053 ガングの城砦と城門
053 ガングの城砦と城門
僕らは早朝から城郭を出発して山の北斜面を下りていた。この先には失われた山の民が暮らす盆地に平野部があるそうだ。時折に吹き付ける北風が盆地の平野部を渡り畑の作物を揺らしている。そのまま平野部を抜けた風は山の斜面を駆け上がり寒気を伴って隊列を揺する。
「ぶるる。冬も近いな……」
「そうですね」
炎の傭兵団の誰かが呟いたので相槌を打つが……鍛錬で培った業だろうか。体を揺すって震えるリズムも同期している。
「あれが、ガング一族の城砦だ」
「ほっ…」
年嵩の傭兵団の男が指さす先を見ると畑の真ん中に石造の砦が見えた。砦の規模は商家の程度だが高い見張り塔を備えている。団長のチルダは手を振り塔の見張りに挨拶をしている。どうやら、顔なじみの様子だった。
そのまま畑の中を通る街道を進むと次第に砦の数と規模が増していく。
「ピヨョョヨー」
「あっ、ピヨ子!」
仰ぎ見ると長距離を飛ぶ渡り鳥の様な形体をしたピヨ子が飛んでいた。すると途端に塔の見張りが騒がしくなる。各々の塔から弓矢と魔法の射撃が放たれた。
「ピヨロロロッ」
「危ない! 離れろッ」
緊急事態に僕は慌てて身を振りピヨ子を遠ざける。
「ピーヨー ピ…… ヨ……」
なおも追撃の石弓や魔道具の射撃が放たれるが、ピヨコは悲しげに泣いて飛び去った。
「すまない、マキト殿」
「?…」
年嵩の傭兵団の男が申訳なく僕に言う。
「ここの連中は鳥も、空を飛ぶ魔物も大層に嫌うて、おりますれば……」
「うむー」
この様子では町を離れるまでは、ピヨ子と別行動になるのも仕方ない。そういえば、森の妖精ポポロと河トロルのリドナスは無事に町へ帰還できたろうか。
「GUUQ 我モ 以前ニ 矢ヲ 浴びたゾ」
「へぇ?!」
獰猛な顔で塔の見張りを睨むファガンヌだったが、……何か騒動を起こす前に先を急ぐとしよう。
北へ向かう街道は土も踏み固められて次第に砕石が多くなり、遂には石畳みとなった。街路には石造りの塔が立ち並び、まるで高層建築にも見える町並へ入る。そこは町の中心部らしく砦の下階は商店や宿屋の風情だ。
「いらっしゃいませ!」
「宿を取りたい」
通りの宿屋と見える砦に突入するとチルダは早速に宿を決めた。
「砦の上には、登れるのかい?」
「お客様、すみません。生憎と、最上階は工事中ですので……」
試しに宿屋の女中に聞いてみたが、砦の上階は年中工事中の様子で増改築を続けているそうだ。団長チルダと炎の傭兵団の護衛は町の顔役の屋敷へ挨拶に向かうと言って出かけて行った。
僕は赤金毛の獣人ファガンヌと連れ立って町を見物している。どこも立派な城砦の一部らしく、中心街の石造りの塔は近隣と高さも規模も競う様に林立している。
「GUUQ 獲物の 匂いが スルゾ……」
「ファガンヌ! 僕から 離れないでッ」
獣人ファガンヌは城砦都市キドの探索者ギルドにて僕の従魔として登録しているが、どの町にも獣人が嫌いな連中はいる。余計な騒動を起こすと……ファガンヌの場合は相手方の命が危うい。
僕はファガンヌの行動に注意しつつ……っ
「GUUQ くくくっ 我ニ 獲物ヲ ねだるのか?」
「そ、そうじゃないよ!」
砦の増築工事の槌音を聞きながら、足早に裏通りを進む。
「まったく 可愛い ヤツよ◇(ハート)」
「……」
まだ、夕暮れ前の明るい時刻だが、路地には破落戸が付き者だった。
「おい、小僧ッ! 昼間っから、見せつけてやがるガッ!」
「くふふふふっ……」
「姉ちゃん良い体してんぜぇ!」
「!…」
僕らは見るからに悪党面の三人組に囲まれた。前方の二人は建築工具を鈍器として路地を塞ぐ。後ろの一人は既にナイフを手にして、ファガンヌを舐める様に見る……目付きがヤバイ。
「GUUQ 我の 邪魔ヲ するのか?」
「財布と女を置いて失せろガァ!」
「ッ!」
赤金毛の獣人ファガンヌはひと足で前方の二人を蹴り飛ばし、どういう体術かその勢いを反転して後方へ宙返りした。僕と悪党面の男たちが呆気に捕らわれている瞬間に、ファガンヌは後ろの男の顔面を切り裂く。
「うぎゃ!」
「…ぐふっ…」
「ガァッ!」
どう見ても、獣人のファガンヌの爪が届く距離ではなかったが、悪党面の三人は悲鳴とともに路地に転がった。本来の破落戸に戻ったとも言える。
その後の騒動は割愛して、……僕らはいくつかの屋台を回り小腹を満たした。
◆◇◇◆◇
次の日はガングの城砦から北へ進み城門を目指す。城門は盆地の北端にあり山岳部を貫く谷間にあった。当然の様に街道は谷間を通って北の大国へと続いている。この城門は失われた山の民と北の大国アアルルノルド帝国を隔てる関所として機能しているのだ。
ここから北部へ続く街道は古くは北の三国と呼ばれるイグスノルド、バクタノルド、ゲフルノルドとの交易路とされていたが、近年になり東方から勢力を拡大した古アルノドフ帝国がその軍事力を背景に北の三国を支配していた。現在では失われた山の民と北の大国アアルルノルド帝国との交易路とも言われている。
城門に到着した団長のチルダと炎の傭兵団の護衛たちは城門の将に会うために司令部へ向かった。僕とファガンヌは暇つぶしに城門の上から北部街道を眺めていたのだが、程なくして城門の内外が騒がしくなった。
「今から何か、起きるのですか?」
「…城門を閉じるんゴ!」
今まで北の三国の話をしていた城門の兵士は、僕が尋ねるのも置いて慌ただしく駆け出した。
鋼鉄の鎖と歯車が軋む音を響かせて、閉ざされようとしている城門は交易路の要衝である。そうして、谷間を塞ぐ巨大な門板が城門の上から降ろされた。
城門の北側では締め出された商隊が何か騒いでいるが、異変を感じた多くの者は北へ引き返す様子だった。そこへ団長のチルダと炎の傭兵団の護衛たちが姿を見せる。
「今夜は宴会の火だッ」
「え?」
何の日だって……年嵩の傭兵団の男は訳知り顔でひとり、何かに頷いていた。
◆◇◇◆◇
そこは古く北の三国のひとつゲフルノルドの領主の館であった。旧ゲフルノルド国王の城は古アルノドフ帝国に攻め滅ぼされて再建されていない。
「失われた山の民が城門を閉ざしたとは……どういう訳だッ!」
ゲフルノルドの領主と見える肥え太った男の怒声が響くが、感銘する者はなかった。
「町へ戻った商人の話では、戦の準備ではないかと……」
「…閣下、本国に援軍を要請するべきです…」
「…す、すぐに避難しましょうぅ…」
「密偵からの報告を待つべきかと、愚考いたしますれば……」
多くの軍事顧問や内務役人が入り乱れて、会議は紛糾する様相を見せていた。
「やつらに百年来の恨みをッ……」
「まずは、町の防備を固めましょうぞ」
過去に失われた山の民とゲフルノルドの間には争いがあった。しかし、古アルノドフ帝国に併合されてからは、両国の小競り合いも鳴りを潜めているのだ。
「ただちに、本国に援軍を要請しろッ!」
「はッ!」
現在のゲフルノルド領では軍隊の規模も儀仗兵の程度に制限されており、本格的な軍事行動には本国アアルルノルドの軍隊が必要であった。それはアアルルノルド帝国としての中央集権の政策でもある。
どうやら、ゲフルノルドの領主の盟で援軍を集める算段らしい。
◆◇◇◆◇
僕らと炎の傭兵団は城門の内側を宿営地として天幕を張り宴会を始めていた。
赤金毛の獣人ファガンヌは既に火の出るような蒸留酒を何杯も飲んで上機嫌の様子だ。火の一族の女チルダも平気な顔で蒸留酒を飲んでいるが、火の加護は「火酒」にも耐性があるのだろうか。
「マキト! 楽しんでいるかい?」
「ええ、まぁ……」
僕はファガンヌの視線とチルダの声援とを受けて串焼きを作っていた。ガング城砦の屋台の味を再現した串と、森の妖精ポポロの実家で手に入れた醤油味、コモパルナの町で仕入れた香辛料の付け焼きっ!の三種類の味付けがある。
「GUUQ これヲ 待ちわびたゾ」
「おや、新たな味わいじゃん!」
ファガンヌとチルダには酒の肴として好評のようだ。城門の内側はガング城砦の兵士や失われた山の民の他にも各地から駆け付けた援軍が集まりつつあった。
各氏族にも号令を発したそうで、侮れない数の兵士が動員されると言う話しだ。
「これから、どうなる事やら……」
「まぁ見てなッ 祭りはこれからじゃん!」
チルダが不敵にほほ笑むのを、僕は不安な面持ちで眺めた。いつの間にか赤金毛の獣人ファガンヌの周りには酒豪の輪が出来ている。
僕は串焼きの三種盛りを手にして宴会の輪に参加した。
◆◇◇◆◇
河トロルの戦士リドナスは的確に逃亡者の痕跡を追って東へ向かった。野生の勘か狩猟者の本能か逃げる獲物は追わねばなるまいッ……目前の獲物はニンゲンと思われる二体だ。
しかし、アアルルノルド軍の密偵も追跡者の気配に気付き、思わぬ動揺をしていた。
「これ程にトリメリア軍の対応が早いとはっ……」
「しッ!」
無駄口を叩いていた男は不意に足を取られて転倒した。
「…なっ、何がッ…」
「!」
既に開拓村の生活圏から離れ大きく離れ、迂回して本来の斥候部隊と合流する計画であったが、予想外の追っ手に遭遇して逃走経路は東へ外れていた。そこは魔境と呼ばれる辺境でもあり、危険な湖沼地帯に足を踏み入れていたのだ。
「追い付き マシタガァ♪」
「ロロリドナスかぁ……ケロケロ、ケロケロ♪(俺の 獲物ダぁ♪)」
リドナスが見たのは同族の獲物の罠に捕らわれ、逆吊りにされた二人の密偵の男の姿だった。
「主様の お姿を 見ナカッタ カシラ?♪」
「ふむぅ、クワクワ、クワクワ♪(見ては いない ゼぇ♪)……」
独特の音階にも応えは素っ気ないが、少し思案してリドナスが言う。
「一体は 主様に 捧げマショウ♪」
「クワカッ、クワカッ♪(それが 良かろう てぇ♪)……」
密偵の男はカラカラと蛙の鳴き声を交わす獣人の様子を伺い、罠から脱出する隙を探していたが……はっ!
「取り込めよ!【水球】」
河トロルの戦士リドナスは獲物の顔面に水球を投げつけて溺れさせる。
「うっぷ!」
「ブクブク .。o○」
もうひとりの河トロルの同族は飛び上がり罠の蔦草を断ち切る。獲物が落下しても、水球の保護で頭蓋骨折を免れたのは不幸か幸いか。
リドナスは意識のある獲物を蔦草で手早く拘束し捕虜として連行した。同族は獲物を抱えて河トロルの集落へ帰った。上手く獲物を分け合ったらしい。
………
そうして、河トロルの戦士リドナスがトルメリアの王国の防衛隊に合流したのは次の日の明け方だった。当然の事にリドナスも不審者として防衛隊に捕われ尋問されていたが、探索者のバオウとシシリアの仲間と判明して無事に釈放となった。
早朝の寝起きにも関わらず、参謀服の美男子は不敵な笑顔で尋ねた。
「探索者の君が、アアルルノルド軍の密偵を捕えたと言うのか?」
「ハイ♪」
リドナスは言葉が少ないので、防衛隊に同行していた風魔法使いのシシリアが擁護する。
「リドナスの行動は、あたしの風魔法で把握していたわ……もちろん追手を掛けた事もね!」
「ふむっ……」
まさか魔物の正体が敵軍の密偵とは驚いたが、シシリアはこの状況を最大限に利用した。
「密偵を捕えた件は、軍の功績になるハズよ!」
「ならば。褒章は後日となるが……」
参謀服の美男子は、文書にして本隊へ報告書を送る条件を提示した。
「いいえ、褒章は不要よっ!」
「何と?」
しかし、その返答に不信を感じる前に、シシリアは次の要求を提示する。
「代わりに、戦場に立ち入る許可とグリフォンの目撃情報を頂けるかしら?」
「ふむ……良かろう。私の権限で許可する」
参謀服の美男子は、不敵に微笑んだ。
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