005 魔道具屋の見習い
005 魔道具屋の見習い
僕は魔道具の制作と販売を行うギスタフ商会で働いている。マルヒダ村に店舗を構えるギスタフ商会の店員は…ギスタフ親方と僕の二人だけだ。
「小僧の仕事は魔力の充填だ。こいつにギュと魔力を詰める」
ギスタフ親方は簡単な手順を見せて、火付けの魔道具を僕に手渡した。火付けの魔道具の握りにある蓋を外してから、魔晶石に魔力を通すらしい。
「えぃ!」
気合を入れて魔力を通すと…
-BOMM!-
くぐもった破裂音とともに火付けの魔道具が弾け飛んだ。
「あわわっ!」
「バカ! 魔力の入れ過ぎだ。丁寧にやれ!」
僕は慌てて謝るが…ギスタフ親方は破損した火付けの魔道具を拾い上げた。
「す、すいません…」
「う~む。魔晶石が割れた…使い物にならん。弁償だなッ!」
ケチな事に、結果として火付けの魔道具は僕が全額弁償する事になった。僕は返済までの手間賃を計算した。
「火付けの魔道具は120カル。魔力充填の手間賃が1個5カルだから…」
「真面目に働けぇ~」
その日、僕は魔力の充填作業を4回したらぶっ倒れた。魔力の枯渇状態で意識を失ったらしい。
店の裏庭で目を覚ました僕は、ギスタフ親方から手間賃の半分10カルを受け取る。半金は魔道具の弁償費用に充てるそうだ。
「今日の手間賃だ。オレは酒屋にいるから、小僧は好きにしろ」
………
夕方は仕方なく石を積んだ竈で羊肉の塩漬けを焼く。ピヨ子に肉を与えたら喜んで啄ばんでいる。鞄から黒パンを取り出して焼き肉サンドにする。そういえば水差しもあった。カムナ山の天然水を飲むが、ぬるい。
この鞄は荷物を詰め込んでも、あまり膨らまない…見かけよりも容量がある魔法の鞄なのか。オル婆の形見分けで貰った帽子は、つば広でいかにも魔女が被りそうな逸品だ。
つば広帽子を被ってみる。すこし気恥ずかしい。
「まいうー、まいうー」
◇ (ナニこれ、美味しい…)
「誰だ?」
辺りを見回す。
「ギスタフ親方は飲みに行ったハズだけど…」
「ピヨョー、ピヨョー」
◇ (僕ちゃん! あんた、料理の才能があるわねぇー)
耳を澄ます。
「ピヨョー、ピヨョー(まいうー、まいうー)」
◇ (しかし、羊肉を焼いただけで、これほど美味しくなるとは…)
「ピヨ子!お前か?」
ピヨ子は振り返ったが、首を傾げる様子だ。再び肉を啄ばみ始める。
「ピヨョョー(おいしいー)」
◇ (何かしら、あたしは幸せを味わっているのよ!)
「………」
帽子の効果に驚いて僕はただ、肉を啄ばむピヨ子を眺めるのだった。
◆◇◇◆◇
次の日は魔力の充填作業を6回こなした。魔晶石へ慎重に魔力を注ぐと1時間ほどかかる。僕は魔力不足で気だるいが作業は順調だ。魔力はひと晩も眠れば回復する。
「真面目にやっている様だな、今日の手間賃だ」
「はい。確かに」
手間賃に半金の15カルを受け取ると、ギスタフ親方が言う。
「明日は山に行って透過石を集めてきて欲しい。手間賃も払うゾ…」
「はい! 行ってきます」
僕は翌日の仕事を引き受けて夕食の材料を買いに行く。いつもの食品店で女店主に声をかけられた。
「いらっしゃい。坊や」
「こんにちは」
女店主はつとめて明るく言う。
「大変だったね。お悔み申し上げるさ」
「いぇ…」
女店主はいつもの営業スマイルを見せた。
「道具屋で働いているそうだけど何かあったら、力になるよ」
「ええ、ありがとうございます」
どうやら元気付けてくれている様だ。
「今日は何にするかい?…ヤクルの肉がお勧めだけど」
「ヤクル?」
すこし気になる。
「ヤクルは初めてかい? 新鮮さぁ」
「春祭りでも、ヤクルは珍しいと思うけど…」
ヤクルは山羊に似た家畜で主に乳を搾りチーズや酪の原料となる。
「二頭分のヤクル肉が手に入ったのさ。この一塊で28カルさぁ」
「うーむ」
僕は、しばし考えるて尋ねた。
「仔ヤクルはいますか?」
「ああ、仔ヤクルは村長が買って行ったさ」
「生きたままですか?」
「そうさね…」
僕は動揺を抑えて言った。
「その肉を半分と黒パンを2コください」
「まいどあり!」
代金の24カルを払い魔道具店に帰る。
………
竈に火を入れて肉を焼くとピヨ子が鳴いた。
「ピヨョョヨー」
◇ (ご主人様。そのヤクルは……)
「ちょっと、待ってろ」
生焼けの肉をピヨ子に与えると喜んで啄ばむ。薬草入りのスープは少し苦い味がした。
◆◇◇◆◇
僕はカムナ山を登り透過石を探している。東の斜面は雪解け水を集め沢に流れ込む所で、露出した崖を見つけて透過石を集めた。
「石拾いも楽じゃないね」
どういう訳か、冬季に降り積もった雪が流れ落ちるこの沢は透過石が豊富のようだ。休憩のついでに沢で蟹を探す。
「おっ、いたいた」
山蟹を見つけた。山蟹は握り拳大の円筒形の殻をもつ蟹だ。
◇ (あたしは驚いた。山蟹の殻は円筒形の金属質でカラフルな模様に珈琲とか新鮮とか異国語で書かれている。その異世界の缶空を棲み家としたヤドカリに見える)
大小3匹ほど捕まえた所で気が付くと日が西に傾ている。寒気を感じて辺りを見渡すと狼の姿が見えた。
「マズイな!」
◇ (なめんな! 前世の記憶…)
手早く山蟹を皮袋にしまい、霊樹の杖を握って警戒する。狼は獲物を探して沢まで下りて来たらしい。警戒が遅れて後手に回った。
足場を気にしつつ、念のため崖地を背にして結界用のペグを地面に差しておくが……早くも狼に囲まれた。
僕は霊樹の杖を大振りして先制する。
-GYAUWO-
先頭の一頭に霊樹の杖の先端が当たった様だ。紅い実の分だけリーチが長い。僕は崖地を背にしてじりじり後退するが、狼は先程の攻撃を警戒してか襲ってこない。
しばらく睨み合っていたが、じれた一頭が牙を剥いて向かって来た。僕が必死に霊樹の杖を振ると…結界が反応して狼は痺れた様にはじけ飛んだ!
◇ (あたしは狼の鼻先を掠めて飛んだ!【神鳥の嘴】…僕ちゃんを襲う狼は恐れをなした様子だわ)
杖は空振りしたが…結果オーライ。このまま崖を背にして耐えようと持久戦の構えだ。
僕は予備の結界用のペグに祈るようにして魔力を注ぎ、手早く地面につき刺すと結界が輝いた。これに狼たちは驚いて去って行った。
「ふう、危なかった…」
僕には魔法も武力も知力も無いのだけど、結界の魔道具のおかげで助かった。
………
その日は村に戻るのをあきらめてオル婆の小屋に寄る。小屋の中の家財はあらかた持ち去られた様子で空家となっていた。
「オル婆…」
思えば森の中でオル婆に拾われてから、衣食住はすべてオル婆に頼り切りだった。僕には魔術の才能が無かったけれど…もっと魔物の事や薬草の事も学びたかったな。
◇ (僕ちゃん。あたしの羽の下でお眠りなさい)
◆◇◇◆◇
次の日、鞄に残っていた黒パンをかじり、森をぬけてマルヒダ村へくだる。村に入ると魔道具屋の前に村の男が集まっていた。
「小僧っ!無事だったか」
「親方。遅くなってすみません」
戦装束の親方が駆け寄ってきた。村の男たちを見ると、弓や槍を携えている。心配をかけた様子だ。
「何があった?」
「東の沢で狼の群れに囲まれて…なんとか、山小屋に逃げ込んだのですが…」
顛末を話すと村の男たちは、狼を警戒して狩りを行う事になった。
「今日は店番しておいてくれ」
「はい」
そう言ってギスタフ親方と村の男たちは、狩りに出かけて行った。
【続く】
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