049 失意の帰還
049 失意の帰還
僕は鳥を捌いて焼き鳥を焼いている。金赤髪の獣人の女は水場の側にある半壊した塔に登り、獲物を狩る獣の様な眼で僕を見ていた。
しかし、久しぶりの新鮮な肉は血抜きもそこそこに旨そうだ。鳥の部位ごとに切り分け串に刺していく。森の妖精ポポロの実家で手に入れた醤油とコモパルナの町で仕入れた香辛料を付けて焼く。焼き鳥の串には葱が欲しい所だ。
ここは周囲を砂漠に囲まれた廃墟の都市だが、コモパルナの町から西にどのくらい離れているのか。僕は帰還の行程と水の確保を思案していた。焼き鳥の香ばしい香りが腹を鳴らす。
-GUUQ-
「ぎゃあっ!」
僕は思わず悲鳴を漏らした。金赤髪の獣人の女が焼肉竈の前に座って牙を剥いていたのだ。…僕を食べないでっ!
「っ…焼き鳥を… 食べる かい?」
「ウム ヨカロウ」
金赤髪の獣人の女は串を掴むと、やや上を向き焼き鳥をひと飲みにした。そのまま豪快に串を引き抜く。
「!…」
「GUUQ ウマイ ゾ」
手足の剛毛は獅子を思わせるネコ科の猛獣に、丸飲みで獲物を喰らう姿は恐ろしい。顔と身体つきは肉感的な女性なのだが、動作には歴戦の強者を思わせる鋭さがあった。
ひとしきり醤油ダレの焼き鳥を振る舞ってから僕は尋ねる。
「巣は どうした か?」
「ニンゲン 我ガ卵 壊シタ」
やはり、彼女はグリフォンに間違いない。
「僕は 巣に 帰るのか?」
「オマエ 飛ベナイ 巣 焼カレタ」
金赤髪の獣人の女は悲壮な顔をしたが、僕は東の空を指さして言う。
「僕は 向こうの 町に 行きたいッ」
「我ガ 連レテ 行コウ」
そう言うと金赤髪の獣人の女は身を膨らませた。獣人の体は牛の倍ほども大きくなり。顔は猛禽の姿で背中から大鷲を思わせる翼が伸びだした。それは正に伝説のグリフォンの姿があった。
グリフォンは僕の背中を咥えると空へ舞い上がる。上空に上がると南方にオアシスも見えたが、目的地に関してはグリフォンの気分次第で、僕は逆らえないだろう。
そのまま東へ飛ぶとコモパルナの町と貯水池と見える水場があった。
「魔獣ッ グリフォンだーぁぁぁあ!!」
「矢を、放てッ!」
コモパルナの尖塔にある見張り窓から弓矢と魔法が放たれるが、グリフォンは易々と躱して飛ぶ。
「人が攫われているぞ!」
「かまわず、撃てぇ! 放てッ!」
半狂乱に弓矢と魔法が放たれるが、町を掠めて通り過ぎる。グリフォンはそのまま東へ飛び去った。
しばらく飛んだと思うが、前方に見覚えのある城郭が見えた。城郭都市キドだろう。
「ここで 降りよう」
「GUUQ!」
はっ?……僕は無抵抗に落下した。
「あわわ!」
空中でグリフォン姿のファガンヌは僕を背中に受け止めた!
僕は身振りで指さして城郭都市キドの西を囲む山中に降り立った。まだ太陽は高い。ファガンヌはグリフォン姿から獣人に変身した。僕は天幕の布材で作った貫頭衣を手早く用意する。
「これを 着てくれ……ファガンヌ」
「GUUQ ?」
獣人のファガンヌは躊躇する様子だったが、町へ入るには、いろいろと丸見えの恰好はマズイのだ。
「ニンゲンの 町では 服を 着てくれ」
「GUUQ ……」
服の理解はある様子だが、僕はもうひと押しする。
「町に着いたら 焼き鳥を 焼いて あげるよ!」
「ウム ヨカロウ」
………
僕は城郭都市キドに辿り着いた。町が喧騒に包まれてるのは何事か?……僕は顔見知りの門番に尋ねた。
「何か、あったのかい?」
「町の防衛隊がトルメリアに派遣されるのだ」
「ん……」
怪訝な表情が出ていたか、門番の男は話を続けた。
「北の大国アアルルノルドがトルメリアに攻め込んだって話だぜッ」
「えーっ!」
「町の傭兵団もトルメリアに集結だとよ!」
僕は大事件を聞いて慌てたが解決策も無くて、その日は夕刻までファガンヌに焼き鳥を焼く羽目になった。
◆◇◇◆◇
リドナスは討伐隊が火炎の砲撃でグリフォンの巣を焼き払うのを見ていた。その後に巣へ戻ったグリフォンと討伐隊の間で戦闘があった様子だったが、マキトの姿は見えなかった。討伐隊を蹂躙して飛び去るグリフォンの姿も目撃されたが、砲撃で荒らされた巣を放棄したらしい。
方策も無くて、彼らは負傷した討伐隊に先行しコモパルナの町へ向かった。失意のリドナスは風の魔法使いシシリアと獣人の戦士バオウと共に南へ進む。徒歩では一日程度の距離もあり、夕刻にはコモパルナの町へ帰還できるだろう。森の妖精ポポロには悪いがマキトの消息の方が気になるのだ。
その時、コモパルナの町の上空を飛ぶグリフォンの姿が見えた。リドナスは水の神に感謝する。
「主様ッ! ご無事で……」
「GUU あれは マキトかッ?」
「あたしには見えないわ……」
彼方に見えるのはコモパルナの町並みだが、グリフォンと思われる姿は豆粒の大きさで、常人では見えないだろう。しかし、河トロルの戦士リドナスにはマキトを攫ったグリフォンの姿が見えた。伝説の魔物が何匹もいてたまるか。
そのグリフォンは鳥の速度で東へ遠ざかっていった。
………
僕は夕刻まで焼き鳥を焼き疲労困憊しつつもキドの町中へ出かけた。
町では戦乱に備えて、武器や防具と薬草などが値上がりしていた。そのうち食料も値上げされるだろう。普段は探索者と狩猟者でにぎわう通りも客層が変わった様子に見えた。そういえば、探索者で剣士マーロイの住居はどこだったか……。
防衛隊が出動するキド町の噂では北の大国がトルメリアに攻め込んだ事態に加え、迷宮の防衛をどうするかの不安が大きい様子だ。僕は探索者ギルドに立ち寄りファガンヌの登録を行なう。常なら迷宮の魔物を狩る探索者と狩猟者で賑わうギルドの建物も、以前とは異なる不穏な空気があった。
そんな探索者ギルドで、僕は見知った顔を見つけて安堵した。
「よお、マキト!」
「お久しぶりです。マーロイさん」
剣士のマーロイが愛用の剣を佩いて立っている。彼らとは共に迷宮を探索した仲間だ。
「リドナスはどうした?」
「ええ、…途中ではぐれまして…」
マーロイは僕の後ろにいる獣人のファガンヌを非常に気にしている様子だ。
「後ろの美女を紹介してくれないか?」
「ファガンヌは気難しくて……人に慣れないんだ」
「GUUQッ!」
ファガンヌの気配に気付いたか、剣士マーロイはあっさりと身を引いて頭を下げた。
「おおと、すまない!」
「っ……」
その後、僕は剣士マーロイに近況を話し情報を交換して探索者ギルドを後にする。
「ふ、ハぁッ……」
ファガンヌは焼き鳥の匂いをさせて欠伸をしていた。
「リドナスに合ったら伝えておくぜ!」
「はい。僕らは東のトルメリアに向かいますッ」
とはいえ町の上空をグリフォン姿のファガンヌが飛行すると大騒ぎになることが予想される。僕らは迷宮を探索する風を装い北の山岳部へ向かい……実際は迷宮へ入らずにそのまま北の山岳部から飛び立った。
-BSHEYY-
「あ、しまった…」
獣人のファガンヌがグリフォンに変身すると貫頭衣にしていた帆布が裂けた。探索者の身分証は長い紐付きのため無事の様子だったが、簡単に破ける着替えの服はなんとかしたい所だ。
夕闇が迫る中、僕はグリフォンに乗り北の森林地帯を飛んだ。ここは魔物の森の南端だろう。目見当で北東に飛行すると、ファガンヌが森に魔物の気配を感じた。
「GUUQ 強ソウナ 魔物ダ」
「そこへ 降りてッ」
ファガンヌが魔物の森に急降下して地上に降り立つと、周囲の暗い森に魔物の気配が溢れた。
「GAW 西のグリフォンが 何の用ダッ!」
「GUU……」
「クロメよ!」
警戒する狼顔の獣人の中に狐顔の幼女ニビの姿があった。
「やあ、ニビ!」
「GUUQ 餌ドモ 騒ガシイ!」
「GAW……」
僕は前に出てファガンヌと狼顔の獣人の睨み合いの間に立った。
「森を通るので、挨拶をしたい」
「クロメよ! グリフォンは勝手に森の上を飛ぶが、挨拶などした事はなかろっ」
狼顔の獣人たちも狐顔の幼女ニビも警戒が解けない様子だったが。睨み合いの最中に、僕はカバンから新作の鳥肉と串を取り出して焼肉竈で焼き始めた。あたりに醤油ダレの香りが立ち込める。
熱々の焼き鳥の串を先頭に立つ狼顔の獣人に投げると、見事な跳躍でくわえ取った。かかったな! 僕は次々と焼き鳥の串を獣人たちに投げ与えた。既に醤油ダレの香りに負けていた獣人たちは先を争う様子で焼き鳥の串に飛びついた。
「やれやれ、ニビよ。客人を案内するが良い」
「はい」
どこから現れたのか、狐顔で頤鬚の老人がニビの隣に立っていた。僕らは魔物の森の客人となった。
ニビの先導で森の奥へ進むと見覚えのある小屋がある。
「マキトさん!」
「ビビかい?」
小屋の方を見ると小さな魔女の風体の少女が駆けて来た。
「お久しぶりです…お婆様は留守なので…」
「?…」
「GUUQ 草ノ 匂イダ」
もじもじと何か言いたげなビビを促して小屋に入る。ファガンヌは薬草の匂いが不快な様子で外に残った。
ニビとファガンヌが何か話している様子だったが、僕は小屋に入ると忘れた。
◆◇◇◆◇
狐顔の幼女ニビは殺気も隠さずに獣人のファガンヌを問い質す。
「クロメに、何をしたッ!」
「GUUQ お前は アレを クロメと呼ぶのか……」
ニビが苛立った様子で二本の尻尾を地に叩き付ける。
「答えるがよい!」
「アレは 我が子 クロホメロス」
ファガンヌは悠然と答えた。
「なんだとッ」
「英雄イノホメロスが子、クロホメロス である」
ニビは痺れを切らしてファガンヌに飛びかかった。
「!…」
「GUUQ 嫁入りしたいなら 実力を見せよ!」
ファガンヌは破れた貫頭衣を脱ぎ捨てて応じる。紙一重でニビの尻尾の打ち込みを躱しグリフォンの姿に変身した。飛び立つ隙にもニビは尻尾の連撃を撃ち込むが、その風圧をも利用してグリフォンは空へ舞い上がった。
◆◇◇◆◇
小屋の中は外部との結界があるのか、静寂に包まれていた。いつもの甘い花の香りと薬草の匂いがあった。
「マキトさん!…あたいも修行したのよ…」
「どれどれ……」
ビビの制作と思われる薬の瓶を受け取って中を覗くと、魔力の残滓が光って見える。
「どうですか?」
「いい品だねッ。効き目も良さそうだ」
僕が薬を褒めるとビビは無邪気に笑う。…良い笑顔が出来る様になった。
「じゃあ、次はこちらの薬草を見て下さい。森でも珍しく幻覚作用がある新種の……」
「それは面白い~」
その日はビビと薬草の話をしつつ小屋に泊まった。
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