと出かけています」
「兄上が自らか?」
店主は声を潜めて言う。
「ええ、お館様との軋轢もあるかと…」
「そうか…」
考え込む様子のチルダだったが、突として顔をあげた。
外が騒がしい様子だ。通りに出て見ると、武装した数人の男たちが坂を登ってくるところだった。
隊列が店の前を通る。先頭の男は赤黒い髪をドレッドにした褐色肌の男だった。
「兄上!」
「チルダか。これを見ろ」
隊列の後方を見ると獲物として大型の火炎トカゲを数人がかりで運搬していた。
「………」
「これからは、狩猟者ギルドと協力して火炎トカゲを狩るのだ」
ドレッド頭は自慢げに火炎トカゲを眺める。
「なんて事を…」
「お前も来い。父上にご報告を申し上げる」
そのまま、チルダはドレッド頭について行った。僕は茫然として取り残された。
【続く】
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