055 火炎牢獄と屍鬼
055 火炎牢獄と屍鬼
僕は城門の内側に設けられた鍛冶場で鋳物の剣を修理していた。昼間は軍事演習が行われていた広場の周囲には、失われた山の民の各氏族の軍勢が野営している。
街道沿いは城下町の様に賑わい補給物資の他にも武器や道具を商う露店がある。そのうちの鍛冶屋を訪ねて鋳物の剣を見て貰ったが、状態は悪い様子だ。
「あんちゃん、この剣はもう限界じゃ」
「…」
鍛冶の親爺が鋳物の剣を槌で叩くと剣の峰が欠けた。
「これを見ろ」
「うーむ」
鬼人の剛打を受け流していたが、剣には負担が大きかったらしい。むしろ戦闘中にへし折れなくて幸いだった。
「この剣を材料にして、新しい剣を打つ事も出来るが…どうかね」
「いえ、この剣は研究材料にしますので…」
僕は気落ちして答えた。
「そうかい、新しい剣が必要なら店先も見てくれ」
「どーも」
曖昧に答えて商品を眺める。店頭の剣や盾は良い品質に見える。特に自作の剣にこだわりがある訳ではないが、鋳物の剣は予備があるし大丈夫だろう。
獣人のファガンヌには金を与えて屋台へ先行している。
その時、偶然か例のメイドさんに出会った。名前は何だったか?
「マキト様。チルダお嬢様がお呼びです」
「えっ?」
僕が躊躇していると、向こうから話しかけられた。
「至急! お部屋に来て頂きたいそうです」
「うーん。すぐ行くよ」
思案しても昼間の行動を咎められるのは避けられないだろう。むしろ早めに出頭して謝る方が良いと思う。
僕はメイドさんに付いて城門へ戻った。
◆◇◇◆◇
チルダの部屋は城門の奥の司令部に近い場所にあった。部屋の扉は高級な造りで魔力の残滓が見える。おそらく高級官僚の寝室か貴賓室のようだ。
既に部屋着姿のチルダは、僕が部屋に入ると切り出した。
「マキト! 無茶をするじゃん」
「よ、よく僕らを見つけたねぇ…密かに戻ったつもりだったケド」
チルダはさも当然と答えた。
「サヤカは優秀だよ。城下に戻ったマキトをすぐに見つけたしね!」
「うーむ」
かなり迂回して東の空から帰還したのだが…
「この城門の周辺には失われた山の民の密偵の目がある。さらに御山からも人を派遣している」
「へぇ」
対空の見張りも万全らしい。
「そんな事より昼間の騒ぎじゃん」
「ぐぬぬ…」
やはりその件では責められるのか。
「ゲフルノルドの密偵はとり逃がした様子だけど…無事に戻って良かった」
「ッ!」
チルダは僕を強く抱きしめた。
「密偵にはこちらの様子を帝国側に持ち帰らせる手筈じゃん」
「そっ、そうなのか?」
知らなかった事だが…先に謝まっておこう。
「この城門の周辺に帝国軍をおびき寄せるのが作戦の第一段階なのよ」
「なるほど! 余計な事をしてゴメン…」
僕が飛び出した事は、チルダにとっても予想外だったろう。
「その件については朝まで説教が必要ね!」
「ひっ!」
チルダは冗談か本気か、僕を床に座らせて説教を始めた。いかに、僕の行動が軽率で危険な事かから始まり、どれほどチルダが心配したかの吐露を経て、最後は今回のお役目が重要ではあるが、退屈を持て余している愚痴まで聞き及んだ。
思えばファガンヌと行動する事になってから大胆な行動が目立つようだ。「グリフォン乗りのクロホメロス」と言う呼び名もこそばゆいが悪くはない…増長は命取りだな。
僕はひとり反省をしていたが、いつの間にかチルダの説教は終わっている。
寝台を見ると安らかな寝顔でチルダが眠っていた。
「チルダ……取って喰っちゃうぞ~」
厭らしい手付きを交えて、チルダの寝顔を覗き込むが起きる気配はない。
「いかん、いんか、いかん!」
僕はチルダの魅力に引き寄せられたが、理性を取り戻し部屋の扉を引いた…開かない。扉を押したが…開かない。魔力検知式の鍵か?
「うぅんん…マキト…お仕置きが…うぅんん…必要じゃん…」
「ッ!」
チルダが寝言を言うが、途端に火炎が噴き出した。
「うぅんん…」
「あちっ! 熱っつぃ~」
僕は辛うじて床に転がり火鼠のマントで火炎を避けた。マントの陰からチルダの様子を覗き込むと、無意識の内に火炎をまき散らしている。
寝台は防火素材らしく延焼していないが、よく見ると火炎トカゲの仔が火と炎を食べている。
「クゥー頑張れ~ ついでに、馬鹿女も喰っちまえ!」
僕は部屋の隅から声援と罵倒を送る。
………
翌朝、寝ぼけ眼のチルダが見た物は、程よく焼けた火鼠のマントと火炎の熱で脱水したマキトだった。
◆◇◇◆◇
失われた山の民の長ギングは髯面を苦悶に歪めていた。筋骨の逞しい体を怒りに震わせて言う。
「あの小僧がチルダリアの寝室から出て来るのを見かけたぞ!」
「ほほう、とんだ勇者がおるものじゃ…」
「…」
単筒と大筒を背負い完全武装した男が応えた。まるで移動砲台の様だ。
「馬鹿なッ!」
「ギングの兄貴が手を焼く娘じゃぁ…仕方あるまい」
「…げに恐ろしき…」
移動砲台の男は山長の弟分らしい、別の男が感嘆し独りごちる。
「ぐぬぬ」
「…」
「火の一族の女と一夜を共にするには、ひと晩中の寝物語をせねば命は無いというが…」
山長のギングは苦い記憶を思い出して震える。
「俺は認めんぞ! 断じて認めん!」
「…恐ろしい」
「ほんに勇者じゃのぉ」
別の男は感嘆しきりだった。
◆◇◇◆◇
僕はチルダの部屋から這う這うの体で脱出した。ひと晩中の火炎の猛攻は忍耐と体力の限界だった。自室で寝台に沈む。
「チルダめ! こうなる事態を知っていて寝ていたなぁ~」
以前にチルダに貰った火鼠のマントを着ていなければ大参事だったろう。しかし、チルダと森で野営した時も鉱山の途中で休息した時も問題は無かったと記憶している。
窮地を脱して僕は眠りに落ちた。
………
僕は昼頃まで寝過ごした。目覚めると柔らかな肉体に包まれていた。
「うっぶ」
肉塊を押しのけて起き上がると寝台には金赤毛の獣人ファガンヌが横たわっていた。どうやらファガンヌは自力で城門に戻って来たらしい。
「GUUQ 調子はどうか? クロホメロス」
「…ファガンヌ」
下から僕を見つめるファガンヌと目が合った。ぐっすり眠って体調はすこぶる良い。今朝まで腫れていた顔面も痛みは無い。手足の火傷も完治した様子だ。
「…」
「調子は良いよ。何と言うか…生まれ変わった気分だ」
どんな魔法なのかファガンヌが僕を治療したらしい。思い返しても僕はファガンヌに頼り切りだった。
「GUUQ 出かけヨ」
「退屈してるのかい…ファガンヌ」
僕らは城門を抜け出した。
◆◇◇◆◇
僕はグリフォン姿のファガンヌに乗り北へ飛行した。昨日の村を横目に見て飛んでいたが、村から不審な煙が上がっていた。
「村が燃えている!」
「GUUQ!」
転進して村に急行すると一軒の民家が燃えており、それを取り囲む兵士の姿があった。村の外れに着地して村の様子を伺うと兵士たちの怒声が聞こえた。
「包囲を崩すな! ここで始末を付ける」
「…」
「「「 おぉ応 」」」
兵士たちを鼓舞する下士官の声が響くと、兵士たちは包囲の輪を縮めた。中心には燃える民家があり…突然に出入り口の扉が吹き飛んだ。
粉砕された扉を押して現れたのは、見るからに顔色の悪い兵士だった。
「ハンス、やめろ!」
「ッ…」
「無駄だ! ヤツは正気じゃない」
ハンスと呼ばれた顔色の悪い兵士は僅かに反応を見せたが、すぐに狂気の雄叫びを上げた。
-AGAAAAH-
兵士たちが怯みを見せて包囲の輪が崩れると、そこへハンスが飛びかかった。ハンスは体勢を崩して尻餅をついた兵士の腕に噛みつく。
「取り押さえろ!」
「UGAF…」
「ひぃぃ!」
動揺した兵士たちに下士官は命令するが、統制は乱れていた。ハンスは転倒した兵士を踏みつけて包囲を越えた。
「追え!」
「UHAFH…」
「ッ!」
こちらにハンスが突進して来た。僕は咄嗟に鋳物の剣Bを抜いて交錯した。すれ違い様に切りつけるとハンスの手足が折れて転倒した。
そこへ遅れて追いついた兵士たちがハンスを滅多刺しにして止めとする。ハンスの様子を見ると、その顔には生気がなく干からびてミイラの様に乾燥していた。
多数の剣を受けても流血せず、枯れ木の様な手足も異様だった。
「ご助勢を感謝する…火葬してやれ!」
「はっ!」
「…」
僕は下士官の男に話かけられた、後半は兵士たちへの命令だろう。
「お礼も差し上げたい所だが、司令部までご同行願えないか?」
「…いや、お礼は結構です」
丁寧な申し出だが、面倒になりかねない。僕は曖昧に断る。
「そうか、受けて頂けるか…よかろう!」
「いや!不要だ」
返答を誤解された様なので、明確に断るのだが…
「礼はいらぬと! 立派な御仁であるか……ならば、部下の弔いにつきあえ」
「うむ……」
強引な話に、僕は曖昧に頷いた。見ると致命傷を受けて絶命したと思われたハンスはなおも蠢動をいていた。
「死ぬことも叶わない呪いです……屍鬼の最後は酷い」
「なるほど、屍鬼とは厄介ですね……」
下士官の男は燃える屍鬼ハンスに向かって黙祷していた。僕は黙祷の作法など知らず、手を合わせて祈る素振りをするばかりだった。
………
僕は司令部に報告するという下士官と別れて村に入ったが、すでに村人は避難したらしく閑散として人気は無かった。焼け残った民家から焦げ臭い匂いが漂う。上空を見上げるとファガンヌは煙を避けて飛んでいる様子だ。
思い返すと屍鬼ハンスの服装は昨日の野盗…改めゲフルノルドの守備兵と思われる。重傷だった彼はあの後に死亡して屍鬼となったのだろうか。
民家の焼け跡には特に手掛かりもなく、僕は途方に暮れた。
◆◇◇◆◇
軍の司令部へと馬を走らせる部隊があった。下士官と見える男に部下の兵士が話しかけた。
「隊長! あの男を捕縛しなくても、よろしいのですか?」
「うむ……小僧ひとりなら問題は無いが、あれを見ろ」
下士官の男は目顔で上空を示すと…
「なんと!」
「あの化け物は無理だ」
村の上空にはグリフォン姿のファガンヌが警戒態勢で飛行していた。森の野生動物も警戒して静かな様子だ。
「あわわ…」
「刺激するなよ……あれは噂のグリフォン乗りだ。我々の手には負えない」
下士官の男は怯える馬を急かして街道を走らせる。もっとも威圧の気配をまき散らしているグリフォンに気付かぬ様な新兵どもの世話も楽ではない。
これは司令部でもひと悶着ありそうな報告を抱えて渋面するのだった。
--




