054 城門と軍事演習
054 城門と軍事演習
僕らは城門の内壁に設けられた観覧席へ招待された。どうやら貴賓席のらしく、眼下の広場では失われた山の民の各氏族の軍勢が整列している様子も見渡せる。
「今日は山の民の実力が見られるじゃん」
「へぇ……」
チルダが言うのは、これから始まる軍事演習の事らしい。
「おぉ、始まりましたッ」
「!」
炎の傭兵団の年嵩の男が指さす先を見ると、広場の中心には石造りの防衛陣地が完成していた。防衛陣地の造りと構築の速さは工兵の実力が高い証拠だ。その石造りの防衛陣地に向けて破城槌を抱えた一団が突撃する。破城槌は何本かの丸太を束ねて数人の兵士が抱える形状である。
-DOGOMN-
破壊槌と石材とが衝突する大音が広場に響くと同時に、広場を取り囲む兵士たちから歓声があがった。既に城門の内側広場は祭りの様相である。破城槌を抱えた第二陣も突撃する。
-DOGOMF-
第二陣の破壊槌は打ち所が悪かった様子か……突撃した兵士たちの方がバラバラに弾け飛んだ。周りからは嘲笑と野次が飛び交う。単なる突撃に見えても善し悪しの違いがあるらしい。
ここへ来て珍しく酒を飲んでいない、金赤毛の獣人ファガンヌは広場の騒動を見ても欠伸をしていたが、何かに気付いて僕に耳打ちした。
「GUUQ あこの茂みに 魔法を使う者が おるゾ」
「何ッ!」
貴賓席からは遠くて目視できないが、ファガンヌは城門の先の山岳斜面にある茂みを視線で指し示した。僕は懐から取り出したレンズを組み合わせて望遠鏡を作り覗いてみた。
「うむ……ピントの合わせが難しいなぁ」
「何だい、それは?」
独りごちて望遠鏡の焦点合わせに四苦八苦していると、チルダがこちらへ気付いた。
「遠くを見る道具を作って見たけど……まだ難しいね」
「ほぅ、面白そうじゃん!」
既に広場では第三陣、第四陣と突撃が行われている。遂には強固な石造りの防衛陣地の一角が崩れ落ちた。さらに周りの兵士たちの歓声が大きくなる。軍事演習とはいえども娯楽のひとつであるらしい。祭りの出店と屋台が無いのは惜しい所である。
その時、団長のチルダの背後から話し掛ける声があった。よく見るとウォルドルフ家の屋敷にいたメイドさんだ。炎の傭兵団には見かけなかった顔だから……ブラル山からの伝令だろうか。いつものメイド服ではなく旅装束らしい。
チルダはそのメイドと何やら話してから僕に向き合った。
「あたしは少し席を外すケド。騒ぎを起こすんじゃないよッ」
「はひっ?!」
どういう訳かチルダに睨み付けられて僕は動揺していた。いや、最近は何も騒動は起こして無いハズ……団長のチルダが立ち去ると、僕は再びに望遠鏡の焦点を合わせに苦労した。
「良し、見えるッ!」
「GUUQ あこの茂みゾ」
確かに、茂みには密偵と思われる人影があった。さすがに密偵もこの距離から気取られるとは思うまい。試作の望遠鏡は改良が必要だけど、遠目にも金赤毛の獣人ファガンヌの察知能力は恐ろしい。
「捕まえられるかなぁ?」
「GUUQ ヨカロウ」
どうやら退屈していたファガンヌは僕と貴賓席を抜け出して城門の上を駆ける。途中で巡回の兵士と行き合ったが誰何は無かった。僕は顔馴染みの兵士に挨拶して壁面上を通過する。城門の上からも広場の軍事演習を見ている兵士は多のだ。
物見の塔の陰で金赤毛の獣人ファガンヌは魔獣グリフォンの姿へ変身する。
僕は魔獣グリフォン姿のファガンヌに掴まって、鳥の速度で城門の先の山岳斜面に急接近したが……密偵には気付かれた様子だッ。茂みの陰から岩肌に偽装した何者かが飛び出すと、大慌てで山の斜面を転がり落ちた。せっかくの偽装も台無しの慌てぶりが見える。
密偵と思しき人影は勢いのまま斜面を滑り落ちているらしい。土煙の他に姿が見えないのは認識阻害の魔法の効果か。ファガンヌは空中で反転し土煙の痕を追っていたが、斜面下の森へ逃げ落ちた密偵の気配は消えた。潜伏の技能かッ。
「見失ったか?」
「GUUQ ……」
ファガンヌは仕方なく森林地帯の上空を旋回飛行していたが、密偵の気配を察知できなかった。むしろ、認識阻害の魔法でも使っていれば発見できるのだが……密偵の動きは無い。
このまま魔獣グリフォンの姿で城門へ引き返すと騒ぎになるだろう。いや、既に飛び立つ際に騒ぎになっている可能性もあり得る。……早まった事をした者だ。
僕は密偵の発見をあきらめて、魔獣グリフォンの姿のファガンヌを促し、街道上空を北へと飛行する。
いずれにしろ北の三国の密偵だと予想される。
◆◇◇◆◇
その農村が選ばれたのは単なる偶然だった。あるいは運命の気まぐれか成り行き任せだった。
「てめーら、食糧を出しやがれッ!」
「やめて下さいぃ!」
武装した兵士と見える数人が農家の小屋に押し入った様子だった。身なりは軽装の兵士に見えても中身と言動は盗賊と思える。
「命令に背くなら、村ごと焼き払うぞ!」
「ひぃっ……」
抵抗する素振りを見せた村人を蹴り倒して兵士の男が脅しをかけた。そこへ伝令と見える若い兵士が駆け付ける。
「隊長! 食糧の徴発が完了しました」
「良うし、荷駄に乗せろ!」
徴発部隊としては手慣れた作業のようだ。
「そっ、それを持っていかれると、わしらの冬が越せませぬ……ご勘弁くだせぇ」
「なぁに、すぐにこの辺りは戦場になる。冬の心配は要らねーよ!」
脅されるまま、驚愕とも恐怖とも見える顔で頭を抱える農民たち。
「なんて事だべ……」
「食糧が無いならッ……その娘を連れて行く。特別に補給品として扱ってやろう。ガハハッ」
兵士たちの下卑た笑い声が響くと、農民たちの間に緊張が走った。すぐにでも逃げ出すべきか。そこへ南からの突風が吹き込む。
びうぅぅー。この季節にはありえない南風に農民たちは身を竦めた。
◆◇◇◆◇
僕は低空から二度目の着地を決めた。今度は手足の身体強化に加えて胃袋を腹筋で抑え込む身体強化の技に成功した。魔獣グリフォン姿のファガンヌには、出来るだけ減速して村の広場へ接近してもらったのだが、……僕は広場から北側へ転げて盛大な砂埃を上げていた。
無事に、身体の具合を検めて身を起し村の北側から広場へ歩を進める。予め上空から観察した様子では、この村が野盗の一団に略奪されている事が明白だった。
僕はキツネの面を被り声を張って言う。ニビ特製のキツネの面には【誤解】と【威圧】の呪印が刻まれている。
「おまえ達、何をしておる~!」
「「「 ッ! 」」」
声に対して【威圧】の呪印が発動したらしい。兵士たちの動きが止まった。
「何だッ……コイツは?……」
ひとりだけ装備の良さそうな盗賊の頭目と見える男が、声を振り絞って呟く。……もうひと押し威圧が必要だろう。
「あの、グリフォンが見えぬかッ! 我の命令で、お前たちを引き裂くゾ!」
「「「 ひッ! 」」」
僕が【威圧】を発して言うと、上空から魔獣グリフォン姿のファガンヌが急降下して来たッ。村娘を引き攫い盗賊をなぎ倒す。……あっ、危ないッ。
村人の娘さんが怪我でもしたら申し訳ない。
「ばっ、化け物だぁぁぁぁあー!」
「「「 ひぃぃ~ 」」」
盗賊たちは荷駄を投げ捨て、声にも鳴らない悲鳴を上げて逃げ出した。
ファガンヌには村の上空で睨みを利かせて貰うとして、僕は恐怖に蹲る農民たちを助け起こそう。
………
騒動も治まり、農民村の村長と見える男の話では、野盗の一団はゲフルノルドの守備兵だろうと言う……まずい騒ぎになるかも。しかし、村の食糧と娘たちを攫われるよりは良かれと思う。
ファガンヌが打ち倒した野盗……改め兵士は重症の様子で、村人が介抱するそうだ。幸運にも村娘には怪我も無くて僕はお礼を受けた。
「英雄さま! ありがとうございます」
「ほんに、ありがとうごぜぇます」
「少ないですが……これを、お受け取り下さい」
寒村にしては珍しい、いくつかの金製品が捧げられた。金の細工を見て僕は尋ねる。
「ふむ、これは……この土地で作られた物かい?」
「いいえ、この村より北のコボンの地で採掘された物と聞きました」
お礼とはいえ、これを受け取るのは如何なものか。しかし、お礼の品物を断るのも疑念を招くか。僕は金製品の中から一枚のメダルを選び懐にしまう。
その後いくつか尋ねて、コボンの地には採掘された迷宮があるらしいと分かった。また、村人たちは今後に備えて戦場となる村から避難する心積もりの様だ。……ならば、僕は村人たちに別れを告げて強引に立ち去ろう。
長居をすると宴会を始めそうな雰囲気があったのだ。僕が村の外れで上空のファガンヌに手を振ると、見送りに付いて来た村人たちも手を振る様子だった。
そのまま急降下した魔獣グリフォン姿のファガンヌに攫われて僕は村を後にした。
◆◇◇◆◇
例によって僕は空中でファガンヌの嘴から放たれ、再び背中で受け止められるという一連の所作があるのだけど……慣れる者では無い。
「ファガンヌ、盗賊たちはどちらに逃げたか、分かるかい?」
「GUUQ!」
盗賊まがい……ゲフルノルドの守備兵を追って僕らは東へ飛行した。程なくして森に隠れる様子の兵士たちを追い越し、さらに東の空に火災と思える煙を見付けた。
夕刻の西へ傾きかけた太陽を背にして、僕らは火災の現場に急行する。そこには、ゲフルノルドの守備兵を蹴散らす何者かがいた。
火災の原因は火の魔法攻撃の延焼だろうか。火炎を物ともせず、その何者かは戦場に仁王立ちして人間の兵士を蹴散らす。圧倒的な腕力と体格にも勝り鬼の形相だからか、血に我を忘れて暴れている様子にも見える。
僕は三度目の着地を決めた。
「双方とも、引けぇ~!」
「「「 ッ! 」」」
声に乗せた【威圧】の効果が薄い。兵士たちの反応もいまいちだった。
-UGAAH-
暴れていた鬼人に襲われた。僕は咄嗟に鋳物の剣を構えて応戦する。鬼人は剛腕を振り回して襲い狂うのだが、まともに打ち合っては分が悪い。
僕は鋳物の剣に魔力を通して鬼人の強打を受け流す。最大限の魔力で鋳物の剣を守り打ち合わぬ角度を選ぶ。その分で回避に気を遣うのだが、暴れる鬼人の動きが単純で分かりやすい。回避に専念すれば勝てぬとも、負けない戦いでも大丈夫だろう。
しばらく回避を続けて夕日が落ち来る頃には、鬼人の動きが止まった。気付くと人間の兵士たちは撤退した様子で人気も無く……代わりに周囲には魔物の気配があった。
大汗をかいて湯気を上げている鬼人に注意しつつ周りを伺うと、他にも数人の鬼人の気配があった。どうやら上空の魔獣グリフォンを警戒している様子だ。
「GUHAA 名を聞こうかッ」
「マキト……」
目の前の鬼人が理性を取り戻し、人語を話した事に驚いて、咄嗟に答えてしまった……キツネの面も意味なし。
突然、魔獣グリフォン姿のファガンヌが降り立ち獣人の姿に変化して注目を集めると宣言した。
「GUUQ かれは イノホメロス が子 クロホメロス なるゾ!」
「「「 ハッ! 」」」
その名にどんな意味があったのか、ファガンヌの宣言は鬼人の間に鳴り響いた。
「GUAHA 魔獣グリフォン乗りッ…クロホメロス、覚えておこう」
「待てっ……」
鬼人たちは音も無く撤収した。
そこには、鋳物の剣を抱えて立ち尽くす僕と、なぜか得意顔の金赤毛の獣人ファガンヌがいた。
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