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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第五章 北の国から戦乱の風が吹く
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056 野戦司令部と鬼人の集落

056 野戦司令部と鬼人の集落






 ゲフルノルド軍の野戦司令部は多くの怪我人を抱えて苦脳していた。救護所では衛生兵が駆けまり怪我人の手当をしている。司令部は戦場の小高い丘の上にあり、森林地帯を見渡す事ができた。


戦場にはゲフルノルド軍の守備隊を主力とした新兵が投入されている。それは地方自治区の現有戦力であり、通常の治安維持には十分な戦力であったが、山オーガ族の制圧には力不足の様子だった。


「司令! 戦線が持ちません…」

「救護隊の状況は?」


高級将校と見える男が不機嫌な声で尋ねる。


「怪我人が300以上……但し、死亡した者はおりません」

「ふむ、回復の見込みは?」


下士官の報告に眉を顰める。


「打撲や骨折が多く……回復しても戦力の低下は避けられません」

「本国からの援軍はどうか?」


わずかな希望を模索するが、状況は良くないらしい。


「未だ…二・三日はかかるかと…」

「撤退したい所だが……」


司令部には焦燥があったが、撤退命令を出すには懸念があるらしく最後は小声で独りごちた。そこへ近隣の偵察から帰還した下士官が到着した。


「司令! 緊急の報告がございます」

「うむ。よかろう」


見ると早馬で駆け付けて息を切らした様子だったが、三秒で呼吸を整えて報告を述べた。


「例のグリフォンと乗り手を発見しました」

「ほほう、行方不明の小隊は?」


司令と呼ばれる高級将校の男は、本来の偵察目的を尋ねるのだが…


「屍鬼が発生したらしく、途中の村で全滅しておりました」

「それよりは、緊急だと申すか?」


この部下が緊張を見せるのは珍しい。


「はい、今後の戦局に影響があるかと……」

「そうか。お前が言うのならば、間違いはあるまい」


この下士官は上司の信認が厚い様子だ。しばし考えて新たな命令を発する。


「総員聞け! 即時に撤退し戦線を立て直す」

「ハッ!」


司令部は撤退に向けて動き出した。


「ハウベルド。お前の隊はグリフォン乗りを監視しろ」

「はっ!」


下士官ハウベルドは敬礼して命令を受けた。




◆◇◇◆◇




僕らは辺境の村を後にして飛行した。行き先はファガンヌの気まぐれで、正直な所でも僕はファガンヌの散歩に付き合う気分だった。


グリフォン姿のままファガンヌは途中の森で野鳥を狩り、獲物は十分と思える。何となく東へ飛行して近隣の様子を眺めると、戦闘があった様子の森林地帯が見えた。


地面には魔法による破壊の痕跡がある。どうやら鬼人とゲフルノルド軍の兵士が戦闘していたらしい。双方ともに兵を引き上げて撤退する様子が見えた。グリフォン姿のファガンヌは威圧を抑え気配を消して飛行している。どういう技法なのか後で尋ねてみたい。


右手の山中に密かに着陸すると、ファガンヌは金赤髪の獣人に変化して僕に付いて来た。獣道を抜けて戦場の痕に近づくと不意に声をかけられた。


「GUHAA グリフォン乗りの クロホメロス殿と お見うけする」

「ッ!」……見つかったか。

「…」


戦場には僕らを見据える鬼人の姿があった。


「GUAHA ご助力を 感謝いたす」

「助力?…」

「…」


今まで戦場にあったのだろう。鬼人は傷つき薄汚れていたが、足取りは確かな様子だ。ファガンヌは在らぬ方角を見つめていたが、


「GUFUU 貴殿に助けて頂いたのは 二度目だ。 我々の村に案内しよう」


「どうした?」

「GUUQ よかろうて」


視線を戻して鬼人に向き合うと答えた。僕らは鬼人に付いて彼の村へ向かった。



◆◇◇◆◇




その兵士は偵察任務に適して身体強化を使い遠見の技法を使用していた。また、風の魔法を同時に行使して音を集め周囲を警戒する。


戦場は既に撤退命令が発せられており、鬼人からの追撃の気配は無かった。緊張する時間を過ぎたと思われたが、戦場に見慣れぬ金赤髪の獣人があらわれた。隣には飼い主と思える男が見える。


身体強化を使い遠見の技法で目を凝らすと、不意に金赤髪の獣人に視線を返えされた!


「うっぷ! 気付かれたか……」


震える腕を押してその場を離脱する。偵察兵として居場所を知られるのは命に関わる。撤退状況は良しとして自分も脱出するべきだろう。これが重要人物だとは思わず、撤収した偵察兵の判断は間違いとは言えない。


………


その知らせを聞いた下士官ハウベルドは事態の推移を予想した。


「例のグリフォンと乗り手は山オーガ族と接触したらしい」

「隊長! 追いますか?」


下士官ハウベルドの隊は新兵を本隊に預けて少数の精鋭のみとなっていた。


「やめておこう。今、山オーガを刺激するのはマズい」

「我々だけでも戦力は十分です!」


部下の装備も個人の技量もはるかに高い。


「お前たちを死なせる訳にはいかぬ」

「まさか……」


精鋭なりの腕に自信のある部下の手前では、悲観的な予想も甘い。


「あのグリフォンと戦うなら……我々の半数は死を覚悟せねばなるまい」

「それほどの、化け物が……」


死を覚悟と聞いては慎重にならざるを得ないが、隊の士気に拘わる。


「偵察を出す! リヨンは選抜隊を編成せよ」

「ハッ!」


血気盛んな兵士リヨンは駆けだした。




◆◇◇◆◇



僕が先導する男に付いて霧の中を進むと、鬼人の村は霧深い谷間にあった。鬼人の男の背中は高質化した表皮に覆われ金属鎧の様な光沢を放っている。また頭には特徴的な角がありこれも金属質に見える。


霧の中でも男を見失う恐れはないが、霧の湿気に纏わり付かれる感触は気味が悪い。谷の斜面を登ると洞窟と思える場所に招き入れられた。


「ようこそ、英雄の子」

「ッ!」


洞窟の傍らに転がる岩から声をかけられて僕は驚いたが、ファガンヌは然も当然の表情だった。


「どうぞ、こちらへ」

「…」


全身が岩に見える鬼人に促されて洞窟へ入ると中は意外と広く数十人の鬼人が車座になっていた。

僕らが促されるままに座に加わると、奥の座から話しかけられた。


「我が一族の危機に ご助力を頂き 誠に 感謝いたします」

「いえ、それほどでは……」


長老と思える鬼人から人族の言葉て感謝を受けたが、僕が戦闘に介入したのは昨日の話だ。しかも、鬼人の猛攻を受け流しても鋳物の剣Aをつぶしたばかりのハズ…


「ご謙遜を…ザクロペディマの話では 人族の軍勢を押し返したと 聞き及んでおります」

「えっ!?」


僕らを案内してきた金属質の鬼人が長老の言葉に頷くと、車座は騒然となった。


「GAWGAREO 皆の衆! 静まれッ 客人の御前であるぞッ」

「………」


長老の言葉に座が落ち着くと、長老の手招きで鬼人の女衆が料理と酒を持って来た。


「歓待いたしますので どうかご滞在を 下さい」

「うーむ」


ここまで来たのだから仕方あるまい。僕らは鬼人の歓待を受ける事にした。


………


金赤毛の獣人ファガンヌはすでに酒杯を満たしている。僕も勧められて酒杯に口を付けるが酒精は感じられなかった。


「これは……水じゃないか?」

「GUUQ よきかな」


何かの名水だろうか、ファガンヌは水杯を呷り満足そうだ。料理の方は各々が土塊や鉱石を手掴みで食べている!…僕らの皿には木の実や葉野菜の煮浸しの様な物が盛り付けられていた。


「御口に合いませぬかな?」

「いえ、満足です」


いつの間にか僕の傍らにやって来た長老の鬼人に話かけられた。


「ほほう、ご満足頂けて 幸いです」

「いつもこのような食事を?…」


長老との歓談も良いが、


「我ら山オーガ族の主食は ご覧のとおり 土塊と鉱石なのです」

「なるほど」


「もちろん 人族の食事も 存じております」

「こちらから獲物を提供しても、よろしいですか?」


ファガンヌに酒の肴を用意しておく。


「はい。問題はございませぬ」

「これを!」


僕は魔法の鞄から血抜きされた野鳥の肉を取り出した。ついでに竈の魔道具も取り出して調理をはじめる。簡単にタレに付けて焼いた物と塩を振りかけて焼いた物を座に並べる。


「おぉ…」


ファガンヌはタレ焼きが好みの様子だが、山オーガ族には塩味が好評だった。


夜も更けて僕らは宴会を楽しんだ。


………


翌朝、金赤毛の獣人ファガンヌは数人の鬼人とつれ立って谷川の上流へ向かった…名水の源泉があるそうだ。僕は鬼人の集落を見渡せる谷の縁に腰掛けて辺りを眺めていた。朝霧が晴れても鬼人の集落の規模は百人を超えるだろうか。


朝日を受けて陽だまりの中に谷を覆う東の森を眺めると、鬼人の女と見える者が木の実を採取していた。僕は試作の望遠鏡を調整してその鬼人の女を見る…決して覗きではない。


「あれはオーガ族の子供かな?」


鬼人の女は朝露よけかフードを被り手には籠を抱えて木の実を拾っている。昨日の洞窟で見た鬼人は大柄で長身のファガンヌに比べても頭ひとつは高い…鬼人の男と女では体格差があるとも思える。


「あっ、危ない!」


望遠鏡の先には数人の兵士に取り押さえられる鬼人の女が映っていた。


「間に合うかッ!!」


僕は精一杯の魔力で身体強化をして谷の縁を降り現場に向かった。



◆◇◇◆◇



偵察任務に志願した兵士リヨンは血気盛んな若手だった。現在のハウベルド隊は少数の精鋭のみで行軍しており、隊には戦闘向きの者と斥候向きの者がいる…単純に能力の違いだ。


早朝からリヨンの偵察小隊は山オーガの集落を偵察していたが、目の前に幸運が転がっていた。戦闘を始めてからは、集落に立て籠もり姿を見せない山オーガの女と思われる…フードを被った人影が森で採取をしている。


千載一遇の大手柄のチャンス…幸運を拾うべく兵士リヨンは山オーガの女に飛びかかった。


「うぅ…」


声を上げる間もなく数人の男たちに地面に押さえつけられて身動きが取れない。フードをはぎ取ると、それは山オーガの少女だった。銀色に輝く額の角があらわになる。


さすがに数人の兵士が少女を抑え込む様子に気が引けたか、兵士リヨンは少女の身柄を傍らの兵士に預けて言う。


「おとなしくしろッ! 我々に協力してもらう」

「………」


身の危険を感じたか抵抗する様子を見せない山オーガの少女に手枷と轡を噛ませようとした所で、山オーガの少女が暴れ出した。


「GUWAU!」

「わっ!」


悲鳴を上げたのは兵士の男…自分の腰までも無い様な小柄な山オーガの少女に持ち上げられて手足をバタつかせる。すると平衡を失ったか、山オーガの少女は兵士の男を投げ捨てた。


傍らの兵士が巻き込まれて転倒した。兵士リヨンは幸運にも転倒を免れたが、事態の悪化に不幸を感じていた。不条理だ!…たかが少女が強すぎる。


そこへ駆けつけた人影は、


「狼藉をやめろ!」


マキトはキツネの面を被り【威圧】を込めて怒鳴り付ける。すでに戦意を失っていた、リヨンの偵察小隊は森の斜面を駆け下って逃げ出した。


「無事だったかい」

「GUW ありがとう、ございます」


戦闘態勢を解いた山オーガの少女はマキトに感謝を示した。人族の言葉が通じて安心する。


僕は急ぎ、籠を拾いて山オーガの少女をつれ集落の谷へ引き返した。





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